稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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105話:懺悔

宇宙歴796年 帝国歴487年 5月中旬

首都星オーディン グリンメルスハウゼン邸

ウルリッヒ・ケスラー

 

「先ぶれが到着いたしました。まもなく到着されるとの事でございます」

 

「うむ。幼少の頃からの馴染みとは言え、帝国元帥と憲兵隊副総監を自宅に呼べる子爵は、帝国広しと言えども儂ぐらいじゃろうな。お主もずいぶん長い間尽くしてくれたな。今更ながら色々と助かった。儂の事を気にしていられるほど暇ではなかろうに......」

 

「何を仰いますか。子爵に見出して頂けなければ私の栄達はございませんでした。宇宙艦隊の艦隊司令に憧れていなかったと言えば嘘になりますが、帝国の秩序を守るのも前線で叛乱軍と戦う事と同様に重要なことと思い定めてもおります。そのような事はお気になさいますな」

 

子爵閣下は既にご高齢になられ公式行事に姿を出さなくなって久しい。季節の節目にはご挨拶を欠かさなかったが、冬を乗り越えられホッとしたのもつかの間の事だった。春の訪れとともに、急激に体調を崩された。前線総司令部基地総司令として本来なら年末位にしか帝都におられないリューデリッツ伯が急遽、オーディンに戻られた。それに合わせてお見舞いに来られる事が急遽決まり、同席するように依頼を受けたのが数日前だ。

恐らく『あの文書』の事が話題になるのだろう。内戦前夜と言って良い状況だが、帝都の守りは万全だ。軍部の勝利の先にあるであろう、新しい帝国の風土に、『あの文書』がどう影響するのか?平民出身の私にとっては、『実力主義』に塗り替わりつつある軍部同様、帝国全体がそうなるものと考えてはいた。その中で『あの文書』がどう活かされるのか?は、調査を担当した一人としても注視せざるを得ない。この数日は良く寝れてはいなかった。

 

「到着されました。まもなくお越しになります」

 

静か目なノックと共に執事が入室し一言報告してから退室していく。出迎えに私も同席した方が良いだろうか?

 

「ケスラー中将。今日のお主は登場人物のひとりじゃ。それ位の事は伯も察しておる。むしろ出迎えなどしたら気を悪くするぞ?『もう一角の人物であろうに』とな。しっかりと見届け人としての役回りをすれば良いのじゃ」

 

「申し訳ございません。どうもお二人とご一緒すると、候補生時代からの癖が出てしまいます。憲兵隊の本局にいるようにはなかなかいきませんな」

 

「それよ。若年の頃から儂と『伯』にこき使われてきたのじゃ。そろそろどっしり構えても誰も文句は言うまい。失敗じゃったのはお主の婚約相手を用意しそびれた事じゃな。捜査機関を中心に経歴を重ねれば、弱みを作る訳には行かぬからな。それだけは失念してしまったわい」

 

「今は職務に精励しておりますし、ご紹介いただいたとしても家庭に割く時間は取れなかったでしょう。そういう意味では、むしろ小官にとっては『幸い』だったやもしれません」

 

『確かに激務であったであろうからのう』と頷きながら子爵閣下が笑い声をあげた。その声がかなり細くなっている事に気づき、改めてもう限られた時間しかないのだと実感した。よくよく考えれば私自身も白髪が目立っている。御二人の前では新任の少尉のようになってしまうが、改めて時間の流れを感じた様な気がした。

 

「やあ『叔父貴』、思ったより元気そうで何よりだね。『ティアマトの雪辱』以来、軍部貴族の御隠居達が安心したのか身罷られる事が多かったから心配していたんだよ。ケスラー中将もありがとう。激務の最中に時間を割いてもらって悪かったね」

 

士官学校の候補生時代に初めてお目にかかって以来、変わらずにこやかにリューデリッツ伯が声をかけて下さる。公式の場では『伯爵家のご当主で元帥』であるため、線引きはしなければならないが、非公式の場では親しく接して下さる。『平民出身』の私にとって、非公式の場であれ『軍部の重鎮と親しい関係』であることは、職務を進めるうえで常に追い風だった。

 

「一番激務なのはお主であろうに。ザイ坊、よく来てくれた。帝国広しと言えども、『帝国元帥と憲兵隊副総監を呼びだせる子爵』は儂だけであろうとケスラー中将に自慢しておったのじゃ」

 

「それは言いえて妙だね。ただ、私たちを呼び出せるのは叔父貴を除くと『兄貴』位しかいないだろう。そうなると帝国屈指の影響力を持つ『子爵閣下』な訳だ。私も敬語を使ったほうが良いかな?」

 

伯がそう言うと子爵も嬉しそうに笑われる。外では絶対にされないやり取りだが、御二人のお付き合いは40年を軽く越える。私が知己を得た頃、御二人は『陛下の信頼が厚い侍従武官長と軍部貴族の雄』だった。栄達する前からの知己だからこそ成立する何かがあるのだろう。そんな事を考えていると、ノックと共に執事がメイドと共に入室し、3つのグラスとアイスペールを置いて辞去していく。何かと思ったが......。

 

「嗜む程度に飲める体調なら、一献酌み交わしたいとお願いしていてね。3本ほど、『兄貴』がブレンドしたウイスキーを持参したんだ。2本は預けてあるから好きに使って欲しい」

 

そう言うと伯は自らアイスペールから氷を取り、ロックグラスに静かに入れ始めた。本来ならは私がすべきことだが、伯の手さばきが洗練されていた事と、有無を言わせぬような雰囲気を感じ、代わるタイミングを逸してしまった。

 

「初期の長期熟成樽を『レオ』と同じ工房に依頼した瓶に詰めたものだ。『兄貴』からは『マリア』と命名してもらったよ。『夫婦そろって酒の銘柄になるのも良かろう』とのことだった。この3本以外は、全て皇室に献上してしまったから、簡単に試せる物でもない。酒飲みの『叔父貴』の見舞いの品としては合格をもらえるかな?」

 

子爵閣下が横たわるベッドサイドにコースターが置かれ、ロックグラスが置かれる。続いて私の手元にもコースターとグラスが置かれた。そんな貴重なものを良いのだろうか?戸惑っている事に気が付かれたのか『卿も裏で帝国の秩序を守ってきた人材だ。遠慮はいらぬ』と伯が言い添えて下さった。

普段はロックで嗜むことは少ないが、グラスを近づけただけで長期熟成酒特有の柔らかいアルコールの香りがした。口に含むとその香りが鼻に抜ける。そしてうまい酒特有の飲みやすさも何となくだが感じた。将官ともなればこういう酒を愛飲したいところだが、『レオ』同様、気軽に手に入る物でもないだろう。残念に思う自分がいた。

 

「うむ。ウイスキーはかなり飲んだものだが、『あの折』仕込んだものだと思うと更に感じるものがあるのう。建設途中のイゼルローンの視察の折じゃったか?あれも良き思い出じゃな。陛下との間でも何度も話題になった物じゃ」

 

子爵閣下も嬉しそうに飲み進められている。時折視線が遠くを見つめる様に動くのは、思い出に浸っておられるからだろうか?裏の仕事が多く、捜査機関で経歴を重ねてきた私には、平民出身という事で胸襟を開いて付き合える友人はいなかった。強いて言うなら同じ目的に邁進したという意味でオーベルシュタイン男爵がおられるが、男爵と私が酒を酌み交わす関係になる事は無いだろう。とはいえ、『子爵閣下』に見いだされ、『帝国元帥』の後援の下、想像以上の栄達を重ねている。これ以上、何かを求めるのは欲が深いというものだろう。

 

「良き見舞いの品を頂いた。お返しをせねばなるまい。儂が侍従武官になって以来、何かと門閥貴族の横暴を少しでも秩序あるものにしようとしてきた。ザイ坊にも協力してもらった事もあったのう。在地・政府を問わず、そういった門閥貴族の醜聞を調査した内容を取りまとめた物を用意してある。どう使うかはお主に一任するゆえ、受け継いでもらいたいのじゃ」

 

「叔父貴はやはり本物の『貴族』だったね。私はビジネスに寄り過ぎているし、『兄貴』は優しすぎる。叔父貴が侍従武官だったことは帝国にとって慶事だったのかもしれないね」

 

「本当に慶事だったのであろうか?お主はうすうす気づいておるやもしれぬが、陛下の御兄弟の取り巻きを煽ったのは儂だ。結果、確かに帝位に就くこととなったが、本心では望んではおられなかった。陛下の本心はご兄弟にお譲りになるつもりだったはずじゃ。だが儂は我慢できなかった。あえて後継者争いから身を引き、候補とならぬよう放蕩を擬態しておったのだ。それに気づかず取り巻きどもが当時の『殿下』を愚弄した時、儂の心に暗い炎が灯ったのじゃ。それからは早かったな。『放蕩者』の侍従武官など誰も警戒していなかったからのう。

じゃが、その先にあったのは主君になりたくもなかった『座』を押し付け、あげくバランスを取るために主体的には動けぬ政局を作ってしまった。本来なら大公家でも立てて領地で比較的自由な人生を歩めたはずじゃ。あの時、儂にもう少し自制心があれば、陛下の人生を不本意なものにせずに済んだのではないかとも思っておる」

 

陛下の即位の経緯を考えると、何かしら裏で動きがあったのでは?とは思っていた。そして好々爺然としながらも、押さえるべき所は押さえ、醜聞を始め『いつか取引材料になる』と門閥貴族の内情を探っておられるのは承知していたが、そんな事があったとは......。私は表情を隠すのに精一杯だったが、伯はいつものように少し微笑みながら話を最後まで聞かれていた。

 

「叔父貴、改めて言う必要もないだろうけど、今の帝国の繁栄の一因が叔父貴なんだ。あの時期の軍部は『第二次ティアマト会戦』の傷がやっと癒えた段階だ。そこで内戦ともなれば国力が疲弊し、最悪イゼルローン要塞も完成直後に叛乱軍に奪われていたかもしれない。そうなれば国力が疲弊したまま国防体制を再構築する羽目になったはずだ。国力は現在の半分もあれば良い方だっただろう。

それに『取り巻き連中』の専横も目に余るものがあったはずだ。『帝国貴族』として『臣下』としてすべきことをしたんだよ。どちらにしても当時の帝国では『生まれ』から逃れる事は出来なかった。兄貴もそれは理解しているはずだよ」

 

子爵閣下の言葉が途切れてしばらく間を置いてから、伯が思う所を述べられた。確かに当時、内戦が起こっていたらこの宇宙の勢力バランスは大きく叛乱軍に傾いていただろう。門閥貴族の専横を排除できなければ軍部貴族の団結も難しい。内戦を覚悟できるような余裕も無かったはずだ。『陛下が帝位に就きたかったか?』はともかくとして、今の政局の遠因が子爵閣下にあることは事実だろう。伯の言葉を聞いている間、子爵閣下は涙を流されていた。

 

「叔父貴、ここは年長者として『粋な』酒の飲み方を若輩者に見せる所だよ。涙は隠れて流さなきゃ」

 

「そうじゃのう。このグリンメルスハウゼン、一生の不覚じゃ。忘れてくれればありがたい」

 

伯の揶揄するような言葉に、子爵閣下はハンカチで顔を拭いながら苦笑された。その後は嗜む程度ではあったが、ウイスキーを楽しみながら思い出話をされていた。なにかと話がお上手なので私も楽しい時間を過ごすことが出来た。

 

「少し長居しすぎてしまったかな?なかなか叔父貴とは会えないからね。久しぶりに楽しい時間を過ごせたよ。次に会えるのは内戦が落ち着いてからかな?それまで壮健でいてくれればうれしいよ」

 

「うむ。なんとか頑張ってみるが、なるべく早くしてほしい所じゃな。武運を祈っておる、ケスラー中将、見送りを儂の代わりに頼むぞ」

 

子爵閣下の指示を受けて、伯と共に寝室を後にする。

 

「ケスラー中将、話に出た文書については卿に一任する。早期に使う必要が出たときは、『ディートリンデ皇女殿下』のお立場を少しでも良くするために使って欲しい。長期目線で使う必要性が出てくるとしたら、刈り残した連中を裁く口実としてだろう?その時が来たら上手く使って欲しい。卿は見出した人物に似て、私益と公益をしっかり切り分けられる人物だ。やや扱いに困るかもしれんが、判断に困る時は遠慮なく相談してくれればよい。では、卿も壮健でな」

 

玄関に向かう途中で当たり前の事のように『文書』について一任された。使い方によっては劇薬となるものをさらりとお任せ頂いた事に、『信頼』と共に、『重み』も感じた。だが私ももう士官学校の候補生ではない。『伯』から任せられると見込まれたのだ。その期待に応えて見せる。『伯』は数日後に前線へ出発された。そして1か月後に、子爵閣下はあちらへ旅立たれた。遺言でこの日、差し入れられたウイスキーの一本が私に形見分けされるのはまた別の話となる。




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