2月某日。強い寒波が訪れ、雪が降るかもしれないなんて天気予報で言っていた日のこと。
この話は彼女がいつもと違うスタイルで登校してきたことから始まった。
「おっはよっ。アキ」
「うん。おはよう美波」
「ちょっと待たせちゃったかしら」
「そうでもないかな」
「本当に? 気を使わずに正直に言っていいのよ?」
その日もいつも通り、いつもの交差点で彼女と待ち合わせ。僕、吉井明久は彼女『島田美波』と付き合っている。こうして毎日所定の場所で待ち合わせをし、共に登校しているのだ。
「んー。正直に言うと5分くらい待ったかな」
「……そういえば待ったか待ってないかの基準なんてないわね」
「まぁね。こういうのって結局個人の感覚だからね。僕は別に”待ちくたびれた~”なんて思ってないから待ってないってことでいいんじゃないかな」
「ふ~ん……」
「なんでそんな意外そうな顔をするのさ。僕、何かおかしなこと言った?」
「うん」
「え……マジで?」
「うん。アンタにしては珍しく哲学的なことを言ったわよ?」
「哲学? 何ソレ」
「はぁ……」
「なんでそんな残念そうな顔をするのさ」
「ふふ……やっぱりアキはアキね。それより行きましょ。遅刻しちゃうわよ」
「あ。そうだった」
「それじゃ……はい」
彼女がミトン型の手袋を渡してくる。片方だけミトン型のちょっと変わった形の手袋。これは僕ら2人のためにと彼女がクリスマスイブの日にプレゼントしてくれた手編みの手袋だ。美波が作った手袋は3つ。僕の右手用。彼女の左手用。そしてこのちょっと変わった『中で手をつなぐことができる』ミトン型の手袋の3つだ。クリスマスイブのあの日以来、僕たちはこの手袋を着用して登校している。
「ホント寒くなったわね。あんたコート着なくて平気なの?」
「今のところギリギリなんとかなってる感じかな」
「無理しないでコート買ったら?」
「う~ん……でもコートって高いんだよね。姉さんに相談するしかないかなぁ」
「ウチも一緒に話してあげよっか?」
「いやいいよ。これくらいは自分の力で説得してみせるさ」
「そう? じゃあ頑張ってね。ふふ……」
「ん? そういえば美波、今日はちょっと違うね」
僕は彼女の足元を見ながら尋ねる。いつもと違うのは彼女の足。昨日までは素足に靴下だったのだが、今日は黒いタイツを穿いているのだ。
「あ、このタイツ? 文月学園の制服ってミニスカートだから足がすっごく冷えるのよ。だから翔子に教わってタイツを使うことにしたの。これ温かくていいわよ」
「ふ~ん。なるほどね」
「どう? 似合うかしら」
彼女の手足は長くてすらりとしている。タイツで隠れてしまうのは少々残念だが、これはこれで良いかもしれない。
「ちょっと大人な感じに見えていいと思うよ」
「なによ。それじゃ昨日までのウチは子供っぽかったってこと?」
「あーいや。そういうわけじゃないんだけど……なんかゴメン」
「ふふ……いいわよ。それにしてもどうして日本ってスカートって決められているのかしら。ドイツで暮らしていた頃は冬にスカートなんて穿かなかったのに」
「ん? ドイツの制服ってスカートじゃないの?」
「ううん。制服そのものが無いの。みんな自由な恰好で授業受けてるわ」
「へぇ~。日本だと私服でいいのは小学校くらいなのにね」
「ウチも文月学園に入ることになってびっくりしたわ。指定の服以外ダメなんてね」
ふ~ん……国によって学校の制度も違うものなんだな。
「じゃあ美波はドイツの中学校ではずっとズボン穿いてたの?」
「冬の間はそうね。そうそう。アキにはまだ話してなかったわね。ドイツの冬ってすっごく寒いのよ? 最低気温がマイナス10度なんてこともあるんだから」
「げげっ……それって人間の住める環境じゃない気がするんだけど」
「そうでもないわよ。しっかり寒さ対策をしていればなんとかなるものよ。そもそも最低気温になる時間に外を歩く人なんてあんまりいないし」
「でも24時間営業のコンビニとかあるんじゃないの?」
「ううん。ドイツは働くための法律……日本でいうと労働基準法だったかしら。これがすっごく厳しくて。夜8時以降は店を開いちゃダメなことになってるの」
「え……マジで?」
「本当よ? 州によって違うみたいだけど、少なくともウチの暮らしていた町ではほとんどの店が夜8時には閉まってたわ」
「へぇ~……」
日本とずいぶん違うんだな。なんだか興味が沸いてきたぞ。
「ねぇ美波、もっとドイツについて教えてくれない?」
「いいわよ。それじゃゆっくり話したいし、今日の帰りにアキの家に行ってもいいかしら」
「もちろんさ」
「ところで今日は補習ないわよね?」
「う……た、たぶん」
あの一件、召喚システムとゲーム世界の融合トラブルの件以降、授業は真面目に受けているし、遊び道具も学校に持ち込んでいない。というか手荷物チェックがあって持ち込めないのだけどね。だからあれ以降は模範的な生活を送っている――ハズだ。
「それじゃ続きは今日の授業が終わってからね」
「オッケー」
そんなわけで今日は美波からドイツでの生活を聞くことになった。今まで日本以外の国の生活なんて考えたこともなかった。少し聞いただけでもだいぶ違うみたいだし、楽しみだ。