稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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114話:篩(ふるい)

宇宙歴796年 帝国歴487年 9月上旬

アルテナ星域 ガイエスブルク要塞 貴賓エリア

オットー・フォン・ブラウンシュバイク

 

「それにしてもここまで脆いとはな、我ながら領袖として先代たちに申し訳なくなる。これで勝てると思い込んでおるのだから、彼らの常識は、我らの物とは異なるようだな」

 

「リッテンハイム候、今更言っても仕方あるまい。大言壮語した事の1割でも実現できれば、十分英雄になるようなことを並べ立てていたのだ。そもそも真に受けてはおらなかっただろうに?」

 

「ブラウンシュバイク公は相変わらず気の利いた表現をされる。ただな、分が悪くとも後世で多少は語り草になるようなものにしたかった。それが始まる前からこれではな......」

 

侯が寂しげに言葉を区切る。陛下が崩御されたのを機に、事前の盟約に従ってガイエスブルク要塞に集結するはずだった。だが、戦争などしたことが無い門閥貴族にとって、それがどういう物なのか?分かっていなかった。極秘に動けばよいものを、近しいものに触れ回る者、そもそも連絡が回るはずであったのに漏れていた者。帝国貴族4000家と銘打ったが、実際に盟約に署名したのは3500家位であった。そのうち500家は、何かしらの名目で拘束され、オーディンを脱出する事すらできなかった。

そして『血判状』の存在が明らかとなり、本来は中立を装いながら情報を流すはずであった政府系の貴族にも捜査が始まったと聞く。この要塞に到着早々に、この策の主導者であったフォルゲン伯は憤慨したそうだが、そもそも戦後の逸話にしたいなら、後々にそういう物があったとまことしやかに語れば良いだけだ。全ての家が署名した『血判状』は、ガイエスブルク要塞にあるが、自家でも所蔵したいなどと複製品を用意した『たわけ』がいたらしい。

 

内戦に勝つ!という事を考えれば、そんな物がある事が露見すれば全てが台無しになる。本来なら『血判状』ですら危険な所、複製までしているとは......。内戦の勝利も、自分たちが望めば手に入るとでも思っているのだろうか?それとも爵位を振りかざせば平民たちがひれ伏すとでも考えていたのか?自分たちの爵位を権威づけているのは帝室だ。それに弓引く以上、爵位が持つ権威を否定したに等しいはずだが、そんな事も分からないのであろう。つくづく都合の良い事だけが記憶に残る頭だ。まあ、済んだことを考えても仕方がない。

 

「侯、済んだことは致し方あるまい。当てにならぬ味方を事前にふるいにかける事が出来たと思えば良いのだ。政府系の策も、軍部が素知らぬ顔をして偽情報を掴ませて来る可能性もあった。情報は得られなくなったが、偽報に踊らされる事も無くなった。そう考えればまだ気の持ちようがあるというものだ」

 

「それはそうだが......。ただ、門閥貴族は見栄の張り方も忘れてしまったのであろうか......。盟主である公を前にして言うべきことではないが、副盟主としてはため息が出る事ばかりでな。そういえばこの要塞を建設しているときも、何かとため息の出る事が多かった。禿げ鷹の城などではなく、ゾイフザー、『ため息要塞』とでも名付けるべきだったかな......」

 

「流石にそれは皮肉が効きすぎておろう。まあ、あやつらにはお似合いの名前かもしれんがな」

 

この要塞に来て、初めて笑えた気がする。リッテンハイム候は何かと儂に張り合っては来るが、どちらかと言うとアバウトな所が多い儂と比べて、些細な所にも目を配る男だ。副盟主である以上、門閥貴族達の体たらくには、儂に対しても責任を感じておるだろう。冗談を本心から言った訳ではあるまい。自分以上に責任がある盟主に、良き報告が無い以上、せめて冗談でも......。という配慮だろう。現状認識に齟齬は無いのは我らのみのようだ。侯の気遣いが嬉しかった。

 

「私も何か良き知らせを持ってこれればとも思っておるのだがな。事前の話では主力の現役モデルは無理でも、旧式艦で15万隻は集まるという話であったのに、蓋を開ければ10万隻に満たぬ。おまけに輸送艦に武装を急造で取り付けた物や、旧式どころか、『第二次ティアマト会戦』世代の骨董品も含まれておる。見栄と言うのは後々に実は......。と笑い話にできなければ、ただの嘘であろうに。もちろん鵜呑みにはしていなかったが、まさかここまでひどいとはな......」

 

「仕方あるまい。前線ははるか彼方。領地への防衛意識などそもそもあるまい。それに軍からの払い下げは、実際に国防を側面から支えてきた辺境自警軍に優先権があった。自領の警備だけなら、その骨董品で十分なのだ。高値で必要性の低い物を買うくらいなら、遊興費に組み入れてしまうだろう」

 

「確かに。自領を豊かにするより、領袖の機嫌を取っておこぼれをもらう方が知恵を使う必要もないだろうが......。ただ、そうなると公と私の艦隊、併せても35000隻しかまともな戦力が無いことになる。帝国軍がこの要塞にやってくるまで連戦連敗という事になるが、それで良いのか?」

 

「最後に学べる機会を与えるとでも思えば良いのではないかな?我々は彼らに付き合って旗頭となったが、決起に参加したのはそれぞれの思惑があっての事。精々、消耗させるための捨て石になってもらえば良かろう?我らと、戦場がかけてくれる『ふるい』に残った者たちで最後の決戦に挑めばよい。そうすれば少なくとも後世で笑われるような事にはなるまい」

 

「そこまで割り切っているという事は、フレーゲル男爵らの出撃を許したのも覚悟の上なのか。公には悪いが敗戦の可能性が大きいにもかかわらず、なぜ出撃を許可したのかいぶかしんでいたのだが......」

 

「最終決戦までここでぬくぬくとしておっては、それこそ血迷った事をしかねぬ。血統ではなく実力を学ぶ機会は必要だろう。生きて帰ってくれば、少しは成長しようし、内戦に勝利せねば、どちらにしろ死ぬのだ。ならば許可してやるのが儂にできる唯一の事だった」

 

「そこまで覚悟していたとは......。私も覚悟はしたつもりでいたが、足りなかったようだ。それにしても叛徒どももフェザーンも当てにならぬな。もう少し戦力を引きつけてくれるかと思ったが、あの有り様では出征もおぼつくまい。一応、イゼルローン要塞に艦隊を振り向けたそうだが......」

 

「これもリューデリッツ伯の仕込みなのやもしれんな。タイミングが良すぎるし、彼の赴任先はフェザーンの目の前だ。彼が主導して立ち上げた辺境自警軍が無ければ少なくとも戦力はもっと用意できたであろうしな。そういえば、要塞主砲を換装しないことを勧めたのも、『伯』に紹介されたルビンスキーであったな。あながち真相はその辺りやもしれんな」

 

「そう言えば、伯爵の地位にありながら爵位を考慮するそぶりは一切なかった。あの時から、門閥貴族を一掃することを考えていたのだろうか?だとしたら、逃げ道はあるまいな」

 

観念するように、リッテンハイム候がため息をつく。そういう意味では我らもまだまだ甘いのかもしれぬ。それとも内戦自体が陛下のお考えだったのだろうか?我らに降嫁を許しながらも優遇まではしなかった。皇帝の候補者4名の内、男子は後援者がおらん。門閥貴族から最も遠かったディートリンデ皇女の後援者に『伯』を任命された。あれで勢いを強めていた軍部系貴族が旗頭を得ることになった。今思えば、内戦が起こるように手を打たれた様に思うが......。

だが既に幕は切って落とされた。今更、考えても仕方なかろう。名に恥じぬ戦いをすればそれで良いのだ。少なくとも我らの覚悟は決まっただろう。今はそれで十分ではないか。もともと厳しい戦いになる事は分かっていたのだから。

 

 

宇宙歴796年 帝国歴487年 9月上旬

ブラウンシュバイク星域 外縁部

フレーゲル艦隊参謀 シューマッハ

 

「まもなく敵艦隊との戦闘距離に入ります。数、およそ6万」

 

「狼狽えるな。敵も開戦を急いておるのだ、辺境自警軍が合流していたなら10万隻をこえるはずだ。これぞ好機ぞ。我ら門閥貴族の意地を見せてやるのだ」

 

司令官のフレーゲル男爵の言動に、思わずため息が出そうになるのを何とか堪えた。戦闘に必要なのは戦力であって頭数ではない。新世代艦を主力にしている正規艦隊と、旧式艦が主力の辺境自警軍では統一した動きは難しい。そういう意味で『攻』を正規艦隊が、『守』を辺境自警軍が担当する形に切り分けたのだろう。補給の面でも効率が段違いなはずだ。本来なら要塞至近まで敵を引きつけて決戦に及ぶべき所だが、盟主と副盟主の領地を放棄する事に、若手貴族たちが異議を申し立てた。

『戦わずに放棄するなど名誉に関わる』と言うのが主な主張だが、要は要塞を守る重鎮達がいない場で、功績を立てたいという意図が見え隠れしていた。確かに実績を上げれば、ご両家の二人の令嬢との婚約が見えてくるだろう。だが、各家の戦力はバラバラだし、統一した動きをする訓練も行っていない。

せめて指揮権は統一すべきだと上申したが、そうなれば指揮官役に功績が集中してしまう。そのような思惑もあり。遠距離から見れば7万隻前後の大艦隊に見えるかもしれんが、実際は小魚が群れをつくっているような状態だった。少し負荷がかかるだけで、群れはバラバラになるだろう。

 

「よし、砲撃開始だ。弱兵を相手に功績を立てて、良い気になっている軍部の犬どもに本物の砲撃をお見舞いしてやるのだ」

 

砲撃担当が私に視線を向ける。まだ長距離ビーム砲でも有効射程には遠いのだが、指示は指示だ。私がうなずくとしぶしぶと言った様子で砲塔に砲撃開始の指示を出した。他の艦隊でも似たような指示が出たのだろう。敵艦隊の光群に向けてパラパラと長距離ビームの光線が進んでいく。

 

「みたか!我ら門閥貴族を軽視した報いを受けるのだ」

 

フレーゲル男爵は興奮した様子だが、正規艦隊が装備している防御磁場はかなり出力が高いはずだ。この距離では、損害はほぼ皆無だろうに。そんな事も知らないのかと言いたげな視線を、砲撃担当が男爵に向けている。普段ならそんな視線に気づけば『折檻』が始まる所だが、幸いにも、男爵の視線は大モニターに釘付けだ。それに気づく様子は無かった。動きがあったのは5分ほど後の事だった。

 

「敵艦隊、砲撃を開始した模様です。これは......」

 

戦術コンピューターの着弾予測がモニターに映る。幸いにもわが艦隊は狙いから逸れたようだが、敵はある程度狙点固定をしている様だ。そして『群れ』を維持するのに必要なポイントを的確についている。

 

「閣下、このままでは先陣が孤立します。全軍で横陣を作るようにせねば、艦隊が分断され、撃滅される恐れがあります」

 

「だまれ!これは敵の悪あがきよ。小細工をしてくるのは我らの攻撃が効いている証拠だ。とにかく撃って撃って、撃ちまくるのだ」

 

狙点固定をしている敵に比べて、ただ闇雲に放たれるこちらのビーム砲の光線のいかに弱々しい事か。子供が見ても、その差は歴然としているが、男爵には何か違うものが見えているのだろうか......。

 

「第2射、来ます、これは......」

 

着弾予測がモニターに映る。わが艦隊の横に布陣するシャイド男爵の艦隊に狙点固定されている。横陣を取ろうと思えば軸になる位置ではあるが、徹底して要所を攻める敵艦隊の練度の高さに、思わず唖然とした。

 

「シャイド艦隊の旗艦、反応が消えました。残存兵力は半数もありません。後退を始めています」

 

「閣下、このままでは我が艦隊が敵中に孤立します。一時後退をご指示ください」

 

「ならぬ。シャイド男爵の仇を討たずに何とするのだ。良いから全力で反撃せよ。今が押すべき時なのだ。なぜそれがわからん!」

 

「第3射を確認。狙点は......。我々です」

 

「閣下、伏せて下さい!」

 

艦橋の大モニターが光源に包まれる。おそらく直撃を受けたのだろう。爆発音とともに大きな揺れに襲われる。エマージェンシー音が鳴りひびく中、光源が強すぎたために一時失っていた視力が戻ってくる。私は瞬時に伏せていたが、男爵は変わらず提督席の前に立っておられた。

 

「それ見た事か。軍部の犬の攻撃など私には効かぬのだ!なにを恐れ......」

 

「閣下。伏せてくだ......」

 

そこで至近で爆発が起こる。私が頭を上げると、そこに男爵の姿は無かった。周囲を見回すと吹き飛ばされたのだろう。提督席の後方の壁際に、男爵は倒れていた。思わず駆け寄ったが、壁にたたきつけられたのだろう。即死だった。

 

「オペレーター。わが艦隊の残存兵力はどのくらい残っている?」

 

「詳細は不明ですが、おそらく2割以下です。この艦も、すでに戦闘能力は残っていません。動力炉が停止しました」

 

「では、残存部隊に動力炉を停止して降伏するように指示を。最後まで付き合ったのだ。この辺で良かろう......」

 

艦橋の生き残った人員に視線を向けると、皆ホッとした様子だった。全力でお支えしてきたが、艦隊司令部の生き残りとして、せめて残存兵力を生きて返す責任を果たさねばならない。まだ活きていた戦術モニターには、先陣は既に壊滅し、中軍に襲い掛かる敵軍と、恐ろしい速さで後方に回りこむ敵艦隊が映っていた。頭の片隅で予想はしていたが、ここまで一方的な展開になるとは思わなかった。

敗戦にも関わらず、どこかホッとしているのは、もう採用される事の無い上申をしなくて済むからだろうか......。私は男爵の瞼を閉じてから、上着を脱いで、遺体に被せた。本来なら敬礼すべきなのだろうが、そんな気持ちにはなれなかった。


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