稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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102話:新司令

宇宙歴796年 帝国歴487年 4月下旬

首都星ハイネセン 国防委員会 委員長執務室

シドニー・シトレ元帥

 

「長官、わざわざ足を運んでもらってすまないね。私自身は統合作戦本部も嫌いではないのだが、色々あった直後だからね。こちらで話した方が良いと判断したのだ。かけてくれたまえ」

 

「は、お気遣いありがとうございます」

 

私が椅子に腰かけると、タイミングを計ったようにノックがされ、秘書らしき人物がお茶を運んできた。それぞれの手元に紅茶が置かれ、一礼すると退室していく。本来ならもう少し時間がかかるものだし、トリューニヒト国防委員長はコーヒー派だったはずだが......。

 

「シトレ元帥は『紅茶派』だと聞いていたからね。私もたまには紅茶を飲みたくもなる。それにいつ人が来るかと気にしながら話したくない内容でもあるからね。早めにお茶を用意するように指示していただけの話だよ」

 

いぶかし気な表情をしていただろうか?委員長が事情を説明してくれた。支持者受けする笑みを浮かべているが、本当なら怒鳴り散らしたい所だろう。私自身、会合の場をこちらに指定された際は、多少の事は覚悟したが、想定外の配慮に肩透かしをされた様に感じていた。

 

「委員長、今回の件は申し訳ございませんでした。勝敗は武人の常とは言え、一方的な敗戦になってしまいました。ご迷惑をおかけし申し訳ありません」

 

「私自身は迷惑などとは思っていない。こういう時に火の粉を被るのも政治家の役目だろうしね。ただ、長官にはもう少し手綱をしっかり握ってもらいたかった気持ちが無いと言えば嘘になるね。国防族はもともと右派が多いし、私も大きく見れば右派でもある。一部の政治家と結託して出された出兵案を問答無用で差し止める訳には行かなかった」

 

そこで一旦言葉を止め、委員長は憂慮するような表情で紅茶を飲み、話を再開した。

 

「今回の敗戦の要因は軍でも分析されるのだろうが、私の見解では『一部の政治家』が軍の一部と結託して帝国の内戦に乗じて行われるはずだった『解放遠征』のイニシアティブを握ろうと功を焦り、戦力化が不十分な戦力を前線に出したことだと考えている」

 

「はい。確かにそういう部分があったのも事実でしょう。私も宇宙艦隊司令長官として強引にでも出兵案を差し止めるべきでした。右派の意向であることも理解はしていたのですが、強硬手段で差し止めれば宇宙艦隊に決定的な亀裂が生まれるのではと考え、判断に迷ってしまいました」

 

「まあ、結果が出てしまったことを後からとやかく言うつもりはない。ロボス提督は行方不明らしいが実質戦死だろうし、なんとか残存兵力をまとめて撤収してきたパエッタ提督は軍法会議を控える身だ。情報交通委員長が何かとロボス提督の下に足を運んで、軍に介入した事も明らかだし、責任をとるべき人間にはしかるべき措置がなされるだろう。先に言うが、国防委員会としては方針は現状維持だ。軍部に介入するつもりもないし、1ディナールでも多く国防費を勝ち取れるように動くつもりでいる。中道右派が右派の支持層も取り込みつつあるので、今まで以上に政治家の横槍は防げるはずだ。そこは期待してほしい」

 

つまり政治家の横槍は引きうける代わりに軍の公式見解としても『政治家の介入が敗戦要因のひとつ』と発表しろと言う事だろう。今回の大敗が中道右派の支持層拡大に利用されている様で、あまり良い気はしなかった。ただ、これが前例となれば『政治家が自分たちの思惑で軍に介入すると大やけどをする』と認識するだろう。

 

「承知しました。軍の公式見解としても『敗戦要因のひとつ』として政治家の介入を含める様にいたします」

 

私がそう言うと、委員長は満足げにうなずきながら紅茶を口に含んだ。

 

「あとは残存兵力をどうするかだね。帰還できたのは12000隻ほどになるそうだが、損傷が激しい艦を除くと1万隻くらいは戦力化できるそうだ。軍法会議はまだ先だが、これだけの大敗の直後にパエッタ提督を正規艦隊司令に戻すことは出来ない。元帥の意向を確認しておきたいのだが......」

 

「はい。候補者を選定中ですが新任の司令官を充てようと考えております。大敗を経験した部隊ですから立て直しも含めて大変な任務になりますが......」

 

「もう腹案はあるのだろう?少将からの抜擢となると、『10年に一人の逸材』のワイドボーン少将か、『エルファシルの奇跡』のヤン少将かな?まあ、『学年首席』が必ずしも戦争に勝てるわけではない事が、最近実例になってしまった所だが......」

 

「ワイドボーン少将は希望を出して自らホーランド艦隊に転籍いたしました。さすがに一度も出撃せぬまま異動させるのもおかしな話でしょう。それに率いさせるのは敗戦に痛めつけられた兵士です。彼では少し強すぎるでしょう。やや自らを頼み過ぎるのも懸念点です。すでに裁量権を欲しがるホーランド艦隊がある以上、他の艦隊と連携したがらない艦隊司令を増やすのは宇宙艦隊司令長官としてもやりにくいと判断しております」

 

「であれば本命はヤン少将か......。彼は艦隊司令部に所属しているとはいえ、参謀畑が長かったはずだ。分艦隊司令は補佐役も兼ねる形になるのかな?」

 

「はい。副司令にフィッシャー少将を。分艦隊司令にはカールセン少将を充てるつもりです。本人にも希望があるでしょうから、最終的な人事案が確定次第、ご報告させて頂きます」

 

「まあ、人事は現場のやりやすいようにした方が良いだろう。艦隊の再編という功績への前払いで中将に昇進させてあげたら良い。戦力補充の優先順位を上げれば、4000隻位はすぐに補充できるだろう?市民への手前、戦力化できているように見える艦隊数はあまり減らしたくない。政治的な事情はなるべく排除したいが、最近矢面に立っているからね。これぐらいはお願いしたいのだが......」

 

「承知しました。ただ、訓練期間はこちらに一任させて頂きたいと思います。よろしいでしょうか?」

 

「その辺りは現場が判断する事だろう。口を挿むつもりはない」

 

大敗を理由に、今までは静観していた国防員会がなにかと介入してくるかと身構えていたが、軍部への干渉が大やけどにつながる事をトリューニヒト委員長も認識している様だ。少し冷めてしまった紅茶を飲み干して執務室を後にする。ワイドボーンはトップに据えなくても何かと仕事をしたがる性分だが、ヤンは責任ある役職にしないと『サボる』癖がある。副官人事も含めて、サボりにくい環境も用意しなければなるまい。このサボり癖の発端は、士官学校時代に、良かれと思って『罰』として指示した『蔵書目録の作成』を逆に名目にして、苦手な科目をサボりだした事だとも聞いている。

校長としての失点を宇宙艦隊司令長官として修正することになるとは思わなかった。この人事を聞けば、困った時の癖で頭を掻くだろうが、ビュコック提督たちと上手く連動できる少将と言えばヤンしかいない。彼は常に期待に応えてくれた、今回もそうなると信じよう。

 

宇宙歴796年 帝国歴487年 5月上旬

首都星ハイネセン シルバーブリッチ街 官舎

ヤン・ウェンリー

 

「中将、もうすぐグリーンヒル中尉がお迎えに来られる時間ですよ。さすがにパジャマで副官を出迎えるのは問題があると思いますが......」

 

「ユリアン、すまないな。すぐに支度を済ませるよ。どうも最近考え事が多くてね。なかなか寝付けないんだ」

 

ユリアンは納得した様子で階下に降りていく。さすがに14歳の思春期の子供に、同じく22歳の妙齢の女性の出迎え方について心配させるのは教育上よくないだろう。想定外の正規艦隊司令への着任と中将への昇進の内示を受けてから、あわただしく艦隊司令部と分艦隊司令の人事案を決め、今日はいよいよ結成式だ。司令部人事にあたっては、シトレ校長とキャゼルヌ先輩にも色々と相談に乗ってもらった。望みうる人事としてはまずまずだろうが、まずは訓練を通じて組織を馴染ませることから始めないといけないだろう。

そして、単独だったりビュコック提督たちと連携したりといった際の想定を考え込む夜が増えたのも事実だ。必ず『全員』を生きて連れ帰ることは難しいだろうが、司令官の責任として、やるべきことはしておきたかった。そのせいで、養育の方がおろそかになってしまうのも良くない。もともと出来た父親役ではないにしろ、及第点と言うものがあるのだから。

 

なんとかベッドから身体を起こして、洗面室へ急ぐ。結成式に新任の司令官が遅れるわけには行かないのは分かるが、迎えに来る約束の時間まであと10分もない。顔を洗って、ユリアンの朝食を急いで食べて......。戻って軍服に着替える間に時間が来るだろうがユリアンに中尉にも紅茶を振る舞ってもらう形で、時間を繋いでもらうしかないだろう。

顔を洗い終えてキッチンの一角へ向かうと、丁度ユリアンが朝食の最後の仕上げとなる紅茶を注ぐ作業に入っていた。朝食の定位置に近づくと、ほのかな紅茶の香りが私を出迎えてくれる。何かと思案に沈み込みながら眠りに入る事が多い私には、現実に立ち戻る前のオアシスのような時間が始まる。もっとも不本意ながらゆっくり楽しむ事はなかなかできないが......。

 

私の好みに合わせて入れられた紅茶で喉を潤しながら、しっとり目のベーコンが添えられたトーストを口に運ぶ。やっと頭が回るようになってきた。朝だけでも1分が600秒にならないものだろうか?そうなれば人類全体が、朝の忙しさから解放されるとも思うのだが......。

 

「提督、昨日、担当の先生から再度確認されたんですが、僕は本当に任官しなくても良いのでしょうか?トラバース法だと、任官しない場合は養育費の返還義務が発生すると聞きましたが......」

 

「ちゃんと説明しておけばよかったね。ユリアンの養育費として支給された資金は、全部ユリアン名義の口座に預けてあるんだ。もともと父が残してくれた株があるから財政的には問題ない。一応投資信託を兼ねたものになっているから、仮に養育費を返還しても、進学の学費としては十分な金額になっている。自分の好きなように進路を決めたら良いさ。それにフライングボールで特待生の話が来ていたはずだ。これを中心に考えてみれば良いんじゃないかな?」

 

「特待生のお誘いは嬉しいんですが、父も軍人でしたし、僕もヤン提督のような軍人に成れたらと思っているんですが......」

 

「そんなに良い職業にみえるのかなあ......。戦死の危険はあるし、給料は安いし、勝てばともかく、負ければ人格攻撃までされる職業なんだが......。それに社会の生産性に貢献もしていないしね。私からすればフライングボールのプロ選手の方が、よほど市民を楽しませるという意味で、社会に貢献できる良い職業だと思うんだがなあ......」

 

「分かりました。もう一度考えてみます。でも面白いですね。キャゼルヌ少将もアッテンボロー准将も同じようなことを仰っておられました」

 

「それはそうだよ。ユリアン。私は歴史家志望、キャゼルヌ先輩は経営者志望、アッテンボローはジャーナリスト志望だったんだからね。どうしてもと言うなら、軍人の道を選ぶことを止めるつもりは無いが、そうなると士官学校対策をしないといけないな。士官学校にもフライングボールのチームはあったはずだが、さすがに特待生制度は無いだろうし......」

 

「はい。先生からも成績的には合格圏内だけど提督の名前がついて回るからかなり頑張らないといけないと言われました」

 

「私の名前なんて気にする必要はないさ。ただねユリアン。軍の士官以上の役割は突き詰めれば『より少ない損害』で目標を達成する事だ。言い方を変えると『どう効率よく味方を殺すか?』という道でもある。私はそんな事がうまくできるより、『素晴らしい紅茶を入れられる』事や『美味しい朝食を作れる』事の方が、余程、生産的で素晴らしい事だとは思うがなあ......。まあ、自分の人生だ。よく考えて答えを出せば良い。私なんて14歳の頃は、父親の骨董品を磨いて少しでも駄賃を貰う事しか考えていなかったがなあ......」

 

そこで自然とダイニングに飾ってある万歴赤絵の大皿に目が行く。よくよく考えればお駄賃目的に本物の古美術品を磨いていた訳だが、こう言う事を本末転倒とでもいうのだろうか?変な方向に思考が進みかけたが、万歴赤絵の真上の時計が無慈悲にも私を現実に呼び戻した。まもなく中尉との約束の時間だ。

 

「ユリアン、急いで軍服に着替えてくるよ。中尉が来たらすまないが紅茶を振る舞ってくれるかい?そんなに時間はかからないはずだから」

 

ユリアンが了承してくれるのを確認して、2階の自室へ戻る。階段を登り切った所でインターフォンが来客を知らせてきた。統合作戦本部の情報処理科に所属していたグリーンヒル中尉は、なにかと正確な情報をデータベースのように記憶しているが、どうやら時間にも正確なようだ。いつもなら車中でスカーフを巻くのだが、今日ばかりはそういうわけにもゆかないだろう。急ぎ足で私はクローゼットに向かった。


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