稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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100話:第三次ティアマト会戦(決着)

宇宙歴796年 帝国歴487年 4月上旬

ティアマト星系 艦隊旗艦パトロクロス司令室

艦隊司令パエッタ中将

 

「パエッタ、困難な状況なのは理解しているが、とにかく虎口を脱出する事だ。私がしんがりを務めるから少しでも残存兵力を率いて撤退してくれ。もう少し勝機があると思っていたが、見込みが甘かったようだ。時間がたつほど包囲からの離脱は困難になるだろう。タイミングを間違えば、ダゴン星域まで追撃を受ける事になる。まずは旗下の部下たちへの責任を果たせばよい」

 

「しかしながら閣下、それではしんがりを務める閣下の艦隊を見捨てることになります。いくら何でも聞ける命令ではございません」

 

「パエッタ、目先の事に囚われてはならん。このままでは4個艦隊全てが殲滅されてしまう。脱出できた者たちには再戦の機会があるのだ。冷静な判断をするのだ」

 

何とか私の乗艦は虎口を脱しつつあるが、包囲網の唯一の出口は敵ながら狡猾な罠が仕掛けられていた。数パターンの攻撃の濃淡が作られ、攻撃を避けようとすれば、僚艦との距離が近すぎて速度が保てず、速度を維持しようとすれば、攻撃をまともに受ける。そして全体を見ると、包囲網はフラスコ型になっている。

包囲から脱出しようと虎口にわが軍は殺到しているが、逃げられそうに見せながら、進撃速度を落とさせる巧妙な回廊に、想像以上に時間を取られてしまった。先陣の我々ですらやっとの事で突破できたのだ。続いてくるパストーレ艦隊とムーア艦隊がどこまで戦力を維持して脱出できるか予断を許さない状況だった。

 

「分かりました。一隻でも多く連れ帰るように努力いたしますが、小官は諦めたわけではありません。閣下も同じように考えて頂ければ幸いです」

 

「うむ。儂も意地を見せるつもりだ。安心してほしい」

 

「パエッタ提督、お話中に申し訳ございません。ムーア艦隊の旗艦ペルガモンの反応が消失しました。また、パストーレ艦隊の旗艦、レオニダスが被弾、指揮権を委譲した模様です」

 

申し訳なさそうにオペレーターが報告を挿む。これで包囲の中にある3個艦隊の内、2個艦隊が統一した動きを取ることが困難になった。

 

「そんな顔をするな。パエッタ。提督がそのような表情をしては旗下の兵たちが不安に思うだろう?撤退支援は1時間まで、それまでに脱出できた兵力を率いて速やかに撤収するように。これは命令だ。よいな?」

 

包囲下に残ることになるロボス提督からこう命令されてはうなずかざるを得ない。だが苦渋の決断だ。わが艦隊ですら既に半分近い戦力を失った。あと一時間では、虎口を脱出できるのはせいぜい1万隻だろう。45000隻近くを失うことになってしまう。第二次ティアマト会戦をそのままやり返されるような形になるだろう。ロボス提督がおっしゃられた通り、我々の見込みが甘かったのだろうか?ここまで一方的な展開になるとは......。

 

「承知しました。一時間をめどに撤退に移ります。閣下、このようなことになり申し訳ございません」

 

「最終的な決断をしたのは私だ。あまり気に病むな。それとシトレに謝っておいてくれ。後を頼むと伝えてくれればありがたい。ではな」

 

うつ向く私を見ていられなかったのだろう。ロボス提督は私の敬礼を待たずに通信を終えられた。それから一時間、なんとか次鋒の位置にいたパストーレ艦隊の一部と合流し、撤退を開始した。

 

「閣下、最後尾の艦から入電。ロボス艦隊の旗艦アイアースの反応が消失したとのことです」

 

既に分かっていた事だが、これで大敗が確定した。『アイアース』が轟沈ないし降伏した以上、包囲下にあった艦隊は絶望的な状況だろう。これからの事に思考が向かいそうになって考えるのを止めた。身を挺して脱出させてくれたロボス閣下の為にも、まずは残存兵力をエルファシルまで連れ帰ることに集中すべきだ。おそらく軍法会議で敗戦の責任を問われることになるだろうが、今、そんな事を考えても仕方がない。

 

「皆、ショックを受けているだろうが、艦隊司令部が暗い顔をしていては、艦隊全体が沈んでしまう。笑えとは言わないが、せめて毅然とした態度をとろうではないか」

 

どんよりとした雰囲気に包まれた艦隊司令部全体に聞こえるように、私は声を上げた。ロボス閣下の遺訓だ。せめてそれ位は果たして見せねば顔向けができない。そしてシトレ元帥への伝言もお伝えするまでは死ぬ訳にはいかないだろう。少し雰囲気が変わり始めた司令部を見回しながら、そんな事を考えていた。

 

 

宇宙歴796年 帝国歴487年 4月上旬

イゼルローン回廊 同盟側出口付近 分艦隊旗艦ブリュンヒルト

ジークフリード・キルヒアイス

 

「ラインハルト様、戦功分析書がまとまりましたのでご確認をお願いします。艦隊所属の兵たちも『ティアマトの雪辱を果たすことができた』と喜んでいる様子です」

 

「そうだな。これが『第三次ティアマト会戦』になるのだから、確かに雪辱を果たしたことになるな。リューデリッツ伯にもお喜び頂ければ良いが......。そういえば兵たちの慰労に使うように伯から資金を頂いていたな。分艦隊司令として初陣でもあったし、礼を兼ねて兵たちの慰労をしたいところだが、祝勝会でもやるべきだろうか?」

 

「慰労する事に関しては賛成でございますが、祝勝会というより、酒代をこちらで負担する形がよろしいのではないでしょうか?兵たちも身近な僚友とまずは勝利を祝いたいでしょうし」

 

「そうだな。確かに上官との会食は何かと気を使うものだし、正式な祝勝会は開催されるだろうし、その方がよさそうだ。前線総司令部に帰還するまでにその旨の広報と手配を頼む」

 

了承の旨を伝え、執務室を後にしようとするが、少し話があると言われ、席を勧められる。急ぎで相談しなければならない事は無かったはずだが、如何されたのだろうか?

 

「キルヒアイス、この会戦は確かに帝国が快勝したが、改めて正規艦隊司令の重みのような物を俺は感じている。お前はその辺りどう思った」

 

「私の立場からすると、いささか叛乱軍は投機的な作戦を実施したのではないかと存じます。4個艦隊の内、2個艦隊は明らかに練度が不足しておりましたし、統一した動きも出来ておりませんでした。おそらく年末の遭遇戦から、補給と整備を含めここまでの戦力が出てくるとは想定していなかったのでしょうが、出すべきでない戦力を出していたように思います」

 

第三次ティアマト会戦は帝国軍全体で40000隻を超える撃破判定を取っている。降伏勧告を行わなかった代わりに、残敵掃討をせずに引き上げる判断がされた。それ自体に異論は無かったが、戦況の推移を参謀長として分析する中で、叛乱軍の少なくとも2個艦隊は、戦力化段階の艦隊であった可能性を認識した。おそらくこちらの戦力を過少に見積もっていたのだろうが、兵士ひとり一人が補充困難な資源と考えている帝国軍では、ありえない判断だった。

 

「確かにな。どのような事情があったのかは分からないが、艦隊司令ともなれば自分の艦隊の練度には細心の注意を払うはずだ。出撃せざるを得ない事情があったにせよ、戦死した兵士たちにとっては良い面の皮だろうな」

 

「はい。正規艦隊司令となれば、新しい編成では200万人近く、メンテナンス部隊を入れれば230万人の兵士の命に責任を持つことになります。今回の戦いの戦略的な意味はもう少し分析が必要ですが、戦術的には敵の戦力を過少評価して、出すべきでない戦力を出撃させ、無駄に失っただけでございましょう」

 

怒りに似た感情に戸惑っていた。どこかで似たような話を聞いたと思い返してみると、リューデリッツ伯がイゼルローン要塞の司令官をされていた時代に、無謀な作戦で要塞主砲で殲滅した折の話に似ているのだと気づいた。周囲の方々は『大勝利』を誇るかのようにお話しになられるが、『伯』はどちらかと言うと、無謀な作戦を実施した叛乱軍の上層部にお怒りのご様子だった。今、私が感じているもやもやした感情と似たような物を『伯』もお感じだったのだろうか?

 

「キルヒアイス、大丈夫だ。俺はあのような『負けるべくして負ける』ような艦隊司令にはならない。それに戦死者を一人でも減らす動きの大元は俺たちの『後見人』だ。無駄に戦死者を出すような事はできない。もしそんなことをしそうになったら遠慮なく指摘してほしい。お互い敵の有り様にいささかショックを受けたようだな。お前も感じる所があって安心した」

 

「いえ、私の方こそ安心いたしました。『ティアマトの雪辱』には確かに喜びを感じておりますし、きっと『伯』もアンネローゼ様もお喜びになられると存じます。ラインハルト様、戦勝おめでとうございます」

 

それからお茶を飲みながら雑談し、司令官室を後にする。ラインハルト様が戦勝を喜ぶだけでなく、敵の有り様に感じる所があり安心する自分がいた。ラインハルト様なら、正規艦隊司令になられても、あのような有り様になることは無いだろう。自室に戻り、ローエングラム伯爵家の口座を確認する。頂いた領地はRC社に経営を委託しているが、既に収益が向上している。それに『必要な時に使うように』と伯からかなりの資金を頂いた。分艦隊の皆が祝杯をあげる分には1000回は賄える金額を見て、今更ながら自分の金銭感覚がおかしくなっていないか、心配になった。

『人に言われずとも心配できるうちはまだ大丈夫』とは、RC社のシルヴァーベルヒ殿の言葉だ。投資案件では時に『とんでもない』金額が動くと聞くが、あのシルヴァーベルヒ殿ですらご自分の金銭感覚に悩まれたりするのだろうか?その辺りも一度聞いてみたい気がした。


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