稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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110話:苦慮

宇宙歴796年 帝国歴487年 7月下旬

首都星オーディン ブラウンシュヴァイク邸

オットー・フォン・ブラウンシュバイク

 

執務室の窓から、先ほど会談を終えたリッテンハイム候が乗る、一際豪奢な地上車が門を出ていくのが目に入る。舅にあたる皇帝陛下のご容体はいよいよいかぬようだ。本来なら秘匿されるべき帝国の最高権力者の病状が、まことしやかに漏れ聞こえてくる。少しでも先が見える人間なら、我らの決起を煽る為だと分かりそうなものだが、『決起』の時期を間違わずに済む。これぞ天祐ぞ!ルドルフ大帝も我らを応援して下さっている。などと公言する輩もおる。

陛下は確かに我ら門閥貴族を厚遇はしなかったが、冷遇もしなかった。降嫁をお許し頂いた際には、故ルードヴィヒ皇太子をお支えし、帝国の重責をいずれ担うつもりでおった。あの頃の儂にこんな未来が待っていたとは。『舅』の死をきっかけとして『決起』する事になるとは想像もしていなかった。

 

「コンコン」

 

ノックと共に、腹心のひとりであるアンスバッハが執務室へ入室してくる。いささか疲れた表情をしているのも無理はない。アンスバッハを始め、今は領地で内戦に向けた最終調整をしているシュトライトも、どこからともなく漏れ始めた『叛徒と門閥貴族の連合』の噂の火消しにあたっているフェルナーも、今回の決起には反対しておった。今日のリッテンハイム候との話し合いで、門閥貴族4000家を結集して『決起』する事への最終的な是非が決まった。儂自身、門閥貴族の領袖であるブラウンシュバイク公爵家の当主でなければ、身を引いて領地に隠棲したいところだ。

 

「公、浮かぬご様子ですな。もっともリッテンハイム候も同じような表情をされておられました。念のためですが、本当に宜しいのですか?勝てる見込みはほぼございませんが......」

 

「アンスバッハ、もう決めた事だ。我らが立たねば、暗殺でもしてエリザベートなりサビーネなりを名前だけの旗頭にするだけであろう。そうなれば、残せる血も遺せなくなる。降嫁したとはいえ『皇族』に連なるのは事実。表舞台に立たなければ、皇女である妻達ともども、生きていく面倒位は見てもらえよう」

 

儂はそう言いつつ、執務室の一角に備え付けられたソファーに腰を下ろし、サイドテーブルから『レオ』を取り出し、グラスに注ぐ。サイドテーブルを冷蔵機能を備えたものに変えたのはいつの事だったか?碌な酒を作れぬ者ほど、『レオ』などより当家のワインを!などと売り込んできたが、何のことは無い。手間もかけずに『レオ』の商法の二番煎じをしようとしただけだ。

いつから見掛けばかりに意識を向け、本質を蔑ろにする風潮が生まれたのであろうか?影響力を持つ者が愛飲したとしても、美味でなければ支持されない。そういう地味な研鑽をしなくなったからこそ、門閥貴族は帝国のお荷物となりつつある。そして、まもなく『処分場』へ送られるだろう。

 

「暗殺されかけたとなれば、それを逆手にとって領袖から退くことも......。いえ、失礼しました。今更それをした所で、あちらの陣営に組するのは困難ですな。思慮が足りませんでした。お忘れください」

 

「良いのだ。むしろお主たちには済まぬ事をした。儂と縁がなければ『実力主義』となりつつある軍部で栄達できたであろう。裏の事情まで含めれば、思い切った策を取るわけにもゆかぬ。ただでさえ味方は当てにならぬのに、手足を縛られてはな......」

 

『レオ』で口を潤す。年代物のワインに負けない芳醇な香りが広がり、数舜してそれが夢だったかのようにすっきりと消えてゆく。『いつか軍部貴族を飲み干すのだ』という名目で愛飲して来たが、初めて飲んで以来、虜になった。そして年々味が良くなっていくのを驚いてもいた。評価されてもそれに驕らず、研鑽し続ける。本来なら血統を誇る前に、由緒ある血統に恥じぬ研鑽をすべきだったのだ。

 

「我ながら養育には失敗したな。血統に相応しい研鑽をさせるべきであった。儂には息子がおらんからな。その分、甥たちには目をかけたつもりだが、いささか甘かったようだ。物心ついた頃から戦況が優勢なのも良くなかったな。叛乱軍など簡単に蹴散らせる。それを軍部貴族が独占していると考えてしまったようだ。士官学校から排除されたのも良くなかった。本来なら反省の機会だったが、研鑽しない者たちで固まれば、当然、研鑽の風潮など生まれるはずもない......」

 

「御二人の事は気にかけてはおりましたが、主家の養育に口を挿むわけにもゆかず上申するきっかけをつかめませんでした。至らず申し訳ございません」

 

「致し方あるまい。儂も皇室の養育方針に口を出す事など出来ぬ。そういう意味でも最後に一矢報いる最後の機会なのやもしれんな。精強になるばかりの軍部貴族は領地経営も順調だ。大領を有するとは言え、厳密には統治権を皇室から貸与されておるにすぎぬ。耐えて時を待っても、少しづつ力を削がれるだけであろう。それに『血判状』などと、どこぞの物語でもあるまいに。あんなものがなければ、まだ切り捨てる事も出来た。次代の子弟のほとんどが署名などしていては、切り捨てる訳にもゆくまいて」

 

心配気にこちらを見るアンスバッハを横目に、空になったグラスに『レオ』を継ぎ足す。今回の『決起』には不本意な事が多すぎる。せめて酒位は好きに飲みたいところだが。

 

「御二人もご自身では励んでいる御つもりなのでしょうが、本来『決起』は秘中の秘としなければなりませぬ。ああも大人数の知る所となれば、機密を守るのも難しいでしょうが......」

 

「あやつらに秘密を守れる訳がなかろう。既に軍部は気づいておるはずだ。黙ってみておるのは少しでも多くの門閥貴族を決起させる為であろう?既に公爵家でも潰すという前例があるのだ。『衰弱死』するか、『一か八かに賭けるか』選ばせるといった所だろう」

 

「確かに、怖いほど静かですな。要塞主砲の件は最後までタイミングを進言できませんでした。糧秣の件も、私が付いていながら申し訳ございませぬ」

 

「その件ならもう良いのだ。同席していたシューマッハが進言したそうじゃが、聞く耳を持たなかったと聞いておる。それにあまりにも誇らし気なのでな、毒気に当てられたのか怒る気がうせてしまった。結局、儂は最後まで厳しくは出来なんだ。

そういう意味では軍部貴族はさすがよな。場合によっては自分だけでなく周囲も巻き込んで戦死する環境を想定しているのだから当然だろうが。結果として甘い養育をしたツケで、周囲を死に追いやる人材にしてしまった。今更ながら悔いが残るな」

 

「お二人ももう良い大人です。公がすべてに責任をお感じになられる必要はないでしょう。周囲の方々も、ご自身で決断されたはずです」

 

「そうよな。精々、門閥貴族の意地を見せる戦いにしたい所だな。それと事が済んだ後の事だ。勝てればよいが、万が一の際は儂は責任を取らねばなるまい。それは構わぬが、『妻と娘』を遺すのはさすがに心配だ。その後の事も見届ける意味で、アンスバッハには後の事を頼みたいのだが......」

 

「公、それはご相談に預かっている3名で相談いたしました。その役目はフェルナーにやらせようと存じます。もともと要領がよい男ですし胆力もあります。本人はいささか策士気取りな部分がありますが、戦後の事を任せれば暴走する事も無いでしょう。それに、門閥貴族の領袖たるブラウンシュバイク公爵家のご当主を一人で逝かせたとあっては、それこそ『能臣どころか忠臣もいなかった』と言われかねません。私は、最後までお供させて頂きます」

 

「そうか、重ね重ね色々とすまんな。アンスバッハ......」

 

おそらくリッテンハイム候も同じようなことを考えておるはずだ。門閥貴族としての『名誉』と『娘』。両方守るためにはこうするしかない。今更ながらエリザベートにどう説明したものか。事が始まれば落ち着いて考える暇は無いだろう。不本意な宿題ばかりが目に付く。儂は空になったグラスに、アンスバッハに配慮して普段より少なめに『レオ』を継ぎ足した。今日決めるべきことは全て決めた。後は一眠りして、気を落ち着けてから考えたほうが良いだろう。

 

 

宇宙歴796年 帝国歴487年 7月下旬

首都星オーディン リヒテンラーデ邸

クラウス・フォン・リヒテンラーデ

 

「候、政府系でも一部の者が『血判状』に署名しているとの話もございます。蟄居中だったフォルゲン伯が旗振り役をされておられるとか。このままでは政府系は2分される事となりましょう。軍部系に分があると私は考えております。最終的な決定をする前に候の真意を伺いたく存じますが......」

 

「お主も分析は確かに正しかろうな。実績も勢いも、軍部系が勝っておろう。だからこそ思案しなければならんのじゃ。帝国内で皇帝陛下が即位して以来、バランスを保つためにそれぞれの領分を侵さない不文律があった。ただ、実績を上げたと胸を張って言えるのは軍部系だけじゃろう?次の皇帝陛下が4人の候補の内、誰になるのかは未定じゃ。

 

だが、軍部系が主導する帝国に、政府系の居場所はあるのじゃろうか?精々、ルーゲ伯爵家とマリーンドルフ伯爵家が登用される位じゃろう。自分たちが戦線を支えておる間に、汚職に麻薬、挙句の果てに欲に任せて喧嘩を売る始末じゃ。彼らがどんな目で我らを見ていると思う?まあ、其方は任用される可能性はあるであろうが......」

 

「おっしゃることは理解できます。私も財務尚書をお任せいただきましたが、軍務尚書を筆頭に、軍部系には頭が上がりませぬ。なればこそ、少しでも役に立つと思わせるべきと考えておりました。そうでなくとも政府系が一枚岩ではないと明らかになってしまいました。全力を挙げて協力する事が、政府系の居場所を確保する事にもつながりましょう」

 

いつもは儂の指示に従うだけのゲルラッハが必死に食い下がる。確かにその選択肢もあった。だが、カストロプの負債が今になって怨念のように政府系の足を引っ張っている。元々、地球教がらみの麻薬事件で次代が処罰されたことも大きいが、残った若手からすれば、本来カストロプを制御すべきだった儂は、政府系の信用を失墜させた元凶のように思われている。一枚岩にまとめる求心力は無かった。

その一方で軍部系をどのように見ていたか?もともと軍部系が主導した健康診断と言う名目の薬物検査が発端で、次代の当主が失脚する事となった。その上、自分たちが冷や飯を食べている間、彼らは戦況も優勢に進め、勢いを増した。感情的にも実績面でも軍部系に一泡吹かせたい気持ちもあろう。自分たちが代々守ってきた居場所を奪われかねないと判断しているのだ。

 

「それが出来るなら、そうしておる。結局カストロプを政府系が主導して処分できなかったことが尾を引いたな。汚職の件といい、つくづくあの男に祟られる。故人となってまで災いを振りまくとは、過去の自分の判断の甘さが悔やんでも悔やみきれぬ」

 

「候にお引き立て頂かなければ、私はせいぜい局長止まりだったでしょう。御恩を考えれば今回のご判断にも最後までお供すべきでしょうが、私にも子爵家当主としての責任がございます。私個人の感情でゲルラッハ子爵家を危険には晒せませぬ。今回ばかりはゲルラッハ子爵家の生き残れる道を選ばせて頂きとうございます。どうかお許しください」

 

ゲルラッハは跪いて許しを請うように軍部系に味方する事への許可を求めてきた。いつもはどこか自信なさげな雰囲気があるが、今は決意を固めた印象がある。この胆力をもっと早く発揮できていれば、また違った選択肢もあったやもしれぬ。

 

「儂に許しを請う必要などない。自家を次の時代につなげる事こそ貴族にとって一番大事なことじゃ。今回ばかりは分の悪い話だと理解しておる。良いようにいたせ」

 

「はっ。今までのご温情、このゲルラッハ決して忘れませぬ」

 

「良いのだ。どちらにしても公式には儂は中立を保つ。多少の調査は受けるやもしれぬが、皇室唯一の男子は、元をたどればリヒテンラーデ侯爵家の遠縁にあたる。しばらく要職に付けぬことにはなるやもしれぬが、厳しい処罰を受ける事もあるまい。『箔』を付ける意味でメイド役を申しつけたのに、皇太子殿下と懇ろになるなどと戯けた事をされた。あの折はどうしてくれようかとも思ったが、どこで何が活きるか分からぬものよ。こちらの心配は無用じゃ。ゲルラッハ、今まで尽くしてくれた事、礼を言うぞ」

 

ゲルラッハはもう一度あたまを下げてから応接室から辞去していった。政府系の筆頭である儂は、どちらに付いても一定の譲歩をせざるを得ん。そういう意味では門閥貴族に付けば浮かび上がるチャンスではあるフォルゲン伯らは、身の処し方に悩むことは無かっただろう。ふと窓の外に目を向けると、門の所で車を止めたゲルラッハが、もう一度あたまを下げていた。本来なら儂に許可など求めず自家を活かすことを考えれば良いものを、まだまだ甘い。

だが実務に関しては実力がある男だ。こういう恩義に厚い所が伝われば、軍部系の時代が来ても、それなりに重用されるやもしれぬな。そういえば、儂もなにかとあやつを重用した。特段目立つ訳ではなかったが、実務面は安心して任せる事が出来た。他にも実務だけを基準にすれば候補者はいただろう。

今更気づいたが、儂はゲルラッハを『信用』していたのだ。来たるべき『内戦』を前に、信用できる部下とたもとを分かつ事になった。この判断を後悔するような日が来ないことを祈ったが、何度考えても軍部系が勝利する予測しか思い浮かばなかった。


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