稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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109話:自立

宇宙歴796年 帝国歴487年 7月中旬

首都星ハイネセン 宇宙港 出発ロビー

ユリアン・ミンツ

 

「ユリアン、大事な時期に家を空ける事になってしまってすまないね。戻る頃には入試も終わってしまっているだろう。入試と言えば人生の節目だ。傍にいてやりたかったんだが......」

 

「提督、ユリアン君の実力なら実技は問題ありません。連隊詰め所の警備隊には伝えてあるから、週に一度は鍛錬するようにな」

 

「ありがとうございます。リューネブルク准将。提督、今回も御留守の間はキャゼルヌ少将の所にお世話になりますし、ご心配には及びません。お戻りの際は良い報告が出来るように頑張ります」

 

僕がそう言うと、ヤン提督は頭を掻きながら

 

「家に来た時から物分かりが良すぎたからね。本来ならもう少し心配させて欲しい所だが、私の方が家事の分野では至らないからなあ。くれぐれも身体には気を付けて。では行ってくるよ」

 

提督はそう言うと、右手を少し上げてから出発ロビーの搭乗口へ進んでいく。声をかけてくれたリューネブルク准将や、アッテンボロー准将もそれに続いて行かれる。士官学校の学科の教師役をしてくれているグリーンヒル中尉も手を振ってくれた。僕も手を振り返す。ヤン提督の養子になって以来、何度も経験した光景だ。だから、この後にやってくる『パーティーに自分だけ置いて行かれた』様な寂しさにも馴れつつあった。

当初、志望していたヤン提督の従卒として軍属になっていれば一緒に行けたのだが、提督は『軍人になるなら士官学校へ進学する事』と許可して下さらなかった。父も軍人だったし、トラバース法の事も考えれば軍人になる以外の進路は無いと考えていた。提督は軍人以外の道も勧めてくれた。

それでも僕が軍人への進路を希望したのは、軍人になりたかった訳ではなく、『提督たちと一緒に居たかった』からだろうか?士官学校の合格ラインは既に満たしているけど、どこか身が入らないのは、提督たちのお役にはまだ立てない事が確定してしまったからなのだろうか?

 

そんな事を考えているうちに、提督たちを乗せたシャトルからタラップが離れ、滑走路へ進み始めた。既に艦隊人員のほとんどは、ハイネセンの軌道上に待機中だ。約半年の予定で訓練を兼ねてランテマリオ星域の調査を行う。詳しくは教えてもらえなかったが、重要な任務らしい。

同級生の間でも帝国との戦争がよく話題に上る。今まではティアマト星域を始め、イゼルローン方面で交戦が重ねられてきたが、ランテマリオ星域はフェザーン方面の星域だ。わざわざ訓練を名目にして派遣するという事は、いよいよフェザーン方面も戦場になるのだろうか?

 

「ユリアン君も来ていたのね。出征の見送りは欠かしたことが無いけれど、この感じは何度経験しても馴れないわね。そうでなくても一度ジャンは負傷しているし......」

 

「エドワーズさん、そうですね、何となくですが『パーティーに一人置いて行かれた』ような気がします。僕の大人の知り合いは、ほとんどの方が提督の艦隊に所属されていますし、家事も自分の為だけですとやりがいもあまりないですしね......」

 

「そうね。私も子供たちが生まれていなければ、買ったもので済ませてしていたでしょうね。朝食も自分だけの為にわざわざ用意するもの手間だし、新婚当時も留守の間はずいぶん楽をしてしまったわ」

 

エドワーズさんは、そう言いながら苦笑している。確かに僕も会話を交わしながら苦笑していた。何となくだが、軍人の妻同士でする会話っぽかったのだ。こういう会話がシルバーブリッジだけでなく、同盟中の軍人の縁故を持つ人たちが交わしていると思うと、戦争が早く終われば良いのにとも思う。エドワーズさんは母として育児に奮闘しながらも、左派としての政治活動を続けている。

軍人の関係者には明言はしないが左派支持者が増えている。ヤン提督も投票先を教えてくれないけど、左派に投票している節がある。実際に戦争をしている軍人が慎重論を唱える左派を支持するのもおかしなように思うけど、提督やキャゼルヌ少将、そしてアッテンボロー准将が『戦争万歳!』と言うのも確かに似合わない。

 

「ユリアン君の紅茶の腕前なら、ヤン以外の方もお喜びになるでしょうね。副官のグリーンヒル中尉には士官学校対策のお礼に紅茶の入れ方を伝授しているとジャンから聞いたわ。私も教えて貰いたい所だけど、左派支持を明言している私が、あまりヤンと親しくすると何か迷惑がかかるかもしれない。そうでなくても個人的な友誼を政治利用と邪推されるのも不本意だからどうしても足が遠のいてしまって。ご無沙汰してしまったわね」

 

「そんな事は......。確かにありそうですね。提督はもともと出不精でしたが、正規艦隊司令になられてからは『三月兎亭』位しかお出かけになりません。過去に不本意な思いをされたとしか教えて頂けませんでしたが......」

 

「『エルファシルの奇跡』の時に、大々的にメディアに取り上げられた事もあって、市民の認知度がシトレ元帥に匹敵する現役将官はヤンぐらいだもの。昔は無理やり笑顔で対応していたけど、何かと気苦労が溜まるとぼやいていたのが懐かしいわね」

 

そんな話をしているうちに、テルヌーゼン行きのシャトルの搭乗時刻が来たらしい。『それじゃあ、ユリアン君。あなたも元気でね』そう言い残して、エドワーズさんは搭乗口に消えていった。別に声を大にして言う必要もない事だけど、折角だからシャトルの出発を見送る事にした。周囲に目を向けると、別れを惜しんでの事だろうか?民間人のようだが、見送りに来ている人たちが目につく。

今回は戦闘は想定されていないとはいえ、僕にも不安な気持ちがある。彼らも同じように無事を祈りながら再会できる事を願っているのだろうか。宇宙港のラウンジの光景から、『人と人のつながり』を感じる事になるとは思わなかった。確かにワープ航法が実用化されたとはいえ、ほとんどの市民は生まれた星系から出る事はないだろう。そういう意味で、知己がはるか彼方へ出発する事に本能的に寂しさを感じるのかもしれない。

 

エドワーズさんの乗ったシャトルの出発を見届けて、僕は宇宙港を後にした。行き先は薔薇の騎士連隊の駐屯地だ。入試前の追い込みの名の下に、この数週間はグリーンヒル中尉からかなりの量の課題を出されて、座学メインの日々だった。少し身体を動かしておきたい気分だ。本当ならフライングボール部に顔を出しても良いのだけれど、士官学校以外の進路も候補に入った時、有名大学から推薦入学のオファーを取り付けてくれたのが監督兼校長だ。その推薦枠は他のチームメイトが活用したらしいが、まだ何となく顔を出しにくい。

足早にラウンジを後にし、自動運転車の乗り合い所へ向かう。今日からキャゼルヌ邸にお世話になる。勉強になるし、オルタンスさんの料理を手伝うのも、良い気分転換になるだろう。提督にお願いした以上、それなりの順位で士官学校に合格しないと。もう半年を切った入試に向けて、気持ちを切り替える様に僕は背伸びをした。乗り合い所は思ったより空いている。これなら実技の訓練を少し長めにしても夕食の手伝いに十分間に合うだろう。

 

 

宇宙歴796年 帝国歴487年 7月中旬

アイゼンヘルツ星系 駐屯基地

ジークフリード・キルヒアイス

 

「特命担当として着任いたしました。キルヒアイス少将であります。ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」

 

「すまんな、キルヒアイス少将。ローエングラム伯の艦隊も色々と大変な時期だろうが、こういう戦争もあるのだと、『将来の王配の側近』は見て置く必要があると判断した。もっとも仕込みはすでに済んでいる。最後の仕上げを見届けたら、すぐに前線総司令部へ戻ってくれればよい」

 

「何か困った事があれば私に相談してほしい。一応、この基地の総司令を拝命している。知らぬ仲ではないのだ、遠慮はせぬようにな。そうでなくても少将は遠慮がちな所がある故な」

 

「は、ありがとうございます。その際は遠慮なく相談させて頂きます」

 

敬礼をし、答礼を待って執務室から退室する。方面軍司令はリューデリッツ伯で基地総司令はベッカー大将だ。幼い頃からなにかと養育して頂いた手前、気安さはあるが父兄参観のような気恥ずかしさもある。本来なら艦隊の参謀長としての任務にあるべき所だが、ローエングラム艦隊の人事案が固まり、訓練先をアイゼンヘルツ星系に指定された。そしてアイゼンヘルツ星系の駐屯基地に着くや否や、私に特命として内戦中に叛乱軍を混乱させる策について、その仕上げを確認する命令が下った。

長くても数週間との事だったが、軍歴を重ねてきて初めてラインハルト様と離れることになる。間違いはないと思うが、頭の隅で気にかけている自分がいた。もっとも、既に轡を並べたミュラー少将とアイゼナッハ准将がついている、間違いは起こらないだろうし、万が一の場合はメルカッツ元帥やロイエンタール男爵もおられる。ディートハルト中将も何かとラインハルト様を気にかけて下さっているし、考えすぎない方が良いだろう。

 

メルカッツ元帥が『宇宙艦隊副司令長官兼、前線総司令部司令長官』に任じられた際、その旗下に配属されたのはラインハルト様、ロイエンタール男爵、そしてルントシュテット家の次期ご当主、ディートハルト様の3名だった。門閥貴族の一部からは『爵位持ち』が下級貴族出身のメルカッツ元帥の旗下に就く事を揶揄する声もあったと聞くが、分かる人間は気づいている。来たる内戦において、変なしがらみが付かないように意図的に対叛乱軍の戦線である前線総司令部に任じられたのだ。実際、今回の人事で抜擢された多くの平民出身の正規艦隊司令は、内戦を意識した駐留基地に配属されている。

 

考え事をしながらであったが、迷う事もなく割り当てられた執務室へたどり着くことが出来た。そこで思い至ったが、この駐留基地の作りは規模の違いはあれど前線総司令部によく似ていた。初めての場所という感覚が薄いので、逆に違和感を感じるほどだ。カストロプ星系改め、ベーネミュンデ星系にまもなく完工する駐留基地も、似たような作りなのだろうか?苛政によって荒廃し切ったあの惑星も、かなり様変わりしていると聞く、いつか足を運んでみたい気持ちもある。もっとも落ち着くまでは難しいだろう。

 

執務室に入り、あつらえられた席に座ると、備え付けられた端末が2件の伝言の存在を告知していた。赴任した事すら一部の将官しか知らないはずだが......。何事かと思いながら再生ボタンを押す。

 

「キルヒアイス少将、待っていたぞ。ビッテンフェルトだ。着任早々で悪いが、相談したいことがある。落ち着いたら早めに俺の司令部に顔を出してくれ。ではな......」

 

1件目のメッセージが終わる。私に相談とは何だろう?

 

「キルヒアイス少将、急な着任ご苦労だな。ファーレンハイトだ。おそらくビッテンフェルトからメッセージが届いていると思うが、奴の司令部に顔を出す際は十分心してくれ。リューデリッツ伯と親しい卿を巻き込んで、出撃の談判をしようとしているのだ。そんなことをしても無駄なのだが無聊に耐えきれないらしい。どうせなら艦隊シミュレーションか白兵戦技の訓練でも付き合ってやってくれれば助かる。ではな。会えるのを楽しみにしている」

 

2件目のメッセージが終わった。なるほどそう言う事か。直近で浮かんだ疑問は解決したが、別の疑問が浮かんだ。ファーレンハイト卿もビッテンフェルト中将も攻勢型の指揮官だ。そして叛乱軍対策でアイゼンヘルツ星系を動けないリューデリッツ伯の艦隊の参謀長はバランス型のメックリンガー中将だったはず。これも何か意図があるのだろうか?

ローエングラム艦隊に帰還した際には色々と報告を求められるはずだ。些細な事も見逃すわけにもいかない。それにしても相変わらずファーレンハイト卿はお目付け役も兼ねておられるようだ。あの手合わせ以来、なにかと親しく声をかけて下さるお二人の関係が変わっていないことに、私は思わず苦笑してしまった。さすがにこれは報告しなくても良いだろう。


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