稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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117話:孤軍

宇宙歴796年 帝国歴487年 10月上旬

アルテナ星域外縁部 艦隊旗艦 王虎

フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト

 

「惑星ヘッセ・カッセルの方は、ベーネミュンデ星系から進撃したシュタイエルマルク伯旗下の部隊が制圧を終えたそうだ。これで後は本丸だけだが、ここまで静かだと逆に不気味だな」

 

「領民たちを総動員して焦土戦をしていればもっと抵抗できたはずだ。我らの進路では、そういう指示が出ていたところもあったようだが、ブラウンシュバイク星系とリッテンハイム星系に関しては、抵抗しない旨、指示が出ていたと聞く。そういう意味ではリューデリッツ伯がおっしゃられた通り、あのお二方は門閥貴族の終焉を覚悟していたという事なのだろうか?」

 

艦橋の大型モニターには最大望遠でギリギリ影が映る程度だがガイエスブルク要塞が見える。俺は視線をそちらに向けながら、ここまで一緒に作戦行動をして来たファーレンハイト提督とメックリンガー提督の会話を聞いていた。叛乱軍で金融危機が発生したのをきっかけに、方面軍司令であるリューデリッツ伯から、アルテナ星域への進撃と、進路上の門閥貴族領の平定を命じられた。アイゼンヘルツ星域を空にする事に我々は反対したが、既存の防衛戦力だけで十分と判断された様だ。

 

そしてその予測は的中した。アイゼンヘルツ星系を進発してすぐに、イゼルローン方面で、わが軍が快勝した知らせがもたらされたのだ。帝国軍の宿将のような存在であるメルカッツ元帥が総司令に就き、旗下の艦隊司令も、ローエングラム伯に、ディートハルト殿、おまけにロイエンタールだ。俺から見ても負けるはずがない陣容だが、『伯』は勝利を確信しておられた。攻勢以外の部分では確かに譲る部分があるが、俺も同様のご信頼を頂けるように励まねば......。とも思った。

 

「おや?真っ先に要塞に突撃したがりそうだが、それを言わぬという事は、我らの旅路も少しは効果があったようだな」

 

「ファーレンハイト提督も人が悪いな。まあ、ここまで静かだと気にはなる。それにここからは元帥たちの旗下に入るのだ。勝手な事も出来んしな」

 

嬉しそうな表情のファーレンハイト提督に思わずこちらも苦笑してしまう。この内戦が終われば、俺たちは昇進して大将だ。時には旗下に中将を加え、複数の艦隊の統率にあたる可能性もある。アイゼンヘルツ星系を進発してから『伯』の指示で統率役を我ら3人で交代して努めてきた。

何かと強攻策を選びがちな俺だったが、他の艦隊も指示に従うとなれば、突撃を命じるだけでは済まない。大きな会戦は無かったが、意図や目的を同格者に説明して賛同を得る経験は、今までしてこなかった。言われた通り、少し前の俺なら威力偵察でもしただろう。だが、アルテナ星域に近づくにつれて、妙な静けさに、ここは様子を見るべきだと判断している自分がいた。

 

「どちらにしてもアルテナ星域に到着してからは元帥たちの旗下に入る命令だ。命令を待つべきだろう。まあ、大将として数個艦隊を統率する場合は、もう少し素直な司令官を旗下に迎えたいものだな」

 

「言ってくれるものだ。もっとも、私はもう少し思慮深い司令官を旗下に迎えたいな。いつ突撃を始めるかとヒヤヒヤするのはもう十分だ」

 

「まあ、良き経験がお互いに出来たと思う事にすればよかろう。同格という部分を抜いても貴官らは、統率しやすくはなかったが、若くして正規艦隊司令まで登ったのだ。従順であるはずがあるまいしな。どう割り振られるかは分からぬが、良き経験が出来たと考えている。改めて礼を言わせてもらう」

 

お互いに苦笑しながら、短い期間だったが総司令代理を務めた日々を振りかえる。同じ攻勢に定評があるが、ファーレンハイト提督はどちらかというと理論派だ。感覚派の俺からすると、説明に苦慮する事も多かったし、メックリンガー提督に至っては完全に理論派だった。ただ、同格だからこそ、お互い納得いくまで話し合えた部分もあるだろう。そういう意味では、この経験がなければ階級を理由に自分の判断をごり押ししていたかもしれん。俺にとっては確かに良き経験だった。両提督にとっても良き経験になっていればよいが......。

 

「閣下、ルントシュテット元帥から入電、我々は指定宙域に移動しつつ、哨戒を密にされたいとのことです」

 

副司令のハルバーシュタットが声をかけてくる。事前の分析ではガイエスブルク要塞に残っている戦力は、逃げ込んだ分を含めても5万隻を割り込んでいるはずだ。こちらの艦隊が揃えば10万隻を超える以上、静かすぎる事に違和感を覚えておられるのだろう。伏兵や増援が存在している可能性を憂慮されておられるようだ。

 

「お互い新しいお役目が頂けたようだな。では、また轡を並べられるのを楽しみにしている」

 

「貴官らの武運を祈る」

 

両提督と敬礼を交わし合い、通信を終える。哨戒とは言え、本当に伏兵なり。増援なりがいれば、門閥貴族との最後の会戦で足をすくわれかねない。戦術モニターには割り振られた宙域に移動を開始した2艦隊が映る。決して楽ではなかったが、楽しい日々だった。俺は武運を祈りながら、離れていく2つの光群にもう一度敬礼した。

 

 

宇宙歴796年 帝国歴487年 10月上旬

ガイエスブルク要塞 貴賓エリア

貴族連合軍 参謀 アンスバッハ

 

「おお、アンスバッハ、良い所に来たな。お主もこの光景を見ておくと良い」

 

「叛乱軍相手でも、これだけの戦力が集結した前例はないからな。あのコルネリアス帝の親征の際にも、元帥号を持つ者は58名も居たそうだが、ここまでの戦力を遠征に振り向ける事は出来なかったはずだ」

 

お酒を嗜まれている事もあるのだろうが、ブラウンシュバイク公もリッテンハイム侯もやけに機嫌がよろしいようだ。事情を知らぬものが見れば正気を失ったのか?とでも思いそうだが、すでにお覚悟は決められておられる。さて、何に面白みをお感じになられたのか?応接セットに近づくと、備え付けられた大モニターが目に入る。どうやら広域レーダーの画面を映しておられるようだが、反応に隙間が無いほど、大艦隊が遊弋している。数えるのも難しいほどだがおそらく10万隻近いはずだ。こちらの戦力は4万隻と少し。私なら青くなる戦況だが......。

 

「帝国の歴史を考えても、10万隻もの鎮圧部隊を向けられた者はおらん。既に我らが終わりを感じている門閥貴族に、これだけの戦力を向ける価値があったのかと思うとな。何やらおかしみを感じてしまうのだ」

 

「それに、あの艦隊運動の見事さよな。叛乱軍相手に戦況を優勢に保つのも当然の事よ。そう遠くない時期に帝国は宇宙を統一するだろう。覚悟を決めた事もあるが、やけに色々な事が見えるようになった。公とそんな事を話していたのだ」

 

示し合わせた様に、御二人がグラスを傾けられる。グラスの中身が透明だという事はレオだろう。そういう意味では、今回の知らせは朗報になるのかもしれない。対になるマリアは全て皇室に献上され、市場には出回らなかった幻の品だ。悪い知らせばかりを届けてきた私にとっても、最後に出来た悪くはない報告になるかもしれない。

 

「先の会戦で負傷し、捕虜となったシューマッハがメッセンジャー役として帰参いたしました。親書と皇室仕様のマリアを数本、預かって来たそうでございます。機械的な検査は済ませましたが、念のため毒見を手配いたしますか?」

 

「そうか。シューマッハにも苦労を掛けたな。曲がりなりにも、あの二人が先陣として華々しく散れたのも、シューマッハの貢献があっての事であろう。しっかり労ってほしい。この戦況でわざわざ暗殺を仕掛ける理由もあるまい。毒見役は無用ぞ」

 

「畏まりました。親書はこちらに。マリアはすでに執事に預けてございます。良き頃合いにて、用意して参るでしょう」

 

私が差し出した親書を受け取ると、公はペーパーナイフでリューデリッツ伯爵家の紋章が押された封蝋を切り、中身に目を通す。口元に笑みが浮かぶが、既に戦況は決したに等しい。お覚悟も決められた以上、降伏勧告を受け取られてもそのような表情はなされまいに。読み終わった親書をリッテンハイム侯に渡しながら、マリアの用意をメイドに指示される。さて、一体なにが書いてあったのやら。

読み終えたであろう侯が、いたずらを仕掛けるような表情をしながら、親書を私に差し出す。私が読んでも良いものかと思ったが、公が何もおっしゃらぬという事は読めという事だろう。親書を受け取り、内容を確認する。貴族連合にとっては厳しい内容だが、確かに今の御二人に取っては、嬉しい内容なのかもしれない。

 

「決起して以降、当てにならぬ味方にため息の止まらぬ日々だったが、まさか我らの心中を察する者が敵陣におるとはな」

 

「この戦況も当然よな。旗頭の意中を察さぬ取り巻きと、敵の旗頭の意中まで察する敵将。確かに盟主の甥たちも華々しく戦死し、我らもその覚悟は出来ておる。だが、残りの者たちはどこまで覚悟できているのであろうか?」

 

「それがあるからこその親書であろう?確かに皇族でもない限り叛乱した以上、お取り潰しは免れぬ。爵位を笠に着て500年、好き勝手して来たのだ。財産を召し上げられて生活にも事欠くなかで、善意も期待できまい。生き地獄に追いやるくらいなら、我らと共に時代の節目の象徴として華々しく散れという事であろう」

 

親書の内容は、皇族である二人のご夫人とそのご令嬢は、安心してお任せ頂きたいという事と、今まで散々爵位を笠に着て泣かせてきた以上、半端な処罰には出来ぬし、残ったとしても生き地獄となる為、華々しく散る様にという忠告が書かれていた。

 

「そういう意味では、まだ夢を見ておる者もおるであろう。門閥貴族の誇りと血で描かれるこの決起を、良からぬ事を考えて傷物にする輩も出てくるかもしれん。覚悟は決めたが、油断は出来ぬ状況だな」

 

「アンスバッハよ。済まぬが4人の様子を確認しておいてくれ。起死回生を狙うとすれば、あの4名を拉致して降伏するか、いざという時に我らの後背を撃つかだろう。艦隊規模からすれば、戦場での謀事には何とでも対処できる。フェルナーにも、もう一度、言い聞かせておくようにな」

 

了承の旨をお伝えし、部屋を辞する。貴賓エリアの最奥に位置する御両家のプライベートエリアに足を向ける。途中でマリアの用意を届けるのであろうメイドとすれ違い、その後、フェルナーに追い返されたのであろう貴族の面々が、文句を言いながら割り当てられたエリアに戻る所にも遭遇した。

 

プライベートエリアの入口に近づくと、渋い表情のフェルナーが目に入った。普段はそこまで表情を表に出さないはずだが、よほどしつこくされたのであろうか?

 

「フェルナー、大分食い下がられたようだな。顔に出ているぞ?」

 

「ご指摘には感謝しますが、もう遠慮する必要もないでしょう。御両家の戦力と比すれば、有象無象に等しいにも関わらず、主張だけはいっぱし気取り。自分たちの浅はかな考えなど、私のような若造には読めやしないとでも考えての事でしょうが、いい加減、彼らの相手は疲れました。自己評価程、価値が無いのだと教育する存在も必要でしょう?」

 

「そういう必要性が無いとは言わんが、良からぬことを企む連中からすれば、仕掛けるならこちらだ。改めて警戒を頼むとの仰せであった」

 

「承知しております。先ほどの連中もかなり食い下がってきました。御令嬢方から何か言質でも取ろうという魂胆でしょう。勝利した際の婚約辺りでしょうか?それを声高に吹聴すれば、将来の婚約者を危険には晒せません。危険な役どころも避けられるとでも考えているのでしょう」

 

公の甥にあたるフレーゲル男爵とシャイド男爵は初戦で名誉の戦死を遂げられた。だからこそだろうが、覚悟の決まっていない連中からすると、甥ですら使い潰した。と、見えているのやもしれん。珍しく正解だが、事に及んで勝利した暁のメリットばかりに意識を向け、負けたときの事を考えなかったのであろうか?そう言う人種は得てして敗戦濃厚になり始めると、なりふり構わなくなるものだ。

 

「フェルナー、全ての責任は私が負う。護衛部隊の武装を2段階引き上げるようにな。それと引き下がらぬ場合はブラスターでも突きつけてやれ。なりふり構わない連中が出てくるやもしれん」

 

「承知しました。来たる会戦の際は、軍港内に戦艦を一隻用意し、そちらに退避して頂く予定です。どちらにしても貴賓エリアの最奥など、袋小路ですし、艦隊が出撃すれば目が届かなくなりますからな」

 

フェルナーの適性はどちらかと言うと策士だ。その分、連中が何を考えているのかがきちんと見えている。責任はこちらで持つと言えば、必要な対策は躊躇せずに行うだろう。後は最後まで公のお供をするだけだ。この優秀だが、生意気な所がある部下の顔を見れるのもあとわずかなのだと思うと、それはそれで寂しい気もした。要領が良いこの男なら、ちゃんと割り切れれば新しい帝国でもしっかりとした立場を築くこともできるだろう。




明けましておめでとうございます。物語はもう佳境ですが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。引き続きよろしくお願いいたします。

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