稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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116話:第三次イゼルローン要塞攻防戦(死地)

宇宙歴796年 帝国歴487年 9月下旬

イゼルローン回廊 艦隊旗艦エピメテウス

マルコム・ワイドボーン

 

「シトレ長官、この活路を見出したのは我が司令部です。確かに誤差の範囲によっては要塞の主砲の直撃を受けるでしょう。そういう意味でも、この策の実行は『わが艦隊』にお命じ頂きたいのです」

 

必死の形相でホーランド提督がモニターに映るシトレ長官に訴えるが、表情を抑えてはいるが長官は渋い顔だ。一瞬モニター越しに視線が合うが、首を横に振った。残念ながら俺にホーランド提督を止める言葉は用意できなかった。恐らく功を焦っていると見ているのだろう。モニターに映るビュコック提督もクブルスリー提督もあからさまに渋い表情だが、ホーランド提督は退く気はなさそうだ。それは艦隊司令部全員の気持ちでもあるだろう。あんな話を聞かされては反対など出来ない。ただ、もっと違う場面でこの『統率力』が発揮されていればとも思うが、それは言っても詮無い事だ。モニター越しではあるが、ホーランド提督の覚悟が伝わりつつあるのだろう。雰囲気が変わりつつあるのを横目に、先ほどまで行われていた司令部会議を私は思いだしていた。

 

「初めに伝えておく。これはかなり危険な策だが、この状況を覆すには、もはやほかの手段はないと考えている。本来ならこんな危険な策を取るべきではない。ただ、少し私の話を聞いてほしい」

 

携帯用端末に転送された作戦主旨を横目に、召集された艦隊上層部はホーランド提督に視線を向けていた。

 

「俺は今でこそ将官となったが、もともとは下町の出身だ。子供の頃はパンにも事欠く生活だった。朝食じゃないぞ?『夕食』のパンも無い日がある生活だった。なんとか努力して士官学校の奨学金を勝ち取ったが、下町の皆に育ててもらったようなものだ。ほぼ儲けの無いパン屋のおばちゃんはいつもパンを無料にしてくれた。食堂のおじさんは、何か口実を設けては飯を食べさせてくれた」

 

そこで提督は言葉を切られた。目には涙が浮かんでいる。

 

「だが、今回の金融危機で、おばさんのパン屋も、あの食堂もどうにもならないだろう。士官学校を出てからも、帰省した際には『守ってくれてありがとう』と笑顔で応援してくれた。そんな人々が絶望的な状況に置かれている。せめて戦況位は良い報告をして、わずかでも希望を届けたいと思うのはいけない事だろうか?我々が使っている装備にも、彼らが爪の先に火をともして納めてくれた『血税』が使われているだろう。今こそ恩を返す時だ。もっと分析の精度が高ければ事前に上申していたが、誤差によっては主砲の餌食になるだけだろう。諸君の見解を聞いておきたい」

 

作戦主旨に目を向けると、今までのイゼルローン要塞攻防戦での要塞主砲の発射角と艦隊の運動範囲をまとめ、それを現在の帝国軍の展開に重ねた図が目に入る。確かに細長い通路のような空白地帯が浮かび上がるが、危険範囲だからこそ帝国軍が展開しなかったとも考えられる。この分析が正確なら『活路』と言えなくも無いが、数十年も前のデータも含まれている。要塞主砲の出力が10%でも向上していれば、射程圏内に入ることになるが......。

 

「提督、やりましょう!小官は地方星系出身です。兵卒で志願した同期たちはほとんど戦死しました。年々高齢化が進む中で、少しでも戦死しないようにと、軍人になる若者たちになけなしの資産を食いつぶして士官学校に進学する学費を捻出してきました。でももうそれも困難なことになるでしょう。小官も良い知らせを故郷に伝え、絶望の中に少しでも希望を届けたいと存じます。このまま何もできずに消耗だけして帰るなど、とても出来ません!」

 

若手佐官が発した『本心の吐露』をきっかけに、私には無謀としか思えない作戦案に賛同の声があがっていく。確かに軍には貧困層の受け皿としての側面があるが、これが彼らの本心なのだろう。ハイネセンの富裕層に属する家庭に生まれ、国を守る志をもって士官学校に進んだが、恵まれた環境で育った私には、その気持ちが理解できていなかった。彼らが欲しているのは、絶望に押しつぶされそうになる同胞たちに希望を届ける事だ。論理的に諫めても効かないだろうし、感情論で覆すには、『恵まれた階層』という負い目がある。無謀と思いつつも、もう何も言う事は出来なかった。

 

「作戦案を考えたのは俺だ。危険な作戦である以上、先陣も担うつもりだ。万が一の場合もある。その場合はワイドボーン少将、貴官が司令官代理として状況の収集にあたってくれ。分艦隊司令の中で一番冷静に判断できるのは貴官だ。リスクを考えれば反対なのも分かっている。だが、この場を『階級闘争』の代理の場にするつもりもない。これからシトレ長官に上申するが、黙って見逃してくれればありがたい」

 

提督はそう言ったが、反対を意思表示すればホーランド提督はともかく他の者たちが実力行使に出かねない。私は了承するしかなかった。民主制を取る以上、『1票』は平等だが、当然富の格差は存在する。富める者にとって大した事の無い負担でも、貧困層にとっては『なけなし』の物なのだろう。そして特に最前線には貧困層の出身者が多いのも事実だ。私には何も言えなかった。

 

「分かった。ホーランド提督がそこまで言うなら、その作戦案の実施を許可する。但し、進撃路は左翼側からとする。作戦の開始は一時間後。それまでに両翼の艦隊は攻勢を強めて、少しでも帝国軍の消耗を強いる事とする」

 

作戦案の実行を許可するシトレ長官の声が、私の意識を呼び戻した。ビュコック提督ならともかく、シトレ長官も貧困層のご出身ではない。限界を超えつつある負担と絶望に潰れかねない自分の出身階層に希望を届けたいという悲壮な思いを押しとどめる事は出来ないだろう。最悪の場合は一兵でも多く連れ帰る。私にできる唯一の事に意識を向けるしか、出来る事はなかった。

 

 

宇宙歴796年 帝国歴487年 9月下旬

イゼルローン要塞 総司令室

オスカー・フォン・ロイエンタール

 

「どうやら、そろそろのようだ」

 

要塞近郊で火ぶたが切られて12時間、総司令官席に座り、穏やかな表情のまま戦況を見守っておられたメルカッツ元帥がつぶやくと同時に、距離を保っていた叛乱軍の両翼が動き始めた。座視していても消耗するだけ。いつ判断するかと待ち構えていたが、待ち時間が長引くにつれ、叛乱軍が要塞攻略を諦める可能性も高まる。総司令は作戦案の実行にあたっては、役割分担を決めた後は黙って戦況を見守っておられた。こういう時は分かっていても口を挟みたくなるものだが、落ち着いたものだ。これも、今まで果たされた役割が大きいのだろうか?リューデリッツ伯が見出した士官たちに『実戦の場』を経験させ、正規艦隊司令に育て上げたのはメルカッツ元帥の貢献が大きい。帝国軍の宇宙艦隊は、戦力化が開始されたものを含めれば18個艦隊に及ぶ。とてもではないが全軍に目を配る事など不可能だ。大方針を決定し、役割分担を決めた後は任せた人物を信頼して口を挟まない。メルカッツ元帥はすでに宇宙艦隊司令長官としての役割を理解されている様だ。であれば、俺は任された役割を果たすだけだ。

 

「補給中の部隊も、作業が完了した部隊から、帝国側の宙域に出撃するように指示を。叛乱軍は賭けに出るようだ。その賭け金をきっちり回収させてもらおう」

 

視線をメルカッツ元帥にむけると満足げにうなずかれる。プライベートで待たされたことは無いが、戦場とは言え、このオスカー・フォン・ロイエンタールを待たせたのだ。精々、その駄賃を払ってもらうことにしよう......。

 

「先陣役のローエングラム伯に電信。死地に来るのは敵中央艦隊。第一斉射はそちらに行う。撃滅されたし。次鋒のディートハルト殿に電信、第二斉射は動きの鈍い敵右翼に行う。第三斉射は後陣への牽制にするゆえ、遠慮の必要なし!とな」

 

通信担当幕僚が早速オペレータに指示を出す。数分後には帝国方面に控えていた両艦隊が動き出すのが戦術モニターに映る。あの二人も決して待つのが得意な方ではない。おそらく通信を繋いで、今か今かと待ちわびていたはずだ。俺だけでなく、あの二人も待たせたとなると、叛乱軍にはかなりの御代を頂戴する必要があるだろう。

 

両翼が攻勢を強めて1時間、そろそろだろうと思っているとメルカッツ元帥の予測通り、要塞主砲の射線ギリギリを、叛乱軍中央が細い矢のような陣形で進み始めた。ある程度引き込んでから、艦列を維持するのに必要なポイントに旗下の長距離戦仕様の艦が一斉射を行う。ただでさえ細かった艦列がズタボロになった瞬間にローエングラム伯の艦隊がダメ押し突撃を敢行した。続いて第二斉射を動きの鈍い敵右翼に行う。崩壊しつつある突撃部隊に意識を向けていたのか?こちらも長距離砲でボロボロになった艦列にディートハルト殿の艦隊が突撃する。第三斉射は牽制だが、もう勝敗は決した。既に突撃態勢にあった敵中央は壊滅しているし、ディートハルト殿の艦隊は敵右翼を突破し、背後に回ろうとしている。まともな残存戦力は2個艦隊。あとは回廊の出口まで、追撃戦を行って追加の料金を頂くだけだ。

 

「あとは貴官らの良いように」

 

穏やかな表情のままメルカッツ元帥がおっしゃったが、彼はローエングラム伯とディートハルト殿の御気性も理解されている。深追いしすぎないように手綱を取れと言う事だろう。

 

「畏まりました。追撃は回廊出口までにしたいと存じますが宜しいでしょうか?」

 

満足気にうなずくメルカッツ元帥に敬礼をして、俺は乗艦のトリスタンへ足を向ける。ここで少しでも叛乱軍の戦力を削れれば、その分、終戦が近くなる。内戦を担当するミッターマイヤーたちは、『門閥貴族』との初戦に快勝したと聞く。リューデリッツ伯のお膳立ても頂いた以上、こちらもそれなりの戦果を上げなければ胸を張って帰れぬし、宇宙艦隊司令長官になられるであろうメルカッツ元帥に傷を付ける事にもなる。既に勝利は確定したが、まだ喜ぶ段階ではないだろう。

 

「閣下、出撃の準備は出来ております。ご命令を!」

 

トリスタンの艦橋につくと、俺の艦隊の参謀長であるベルゲングリューンが指示を急かして来た。そう言えば我が参謀長も待つのが苦手であった。出撃を指示すると、髭で隠れがちなベルゲングリューンがあからさまに嬉しそうな表情をする。それが不思議なほど滑稽だった。叛乱軍側の出口まで、戦闘速度で航行しても数日はかかる。焦る必要はあるまいに。桟橋を離れ、出撃する様子をモニターで確認しながら思い浮かんだのは、ヒルデガルド嬢の事だった。帝国貴族の令嬢らしからず、経済や戦術に関心を持ち、共に外出した際はその手の話題を良く振ってくる。今回の会戦の事も色々聞いてくるだろう。情けない話をせずに済むとホッとする気持ちがあった。

戦術モニターに意識を戻すと、ローエングラム伯の艦隊に撃滅された敵中央を何とか援護する左翼部隊と、後背に回ろうとするディートハルト殿の艦隊を牽制しながら、右翼部隊の後退を支援する叛乱軍の後陣が目に入る。見捨てないのは『美点』だが、これは戦争だ。少しでも追加料金をもらう事に、俺は意識を切り替えた。後詰でもあればともかく、ここからの展開は叛乱軍にとっては不本意だろうが一方的な物になるだろう。




投稿開始以来、多大なご支援を頂き、ありがとうございました。年末に移動と言う大きな判断をしましたが、引き続き、稀代の投資家をよろしくお願いします。

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