ドッペルゲンガー症候群、または如何にして俺が悩むのを止めてそれに殺意を抱くようになったか 作:take2
たまに不安になるんだ、他人が持ってる俺の思い出が本当に俺が作ったものなのか、俺に似たそっくりさんが作った俺の知らない話じゃないかって
たまたま俺が覚えてないだけかもしれないし、けれどももし俺がいないとこでそんなことがあったとしたら
俺を保証するものはなんだ? 記憶か、顔か、はたまた声か?
それを完全に同一したものが現れないなんて本当に言い切れるのか?
俺はもともとオカルトなんて一ミリたりとも信じてはいなかった
前までは俺もこんな話信じるとは思ってなかったさ、でも今なら
まあそんな前置きは置いといてこの話本題に入ろうか
薄々俺の言葉から感づいてたかもしれないけど、お前はドッペルゲンガーという言葉を知ってるか?
ざっくりいえば世の中に三人、自分のそっくりさんがいるというあれだよ。その話はもともとドッペルゲンガーと関係なかったのに、いつしか同一のものと言われつつある。実際のところ二人いるか、三人いるか、もっと大勢いるかもしれない。
同時刻、異なる場所で本人の意思とは関係なく動く。
死の前兆とも言われ、あったら死ぬとか――まあ都市伝説みたいなものだ。
詳しいことはわからない、まぁ興味があったら自分で調べてくれ
なんでそんなを急に話し出したか不思議だろ?
はじめに言った通り。実のところ俺はドッペルゲンガーなんてビタイチたりとも信じていなかった。
そう、過去形なんだよ
信じていなかったのに、俺の周りでなにやらおかしなことが起こり始めてるんだ
はっきり行って死ぬほど迷惑してるんだ。学校一の美少女にストーカー扱いされたり、俺の知らない後輩が責任取ってくださいって押しかけたり
他人から見るぶんには笑い事かもしれないがこっちとしたら笑い事じゃないんだ。
特に告白してないのに勝手に失恋したときの俺の気持ちとかさ、どうしてくれるっていうんだよ、まあ失恋というより憧れの喪失というべきだろうけど
フラグバキバキだぞ、なんもしてないのに。いや逆にフラグ建てられても困るんだけどな
さてそんなことを話そうと思うんだが、どこから話そうか。まずは俺の教室で起こったことから話すとするか
● ● ●
テレビの天気予報を聞き流しながら学ランに着替える。
晴れ、すごしやすい1日になるでしょう。
それは良かった、今日も一日俺に幸運あれかし。
そんなことを呟いて、いつものように手帳をポケットにしまい込もうとして俺は顔をしかめた。
ああ、手帳はなくしてしまったんだったか。
一つため息をつき気を取り直す。
あとで新しい手帳を買いに行こう、そう思ったのも何度目のことだろうか。いつもぼんやりして忘れてしまうんだけど。
「そろそろかな」
そう呟くと同時にインターホンが人が訪ねてきたことを軽快に知らせてくれた。
テレビの電源を消して、鞄を持つ。忘れ物はなし。
「おはよー重くん、いい朝だね」
「ん、おはよう。特にいつもと変わりはないけどな」
玄関を開けるといつものように笑みを浮かべて幼馴染である里見 結衣が立っていた。
小学校から高校まで続く長い付き合いだ。昔から変わらずショートカット、眼鏡も相まって聡明な顔つきである。
「んもーこんなにいい天気じゃないか」
「晴れてる日という条件は別にいい朝の基準にはならないんだよ、その条件だとだいたいいつもいい朝になるだろ?」
「それでも変わらない日常が一番尊いんだって。いつもと同じように僕と一緒に登校できる、そう聞けばほら、素晴らしいだろう?」
ほら笑って笑ってと指で頰を釣り上げる里見を無視し、俺は鍵を閉め終えて学校に向かう。そう聞くと確かにいい日に思えるのは、彼女の笑みで俺が騙されてるからだろう。
なんとなく気恥ずかしさから答えを返すことはなく、あいつの待ってという声を聞きながら先へ行く。それでもすぐに追いつけるよう、ゆっくりと。
たわいもない会話を繰り広げ、そう長い時間もかかることなく高校へたどり着く。
遅刻にはまだまだ余裕のある時間、既に緑に染まった桜の木の下で生徒会役員達がが登校する生徒達に挨拶するのが見えていた。
「やっぱり生徒会長さんは美人だねぇ」
「ん」
適当に挨拶を返しつつ彼女の視線を追えば、果たしてそこに校内一の人気を誇る生徒会長はいた。
天野 恵。木陰でひっそりと佇み、彼女のトレードマークである腰ほどまで伸びた髪をぼんやりといじっていた。ただそれだけなのに絵になる。題するならば物憂げな美人、文化祭の人気投票で二年連続一位も納得の美しさ。
でもそれは彼女らしからぬ光景で。
「今日はあんまり元気ないな、いつもなら一番前で元気よく挨拶してるのに」
「そうだね、なんか何かあったのかな」
彼女は持ち前の明るさが人気の一因だったはずなのに、俺が抱いていた印象とは少しずれて見える。
いつもの溌剌とした挨拶もおざなりに、まるで誰かを探してるかのようだ。
まあそれでも美人だということに変わりは無いのだが。
「……?」
「どうかしたのかい?」
「いやなんでも無い、気のせいだ」
生徒会長がこちらを見て微かに笑みを浮かべた気がした、まるで俺がその探してる人物だったと言わんばかりに。
首をかしげるも、多分気のせいだと思いなおす。当然だ、俺と生徒会長の縁なんて全く無いのだから、と。
「昨日のオカルトファイル大百科みたっすか?」
「あ、僕は見てたよそれ」
所変わって昼休み、同じクラスメイトである吉田と佐々木と仲良く三人で机を囲んで飯を食べていた。
昨日のうちに買っていたパンが俺の昼飯だった。
無言でコッペパンにかぶり付き、烏龍茶でそれを流し込む。
再びパンを食べようとして、回答を求める視線に止むを得ず言った。
「……おれはオカルトなんて信じてないって前から言ってるだろ?」
「そんなこと言って本当はこういうの興味あるんじゃ無いっすか?」
「無いったら無いよ、どうせチープな合成とかしたやつばっかなんだろ」
その言葉が佐々木に火をつけたのか、ガタリと立ち上がった。
「あの番組の真価を葛木さんはわかって無いっすよ!」
「そうだよ葛木くん、見ないと損だよ!」
「気が向いたらな……」
そんな二人の言葉を聞いても、俺の意思は揺るがない。
多分見ないだろう、適当に食べ終わったパンの袋をくしゃりと潰しレジ袋にしまう。
「で、そのオカルト大百科がどうしたっていうんだよ、話題に出したってことはなにかあったんだろ?」
「そうなんすよ! 昨日やってたのは河童をキュウリ100本で釣れるか試してみたってやつで」
「丁度そのロケをこの街でやってたんだよ!」
「あの川か、って物量でつれるもんなのか、それは」
確かに河童がでるとか子供の頃に聞いたことがある。立ち入り禁止の看板には河童があしらってあったし、結構有名な話なのかもしれない。
「でも俺ずっとこの街で過ごしてたのに河童なんて見たことないぞ」
「そりゃ葛木くんは河童をキュウリで釣ろうとしたことないでしょ、だったらあってなくても当然じゃないかな」
「確かに、それもそうだな」
存在を全否定して、かけらも信じていなかったからこそ、居るか試してみようとすらしなかった。
試すまでもないと思っていたから。
「で結局河童は撮れたのかよ」
「そう! 話はそこっすよ! 河童は確かに撮れなかったんすけど」
「そのかわり河童をおびき寄せる様のキュウリ半分ぐらいが忽然と消えてたんだ。原因不明、影も形もなく綺麗さっぱりとね」
「へえ、それはまた……どうして無くなったのか検討はついてるのか?」
「それが全くつかないんだって、だから本当に見えないところに河童がいるんじゃないかって結論になってさ、この辺でまだ調査を続けるらしいよ?」
ほんの少しだけ興味を持った。
それは居ることを証明したいではなく、居ないことを証明したいという意味でだけど。
言いたいところを先に言われ、肩をがっくりと落としていた吉田がようやく再起動し、何やらカバンを漁り始めた。
「そういえば今日こんなものを買ってきたっす」
そう言って机の上に並べたのは三つ入りのプッチンプリン。
またこれか、佐々木が目を輝かせてるのと対照的に俺が吉田を見る目は冷ややかだった。
「男三人だけで教室で食べるプリンは嬉しいか?」
「やめろっす!」
「ハハ……」
佐々木の乾いた笑いが容赦なく吉田を追撃していく。
三人が三人とも彼女が居ない集まりだった。
「でも葛木さんは彼女居るからいいっすよね」
「ん? 俺は彼女居ないけど」
「え?」
「は?」
キョトンとした表情も、残念なものを見る目に変わったことにすぐに気づいた。
「あの、いつも一緒に登校してくるメガネの子は?」
「幼馴染」
「へー、ふーん」
「なんだよ、何が言いたいんだよ」
「いや、ね? あの里見さんだっけ、彼女は苦労しそうだなって」
「そうだねえ、もしかしたらダメかもしれないね」
二人揃ってやれやれと首を振るのをみて、ほんの少しだけ殺意が湧いた気がした。けれどもすぐにそれは霧散していく。
「じゃあ逆に質問なんすけど、葛木さんはどんな女の子が好きっすか?」
「どんなってどんなだよ」
「たとえば髪は長いほうがいいとか、胸は大きいほうがいいとか」
「そうだな……」
ほんの少しだけ目を閉じて、再び開く。
視界の片隅に誰かが教室に入ってきて、少し騒めくのが見えた。
「髪は長いほうがいいかな……眼鏡は特になくてもいい、だけども胸は無いよりあったほうがいい、背はおんなじぐらいが丁度いい」
「うわぁ、見事に里見さんと真逆に打ち出してきましたよ佐々木さん」
「そうだね、これは完全に里見さんを意識してるね吉田くん」
誰か好きな人がいてその特徴を述べたわけではなく、適当に自分がこんな人なら気が惹かれるということを言っただけ。
下手にあいつを意識してたわけでは無いのだけれども、それを言ったところで焼け石に水だろう。
一つため息をつき、烏龍茶を口に含む。
その特徴にピタリと合致する人物は居るだろうか?
居るじゃ無いか、目の前に。
吉田の背後に今行った条件を丁度クリアすることができる女の子がいることにようやく気づいた。
冷静さを欠いた頭で彼女が誰なのか考えていた。
彼女は俺のクラスの人物では無い。
けれども彼女は俺の顔を値踏みするかの様にじっと見下ろしていた。
「そうだな、丁度こんな感じだわ」
「ん?」
俺が指差した方向、其方を振り向いてぎょっと吉田は飛び退いた。
「せ、生徒会長じゃないっすか!」
それを聞いてようやく彼女が生徒会長その人だと気づいた。そして無意識に好きなタイプを生徒会長に重ねていたことも。
「うん、なぜか雰囲気は違うけど君で間違いはないようね」
「……何を言ってるんですか」
「君の名前を教えてくれるかな?」
噛み合わない会話、けれどもその質問に答えろという有無を言わせない視線がそこにあった。
「葛木 重です、まあ生徒会長は俺のことを知らなくて当然だと思いますけど」
「……何を言ってるの、名前を明かさなかったのは貴方でしょう?」
何か致命的なすれ違いをしてる気がした。
俺と彼女が面と向かって話し合う事は初めてなはずなのに、彼女は俺とあったことがあるらしい。
そんな記憶、俺には存在しない。俺が忘れているのだろうか?
「とりあえず、葛木 重さんみーつけた」
「何を?」
「そして、ごめんなさい。あの時の貴方の告白の答えがそれです。だって私も貴方も、お互いのことを知らなすぎるのだもの」
それだけ言って彼女はすぐにクラスを去って行った。
そして後に残されたのは俺だけで、それから少し遅れてようやく実感がじわりじわりと湧いてきた。
どうやら、俺は振られたらしい。
「大将、見直したよ。あんたは告白をしないような腑抜けたチキンだと思ってたぜ」
そう言いながら吉田が俺の目の前にプリンを差し出す。
「僕もそこまでは思ってなかったけど、まさか生徒会長という高嶺の花をいきなり狙うとは思わなかったよ」
そう言って佐々木が準備がいいことにスプーンを差し出す。
もはや否定することがめんどくさかった。
生徒会長の言葉と俺の言葉、どっちを信じるか。
断然生徒会長だろう、俺だってそうする。
だから俺は口を閉じた、勘違いされても別に困ることはないと思っていたから。
そしてこれで話は終わるはずだった。
考えに致命的な穴があることに俺はまだ気づかない。
どうして生徒会長が勘違いをしたのか。
彼女は俺を誰だと勘違いしたのか。
そんなことを考えもせず、おれはのほほんとプリンを味わっていた。