ドッペルゲンガー症候群、または如何にして俺が悩むのを止めてそれに殺意を抱くようになったか   作:take2

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04 電話

 保健室に連れてかれたところで、そこでどうにかなる傷ではない。保健室で何をするでもなく暇を持て余していた保健医は、血を見たせいで少しふらつく姿を見るや否や、すぐさま病院に連行。

 入院するほどの怪我でもなく、チクチクと縫合する事でその日のうちに帰宅は出来た。

 

 多分明日、学校で何があったか詳しく話さなければいけないのだろう。そもそもこれは警察沙汰になるのだろうか? 多分なるだろう、刃物を振り回した上に怪我人が出てるのだから。

 

 そんなことを考えつつ、長電話のせいですっかりバッテリーが切れたスマホを充電する。

 そして机の上に置かれる再起動したスマホを前に、俺はどうすればいいか頭を悩ませていた。

 

 問題なのは画面にずらっと並ぶ着信履歴。規則正しく十分ごとに掛け直してるのが、かなり怖い。

 

 冷静に考えれば保護者に連絡は行くのは当然のことであり、先に一言連絡しとけば良かっただけの話だ。

 ただ佐々木との電話もあり、運悪く充電が切れてしまった。だから仕方のないことだ、相手がそんなことを理解してくれるかはまた別の話だが。

 

 ええいままよ、意を決しスマホを手に取る。少しの間だけ仮面を付ける。スッと自分が少し遠のいた気がした。

 数コールのち、落ち着いた声が聞こえてきた。

 

『はい、もしもし』

「あー重です、藪から棒にすいません叔母さん」

『おばさんって二度と言うな』

 

 ツーツーと寂しく電話に切れる音が響く。

 冷静に再コール、今度は待たせることなく直ぐに出た。

 

「いつも通り元気そうですね、姉さん」

『愚弟の話を聞いたせいで気分は最悪だけどね』

「いや、まあ、確かに俺が悪いんですけど」

 

 この人の話をするのは苦手だ。自分としては別に嫌いというわけでもないのだけれども、相手がどう思っているかは分からない。

 

「止むに止まれぬ事情があったんで、何があったか詳しく聞きました?」

『いや顔に怪我をして病院に行ったとしか聞いてないけど、まあ何があったのかは予想がつくわ』

「そうですか」

『どうせ誰かを庇ったとかしたんでしょう? 馬鹿じゃないの、他人より自分を大事にしなさいってーの』

 

 無意識に傷を覆うガーゼを撫でていた、俺は自分の行動に後悔しているのだろうか。

 

「いいんですよ、女の子の顔より男の顔が価値が低いのは確かなんですから」

『あっそ、至急来てくれって言われたけど少し手が離せない仕事があるから行けなそうなの。それでも大丈夫そう?』

「心配しなくても大丈夫ですよ、いたって健康なので」

『可愛げがないわねー、そういうところでお姉さんがいなきゃダメなんですーとか言うべきじゃない?』

「……まあほんのちょっとだけ顔が見たくなったのは確かですけど」

 

 無言、返事が途絶えた。スマホの画面を確認しても通話は続いていて首を傾げる。

 

「大丈夫ですか、姉さん」

『え、ええ。大丈夫、とにかく今週中は行けそうにないからそれだけはよろしく』

「わかりました、じゃあ今日はここらへんで」

『連れないわね、もうちょっと会話しようよ。何か最近面白いことないの?』

 

 そうは言ってもこちらから話すことは特にないのだけれども、そう思ったところで事の発端について思い出した。

 あれなら姉さんの気も引けるかもしれない。

 

「最近俺のそっくりさんが出没してるらしいんですよ、それがドッペルゲンガーなんじゃないかって」

『……』

「姉さん?」

 

 電話はそこで切れていた。じっとスマホを見つめたも掛け直してくる気配はなく、馬鹿馬鹿しくなりスマホをベットに優しく放り投げた。

 本当、自由気ままな人だ。そこがいいところでもあるんだけど。

 

 明日、顔の傷を里見になんて言えばいいか。それに思考は移り変わっていった。

 

 ●

 

 眼鏡キャラが眼鏡を外してはいけない、そんな言葉を言ったのは確か吉田だっただろうか。

 多分そんな馬鹿らしい言葉を放つのは、身近なところだとあいつぐらいだろう。

 

 朝、いつも通りインターホンを鳴らしドアを開けたところで、二人並んで首を傾げていた。

 里見は俺の顔のガーゼを見て、俺は何故か里見が眼鏡を外してるのを見て。

 

「なんで眼鏡外してるの?」

「重くんなんかあったの?」

 

 二つの声が重なる、先に答えてくれる気配が全くないのでやむなくこちらから切り出した。

 

「まあ、色々あって喧嘩になった」

「危ない事しちゃダメだっていつも言ってるのに……」

 

 それを黙って聞き入れる、ガーゼの下が切り傷だとは絶対に言えなかった。余計な心配を掛けたところでどうにかなるわけでもない。

 

「で、そっちの答えは?」

「眼鏡よりこっちの方が似合うんじゃないかって思って、試してみたんだけど、どう?」

「似合うには似合うんだが……」

 

 それは唐突に眼鏡を外す理由にはならないだろう。その言葉を聞いて彼女は顔を曇らせた。

 一つため息をつき、額に軽いデコピンを食らわせる。

 

「いったあ!」

「もしかしてさ、昨日の朝のこと気にしてるのか?」

 

 一つの予想が胸中にあった。その確認のために一つキーワードを引っ掛ける。

 

「例えば……生徒会長」

 

 ピクリと里見の肩が揺れた。隠し事が苦手すぎる、それは俺も同じことなのだけれども。昨日の誤解のことを含めて一つ話を片付けるべきだろう。

 

「昨日逃げられたから言っとくけど、あれは生徒会長の誤解だからな。俺は生徒会室に寄り付いてないし、告白もしてない」

「……本当?」

「こんなことになんで嘘をつく必要があるんだよ」

 

 なんでこんなことになったのだろうか?

 冷静に考えればまだ生徒会長ともまともに話すことが出来てない、それなのに問題が次から次へと積み重なっていく。

 

「それでだな、わざわざ無理してコンタクトにしなくていいぞ。瞬きの数が半端ないし、目の端は赤いし、結構無理してるだろそれ」

「……じゃあさ、重くんは僕の眼鏡ありとなし、どっちの方がいいと思う?」

「ありの方がいいと思うよ」

「そっかぁ、そうだよね、重くんはさ」

 

 何を納得したのか、すごい勢いで首を縦に振る。それでも眼鏡ありの方がいいと思うのは、確かに偽りのない事実だった。

 

 ●

 

 例えば俺が頰を切り裂かれたからと言って学校は休みにならない、けれどもそれは生徒会長とはまた別の話だ。

 少なくとも狙われた側として一日や二日、彼女にも休む権利はあるだろうと思う。

 

 しかしながら彼女はいつも通り並んで挨拶をしていた。強い、シンプルにそう思う。

 

 そしてこちらを見るなり近づいてきて、再び幼馴染の顔が曇り始めたのは多分、俺にはどうしようもないことだろう。仕方なく道の端の方に寄る、ここで逃げて後回しにするより今この場で話をつけるべきだ。

 

「おはよう葛木君」

「……おはようございます」

「……重くん、嘘じゃなかったの?」

 

 俺が口を開こうとするのを目で制し、生徒会長は里見に対し優しく語りかけた。

 

「ごめんなさい、貴女の名前を聞いてもいい?」

「里見です、里見 結衣。重くんの幼馴染です」

「そう、私は天野 恵。よろしくね」

「もう僕と貴女は話す機会もないと思いますけど」

 

 そんな敵意を剥き出しにした言葉を聞いて、生徒会長はこちらをうかがった。苦笑いしか返せない、いつもならばもっと人当たりのいい性格だったはずなのに。

 俺の様子を見てそれを悟ったのか、生徒会長もくすりと笑みを浮かべた。

 

「昨日の話なんだけど、葛木君が告白したって言うの私の勘違いだったから、それだけは伝えようと思って」

「そうですか、そうだと思いました」

 

 ほんの少しだけ驚いた。なんの話もせず、生徒会長が自分の勘違いだと認めるとは思わなかった。

 

「これで貴女と話すことは終わり、あとは葛木君となんだけど、それは場所を変えましょうか」

「そうですね」

 

 自身の頰を指差したから多分昨日の一件のことだろう。生徒会長の後を追いかけようとし、里見がまだついてこようとしていることに気づいた。

 

「里見、お前は付いてくるな」

「なんでさ、僕も付いて行かせてよ。特に問題はないでしょ?」

「いや、問題はある」

 

 ここから先は聞かなくてもいい話だから、聞かせても無駄な心配をさせるだけだから。

 

「そんな悲しそうな顔するなって、別に死ぬわけじゃあるまいし」

「あとでさ、ちゃんと何があったのか僕にも教えてよ?」

「わかってるよ」

 

 その言葉を最後に振り返らず後を追っていく。

 里見が付いてきてないのは、振り返らずとも分かっていたから。

 

 

 しばし歩き、階段を登ること数分。たどり着いた先は生徒会室だった。ポケットから鍵を取り出すのを見て職権濫用と呟く、その声は彼女には聞こえない。

 生徒会長に続き、生徒会室に入る。

 血痕は残っていない。ぼんやりと昨日争っていた場所を眺めているうちに、彼女は一番奥の席に着いた。

 

「静かにそして内緒で話すことができる場所、私が知ってるのここぐらいしかないから」

「でも俺、生徒会室に近づくなって言われてませんでしたっけ?」

「いいのよ、もう。ストーカーしてたのは別人だと分かったから」

「昨日の、あいつですか?」

 

 その言葉に彼女はコクリと頷き、徐ろに鞄を開いて何かをこちらに投げつけた。

 綺麗な放物線を描き、それは俺の足元に落下した。

 

「……ごめんなさい、ちゃんと届くと思ったんだけど」

「いや、別にいいですよ」

 

 足元からそれを拾い上げる。財布、昨日投げつけたまま回収できなかった俺のもの。特に確認をせずにポケットにしまい込む。

 

「葛木君はさ、私の電話番号知ってる?」

「知らないですよ、知ってるわけないじゃないですか」

「じゃあもう一つ質問なんだけど、なんで昨日貴方は都合よく駆けつけることができたの?」

「俺のそっくりさんを見つけようと見張ってたんですよ、生徒会室を」

 

 後ろに窓があるじゃないですか、そう言うと素直に彼女は背を向けた。

 

「カーテンが開いてれば中が丸見えです、生徒会室に誰が来たのか確認できる。それで襲われるのを見て、俺が慌てて駆けつけたってわけです」

「なるほど、それで彼もこの部屋のことをずっと見張ることができたと言うわけね」

 

 それをきいて何か考えるように髪をクルクルといじり始め、そして唐突な質問が飛び出した。

 

「葛木君ってさ、未来予知できたりする?」

「……何言ってるんですか、できたら怪我してないですよ」

「やっぱりそうだよね」

 

 そんなことできるわけないだろうに、けれどもその言葉を聞いてどこか失望したかのような表情を見せた。

 

「昨日、襲われることを前もって知らせるような電話があったんだけど。誰からかかってきたか分かる?」

「わからないですよ、掛かってきたのに逃げなかったんですか?」

「信用ならない相手だったのよ。今ならちゃんと信用できるけど、その時は嘘つきにしか見えなかった」

 

 生徒会長がこちらを指差している、俺にはその意味が全くわからない。

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