「――――さん。残念ながらあなたは命を落としてしまいました」
――――どうやら俺は死んでしまったらしい。
気がつけばこの場所にいた彼は、すぐさま現状確認に勤め始める。
周囲を見渡せば、先の見えない暗闇であった。しかし差し込む光がないにも関わらず物や人の姿は陰ることなくはっきりと視認できた。
幻想の女神を名乗る目の前の人物の手元には積み重ねられた紙の束とペンにインク、それと
「あなたには三つの選択肢があります。一つは記憶を全て消した後に再び赤ん坊に生まれ変わること。二つ目は天国でただあり続ける事。そして三つ目は記憶を持ったまま別の世界に転生する事です。私のおすすめとしては三つ目で――――」
――――その世界にゴブリンはいるのか?
「……え? ゴブリン、ですか? えっと……確かいたと思いますけど……それよりもあなたには魔王を倒して……」
――――ならば、行こう。
彼は女神の言葉を最後まで続かせることなく決断した。
――――ゴブリンは、皆殺しだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「あー、何か報酬の高い依頼はないもんか……一発で借金返せて簡単なヤツなら最高なんだけど」
「そんなありもしないもしない者じゃなくて一発爆裂魔法をぶちかませる依頼を探してくださいよ」
「いきなり辛辣すぎだろ。というか依頼の判断基準もおかしいだろ」
「気持ちはわかるが堅実に依頼を熟していくしかあるまい。さしあたってはこの特異個体の一撃熊討伐依頼などどうだろう?」
「そんな塩漬けになるほど難易度高いクエスト俺らにできるわけねーだろ」
「ねー、まだ決まんないのー? なら今日はシュワシュワ飲んでていいー?」
「ダメに決まってんだろぉがぁ!! 誰のせいで金がないと思ってんだぁ!!」
「ちょっと何で私にだけ怒鳴るのよー!? 意味わかんないんですけどー!!」
――――拝啓、日本にいるであろう親父たちへ。
死ぬ前は実家で穀潰しのニートをしていたダメ息子こと佐藤和真は、異世界に転生した後は冒険者として活動しています。
転生特典として連れてきたトラブルメーカーたる水の女神アクア。頭のおかしい爆裂娘として有名になってきた一発屋なめぐみん。鉄壁の防御力を誇る攻撃能力皆無の女騎士ダクネス。
そんな頼りになら……なくもない気がする仲間の尻拭い……もとい協力を得ながら、俺は仲間のこさえた借金を返すべくせこせこ働いています。
……どうしてこうなった。
……思わず現実逃避をしてしまったが、原因としてはわかりきっている。
先日アクセルの街に現れた魔王軍幹部ベルディアを、街の冒険者の総出で何とか打倒した俺たちだったが、その時にアクアが起こした洪水によってアクセルの街は半壊。その修繕費はベルディアの懸賞金を帳消しにするほどの莫大な借金となって俺たちに圧し掛かる事となった。
その額、一億エリス
未だにその日暮らしを強いられ馬小屋に泊まる俺にとっては死活問題である。
できれば冬になるまでにちゃんとした宿を借りられるくらいにならないと寝ている間に凍死、なんてことにもなりかねない。
聞く所によると冬になると依頼が激減してその日の食い扶持すらままならないらしい。少しでも改善してないと真面目に死んじまう。
という事でギルドの依頼ボードでいい依頼を探しているのだがそう都合のいい仕事はない。というか俺たちに出来そうな仕事も少ない。
確実にできそうなのはジャイアント・トード討伐だけど報酬的にはそこまで高くないしアイツら嫌がるだろうし……まあ一人は張り切るかもしれんがその張り切りが役に立つとは思えないし……
少しでも割のいい依頼はないかと依頼書を見ていたが、気になる物が視界に入った。
「これは……『ゴブリンの巣の掃討』?」
ゴブリンといえばファンタジー世界で定番の雑魚敵である。この世界でも例を漏れず駆け出し冒険者の入門編的な相手でもある。
その依頼はゴブリンの討伐依頼にしては報酬が高い気がしたが……でもゴブリン相手なら俺たちでも何とかなりそうじゃないか?
「――――って事でこの依頼はどうだ?」
「えー、ゴブリン討伐とか女神が受ける依頼じゃないと思うんですけどー」
「ゴブリンの巣の攻略だと爆裂魔法の魅せ所がないじゃないですか」
「ゴブリンか……まあ悪くないかな。定番と言えば定番だが……うん、悪くない」
こ、コイツら……! どいつもこいつも自分勝手な事ばかり……!
そう思いながら改めてパーティメンバーを見返してみる。
うっかりと宴会芸が特技のアークプリースト。
爆裂魔法以外使えないアークウィザード。
攻撃が当たらない被虐趣味のクルセイダー。
あっ(察し)。これは……うん。今回の依頼が巣の掃討って事を考えると、どう考えても酷い事になる気しかしない。というか俺たちの中で一番マシそうなのが最弱職の俺ってどういう事だよ……。
「……やめよう。俺たちにこの依頼は無理だ」
そう判断した俺はゴブリン討伐依頼を受けるのをやめようとしたが、その時不思議な事が起こった。
「……ちょっと待ちなさいよカズマ。その口ぶり、まさかこの私がゴブリン如きに後れを取るとでも思ってるわけ?」
「は?」
何を思ったのか、さっき嫌だと言った張本人であるアクアが待ったをかけてきたのだ。
何故さっきまで嫌がっていたコイツがこうも突っかかってくるのか理解できない……。俺は思わず溜息を吐いてしまう。
「何を言うかと思えば……当たり前だろうが」
「言い切った!? この私がゴブリンに負けるって!!」
「逆に聞くがお前出来ると思うのか? 頭爆裂魔法なアークウィザードに盾にしかならないクルセイダー、おまけに宴会芸しか取柄のないアークプリースト。どう考えても無理に決まってんだろ!」
「はぁー!? 誰が宴会芸しかできないですって!? 最弱職の冒険者のアンタに言われたくないわよ!」
「その冒険者の俺が一番マシって状況に何で気付かないんだよこの駄女神!!」
売り言葉に買い言葉でアクアとの口論がどんどんヒートアップしていく。
その口論に焦れたのか、アクアは俺の手にある『ゴブリンの巣の掃討』の依頼書を掠め取りやがった。
「あ、お前何すんだよ!?」
「いいわ! そこまで言うならやってやろうじゃない!! この依頼、このアクア様が完璧に熟してやろうじゃないの!!」
そういってアクアはギルドの受付へと駆けて行って依頼書を渡してしまった。これで俺たちは依頼を受けざるを得なくなってしまったのだ。
「……嫌な予感しかしない!」
「そうか? 中々に楽し、……手応えがありそうじゃないか」
「そんな事より私が頭爆裂魔法だと言った意味を説明してもらおうじゃないか……!」
……そして案の定というべきか散々な目にあった。
一日かけてようやく巣を見つけ乗り込んだものの、攻撃が当たらずゴブリンに袋叩きにされるダクネス、あまりの数の暴力に泣きべそをかくアクア、堪らず爆裂魔法を撃とうとして生き埋めになりかねなかっためぐみんを引き連れて俺たちは命からがら何とか生還できたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「――――俺たちにはこのクエストは向いてない。諦めよう」
「なに言ってるの!? この水の女神であるアクア様がゴブリン如きに負けたなんて、敬虔なアクシズ教徒たちに顔向けできないわ!」
「大口叩いてたくせに泣きべそかいて逃げてきた駄女神としては妥当だろうが!」
「カズマ、ゴブリンどもの集中攻撃も中々に気持ち、……効いたが、私ならまだまだイケるぞ!」
「素直に感謝できないからお前も黙ってろ」
「爆裂……爆裂……」
「うんちょっと待とうかめぐみん、間違ってもここで撃つんじゃないぞ」
俺たちはゴブリンの巣窟から何とか命からがら逃げだせたものの、今回逃げられたのは運が良かったのがデカい。
袋叩きに合いながらも硬過ぎてそこまで大ダメージになっていなかったダクネスを盾にしながら何とかゴリ押しで後退できたのだが、もう少しダクネスとの距離を離されていたりしたら全滅していた可能性だってある。
……これは街に戻ってきてから聞いた話なのだが、ゴブリンの巣の掃討の場合は通常のゴブリン退治と違って決まった敵の数がわからず、さらに相手の地の利の上で戦わなければならないからこそ通常のゴブリン退治よりも報奨金が高く設定されていて、しかし所詮はゴブリン相手なので他と比べると割のいいとは言い切れない、なんとも微妙な依頼だったらしい。
……とはいえ金がいるのは確かなのだ。普通にカエルを狩り続けるよりは多く貰えるのには間違いない。
ゴブリン自体は倒せない相手じゃないんだから上手くやれればウハウハなんだけど……。
「何かいい手はないものか……せめてゴブリン退治の巧いやり方とかがあれば何とかなるかもしれないが……」
「カズマ、あのゴブリンですよ。そんなノウハウ、わざわざ作られてると思います?」
「だよなぁ……」
ゴブリンといえばファンタジー系のゲームでも大抵が雑魚敵であるように、この世界でもそれは変わらない。
ゴブリンは駆け出し冒険者が狩るものであって、経験を積んでいけば自ずと難なく倒せるようになるものなのだ。
正直一匹二匹程度ならゴブリンくらい俺一人でも倒せるのだ。
今回は巣穴という相手のホームかつ大群という地の利と数の利の両方が相手に圧倒的にあるから苦戦しているものの、わざわざゴブリン退治のために入念な準備をしていく冒険者なんているわけ……
「――――いますよ。ゴブリン退治のスペシャリスト」
「え……?」
そんな俺たちの考えを否定したのはギルドの受付嬢のルナさんだった。
「え、本当にいるの、そんなヤツ?」
「ええ、いますよ。ゴブリン退治においては右に出る方はいない、そんな人が」
ちょうどあちらで食事をしていますよ、と言って指し示したルナさんの手の先には一人の男が座っていた。
その姿はある意味異様だった。
その身を革鎧と鎖帷子で固めて頭部も丸々鉄兜に覆われているが、その表面は汚れや傷などで汚れており果たして手入れがされているのか疑問に思えた。
腰に佩びた剣は、短剣というには長いが一般的な剣と比べて短くて何とも中途半端な長さだった。
歴戦の戦士、とも見えなくはないが、それにしてはもっといい装備はなかったのかとも思えてしまう、そんな見た目だった。というより装備の見た目からするときちんとした装備が揃えられなかったようにも見える。
正直コイツ本当に強いのか? というのがそれが俺の抱いた感想だった。
というか何でギルドでも兜つけっぱなしなんだよ。しかもそれで飯食ってるし。どこから食ってるんだろうかあれ……。
「ゴブリンの事なら彼に相談に乗ってもらうのもいいかと思いますよ」
それだけ言ってルナさんは受付へと戻っていった。にしても何でわざわざ教えてくれたんだろうか……?
「で、どうしますカズマ? 私は爆裂魔法さえ撃てればもういいんですが」
「せっかくだし聞きましょ! それであの不届きなゴブリンたちに目にもの見せてやるのよ!」
「ふむ。つまり再びゴブリンに囲まれて叩かれるのか……!」
「……なら聞くだけ聞いてみるか」
やる気のなさげなめぐみんにやる気満々すぎるアクア、そして想像だけで興奮しはじめてるダクネスと……このパーティ大丈夫か、と今まで何度も思ったことが頭をよぎるが、いつもの事だった。
まあ、話聞くだけならタダだし、諦める前にできるだけがんばるのも大切だろうし、もしかするとゴブリン退治で楽に金が手に入るかもしれないしな。
けどアイツ何か雰囲気怖くね? いや装備は薄汚れてるけど平時でも完全武装ってやっぱおかしい。
「あのー、ちょっといいか……?」
それでも勇気を出して恐る恐る声を掛けた俺に対して、相手の第一声が……これだ。
「――――ゴブリンか?」
……何を言っているんだコイツは? そう思った俺は悪くないと思う。
だって声を掛けた返答が「ゴブリンか?」だぞ。意味がわからん。絶対にヤバいヤツだろう。
「ちょっと、どう見てもゴブリンなわけないでしょー」
「ゴブリンではないのか」
そういうと興味を失くしたかのように食事に戻ろうとする。まだ人が用件を言ってもいないのに会話を終わらせようとするとかコイツコミュ力ないんじゃないのか。
「じ、実はちょっとゴブリン退治の事で手伝ってもらいながら教えてもらえたらなーって思って……」
「やはりゴブリンか。数は? 規模は? シャーマンの有無は?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。他にも仲間がいるから先に連れてくるわ」
ゴブリンの話になったら急に食いついてきやがった。というか急に早口になったなコイツ。本当に何なんだコイツ……
……これが俺たちと、
本当はゴブスレアニメ最終回までに投稿したかったのですが間に合わなかったので、せめて今年までにと思っていたのですが間に合いそうになかったので、短編一話の予定を分割する事にしました。
なおのんびりと書いていたら友人に先を越された模様。