アクセルから遠く離れたどこか、一人の男が水晶を片手に玉座に座していた。
男は人間ではなかった。魔王軍に属する存在で、魔王軍幹部にとて引けを取らない存在であると自負していた。
そんな彼はある日、あるモノを見つけた。
かつて存在した魔法技術大国ノイズ。今から考えると明らかなオーバーテクノロジーを有していた亡国の、その数少ない遺産とも言える遺跡で見つけた遺物である。
それを見つけた時、彼は自身に運が向いてきているのだと自覚した。すぐさま部下に指示をだし、その装置を調査・実験を始めた。
その装置は、生き物の血肉を入れるとその生き物を何体も複製する、まさに神の領域を侵す禁忌とも言える技術。
しかしあくまで個体を物理的に複製するだけのため、精神まで複製する事はできず、経験を積んだ実力者に対して有効な個体を生み出す事はできない。さらに複製のための魔力もその個体によって大きく増減し、強力な個体を作ろうとすれば大量のマナタイト鉱石が必要になってくるだろう。ただしゴブリンのような雑魚であれば少量の魔力で事足りるため、質の悪さを数で補う事にした。
大がかりな……というより半ば遺跡と一体化している装置であるため持ち出す事も出来なかったが、これにより彼は無数のゴブリンを生み出し軍勢を作り上げた。
質は悪いが威力偵察や人類を疲弊させること、そして目晦ましにはちょうどいいだろう。
人間たちは多少ゴブリンが増えた所でそこまで気にはしない。レベルが上がりステータスさえ上がれば脅威になどならないのだから当然とも言える。
所詮はゴブリンなど雑兵だ。それは彼も理解していた。さらにいえば彼にとってゴブリンの軍勢はあくまで実験にすぎず、次の段階へと進むための試金石でしかない。
現に複製の際に細工を施した初心者殺しの個体は、彼の狙い通り本来の習性を逸脱してゴブリンに飼われるなど実験は着実に進んでいる。最終的には種の本能や知能すらも都合の良い様に弄れるようになるだろう。
この調子で実験を進めていけば、魔王軍幹部の座を得るために王都の前線で頭のおかしい勇者候補共に狙われる指揮官をわざわざ務める必要もなくなる。
さらに言えば魔王軍幹部のベルディアが倒された事がある意味彼にとってチャンスになっていた。都合よく魔王城を覆う結界維持に必要な幹部が一人欠けたのだ。つまり何らかの功績を引っ立てればその後釜に収まる事も難しいことではない。
とはいえ一朝一夕で成果が上がるものではなく、しかし全てを任せきりにしておくのも理解している彼は、定期的に遺跡に残した部下に報告をするよう指示していた。
それが手軽にできるようになったのも、同じ遺跡で見つけた遠く離れた場所とやり取りができる水晶の遺物を発見おかげである。
運は確実に自らに向いてきている……彼はそう確信していた。
そんな折の時だった。それは、実験の報告を受けている時の事だ。
『どうし……なっ!? 水がぼぼぼっ――――』
水晶を通しての部下からの報告は、その言葉と乱れる映像を最後に途絶えたのだ。
「水? 馬鹿な、一体何が……?」
彼は困惑した。何せ部下がいた遺跡の場所は山の洞窟のさらに奥深く。水が押し寄せてくることなど考えられないのだから。
あの周辺の気候から考えても豪雨などの天候が理由で映像が途絶えたとは考えづらい。
ならば作為的なものだろうが、しかし仮に洞窟の奥深くまで大量の水が押し寄せたと考えたとすると、一体どうすれば可能なのか。まさか近くの川から水を引いて入口から流した……なんて馬鹿な事をする輩がいるとは思えない。
考えられるとすれば、神器だろうか。
忌々しい神々が与えたとされる超常的な力を宿した道具。それらならばまだ不可能ではないだろう。
となれば下手人の候補として有力なのは勇者候補の誰かだが……
「いや、誰だろうが関係ない……!」
おそらくあの遺跡の存在をどこぞの冒険者に嗅ぎ付けられたのだろう。つまりこのままだと彼の計画は全て水泡と帰してしまう。
そうならなかったとしてもいくらかの被害は既にでているだろう。実験成果やあるいは遺産が破壊されている可能性すらある。
それを想うと腹の奥から湧き上がってくる怒りと計画が完全に阻止されてしまうかもしれない焦りは、下手人を八つ裂きにしなければ……いや、それだけでは治まらない。
下手人を八つ裂きにしたうえで、そのまま人類の拠点であるアクセルの街も潰してしまおう。ベルディアが敗北した地を潰す事で魔王軍幹部への切符とする。
そうと決めた彼はすぐさまテレポートを用いて現場へと向かう。もちろん報告を受けていた部下のいたであろう地下にではない。
あの部下がいた場所に下手人がいることは想像に難くない。
であればその場にいきなり飛ぶ必要はない。あの遺跡に繋がる洞窟、その入り口から……そう考えて入口へと飛んだのだ。
そして転移した先で彼の目に飛び込んできた光景は、白とも黒とも認識できない極光であり――――
◇◆◇◆◇◆◇◆
あの後の事を結末だけ簡潔に話そう。
「我が眼差しは破壊への標、我が言の葉は破滅への福音、我が魔杖は滅亡への鍵。我が一撃は秩序を呑み込む闇にして混沌を切り裂く光。光と闇は混ざり合い、全てを消し去る矛となる。刮目せよ! これこそ万物悉く無に帰す至高の一撃!
―――― エ ク ス プ ロ ー ジ ョ ン !!」
目の前でめぐみん渾身の爆裂魔法が炸裂、ゴブリンの巣窟と化した山はその奥に隠された遺跡ごと爆裂、崩壊したのだった。ナムサン!
今回の爆裂魔法の点数……87点ってとこか。
……もう少し詳しく説明するとしよう。
洞窟の奥にあった遺跡を少し探索をしてみたものの、捕虜らしき人はおらず、謎の装置の中にいる無数のゴブリンしか見つけられなかった。
もちろん謎の装置についても調べようとしたが、どこから調べればいいのかもわからずほとんどわからなかった。途中アクアがうっかりゴブリンの入った容器を破壊したせいで中にいたゴブリンが目覚めてしまうというアクシデントがあったりもしたが、専門家による流れるような一撃で頭部を叩き潰され始末された。
まあ状況的なことと物語的なお約束から考えて、おそらくこの装置によって上の洞窟にいた大量のゴブリンが母体もなしに生み出されていたのではないか……という推測はできたものの、それ以上の情報を得られる事はなかった。
もしかしてこの世界のゴブリンはこうして増えるのが常識なのかとも思ってその手の専門家に聞いてみたが、さすがにそれはないらしく、少しの間注意深く装置を調べていた。
それを聞いた俺はこう思った。
流石にこれ、ただの一冒険者の手に負えるものじゃないだろ。
だってそうだろ。明らかに世界観が違う増え方で常軌を逸した増え方をするゴブリンなんてどう考えても厄ネタでしかない。国とかお偉いさんが何とかするべき案件だ。
少なくとも一山いくらの冒険者が単独で、それもゴブリン退治の報奨金くらいで尽力するクエストじゃないはずだ。
という事で一度ここから撤退しようと提案したのだが、俺の至極当然な意見に反対の声が上がった。「まだ爆裂魔法を撃ってない」だの「女神の私の手に負えないわけないでしょ!?」など一考する価値もない意見は当然無視するが、無視しにくい意見も当然あった。
「あの装置があれば無限にゴブリンが生み出される。それを放置するわけにはいかん」
ゴブリンの専門家として説得力のある意見であった。いやまあゴブリンみたいな雑魚敵が増えても……って思わなくもないけど、今回で大群のゴブリンは厄介だってのは理解できたし……
「気持ちはわかるがあれは最早一冒険者の手に負える問題ではないだろう。手を誤れば国が滅びるぞ」
ソイツの言葉に意見したのは意外にもダクネスだった。コイツだけ反対してないのが不思議だったけど、そういう考えだったのか。コイツもこういう考え方を見るとやっぱり騎士らしいっちゃらしいんだよなぁ……あの性癖さえなければ。
「国が滅びずとも、時間があればゴブリンは村を滅ぼす」
「確かに、それを否定はできないが、しかしさすがに我々だけで済ませられる範囲を超えていないか……?」
しかし相手も一歩も引かない。確かにいくらゴブリンが弱いっていってもあんな大群で襲われたら溜まったもんじゃない。それも戦える人間がいない場所ならなおさらだ。それを理解できないわけじゃないダクネスとしては言葉に詰まってしまっていた。
俺としてはもう誰かに丸投げしたいって気持ちが強いんだけど……この情報だけで金も貰えそうだし。でもコイツ梃子でも動かなそうだしなぁ……。
「……で、何か手でもあんのかよ?」
「カズマっ!?」
案があってそれがよさそうなら別にいい。けどないならどうしようもないから諦めてもらおう。そんな思惑で口にした俺の問いかけに対してコイツはすぐさまこう返してきた。
「――――いい手がある」
……本当にいい手なんだよな? と、不安になった。
で、実際に聞いてみるとその不安はある意味的中していた。
なにせそれは、アクアによる全力の洪水であの謎の遺跡を洞窟ごと水没・圧壊した上でめぐみんの爆裂魔法で全てを吹き飛ばすという案だった。力技にも程がある。
その案を聞いた俺とダクネスは山が崩れるだろうと猛反発したのだが、その反論を聞いて俺は口を閉じた。
「だがゴブリンは死ぬぞ」
うん、確かにそうだけどそういう問題じゃなくて……などと考えていたが、冷静に考えていくとそこまで悪い手ではないのではと思考が動いた。
確かに今回の一件、周辺の村やアクセルの街、ひいてはこの国の安全を考えれば、あの謎の装置のある遺跡を山ごと葬り去った方が良い事だろう。
さらに宴会芸の女神のちんけなプライドも頭のおかしい紅魔族の爆裂欲も同時に満たせるわけで、さらに作戦立案などは全部コイツなわけだから何か問題が起きたとしても俺の責任じゃないと言い張れる。
それに何より、もう色々と面倒だしそれが一気に解決するんなら……もういっか。そう判断した俺はゴーサインをだした。
「カズマッ!?」
それにダクネスは驚いていたが、判断が揺れているせいか強く反対をする事はなかった。
そこからはもう簡単だった。一旦ダンジョンから退避、そしてアクアが全力の魔法で洞窟内に大量すぎる水を流し込んで水没させてからめぐみんの爆裂魔法で山ごと崩してゴブリンの巣は完全に消滅した。
こうして俺たちのゴブリンの巣の掃討クエストは、山を一つ犠牲にして終わったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「――――さて、あれから一日休みを取りましたが、今日は何の依頼を受けるんですか?」
「まあ、ゴブリン退治かな」
「ええー!? また~!? もういいじゃない。今日も休みましょうよー」
「このお馬鹿! 金がないって言ってるだろ!!」
「まあ、悪くはない。悪くはないかな……」
あの地獄のようなゴブリン退治を終えて報酬を受け取ってから二日後、俺たちは再びギルドで依頼を受けようとしていた。
さすがにもうあんなイレギュラーなゴブリン退治にはならないだろ。ダクネスを囮に削っていけば大体イケるってのはわかったし、最弱職の冒険者だってやり方次第でヤバいってのも頭のおかしい前例が証明してくれたし……まあ何とかなるだろ……いざとなったら巣ごと丸ごと爆裂魔法でブッ飛ばそう。
「ゴブリンの巣の掃討依頼はまだいくつかあったはずだ。これで少しでも金を溜めて……ってあれ?」
「どうしましたかカズマ?」
「なくなってる……!? ゴブリン駆除の依頼が全部!?」
今依頼ボードに張り出されているのは俺たちには荷が重そうなものばかり。数日前、というか二日前にはまだいくつか残っていたゴブリン駆除の依頼、それが一つ残らず消えていたのだ。
「ゴブリン駆除の仕事は割に合わないから人気がないって聞いてたのに……! 何で……!?」
想定外の事態に思わず困惑する俺に、たまたま近くを通りがかった受付嬢さんは何でもないようにこう口にした。
「ああ、ゴブリン退治依頼でしたら彼が全部受けていきましたよ」
「え?」
彼、というと……まあアイツのことだろう。まあアイツがゴブリン退治を受けるのは何ら違和感はない。
ただ、おかしな点はそこじゃない。
「ぜ、全部……?」
そう、おかしいのはアイツ一人で何件かあったゴブリン退治の依頼を全部請け負ったという点だ。
確かに俺たちは一日休んだ。あまりにもいろいろと詰め込まれたからたまにはと休みを取ったのだ。
だが一日だ。その一日の間に、アイツ一人で、何件もあったゴブリンの巣の掃討を、全部請け負う?
いやおかしいだろ。普通無理だろ。というかやろうとも思わないだろ。
そんな感じで困惑する俺の様子に受付嬢さんは「そうですね……」と何か説明をしてくれるみたいだ。それが納得のできるものだと良いんだけど……。
「アクセルの街でゴブリン退治の依頼って少ないですよね」
「え? 確かに、あんまり……というかほとんど見たことがないな」
アイツの説明だと思ったから何か予想の斜め上の話になったけど、確かに少ない、というかほぼなかった。
ゴブリン退治といえば、ファンタジーにおける登竜門、普遍的に存在している依頼というイメージだ。
たとえこの世界がたまにファンタジーというか常識にケンカ売ってんのかと思う事のあるふざけた世界だとしても、ゴブリンといえば雑魚モンスターという認識は変わらないようだった。
それなのに俺はこのアクセルで冒険者として活動していてゴブリン退治の依頼を見た記憶がなかった。
初心者向けの依頼としてはジャイアントトードが前面に出ていたから気にはならなかったけど、よく考えればゴブリン退治の依頼を見たのはこの前が初めてだった気もする。駆け出し冒険者の街と言われるアクセルで、決してゴブリンが存在しないわけでもなく、敷居の高い相手ではないにも関わらず、だ。
「……って、まさか!?」
そこで俺の脳裏にある一つの考えが浮かんできた。いや、まさかそんなことあるわけ……
しかしそれを肯定するように受付嬢さんは言葉を続けた。
「ゴブリン退治の依頼が出ると、すぐさま彼が全部根こそぎ狩りつくしてしまうんです」
「はぁっ!?」
つまりアクセルでゴブリン退治が出回らない理由は人気云々じゃなくてたった一人の男によって独占された結果って事か……!?
「うーん、ちょっと違いますね。彼、文字通りゴブリンを根こそぎ狩りつくしちゃうんです」
「は?」
「この辺りにゴブリンがいなくなってしまうので、依頼自体がなくなるわけです」
まあしばらくしたら他所からゴブリンが湧いてくるんですけど……と受付嬢さんが言うが、それもすぐさま狩られてしまうと言外に述べていた。
つまり何か。この辺りじゃゴブリンは絶滅危惧種って事か? で、それを為してるのは一人の冒険者って事か? 常識が崩れるんだが……
「やっぱアイツ、頭おかしいじゃねぇか……」
「ですので、変な意味で有名な彼は他の冒険者やギルドからこう呼ばれています――――」
◇◆◇◆◇◆◇◆
薄汚れた鎧兜に中途半端な長さの剣。さらに職業は最弱職の『冒険者』。その活動内容はゴブリン退治ばかり。
しかして彼はその機転と活動量によって『最優の冒険者』とも称されるようになる。
人は彼を、『
以上でゴブリンスレイヤー in このすば は完結となります。
まさか一話短編の予定だったのがここまで字数が増えるとは思っていませんでしたが、何とか終わりに漕ぎつけたので良かったと思います。
なお、この続きを書く予定はありません。あったとしても今回出てこなかったキャラとゴブスレさんとの交流が書ければ、というくらいかと思います。悪しからずご了承ください。
拙い作品ではありましたが少しでも楽しく読んでいただけたのなら幸いです。
ここまで読んでいただきまして、本当にありがとうございました。