ドッペルゲンガー症候群、または如何にして俺が悩むのを止めてそれに殺意を抱くようになったか 作:take2
生徒会室は第二校舎の三階だ。
中庭を挟んで第一校舎がそれに並ぶ形にあり、俺たちが日頃授業を受けている教室はこっちにある。
第一校舎の一番東側にに渡り廊下が設けられ、一度校舎を出ずともそこから行き来することが出来た。
生徒手帳を開き、地図のページを開く。
綺麗にコの形を描く学び舎。どうしてこの形になったのか詳しい理由は知らないけれど、これが今は好都合だった。
「で、本当に手伝ってくれるのか?」
「水臭いっすよ、友達が困ってたら助けるのが当然じゃないっすか」
「困った時はお互い様、だよ」
「悪い、助かる」
なんでもないことのように振る舞う二人に俺は頭を下げた。
少なくとも俺が生徒会長に付きまとってる人物じゃないと証明できるまで、俺は生徒会室に近づけない。
こんな事で警察沙汰にもなりたくないし、まあ俺が近づかなくとも俺のそっくりさんは近くのかもしれないけど。
彼もまた警告されてるのだろうか、されてないに違いない。されてるなら朝、俺に対してあんなこと言わないだろう。
……なぜ前の日のうちに言わないのだろうか?
こめかみを手で押さえる。
今更な問いだ、なぜ俺に対していう?
それがわからない、決定的にピースが不足している。
一つ深呼吸をして頭を切り替える、今それを考えても仕方がない。不要なことと割り切る。
俺は生徒会室に近づかないならば、じゃあどうするかという話だ。これに対する答えはもう出ていた。
別に生徒会室に近づかなければ、俺のそっくりさんに会えないというわけではない。生徒会室につながる道でじっと待ち構えていればいいのだ。
そいつが瞬間移動できるようなオカルト的生き物でないのならば、絶対に過程が必要なのだから。
「一番確率が高いのが渡り廊下と階段がある東側か、俺がそこに入る、吉田は西側の階段を張ってくれ」
「了解っす、まあ人気も少なそうだし楽勝楽勝!」
「そう言って吉田君はすぐ足元をすくわれるんだから、気を付けた方がいいよ?」
「わかってるっすよ、そのために佐々木さんがいるんすよね?」
「まあ、ね」
佐々木に関しては張り込みの仕事から除外されている。
本当に最後のセーフネットだ。もし相手が瞬間移動できるようなオカルトが相手だった場合、予告もなく生徒会室に飛ばれる、可能性がある。
まあ俺はそんなこと有り得ないと思っているが、俺たちが見落として、そいつが生徒会室に単独で入る場合もあるかもしれない。
この校舎の仕組みで運がいいと思ったのはここ、第一校舎から第二校舎の監視ができることだった。
カーテンが開いてさえすれば生徒会室の中も第一校舎から覗けるかもと閃いたのは誰だったか、結局スルスルとその案が採用されることになった。
「僕が盗撮の真似事をすることになるとはね」
そう言いながらも嬉しそうに、彼はビデオカメラと双眼鏡を入念にチェックしていた。
「双眼鏡はともかくビデオカメラまであるとはな、そこまですることか?」
「本当にドッペルゲンガーだったら物凄いことだからね!」
興奮の色を隠さない佐々木から双眼鏡受け取り、適当に外を眺める。丸く青いキャンパスに月が浮かんでいた。
「ああ、そういえばオカルト研究会に入ってるんだったか。ビデオカメラは部品か?」
「そ、充電が怖いとこだったけどなんとか大丈夫そうだ」
「おれも入ってるっすよ」
どちらかといえば俺を手助けするためというより、オカルト的なものを取れるんじゃないかという期待の方が比率が多いんじゃないか?
まあだからといって俺にとってプラスになることは変わらないんだけど。
「葛木君もまたオカルト研究会に戻らないかい?」
「……いや、俺はいい」
「そう、まあ僕も無理強いはしないけどね」
いかにも使いたそうにしてた吉田に双眼鏡を渡し、俺はため息をついた。
● ● ●
ピピピと遠くで何か鳴っている音がする。
ああ、これは俺のスマホの音か。
周りを見渡す。場所は第二校舎、東端の突き当たりの所。
もう時刻は放課後だ。廊下に人影はほとんどない、まあ第二校舎だからそれも無理もない事だろう。
いまだポケットの中で、執拗に着信を告げているスマホを取り出した。
画面には佐々木と文字が浮かんでいた。
「はい、もしもし」
『ああようやく繋がった、全く……何してんたんだい?』
「何ってそりゃ、通路の監視だろ? それで、どうかしたのか?」
『葛木君は全く悪びれないね……』
生徒会室のカーテンは閉じられていなかったらしい。今は生徒会長がそこに一人でいるとまで言って、彼は言葉を切った。
『でさ、葛木君はドッペルゲンガー来ると思う?』
「ドッペルゲンガーかはともかく置いとくとして、確実に来るだろ」
むしろ来ない理由がないのだ。
俺のそっくりさんの話は生徒会長から一部のことしか聴けてない。
しかしその情報でわかることは結構ある。
彼が告白したということ、そして失敗したこと、生徒会長もそいつも大して関わりがないこと、なのに彼女にやけに執着してるということだった。
一つ鍵になることは名前を明かさなかった理由だ。
名前を当てない限り、告白の答えを受け付けないという理不尽をなぜ生徒会長が飲んだのかはわからない。
けれども現実に生徒会長は頷いたのだ。
それが彼女の優しさか、そんなもの簡単だろうという自信からだろうか?
そして不正解である限りそいつはやって来る。
生徒会長はそいつの名前を見破ったと思っている、だから彼女としてはもう会う理由は喪失してるというのに。
「思ったんだが、そのそっくりさんは俺のことを知った上で名前当てゲームなんて始めたのか?」
『どうだろうね、でもこんな間違いを予期してなかったらもっと違うアプローチをとっていたと思う』
ああ、めんどくさい。
振られるのが怖いのか、それとも会う理由を作りたかったのかは俺にはわからない。
だけど振られた現実を直視できる素直さを持って欲しい、心の底からそう思った。
『ところでさ、ドッペルゲンガーの詳しい話を知ってるかい?』
「いや全然知らない、同じ姿の人というぐらいの認識だ」
『そういうと思ったから、今時間空いてるし暇つぶしにちょっと話してあげるよ』
「頼むわ、俺もちょっと眠くてな」
女子生徒が俺の目の前を通り過ぎていく。違う、本当に来るのか少しだけ不安になりつつあった。
『まずわかって欲しいのは超常現象としてのドッペルゲンガーと都市伝説としてのドッペルゲンガーがあるってこと』
「それってなんか違うのか?」
『結構違うね、というか変わりつつある。超常現象としてのドッペルゲンガーはちょっと地味なんだ、そもそも喋ることができなかったし、幻覚だと言われたりね』
でも
『都市伝説は口承される噂話だということだよ、人から人へ伝聞していくうちに話が削がれたりまたは付け足されたりする。ドッペルゲンガーの『同じ姿形をした存在がいる』、そういう原型を基にして話が彩られていったんだ』
「じゃあこの話がドッペルゲンガーだとしたら、話してることから都市伝説側だと?」
『そうだね、そうなると君はドッペルゲンガーに会った瞬間殺されることになる』
「それは勘弁願うよ」
俺をパクリと平らげ、俺と成り代わってそいつが何事もなく日常を送る絵を少しだけ想像する。
入れ替わったことに誰か気づいてくれるのだろうか?
幼馴染なら気づくかもしれない、なんとなくそう思った。
『そのドッペルゲンガーにあったら死ぬというのも元々の話がドッペルゲンガーが死の予兆だと言われてたからなんだ』
「もし、それだとしたら死の予兆なのに俺じゃなくて赤の他人の前に現れるとは、役に立たないし迷惑なやつだな」
『そうだね……ん、ちょっと待ってくれ。あれは』
「おいなんだ、どうしたんだ」
不意に空気が変わった気がした。
とうとう来たのだろうか、慌てて生徒会室の方を見やる。
来たとしたら西側から来たのか?
だが吉田からメッセージが届いた形跡はない。
『いや、大丈夫。なんでも無かったよ』
「なんだよ驚かせるなよ」
地面にへたり込む、全く俺のことをいつまで待たせるのだろうか。
● ● ●
天野 恵はボンヤリとスマホを眺めていた。
よくわからない電話だった。そして何より不可解だったのは私の電話番号を知っていたこと。
自称名称不明の誰かさん――もう私としては葛木 重だと断定しているのだろうけど――から電話がかかって来たのが数分前のことだった。
久しぶりに一人っきりの生徒会室だった、今日その葛木君とやらがここにこないことは電話で伝えられていた。
曰く、ちょっと来れない用事があるとか。
私がちゃんと名前を言い当てたでしょうと言っても、朝と同じように、今度は笑ってそれをまともに聞きもしなかった。
けれども自分はここには二度とこない、そうとも残した。
矛盾している。名前を当てられたと認めない理由がわからない、負け惜しみだろうか? それとも振られたと認めたくないのだろうか?
二度と来ないということは負けを認めること他ならないのに、それでもそこだけはと、彼は頑なに否定していた。
そして最後に残した言葉の意味がわからない。
『とりあえずその部屋からすぐ離れたほうがいい』
本当にわからない。彼は生徒会室以外ならあっても大丈夫だという意味で言ってるのだろうか、そう疑うぐらいに。
それを直接言えば、やっぱりそう思うよなとそれだけ言って勝手に電話が切れた。
結局私は彼に対する反発からか、その部屋に留まっていた。
とりあえず何かやろう、そう思い参考書を取り出す。今日は生徒会長としての仕事は残っていなかった。
パラパラとページをめくり、うーんと唸ってまた閉じる。
どうしても頭に文字が入ってこない。
気づけばまた彼のことを考えていた。
初めて彼が来たのは先週のことだった。突然の告白、そしてずっと一緒に、放課後はここで居座りつづけていた。
ずっと話していた気がする、彼がいるときは少なくとも参考書を開こうとしたことは一度もなかった。
前まではこの教室の静寂を好んでいたのに、今となってはそれがただただ息苦しい。
気づけばそれを突き破ってくれる何かを探していた。
再びスマホを取り出す。かかってきた番号は非通知だった、どうしようもなく一方通行で、それは今までと変わりが無いだろう。
彼が勝手に来て、勝手に話す。
勝手に電話をかけてきて、勝手に話す。
今まで私から彼に対して積極的に行動してこなかったからこそ、これだった。
名前を当てなければ彼はここにずっといる、訳もなくそう思い込んでいた。
そんな彼の欠点は一つ、学校外で私に付きまとったことだろう。直接ではなく、影から。
それはちょうど彼が生徒会室に現れてから始まっていた。
初めは彼だと思ってたわけじゃない。彼がそんなことするわけないと思ってたのに、でもそうだと決めつけるようになったのはいつからだっただろうか?
そう、朝に告白に対する返事をしようとして、生徒の目が否応なく集まる場所で答えてあげようと思ったのだ。
名前がわからなくともOKという答えなら、問題がないと思った。名前がわからなくとも彼という人物はよくわかってる、つもりだった。
ようやく前に進もうと思って、恋人になればもっとお互いのことをされると思ってたのに。
そして私は思い知らされた、私が彼のことを全然知らないんだって。
私は見た、彼が他の女の子と仲良くしてるところを見てしまった。ああ、私は遊ばれていたんだって。そう気づいてしまったから。
だから振ったのだ。
調べようと思えば彼の名前はいくらでも調べられた、けれども当てようとしなかったのは、あの空間を壊したくなかったから。
それでも性懲りも無く彼は生徒会室に現れて、だからもう一度、その女の子と彼とまとめて話すことにした。結果として女の子は傷ついて、彼の自業自得の様を見ることができた。
言い様だと思った、そんなことをするからこんな目になるんだと。でも、それでも心はまったく晴れなくて、嬉しさのかけらもなくて、どうしようもなく自分への嫌悪が募るだけだった。
明日、謝ろう。
でも彼と彼女は一緒に来るだろうか?
そして一体何を謝るというのか。
そんな思考を切り裂く、扉ががらりと開く音がした。
我に帰り、目を向ければ見覚えのある男子生徒がいた。
彼が後ろ手にもつカッターナイフの鈍色に、まだ誰も気づかない。