なぜ続いたし。
ロッキングチェアーに揺られながら、うつらうつらと船を漕いでいた時のこと。滅多に人が訪れないはずのこの屋敷に来客があった。
窓際で陽の光に包まれながら気持ち良くうたた寝していたところを邪魔されたのであるから、当然俺の機嫌は急降下する。魔獣だろうが何だろうが殴り飛ばしてやるという勢いで部屋を飛び出し、軋む階段を降りて玄関の扉を開ける。するとそこには、傷だらけで今にも倒れてしまいそうな女の子が立っていた。予想だにしない光景に俺は何があったのかと尋ねようとしたが、それより先に彼女が口を開いた。
「魔女さん助けて!」
息も絶え絶えといった様子の少女はユラっと後ろを指差す。それと同時に猛烈な勢いで草木を破壊しながらソレは現れた。
「ガルルル…!」
獲物を睨みつけ前足をひたりと踏み出し『もう逃がさんぞ』とばかりに唸る魔獣に、少女は恐怖のあまり目の前でぺたんとへたり込んでしまった。
「なるほどな」
何が目的かは知らんが俺に会うためにやってきたであろう女の子を守るため、玄関から外に出て部外者と対峙する。すると俺の覇気に圧倒されたソイツは毛を逆立て一際大きく威嚇すると、そのまま飛び掛かってくることもなく再び鬱蒼と茂る木々の中へと姿を消していった。
「あ、ありがとうこざいました…」
未だ小刻みに震える体を自分で抱きながら、上目遣いに感謝を伝えてくる健気な少女に手を差し伸べながら癒しの魔法を施してやる。すると触れ合った指先から波動が伝わり、みるみるうちに傷が癒えていく。
「わ、あ!」
しばらく傷のあった箇所をペタペタと触り不思議そうにしていた女の子だったが、思い出したようにスクッと立ち上がると突然こちらに抱き着いてきた。あまりにいきなりすぎて何事かと慌てふためく俺に、彼女はこんな事を言い放ったのだった。
「ねえ魔女さん、私と友達になって!」
と。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フランソワは夢見がちな少女である。それが災いして、村ではあまり友達が出来なかったのだという。彼女は専ら絵本や御伽噺の世界に没頭し、日がな一日空想を重ねていた。
しかし数日前、誰もが生還を絶望視したとある少年が無傷で帰り、村人がその理由を尋ねると『魔女が助けてくれた』と興奮気味に語ったらしい。その噂を聞きつけたフランソワは、居ても立っても居られずこうして会いに来たんだと少女は抱き着きながらに教えてくれた。しかしこのままではリラックスして会話も出来ないので、とりあえず自室のソファに座らせ、適当に飲み物を持たせる。
俺も暖炉の前に移動させたロッキングチェアーに腰掛け、自前の茶葉を使った紅茶に口を付けて一息つく。
「それで魔女さん、私の友達になってくれるの?」
フランソワは渡された飲み物に手を付けず前のめりになって聞いてくる。どんだけ友達になりたいんだこの子は。まあ、俺も一人は寂しかったから断る理由も無いし快く受け入れてあげようと思ったが…ここでちょっとした悪戯心が芽を出した。彼女は絵本が好きで、俺は物語に登場する魔女そのものなのだ。ちょっとくらい意地悪したって、バチは当たらないよな?
フッと息を吐きわざとらしく天井を仰ぎ見、そのまま視線だけフランソワに寄越す。如何にも魔女っぽい挙動。俺って案外演技派だったんだな。
「そうさな。別に友達とやらになっても良いが、一つ条件を出そう」
「条件?」
まだ10歳くらいの少女に提示する条件。当然子供にも出来なくはない程度の難易度にするべきである。俺は悪い魔女じゃないからね。
「うん。キミには地下室の掃除でもしてもらうかな。それでどうだ?」
地下室。それは玄関ホールに設けられた暗く湿っぽい空間。実は暗い場所が怖くて未だに手をつけられてないという、屋敷に住み始めた当初からの悩みの種。それを彼女に掃除してもらおうと言う魂胆である。ふふ、我ながら良い案だ。
「分かりました!掃除道具、ください!」
俺の問いに即答したフランソワは、袖を捲り可愛らしい二の腕に小さな力こぶを作って見せた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔女さんに見送られながら、モップと
じゃなくて、今は掃除に集中しなきゃ!
「よし、頑張るよ!」
とにかく目に付いた汚れを片っ端から拭い去っていき、クモの巣や小さな昆虫の死骸なんかはモップの柄で移動させていく。長年使われていなかった様子の本棚や引き出しはカビだらけで酷い有様だったけど、私のお掃除のお陰で多少はマシになったかな。そうして一時間くらいで目に付くところは粗方片付け終わった。
「ふぅ、取り敢えずこれでキレイになったわね。さて、ちょっとだけ休もうかな」
手頃な大きさの木箱を見つけて腰掛ける。私としてはかなり頑張ったから、これは自分へのご褒美よご褒美。
「んー、それにしてもここって何に使ってた部屋なのかなぁ?」
ふとそう思いフランソワは独り言つ。棚や引き出しにあった用途不明の器具の数々。部屋を見渡せば不気味な物が所狭しと並べられていて、なんとも趣味が悪い。
ただ、掃除中に見つけたこのキレイな石だけは不思議と惹きつけられるものがあった。棚の上の少し大きい小箱に、隠すように収められていたとても透き通っている石。これを魔女さんに渡せば、もしかしたら気に入ってくれるかもしれない。そう思って取っておいたのだ。
「ふふ、気に入ってくれるといいなぁ」
休憩を終えてモップやバケツを手に取り、上機嫌に玄関ホールへと戻る。
これで魔女さんは私の友達だ。フランソワはニヤつきを抑えきれずニヨニヨしながら階段を登ったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「じゃあね、ロラちゃん!また遊びに来るから!」
「気を付けてな、フランソワ。危なくなったら水晶を使うんだぞ」
森の行ける範囲まで案内した俺は、数日前のようにフランソワを見送ることとなった。結果として俺は彼女を友達第一号に認定し、お互いこのように名前で呼び合う仲に発展。この世界に来て初めての友人だからか、俺も心なしかテンションが上がっているらしい。しかしちゃん付けは少し…恥ずかしいな。何とかならないだろうか。
「バイバイ!」
鼻歌を歌いスキップしながら帰っていったフランソワちゃん、今回の出会いは俺にとっても彼女にとっても大きくプラスに働いただろう。何よりこの透明な石、なんと知っている相手の現在の様子を視ることが出来るのだ。俺と知り合いなのは残念ながらこの前の少年とフランソワだけだが、試しに念じてみると彼の姿が映ったのである。
ただタイミングが悪かったらしく、俺の事を呼びながら
コホン、まぁそれは置いといて。今後はこの石を通して外界の様子を探ることに専念する予定だ。ついでに名前も付けておこう。『石』だと呼びづらいしな。そうだな…
「これからよろしく、透石クン」
手に持った透石を手ぬぐいで磨きながら、俺は屋敷へと足を向けた。次にフランソワと会ったときは何をしようかと考えながら。
大体10〜12話くらいで完結する予定。