夕方。授業を終えた僕は美波を連れて自宅に帰って来た。
「さ、上がって」
「お邪魔するわね。そういえば
「ん。今日は仕事でちょっと遅くなるって言ってたよ」
「そうなのね。せっかくだから玲さんにも聞いてほしかったのに」
「仕方ないさ。仕事なんだし。姉さんには僕から話すよ」
「じゃあしっかり全部覚えなさいね」
「はは……頑張るよ」
美波を自分の部屋に案内し、お茶とお茶菓子を用意。準備完了だ。
「じゃあどこから話そうかしら」
「えぇと、それじゃまず中学がどんなところだったのか、からで」
「中学ね。といってもドイツには中学校という制度はないの」
「え……そうなの?」
「中学どころか小学校や高校なんて制度も無いわ」
「え? なに? ど、どういうこと??」
「ドイツでは6歳になったらまず基礎学校に通うの。基礎学校はドイツ語で言うと
「つまり日本でいう小学校は4年間ってことか」
「そういうことね。その4年間の後は
「え、えーと、ハプ……と……リア……ギナ……?」
なんだか発音が独特で覚えられない……。
「
「それじゃ美波はそのギムジムに行ってたの?」
「変な省略しないで。
「あびとぅー?」
「日本で言うところの大学入試よ」
「あぁ、そういうこと」
なるほど。美波はドイツでは大学を目指していたのか。
「じゃあ日本に行くことになって学校を中退した形になっちゃったってこと?」
「そうよ。友達も向こうに沢山いたんだけど……しょうがないわ」
「そっか。残念だね」
「ううん。こうしてアキに出会えたからウチは日本に来て良かったって思ってるわ」
「っ……!? そ、そっか。ははは……」
なんだか照れ臭いや……。
「えっと、そ、それじゃ他に日本と違うところを教えてくれる?」
「いいわよ。それじゃ……そうね。今朝途中まで話した働く環境について話そうかしら」
彼女は語る。ドイツの労働環境について。
朝6時から夜8時まで。これが国で定められている労働可能時間らしい。そのため夜8時を過ぎるとほとんどの店は閉まってしまい、買い物もできないという。しかも日曜は営業自体が禁止されているらしい。一部駅内売店などで例外が認められているものの、違反すると逮捕されてしまうほど厳しいそうだ。
「ふ~ん……日本と違ってずいぶん厳しいんだね」
「そうね。ウチも日本に来てびっくりしたわ。24時間営業のコンビニとか自動販売機とかね」
「ん? ドイツには自動販売機って無いの?」
「あるけど日本みたいに沢山置いてたりしないわ」
「へぇ~そうなんだ」
しかし日曜はお店が一軒も開いてないのか。一人暮らしで料理ができない人とか、困るんじゃないのかな。
「ねぇ美波、夜や日曜に買い物ができなくて不満はなかったの?」
「不便だって感じたことはあるけど、そんなに気にならなかったわね。だってこれが普通だったんだもの」
「ふ~ん……なるほどねぇ」
いやぁ思っていた以上に違うものなんだな。
「他には? 他はどんな感じなの?」
「そうね。あとは日が昇る時間がだいぶ違うわね。たとえば日本だと遅くてもだいたい朝7時くらいには日が昇るでしょ?」
「冬の間はそうだね」
「ドイツでは日が昇るのは8時前くらいなの。8時を過ぎないと明るくなってこないのよ」
「8時ってもう僕ら登校を始めてる時間だよね」
「そうよ。だからドイツで学校に通ってた頃は暗い道を歩いて通ってたのよ」
「ほへぇ~」
「それと日が暮れるのも早いわね。午後3時半には日が陰り始めるの」
「3時半!? それってまだ授業中じゃないか!」
「そうよ。でもドイツの冬はこんなものよ。曇っていたりすることも多くてお日様がでないうちに日が暮れるなんてこともよくあったわ」
「ふぇぇ~……」
そうか。日本より北極寄りの位置にあるから太陽の当たる時間が違うんだ。
「そうそう。冬といえばクリスマスマーケットね」
「マーケット?」
「ドイツではクリスマスをとっても大切にしているの。10月から準備を始めるくらいよ」
「ふ~ん……ずいぶん気が早いんだね」
「日本が忙しいだけよ。ハロウィンとか他の国のお祭りを取り入れてるから」
「あーそうか。そうかもしれないね。それでそのクリスマスマーケットっていうのは何?」
「クリスマスのお祝いをするための準備をするお店よ。たくさんの町のいろんな場所で露店が開かれるの。そこではクリスマス用の飾りやアクセサリが売られるのよ。ほとんどが手作りよ」
「日本で言うと
「そうね。でも日本の縁日よりもずっと長い期間開かれてるわよ」
「どれくらい?」
「町によって違うみたいだけど、ウチがいた町では11月の終わりから始めてたわね」
「つまりだいたい1ヶ月ってことか。確かに長いね」
「それだけクリスマスを大事にしてるってことよ。日本だと”サンタさんからプレゼントをもらう日”だとか”恋人たちの日”なんて言われてるけど、ドイツでは純粋にキリストさまの生誕を祝ってるって感じね」
「ふ~ん……なるほどぉ」
いやぁ驚きの連続だ。こうして聞いてみると面白いもんだな。
「そうそう。クリスマスといえば
「あ、それ知ってるかも。確か全体を砂糖でまぶしてあるお菓子だよね」
「そうよ。ドイツではクリスマスの1ヶ月前くらいからそれをちょっとずつ切って食べるの。レーズンとかオレンジピールなんかが使ってあって、日が経つに連れて味が染みてきてクリスマス直前が一番美味しくなるのよ」
「え……1ヶ月もかけて食べるの? 僕が前に食べた時はその日のうちになくなっちゃったけど……」
「アキったら食いしん坊ね。もっと時間をかけて食べた方が美味しかったのに」
「そうだったのか。知らなかった……」
よし、次回食べる時は64等分くらいにしてちょっとずつ食べようっと。
「それとね、ドイツではどの家庭でもクリスマスにワインを飲むの。
「ワイン? 美波も飲んでの?」
「ウチは未成年だったから
「き、キンダー?」
「
「お、おっけー。覚えた……(たぶん)」
「あのままドイツで暮らしていたらウチも去年
「ん? ちょっと待って。去年って美波16歳じゃないの?」
「そうよ? ドイツではお酒を飲めるようになるのは16歳よ」
「え……そうなの!?」
「日本だと
「そうそう。そうなんだよ。へぇぇ~そうかぁ。ドイツでは16歳なのかぁ」
こんなところまで違うなんて想像以上だ。しかしこれほど文化が違うとなると、美波にとって日本での生活って凄く大変なんじゃないだろうか。生まれてからドイツでの生活以外知らなかったんだ。それが今はこうして僕と普通に会話できるまで日本語も上達しているなんて、凄いことだと思う。
僕なんか中学から数えて5年間も英語を勉強しているというのに、ろくに話せやしない。たった2年で日本語が話せるようになった美波とは大違いだ。この違いはやっぱり頭の出来なんだろうか。
「どうしたのアキ?」
「へ?」
「どうしたのよ。急に真剣な顔をして黙り込んじゃって」
「あ……ううん。なんでもないよ!」
頭の出来が違うなんて前から分かってたことじゃないか。とにかく今は美波の話を聞こう。
「えっと、それじゃさ、ドイツの美味しい食べ物ってどんなのがあるのかな」
「やっぱりソーセージじゃないかしら。あとビールね。これは有名だからアキも知ってるでしょ?」
「うん。やっぱり味が違ったりするの?」
「ビールについてはウチは分からないわ。ソーセージはすっごい沢山の種類があるわよ。色々なハーブやスパイスを使って工夫してるの。カレー味だったり白いソーセージなんかもあるわよ」
「か、カレー味……?」
「
「なるほどね。確かにそれは簡単そうだね」
それなら今度作ってみようかな。そうだ、今度お弁当にそれを入れてみよう。きっと美波も喜ぶぞ。
「ところでさ、ドイツの見所って他にどんなところがあるのかな」
「見所って?」
「んーっと、ほら、日本で言うと富士山とか東京タワーとか、スカイツリーとか」
「あ、観光地ってこと?」
「そうそれ!」
「ドイツで観光地といえば、まずは
「ノイスバンスタイン??」
「ノイシュヴァンシュタインよ。バイエルン州に古くからあるお城よ。アキもシンデレラの話は知ってるわよね?」
「シンデレラって童話の?」
「そうよ。そのシンデレラ城はノイシュヴァンシュタイン城をモデルにしたって言われているのよ」
「ほへぇ~そうなのか」
「本当かどうかは分からないみたいんだけどね」
「ふぅん……美波も行ったことあるの?」
「もちろんあるわよ。山の中にあるとっても綺麗なお城だったわ」
山の中の綺麗なお城か。教科書で何度か見たことがあるな。あんな感じなのかな。
「そうそう、山の
「うっそ!? マジで!?」
「そんなつまんない嘘ついたりしないわよ。ウチが見た時は日本人の観光客でいっぱいだったわ」
「へぇ~~それなら買い物もしやすそうだなぁ」
「ふふ……アキにとっては嬉しいでしょうね。ウチも日本に来た時、”店員さんがドイツ語を話せたらな”って思ったもの」
「そうだよね。言葉の壁って厚いもんね」
そうかぁ。ドイツで頑張ってる日本人もいるんだな。
「美波、他には? 他にはどんなのがあるの?」
「そうね。Kolner Dom……ケルン大聖堂とか、Brandenburger Tor。ブランデンブルク門なんかが有名ね。どれもとっても綺麗よ」
「ケルンにブランデンブルクか。ふぅん。そっかぁ……」
聞いていたらなんだか行ってみたくなってしまったな。でもドイツってすごく遠かった気がする。飛行機で行くわけだし、お金もすごく掛かるんじゃないだろうか。
「アキも行ってみたくなっちゃった?」
「へ?」
テーブルの向こうでは美波が頬杖をつき、にや~っと笑みを浮かべている。どうして考えていることが分かったんだろう。僕の心を読んだのか?
「そりゃ行ってみたいけどさ、でもドイツに行くのって凄くお金が掛かるじゃん? それに僕はドイツ語なんてできないし」
「ウチは出来るわよ?」
「美波はドイツで育ったんだから話せるのは当然じゃないか。僕には相手が何を言ってるかすら分かんないよ」
「だったらウチと一緒に行けばいいじゃない」
「え……」
なるほど。それもそうだ。でもそれって美波と一緒に旅行ってことだよね。
……それって……新婚……?
「? 何を赤くなってんのよ」
!?
「い、いや! あの! えと……な、なんでも……ない……」
「? 変なアキ」
うぅ……変なこと考えたから恥ずかしくなっちゃったじゃないか……。
「ねぇアキ、今は無理だけど、いつか一緒にドイツに行ってみない?」
「えぇっ!? っちょ、ちょっと待って! まだ心の準備ができてないよ!?」
「はぁ? 心の準備? アンタ何言ってるのよ。ドイツに行くのにどんな心の準備がいるの?」
「え……? あれ? そ、そうか。そうだね……あはは」
何を勘違いしてるんだ僕は。誰も新婚旅行だなんて行ってないじゃないか。慌て者だな僕は……。
ん? そういえば前に美波が「ドイツにも友達が沢山いる」とか言ってたっけ。ということはドイツに行ってその友達に会いたいってことなのかな。それならその願いは叶えてあげないといけないな。ウン。でも飛行機代ってどれくらい掛かるんだろう。
「ところでさ、ドイツに行くのにいくらくらい掛かるのか分かる?」
「それなら前にお父さんに聞いたことがあるの。確か10万円くらいだったと思うわ」
「じゅっ……!?」
思わず絶句した。1人10万円なら2人で20万円じゃないか。そんな大金、あるわけがない。
「何を驚いてるのよ。飛行機で12時間くらい掛かるんだから高くて当たり前でしょ?」
「12時間もかかるの!?」
「そうよ。ユーラシア大陸の端っこまで行くんだから当然でしょ?」
「ひえぇ~……」
ドイツって遠いんだなぁ。時間もお金も沢山必要なんだな……。
「あ。降り出したみたいよ」
「ん? 何が?」
「雪よ。ほら」
そう言う美波の視線は僕の頭上を越えている。つまり僕の後ろを見て言っているのだ。後ろにはベランダがある。体をひねって後ろを見てみると、
「あ、ホントだ。どうりで寒いと思った」
ガラス扉の向こう側に、細かくて白い塊がはらはらと落ちていくのが見える。雪だ。それも結構な勢いで降っているようだ。
「天気予報の通りだったわね」
美波がそう言いながら立ち上がりベランダの方へと向かう。そしてカラカラと扉を開けると、空を見上げた。
「だいぶ降ってるね。これは積もるかな」
僕も彼女の隣へと行き、同じように空を見上げる。
「アキは雪は好き?」
「子供の頃は好きだったな。姉さんと一緒に雪だるまを作って遊んだりしたよ」
「今は嫌い?」
「うーん。どうかなぁ。嫌いってほどじゃないかな」
「ふぅん……」
「ドイツもこんな風に雪が降るのかな」
「あんまり降らないわね。でも寒さは向こうの方が上ね」
「そうなんだ。じゃあ雪は珍しいんだね」
「そうね。こんな風に沢山降るのを見るのは久しぶりかもしれないわね」
僕たちは互いに空を見上げながら他愛の無い会話を続けた。どんよりと曇った空からはしんしんと雪が降り注いでいる。そのうちの1つが美波の肩にふわりと乗った。
(いつか僕もドイツに行ってみようかな)
彼女の肩に乗った雪を払いながら呟いてみる。こうして呟いてみせたのには意図がある。それは彼女の返答を期待してのこと。
「その時はウチも連れて行ってね」
彼女の言葉は僕の期待したものと完全一致していた。これに対する返答は用意している。
「もちろんさ。言葉も分からないし、一人でなんて行けやしないさ」
「じゃあ約束よ。アンタはいつかウチを連れてドイツに行くこと。いいわね」
「何年もかかっちゃうと思うけど……いい?」
「何年かかろうとも約束は約束よ。絶対に果たしてもらうわよ?」
「手厳しいなぁ」
「ふふ……頑張ってね。アキ」
「うん。頑張ってみるよ。それじゃそろそろ閉めようか。寒くなってきたし」
「そうね」
こうして僕と美波の間に約束がまたひとつ増えた。しかも今度は一緒にドイツに行くという、これまでにない難しいものだ。
けれどこの約束は僕自身も果たしたいと願っている。
きっと何年も掛かるだろう。大人になって、仕事に就いて、お金を貯めて。
そしていつか……。
☆
翌日。
ウチは昨日の約束が遙か遠くにあることを知った。
「……遅いわね。アキ……」
ウチはいつも通り、待ち合わせの交差点でアキが来るのを待っていた。最近はいつもアキが先に待っていて、ウチが後から来る感じになっていた。でもこの日はウチが先に到着して、しかも待ち合わせの時間を10分過ぎてもまだアキは姿を現さなかった。
「もしかして寝坊してるのかしら。遅刻しちゃうじゃない。しょうがないわね」
しかたなく迎えに行こうとした矢先。
『おお~~い! 美波~~!』
遠くからウチを呼ぶ声が聞こえてきた。あの声は……アキ?
『ごめ~~ん! 遅くなった~~!』
坂の下から誰かが駆け上がってくる。間違いない。アキの声だ。
「もう! 遅いわよ! 何してたのよ!」
ウチは怒鳴りながら彼の到着を待つ。こんな風に怒ってみせているけど、内心は嬉しかったりする。こうして朝にアキの顔を見るのが楽しみ。
『ごめんごめん! ちょっとトラブルがあってさ!』
次第に坂の下から姿が見えてくる。けれど――
「え……?」
彼は白い息を吐きながら坂道を駆け上がってくる。けれどウチはその姿に頭が混乱しはじめていた。
「ハァ……ハァ……ハァ……ご、ごめん! 姉さんと口論していたら遅くなっちゃってさ……ハァ……ハァ……」
全力で走ってきたのだろう。アキは両手を膝に乗せ、肩で息をしていた。
「えっ? えっ? な、なに? それ??」
驚きながら声を絞り出す。ウチの目の前には信じられない姿のアキがいる。
「それ? それって?」
「それって言ったらそれよ! なんでそんな格好してるのよ!!」
ウチが驚いているのはアキのスタイル。
全身を覆う黄色の毛皮。ずんぐりむっくりの体型。大きな顔と三角形の耳。その耳の間にちょこんと乗せた赤いリボン。その大きな顔の口部分からはアキのとぼけた顔が覗いている。
「ああ、これ? じつは姉さんが防寒着を用意してくれたって言うんだけどさ」
「それのどこが防寒着なのよ! どう見たって着ぐるみじゃない!!」
そう。アキが着ているのは着ぐるみだった。それもキツネのフィーを形取った着ぐるみ。
「い、いやあ、話すと長くなるんだけど……とりあえず学校に行かないと遅刻しちゃうよ?」
「その格好で行くつもりなの!? アンタバカなの!?」
あ。バカだった。今さら何を言ってるんだろう、ウチ。
「ま、まぁとにかく行こうよ。遅刻するわけにいかないからさ」
「あぁもうっ! 分かったわよ! しっかり走りなさいよ!」
「お、おぅっ!」
走りながらウチは事情を詳しく聞いた。
アキが言うには、昨日玲さんが帰宅した際、「アキくんのためにこれを買ってきました」と、この着ぐるみを渡されたという。その時アキは”またわけのわからないものを”と思いながらも受け取ったらしい。
ところが今朝、アキが家を出ようとしたところを玲さんに呼び止められ、「昨日の防寒着はどうしたのか」と聞かれたという。「あんな恥ずかしいの着ていけないよ」と答えたところ、押し問答となり、口論に負けて結局着て登校することになったらしい。
「はぁ……何やってるのよ。ちゃんと断ればいいじゃない」
「断ったさ。でも姉さんが着ていかないのならお嫁に行けなくなるくらいのチューをしますって言うからさ……」
「玲さんも相変わらずね」
「ホントだよ。そもそもなんでフィーなんだよ。ノインにしてくれれば良かったのに」
「アンタの論点ってそこ!?」
「だってフィーって女の子なんだよ!? 僕は男なんだから男の子のノインにしてほしいじゃん!」
「っっっっとにバカね! アンタ!」
もう怒る気にもなれない。この時ウチは本気で思った。どうしたらこのバカは治るんだろう、と。
「や、ヤバイよ美波! そろそろ校門が閉められる時間だ!」
「見えてきたわよ! 急ぎなさい!」
ウチらは校門に向かって全力で走った。校門の前では西村先生が腕時計を見ていた。もう閉める時間みたい。急がなくちゃ!
「「セーーーーフ!!」」
――即、没収された。
☆
「くっそおおおお! 鉄人めぇぇ! 僕の防寒着を没収するなんて許せない!!」
「お主はどこまでバカなのじゃ……」
「まったく、バカに付ける薬はねぇな」
Fクラスの教室。アキの周りには木下や坂本たちが集まってきて話をしていた。
「美波ちゃん、何があったんですか?」
「……それ、話さなくちゃダメかしら」
「すみません。私も知りたいんです」
「そう。分かったわ」
もう話すのも馬鹿らしい。でも瑞希のお願いを断るわけにもいかない。
「実はね、アキが没収されたって言ってるのはフィーの着ぐるみなのよ」
「えっ? 着ぐるみですか? でも防寒着って言ってますよ?」
「えぇそうよ。今日アキが着ぐるみを防寒着代りに着て来たの。それを西村先生に没収されたのよ」
「ええっ! 美波ちゃんずるいです! 私も着ぐるみ姿の明久君を写真に収めたかったです!」
「ウチはもう馬鹿らしくて熱が出そうよ……」
あの約束を果たせるのは10年後くらいかもしない。
この時、ウチは本気でそう思った。