「大井さん……今、なんて………?」
耳を疑い、吹雪は震える声で大井に聞き返す。
「聞こえなかったかしら?今居る提督と、それの腰巾着を殺すから居場所を教えなさいと言ったの」
大井の眼は穏やかだが、しかしその瞳の奥は深く澱んでいた。
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雄介や一条がそれぞれの場所で対処に当たり、吹雪たちが大井と一触即発の状態になっている頃。
「………」
雪風は、独りトボトボと歩いていた。
ちなみに、これまでにトラブルなどに巻き込まれた様子は無い。
「………」
海岸線に目をやり、雪風は首に提げた双眼鏡を覗き込む。
「………」
海の彼方を眺めた後、再び歩きだした。
城南大学 沢渡桜子考古学研究室 03:12 p.m.
「………」
一条と雄介を殺す―――。
大井の放ったその言葉に、吹雪たちは凍りついた。
「どうしたんですか?知っているなら教えてください」
「て…提督は……」
大井の凄みに怯えながらも、吹雪は抗おうとする。
しかし
「一条提督は、現在揚陸侵艦の追跡調査を進めておられます。五代雄介さんについてですが……雪風を捜索している最中だそうです」
代わりに、加賀が丁寧に答えた。
「雪風を……?」
その言葉に、大井は怪訝な顔をする。
「第一……どういった事を根拠に、五代さんを提督の腰巾着などと思うの?私が見た限り、そういった要素は微塵も無かったのだけれど」
「それは……雪風を捜し出して…」
「使えないから解体処分にして、待遇をよくしてもらおうとしている……とでも?解体の申請をしていたのは、雪風自身よ」
「えっ……!?」
加賀の言葉に、大井は目を見開く。
「やっぱりね……。北上や自分が関心を向けている狭い範囲ばかりに気を取られて、しかも憎しみに囚われて神経質になっていたから、貴女は情報を得ることを怠った」
「……なさい…」
「さらに言えば、貴女は提督や五代さんを殺すなどと口にしてはいるけれど、それは本心ではないでしょう?」
「えっ?そうなんですか!?」
次に吹雪が驚きの声をあげる。
「何故なら―――」
「黙れッ!!!」
声を荒げ、大井は無断で持ち出した単装砲を加賀に向ける。
「―――貴女は、殺しに来たのではなく。五代雄介に会うよう、“勧められた”のだから。他でもない、北上に」
危機を感じ、吹雪は身を縮こまらせていたが、加賀は大井の単装砲から目を離さず、逃げもしなかった。
「……のよ……」
大井の手が震えだす。
「あんな……あんな風に、幸せそうに笑う北上さんを見たの……久しぶりだったのよ。それが……」
「北上さんの笑顔を取り戻してくれたのが……私たちから笑顔を…幸せを奪った、人間だったことが許せなかった……!認めたくなかった……受け入れたくなかったのよ!!」
顔を上げた、大井の眼は、涙で濡れていた。
「本当に嬉しかった……北上さんが、あんなに幸せそうに笑ってくれて……。でも、もしその優しさがまやかしだったら?全部…全部嘘だったらって、怖くてたまらなかった………」
泣き崩れる大井を、吹雪が抱きしめる。
「今は信じられなくても構いません。でも……」
「―――大丈夫!」
吹雪が言うよりも先に、力強く言い放ったのは桜子だった。
「五代くんは、約束を破らない人だから!だから……絶対、大丈夫!!」
言葉にしつつ、桜子はキーボードを打つ手を早める。
少しでも、彼の思いに応えるために。
「ふー……よしっ!」
吹雪は自分の両頬をぱしんっと叩き、立ち上がった。
「加賀さん、大井さん!行きましょう!提督が戦っています!!」
秘書艦として、吹雪は初めて雄々しく号令をかけた。
その姿を大淀は頼もしげに眺め。
「―――さあ、単ちゃん!私たちも作業にかかりますよ?」
大淀の掛け声に、単ちゃんたち解読班も敬礼で応えるのだった。
品川区内 03:36 p.m.
榎田から受け取ったレーダーを頼りに、一条はゼミルの動きを探っていた。
「この反応……間違いない、ヤツは近くに居る……!」
すると、近くの駐車場に1台の軽自動車が停まっており、一組の母娘連れが見えた。
「今日もいっぱい買い物したね☆」
「そうね〜、今日は豚しゃぶにしよっか♪」
「やったぁ!」
ごくありふれた、微笑ましい親子の会話。
しかし、それを遥か上空から冷ややかに見下ろす者が居た………。
「フン……」
そんなことを知る由もなく、母娘は帰宅しようとするが……
「ん?あれ……」
「お母さん、どうしたの?」
「なんかね、エンジン掛かんないのよぉ」
エンジンの様子を見ようと、母親が車から出てきてボンネットを開く。
「クク……ム?」
右腕を伸ばし、狙いを定めた…その時。
一条がパトカーを爆走させ、駐車場に着くなり飛び出した。
「そこから離れてッ!!!」
「チッ!」
邪魔されてなるかと、ゼミルは高圧水流の弾丸を撃ち出した。
しかし、一条の強運が味方をしてくれたのか、母親を守ることに成功した。
バギュンッ!という銃声に、当然ながら怯える母娘。
「大丈夫ですかっ!?」
《高空狙撃鬼》が艤装を持っている以上、第14号の時よりも危険と考え、長門と足柄の二人を別の場所に付いてもらいつつ、偵察機を飛ばして索敵を指示していたのだが……。
『こちら足柄!高空狙撃鬼は標的の狙撃に失敗したからか、逃走を開始したわ!』
「深追いはするな!敵航空戦団が迎え撃ってくる可能性も無いとは言い切れない!!」
『しょうがないわねぇ……了解!』
「活躍の場を設けてやれなくて、すまないとは思っている。しかし、深手を負わせることはしたくない!」
そう説得すると
「ふぇ!?な…なな、何を言ってんのよ!?この餓えた狼が、そんなミスをやらかすワケないじゃない!!で、でもまぁ!優しい提督がそこまで言うんなら?命令を聞いてあげないこともないわよ?」
無線機越しに、足柄の慌てぶりが伝わった。
「すまない……そうしてくれると助かる」
『……すまない。足柄が任務に専念したいということで、交代した長門だ。提督、先程の指示以外にすべきことはあるか?』
「いや、他は特に無い。……では、通信を切るぞ」
『了解!』
通信を切った、その直後。
桜子から電話が入った。
「もしもし!一条です!――解読出来ましたか?」
「はい、空母や艦載機といった記述は無かったんですけど……五代くんの話と合わせると、これが一番近いんじゃないかと!」
「どういった文章ですか?」
「《邪悪なるものあらば その姿を彼方より知りて 暴風の如く 空の使いと共に邪悪を射抜く戦士在り》―――」
「空の、使い………?」
陰陽道などで言うところの、式神の様なものだろうか。
しかし、リントにそういった陰陽道的な話は聞いたことが無い。
いや……もしかしたら、或いは―――
一条は、《空の使い》と呼ぶにふさわしい存在の答えに辿り着いたのであった。
少女は憎む。欲深いばかりの、人間の醜さを。
少女は憎む。守りたいものを守れない、弱き自分を。
男は訴えかける。
弱さを受け止め、許すことも立派な強さだと。
その思いは、柔らかな風となって包み込み、やがて暴風となって邪悪を撃つ―――。
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