かなり難産でしたが、ようやく皆様に最新話をお届けできます!
たくさんの感想や批評、本当にありがとうございます。お陰様でランキングにも掲載させていただいたようで、なんと感謝を伝えればいいのか…!
うおお執筆頑張るぞーー!
「だ、大丈夫かな。僕たちだけで森に入るなんて…」
「平気よ!なんたって私はロラちゃんの友達なんだから。きっと迎えに来てくれるわ」
よく晴れた朝、僕らは魔女さんに会いたくて森に足を踏み入れていた。
隣にいるフランソワちゃんとは最近よくお喋りするようになった仲で、この前ロラさんに褒められたという話をしたら彼女は羨ましがって『ズルイ、私も褒められたい!』と息を巻いてしまい、こうして強引に森へとやって来てしまったのである。
碌な武器も持たずに鬱蒼とした木々の間をまったり歩いているけど、いつ魔獣に襲われてもおかしくない状況だ。にも関わらずフランソワちゃんはズンズン進んでいくのだから、肝が据わっているというか無鉄砲というか。
それにしても、相変わらず暗い森だなあ。狭苦しく生える樹木に太陽の光は遮られてしまい、もう夜になってしまったかのような錯覚に陥る。これはなんというか、魔獣よりも幽霊が出そうな雰囲気。
「こ、怖いなあ」
「男の子が情けない声出しちゃダメでしょ?そんなんじゃ白馬の王子様になれないわよ」
木陰や木の幹が人の顔のように見えてきて、分かっていても身震いしてしまう。でもフランソワちゃんは全く動じておらず、冷めきった目でダメ出しをされてしまった。たとえ男でも怖いものは怖いんだ。
ほら、あそこの影なんてちょうど人みたいな形をしているじゃないか。そう言おうとして背筋が凍り付く。影が、動いた。
「う、うわああああ!?」
「な、なんだ!魔獣か!?」
口から情けない悲鳴を漏れ出させながらその場に蹲る。しかし聞き覚えのある声に僕はハッとして顔を上げると、やはりそこにはとんがり帽子に黒のローブを着た女性が立っていた。そう、ロラさんだ。
「やっぱり!迎えに来てくれたのね!」
嬉しそうにフランソワちゃんが駆け寄る。勢いをそのままに腰の辺りへ抱き着くと、猫のように頬ずりをし始めた。
そんなことをしたらさすがに困るんじゃないだろうかと思ったけど、ロラさんは満更でもなさそうにしていたので黙っておく。
「当たり前だ。友の訪問を喜ばない者はいないだろう?」
フフッとにこやかに微笑む彼女は、愛おしそうにフランソワちゃんの髪を撫で始める。それを見た僕に嫉妬の様な感情が芽生えた。
う、羨ましい。けどあの人にそんなだらしない事をしてもらうわけにはいかない。なによりそんなことをされたら、僕の心臓は興奮と感動のあまり破裂してしまうだろう。
「だが、子供二人で森に立ち入ったのはいただけないな。せめてパトリックのような者が付いてきてくれれば良いのだが…」
「ねえ早く行こー!それは帰るときにまた相談しようよ?」
早く遊びたくてウズウズしている彼女は、急かすようにローブの裾を引っ張る。
「む。立ち話もなんだし、とりあえずそうしようか」
僕はもんもんとした感情を内に秘めたまま、ひとまず屋敷へ招待させてもらうのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ランタンの灯りを頼りに、薄暗い屋内を歩く。軋む床板の音以外には何も聞き取れない真の静寂の中、俺は確実に近くで息を潜めているであろう子供を探す。
残るはあと一人、男の子の方は早々に発見し玄関ホールにて転がってもらっている。
「どこだ…?」
優れた聴覚を頼りに自室までやって来たものの、少し前に音がパタリと止んでしまっていた。この部屋に居るのは間違いないはずだが、こうも音がしないのはおかしい。
手当たり次第にクローゼットや暖炉の中まで調べたが一向に見つからず、本気で心配になってきてしまう。
「だ、大丈夫か?もしかして何かあったのか?聞こえたら返事をしてくれ」
当然、返事が返ってくるはずもなく静けさだけが木霊する。それもそのはず、俺たちは今"鬼ごっこ"の最中なのだから。
フランソワちゃんの提案で始まったこの遊びは、どうも彼女の悲願であったらしい。曰く、『鬼ごっこなら、悪い魔女に狙われて追いかけられるスリルを味わえるから』とのこと。
なるほど、鬼役をするなら(悪の魔女という設定を除き)俺以外の適役はいないだろうな。そういう経緯で残った彼女を今探し回っているのだが、どうやらフランソワは鬼ごっこの達人だったようだ。
どうやら認識を改めざるを得ないらしい。少し姑息だが、ここは魔女らしく魔法を使わせてもらうじゃないか。
持っていたロッドを床に突き立て、俺の魔力を薄く室内に充満させる。こうすることにより、微かな力の流動や存在を認知できるのである。
「ん、あそこか。よし」
反応が感じられたのは、俺の寝床であるシングルベッドの下。その僅かな隙間にあった。まさに子供だからこそできる芸当だろう。
ソロリソロリとベッドに近付き、そして十分に間を置いたところで、
「そら、見つけたぞフランソワ!」
素早く片膝をつき、体を曲げて隙間に顔を覗かせた。そこにはやはり読み通りフランソワちゃんが小さく収まっており、いきなり見つかってしまったことに驚いているようだ。
「あ!見つかっちゃった。なんで分かったの?」
「ふふ、それは秘密だ」
ぷくーっとイジけるフランソワちゃんを宥めつつアンリ君の元へ向かう。玄関ホールで待っていた彼もあの異常なステルス性を知っていたのか、まさか彼女が見つかるとは思っていなかったらしい。
「流石はロラさんだ。えっと、じゃあ次の鬼はフランソワちゃんだね」
「えー。私逃げる方がいいな〜」
緊張感のあるスリルに味を占めたのか、ぷくっと頰を膨らませて抗議するも、これは三人で決めたルール故にそれを破ることはありえない。納得してもらえるよう彼女の頭を撫でながら言い聞かせる。それでも初めは拒否していたものの、五分ほどゆっくり話した後漸く説得に応じてくれた。
「それじゃ、30秒数えるからその間に隠れてね。始めるわよー!」
いーち、にーぃ、と玄関ホールに元気な声が響き渡る。それを聞き届けてから、俺は隠れられそうな場所を思い浮かべて動き始めた。
しかし、二階へ続く中央階段の手すりに手を掛けたその時、俺の進行を妨げる存在が現れたのである。
「ロラさん、こっち来てください!」
それは他でもない、少年アンリ其の人であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふう、ここならきっとバレませんよ」
狭苦しいクローゼットの中で、僕とロラさんは息を潜めて気配を隠す。さっき隠れられそうな場所を探しているときに見つけたここは、ちょうど人が二人くらい入れそうな大きいサイズで、僕はどうしても伝えたい事があった為にクローゼットへ彼女を引っ張ってきたんだ。だけど思ったより少し狭くて、まさかここまで物理的に密着することになってしまうとは思いもしなかった。
口ではいつもと変わらない雰囲気で話してても、頭の中は良い匂いがするとか色々柔らかいとか煩悩でいっぱいだ。
「アンリ君。それはいいんだが、少し…というかかなり狭くないか?」
「そ、そうですよね…あはは」
既にカウントダウンは終盤、フランソワちゃんがもうすぐ探しに回るので外へ出る訳にもいかず、もう動くことは出来ない。
あの子に見つからない自信はあるけど、一体いつまでこの状況は続くのだろうか。気持ちを伝える伝えない以前に、これを耐え抜けるだけの精神力が僕にあるかどうか。これが一番の問題だ。
「あ、あの。実はロラさんに伝えたいことがあるんです」
煩悩で頭がおかしくなってしまわない内に目的を達成しておこうと思い、勇気を振り絞って声を捻り出した。いつもの帽子を壁にひしゃげさせたまま、彼女は何事かと僕の目を真剣に見つめ返す。ドアや木材の継ぎ目から射し込む光に照らされ、その顔はいつもより美しく見えて…その瞬間心臓が悲鳴を上げそうなくらい飛び上がったけど、ここで尻込みしてはいけない。絶対に伝えて見せるんだ、この気持ちを!
「ぼ、僕。実は、そのぉ、えぇっと」
なかなか言葉を言い出せない僕に、ロラさんは首を傾げつつその続きを待ってくれる。
よ、よぅし落ち着け。落ち着くんだアンリ。彼女はちゃんと待っててくれているんだ、それに応えてこその男だろう。
肺に空気を精一杯取り入れて、ゆっくりと息を吐き出す。喉はカラカラで上手く舌が回るか分からないけど、やってやるぞ僕は。
「僕、ロラさんの事が大す『な、なに!?誰貴方たち!』
一番大事な部分が、階下のホールから届いた叫びにかき消されてしまった。この声はフランソワちゃんのものに違いないだろうけど、何が起こったのか想像もつかない。でも、きっと良くない事があったんだというのは声の焦りから感じ取れた。
告白なんてもうどうだっていい、一刻も早く彼女の元へ駆けつけるべきだろう。
「すまないアンリ君、その話は後で聞く。あの子の元へ急ぐぞ!」
「ハイ!」
戸を蹴破るような勢いで飛び出したロラさんは、僕の手を掴んで走り出す。
彼女の目は真剣そのもので、状況がよく分からない僕ですら固唾を飲んでしまう。
果たして玄関にたどり着くと、そこには真っ黒なロングコートにシルクハットを被った怪しい三人組の男と、フランソワちゃんが対峙している姿があった。すかさず僕とフランソワちゃんを背に隠し、ロラさんが前に出る。
やっぱり、この人が目的でやってきたんだろうか。
「何者だ。どうやら私に用があるとお見受けするが」
ロッドを構えながら問う。正面の男達はしばらく相談し合うと、代表して真ん中の男が一歩前に踏み出した。
「我々は国に遣わされた使節の者です。許可なく立ち入った無礼をお許しください」
脱帽し、心底申し訳なさそうに頭を下げる男に、後ろの二人も続く。
「都にて魔女の噂を耳にし、こうして馳せ参じた次第でございます。改めてお伺いしますが、魔女とは貴女様のことで間違いないでしょうか?」
「くどいな。ここを嗅ぎ付けた以上そんなこと分かってるんだろう?早く本題に入ったらどうなんだ」
ロラさんのロッドを握る手に力が入り、額には汗が滲む。
でも僕たちはそれを怯えて見つめることしか出来ない。こんなにも自らの無力に苛立った場面はないだろう。
「…ご協力感謝します。プラシエル殿、我が国家の主権と民の自由を守る為の聖戦にどうか力を貸していただきたいのです」
国家の主権と民の自由を守る聖戦。それは、現在進行形で続けられている隣国との全てを賭けた戦争。辺境に位置する村では中々情報が入ってこないけれど、風の噂では国軍が押されつつあると聞いた事がある。
ロラさんは森でずっと暮らしているから戦争のことなんて何も知らなかったそうだけど、外の世界は意外と殺伐としているんだ。
「そう遠くない未来、我々は敗北を喫するでしょう。しかし、貴女さえ居れば国と民は守られるのです。どうか、どうかご一考いただけませんか?」
そう熱く語る彼は本当に国を想っているんだろう。今にも零れ落ちそうなほどの涙を湛えているのだから。
でも、きっとこの頼みをロラさんは受け容れられない。何故なら彼女は…
「事情は分かった。貴殿の想いも伝わった。だが、この話は断らせて頂く。期待に添えず本当に申し訳ない」
「な、何故です!何か気に入らないことでもあるのですか!」
「違う。私は、私は────
この森から出られないんだ────
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
外で待機していた騎士に連れ添われ、黒服の三人組は帰っていった。彼らの背中に悲壮感が漂っていたのは、きっと見間違いではないだろう。
あの時俺は男の言う戦線には加わらず、いつも通り屋敷で暮らす決断を下した。いや、そうせざるを得なかった。魔女の力となんらかの関係がある結界がある限り、俺はこの森から一歩も出られないからだ。
遊びに来ていた子供達にも村へ帰ってもらい、一人ロッキングチェアに揺られながら思案に耽る。
もし国軍が打ち破られ侵略を許してしまったら、どうなってしまうのだろう。頭をよぎるのはそればかりだ。アンリ君たちの住む村も焼き払われたり、略奪の限りを尽くされてしまうんじゃないかと考えてしまう。
そんなことはさせたくない。出来るなら俺の手で守ってやりたい。しかしそれは叶わぬ願いだ。
「はぁー…どうしたものか…」
あの結界は俺の力では破壊できない。つまり、こちらから外界へアプローチ出来ないということだ。例え国が滅びようと、村が焼き尽くされようとも。
うんうん頭を捻ってもこれといった打開策は思い付かず、時間だけが淡々と流れていくのだった。
TS要素が日の目を見るのはもうちょっと先です。
すみません…