稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

115 / 146
115話:第三次イゼルローン要塞攻防戦(突入)

宇宙歴796年 帝国歴487年 9月下旬

イゼルローン回廊 要塞宙域 リオ・グランデ艦橋

アレクサンドル・ビュコック

 

「ビュコック提督、貴官はどう判断するかね?」

 

「帝国の司令官は老獪じゃな。要塞を堅守するだけでなく、攻め寄せた戦力を少しでも摩耗させるつもりじゃろう。把握できておる戦力は2万隻じゃが、この距離で損害が出るという事は、長距離戦装備を有しておる。イゼルローン要塞の向こう側は要塞自体と敵艦隊の妨害電波で索敵はほぼ不可能じゃ。まだ戦力はあると判断すべきじゃろうが、索敵が困難な以上、撤退を決断するのは材料が足りぬかもしれん。もっとも、お主が決断するなら儂は賛成するが......」

 

「いえ、私の判断も似たような物ですが、流石に確信も無しに帝国軍の予備戦力の存在を理由に撤退は出来ませんな......。クブルスリーはともかく、跳ねっ返りの方が納得はしないでしょう」

 

シトレ長官が困った様子で見解を述べた。確かに未確認の情報を下に撤退の判断を下すのは難しい所じゃろう。それに回廊に進撃する前の会議での事もある。『3個艦隊』が確認されたならともかく、重装甲の長距離戦向けの艦ばかりとは言え確認できているのは1個艦隊分の戦力じゃ。内戦に付け込める最初で最後の機会という事も踏まえれば、現段階で撤退の判断をするのは難しいじゃろう。

 

回廊内部に進撃した我々の目に、漆黒の闇の中に突如現れたイゼルローン要塞と駐留艦隊。過去の攻防戦では、増援が来るタイミングで回廊外縁部を利用した迂回戦術や、巧みに要塞主砲の射界に誘い入れる戦術で、同盟軍の将兵を屠ってきた。その前例も踏まえて、総司令であるシトレ艦隊を予備兵力にしつつ、右翼からクブルスリー・ホーランド・儂の順で横陣をつくり、迂回戦術を押さえる。そして要塞主砲の射界に呼び込もうとする敵艦隊があれば、タイミングを合わせて並行追撃する予定じゃった。だが、帝国軍は過去の戦術とは異なる戦術で、我らを待ち受けていた。

 

帝国軍の布陣は、イゼルローン要塞を中心にして、上下左右に約5000隻程度の艦隊を展開するものだった。当然、要塞主砲の射界である要塞正面はガラリと空いている状況だ。我々が要塞に接近するためには、回廊外縁部を通過して要塞に近づくか?主砲の斉射を受ける事を覚悟しての正面突破しかない。だが、狭い回廊に要塞主砲の射界が加わると進路は恐ろしく限定される。

その進路を進もうとすれば、長距離ビームをかなりの時間受けることになる。そして要塞のあちら側の宙域にはおそらく予備戦力がいるはずじゃ。血路を開いてもその先は泥沼。とは言え要塞主砲に向けて部下を突撃させる判断にはさすがに賛成は出来ん。帝国得意の消耗戦に引きずり込まれつつあるが、簡単に退く訳にも行かん。難しい所じゃて......。

 

「まずは装甲の厚い大型艦を前に出して帝国の意図を探ってみたいと思います。クブルスリーは久しぶりの前線ですし、跳ねっ返りは目を光らせませんと突撃を始めそうですからな。左翼の方はお任せする事になってしまうでしょう。ご苦労を掛けますがよろしくお願いします」

 

長官はそう言うと、儂の敬礼に答礼し、通信を切った。戦闘中にこういう考えは良くない事じゃが、ウランフとボロディンがおればと思わずにはいられなかった。『前線は久しぶり』と長官は濁したが、クブルスリー艦隊の動きは鈍い。それを横目にもどかしい思いをしている速戦思考の若手提督がおる。帝国軍の動きを気にする前に、味方の動きを気にせねばならんじゃろう。

政局の影響がなければ、この段階で撤退の判断もできた。色々な事に引きずられて、最適解を選ぶことが出来ない。そうでなくとも戦況が劣勢な中で苦労しながらもそれを表に出さぬのだ。せめて応援団長として力になってやりたいが、シトレが心から笑える日は、まだまだ遠いのかもしれん。手元の少し冷めた紅茶を飲み干して、儂は戦術モニターに意識を戻した。

損害が皆無なはずはないが、帝国軍の艦数が一向に減る気配はない。要塞内部とあちら側の宙域、それにアムリッツァ星域には大規模な駐留基地があると聞く。実際は撤退の基準とした『3個艦隊』以上の戦力があるのやもしれんが、それをうまく隠すあたり、やはり敵の司令官は老獪じゃ。

戦術家として名高いシュタイエルマルク伯ならもっと切れ味が鋭いじゃろうし、ルントシュテット伯ならもう少し剛直な手段を取るじゃろう。リューデリッツ伯はフェザーン方面におるから、司令官はメルカッツ元帥じゃろうな。過去の成功体験に囚われずに新しい手を打つ辺り、下級貴族から初めて元帥になったのも伊達ではないといった所か。この戦いも厳しいものになりそうな予感を感じながら、同盟軍の大型艦が城壁を作るように前線へ移動する姿を、戦術モニターを眺めながら儂は確認していた。

 

 

宇宙歴796年 帝国歴487年 9月下旬

イゼルローン要塞 後背宙域 艦隊旗艦ブリュンヒルト

ラインハルト・フォン・ローエングラム

 

「ここまでは作戦通りといった所だが、敵に見せる戦力が限定されているにも拘らず、流石はロイエンタール男爵だ。流れるように戦力を入れ替えるあたりは叔父上の養育の影響もあるのかな?士官学校のカリキュラムだけでは、ここまでスムーズには出来んはずだ」

 

「リューデリッツ伯の養育の成果ではありますが、どちらかと言うと事業計画の応用編といった所でしょう。長距離戦とは言え、このまま一方的に撃たれるのは敵も嫌がるでしょうが......」

 

「うむ。メルカッツ元帥の読み通りだな。この次の展開まで、どのくらいかかるか?といった所か」

 

わが艦隊とディートハルト殿の艦隊は、叛乱軍から見てイゼルローン要塞の陰になる位置に待機している。ロイエンタール男爵旗下の艦隊が妨害電波も出している以上、索敵に引っかかる可能性はほぼない。我々の艦隊の役目は、逆撃を加える際に突撃する事だ。それまでは静かに潜む必要がある。ディートハルト殿と通信チャンネルを繋いだまま戦術モニターで戦況を見つめる。

叛乱軍は前線に大型艦を並べて城壁代わりにするようだ。確かに損害は抑えられるかもしれぬが、大型艦では急激な展開は難しい。こちらは好きなだけ撃ちまくれるのだ。いつまで出血に耐えられるか?ロイエンタール男爵が担当する以上、帝国軍の火力が衰える可能性は万に一つもない。叛乱軍が賭けに出たときが、我らの出番だが、......。

 

「それにしてもだ。この次の展開も元帥の読み通りになるのだろうか?確かに叛徒たちの立場になれば血路を開くよりは可能性があるように見えるだろうが、予測が外れれば要塞主砲の直撃を受ける事になる。そんな博打のような作戦を、慎重なシトレ元帥が許すだろうか?どちらかというとリスク回避に長けた印象があるのだが。それに正面の叛乱軍の動きが鈍いのも気になるな。敵の左翼にリオグランデが確認されている。ビュコック爺さんがいるという事は、セットでウランフ・ボロディン艦隊もいるはずだが......」

 

「おっしゃる通り、今までは敵ながら見事な連携をしていたはずですが、どうにもチグハグですね。何か事情があって、別の艦隊と組んでいるのかもしれませんが......」

 

「あちらにはあちらの事情があるのかもしれんが、阿吽の呼吸で艦隊を連動させられる相手などなかなかおらぬだろうに。そういう意味では、一見有効に見える博打に走るやもしれんな。仮にイゼルローン要塞を落とせたとしても、多大な損害を出しては意味が無い。そういう意味ではあまり時間はかからんかもしれん。念のため艦列を再度確認しておこう。先陣は任せたぞ!また後でな。では!」

 

お互い敬礼して通信を終える。ある意味、戦況を優勢に進めた事で軍部の権限が強い帝国軍に慣れ親しんだディートハルト殿には理解しにくい部分があるかもしれぬが、『民主主義』を採用している叛乱軍では、時として専門家の意見だけではなく、民衆の意見にも配慮をしなければならない。

それが時として投機的な作戦の実行につながり、無謀な作戦によって損害をだす例には事欠かない。ティアマトでも、帝国軍が勝利したというより、叛乱軍が負けるべくして負けたと俺は分析している。自分たちが選んだ政府によって死地に送り込まれる兵士。何とも皮肉な事だ。

 

「ラインハルト様、ご指示頂いた分析結果をお持ちしました。元帥の分析は間違いないようです」

 

参謀長役のキルヒアイスの一声をきっかけに、戦術モニターに向けていた視線をキルヒアイスに向ける。概略が一枚の図式にまとめられた分析結果を見る。同じものを叛乱軍が持っていれば、確かに唯一の活路に見えるだろう。

 

「皮肉な事だな。今の叛乱軍の戦力は潤沢とはとても言えないはずだ。どんなに策を練ってもそれなりの損害が出る要塞攻略などすべきではなかった。悲惨な政局に、不必要な要塞攻略。無理を重ねれば最後は無謀な作戦にならざるを得ぬのやもしれぬな」

 

「はい。確かに過去の帝国軍の展開と要塞主砲の射界を重ねますと、細長い通路のような領域が生まれます。ですが、あくまで要塞主砲の正確な情報をもつ帝国だからこそ出せる分析です。誤差が大きければ要塞主砲の直撃を受ける進路......。私にはとても出来そうにない決断でした」

 

「キルヒアイス、今は戦争中だ。叛乱軍の兵士たちの事は戦争が終わってから考えてやれば良い。少なくとも今のうちは、無謀な作戦で兵士たちを無駄に死地に送り込む責任は、あちらの政府にあるのだからな?」

 

『はい。ラインハルト様』そう言って、キルヒアイスは下がっていった。経済の事も『伯』の英才教育で私たちは修めている。報告書だけ見ても、叛乱軍を蝕みつつある『金融危機』は、あちらの社会に不幸をまき散らすだろう。そのきっかけを傍で見ていたキルヒアイスは、どこか当てられたようだ。優しい所はキルヒアイスの美点だが、今回はそれが悪く出ている。しかし、俺が慰めては更に気にするだけだ。

勝利してオーディンに戻れば姉上も一緒に暮らすことになるだろう。キルヒアイスの好みの物を作って頂き、元気づけて頂く必要があるかもしれない。戦術モニターに視線を戻しながら、俺はそんな事を考えていた。




次回更新は本日のお昼12:00の予定です。

※執筆の力になるので、評価・お気に入り登録の方もよろしくお願いします。感想も、感想返しをする際に、色々と思考が進むので、お手数でなければ併せてお力添えください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。