稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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119話:流刑先

宇宙歴796年 帝国歴487年 10月中旬

首都星オーディン 司法省尚書執務室

ルーゲ伯

 

「ルーゲ伯、ご多忙な中お時間を頂きありがとうございます。そちらは大分騒がしくなっているとか?旧来の価値観が未だに通用すると考えている方々を相手に、憲兵隊も色々と大変なようですしね」

 

「左様ですな。ただ、本来あるべき姿に戻ったとも言えます。爵位の有無で有罪無罪が変わるなど、法治主義の観点からすれば、おかしな話ですからな。もっとも軍部には元帥にのみ例外が認められていますが?」

 

「確かに元帥号所持者には大逆罪以外の免責特権がありましたね。ただ、あの事項が付いたのはエーリッヒ2世の即位に関連しての話だったはずです。最高権力者の暴走を食い止める最後の手段なのでしょうが、流血帝の一件以来、有効に働いた事はありませんね。法の番人がお気になされるなら、戴冠式の前にあの事項を削除しても良いかもしれません。私の方からも話をしておく事にします」

 

門閥貴族がほぼ根こそぎ粛清されつつある中、確かに旧来の特権は過去のものとなりつつある。だが、それを主導したのは軍部系貴族だ。彼らと実際に戦った軍人たちが新しい特権階級になっては元も子もない。それを牽制したつもりだったが、どうやら気にし過ぎたようだ。

 

「ルーゲ伯が気にされるのも無理はありません。ですが、折角大掃除が出来たのです。また将来の禍根の種を撒く必要もないでしょう。接収した財産や領地は帝国政府に集約します。予算とビジョンがあれば、いくらでも開発の余地があるのですから、わざわざ分割する必要もないでしょう」

 

そこで相手も言葉を区切る。リューデリッツ伯爵家のご嫡男、アルブレヒト殿には娘が嫁いだ。血縁関係にはあるが、私は、この男に苦手意識がある。軍部貴族の重鎮にして、即位されるディートリンデ陛下の後見人。自領の統治に留まらず、法人を設立して辺境星域を瞬く間に開発してのけた。先帝陛下の覚えもめでたかったし、何かのきっかけがあれば、この男が帝国宰相の大任を任されていた可能性もある。何より軍人としてだけでなく、政治家としての業績も著しい。政府系貴族に属していた私にとって、まぶしさを覚える唯一の人物だった。

 

「リューデリッツ伯、そちらも色々と忙しい時期のはずだ。前置きはそろそろ十分だろう?本題を始めてもらえるかな。貴族同士の流儀も時には必要だが、私たちには不要なはずだ」

 

「ありがとうございます。私も率直な方が好みです。ルーゲ伯に伺いたいのは、2人の人物の法的見地からの罪の有無です。先に判断しやすい方から進めましょう。社会秩序維持局のラング局長は法的に罪はありますか?局員の中には汚職をしていた人材もいるようですが、こちらで把握している情報では、本人はシロのようですが?」

 

「そうですな。要職に就いたにもかかわらずラング氏は汚職を始め、職権乱用の疑いもありません。社会秩序維持局自体が法を逸脱した行為をしていた可能性はありますが、それを問えば全職員に罪があることになります。そうなると職務に精励したこと自体を罪とすることになりますからいささか厳しい判断となりますな」

 

「ちなみに司法省では、彼の無罪が確定した場合、何か役目につける予定はありますか?果たしていた役目はともかく能力はある人材ですが......」

 

「能力は認めますが、抜擢は難しいでしょう。司法省としてはこれを機に治安維持組織の意識改革を更に進めたいと考えています。その中に社会秩序維持局の人員を組み入れたとなると、どうしてもイメージが先行してしまうでしょう。局長クラスのポジションを任せるのは不安がありますし、それ以下の職責では本人が納得しないでしょう」

 

ラング氏は確かに優秀な男だが、傍に置くには不気味な所がある。汚職が蔓延していた社会秩序維持局の局長でありながら、本人はシロと言うのも問題だ。それだけ周到に事を進めていた可能性が高い。招き入れればいつの間にやら影響力を持ち、折角の改革が台無しにされかねない。それは他の省庁でも同様だろう。現在の政局を主導した軍部に隙を見せない意味でも、ラング氏は扱いに困る人物だ。

 

「分かりました。では彼に関しては無罪が確定次第、こちらで引き取る事にします。能力がある人間が不遇をかこうと碌でもないことを考えるでしょうしね」

 

そこで一旦会話が途切れる。ラング氏の事もおそらく前置きのはずだ。新体制の統治を考えたとき、この男が気にする人物はただ一人。かなり扱いには困るだろうし、問われれた所で私も判断に迷う所がある。

 

「その雰囲気ですと、もう一人についても既に察しがついているようですね。エルウィン・ヨーゼフ氏に関して、見解を伺いたい。大掃除は出来れば一度で済ませたい所ですが、これほど扱いに困る人物もいません」

 

「DNA鑑定の結果は明白です。それを基にするなら皇統を捻じ曲げようとしたリヒテンラーデ侯の罪に連座することになりますが、そうなると流刑となりますな。貴族社会で一人前とされていた15歳を越えていればともかく、未だ11歳。策謀の証拠ではあるとは言え、本人に罪を問うのはいささか無理があるでしょう」

 

「分かりました。今回の一件で処罰される貴族は約3500家、流刑になる対象者もかなりの数になると思いますが、流刑地は限られているはずですね?どこに送る事になりますか?」

 

「一番厳重な流刑先となると地球ですな。将来の禍根を残さない意味でもベストな選択肢でしょう。地球の実情を鑑みればいささか酷な話ですが、その分、食料などを添える判断になるでしょうか......」

 

「流刑先は法的に定められているのでしょうか?その判断も適正な物かもしれませんが、遠い未来に狂信者となった自称皇族が現れるような事になっても困ります。それに帝国内においておけば、仮に何かがあった時に新帝陛下に疑いが向くでしょう?その辺りも憂慮した判断をお願いしたい所ですが......」

 

この男のいう所も理解はできる。確かに流刑先は法的に定められてはいないが、地球行きは事実上の終身刑だ。本人に罪を問う事が出来ない以上、最善の策だとは思うが......。

 

「法的に流刑地が定められているわけではありませんが、他にどこか候補地がありますかな?」

 

「そうですね、流刑地に送り込まれたハイネセンなる人物の同胞方が、なんとかそれなりの状態にした地域があるようです。亡命帝の前例はありますが、本人が幼いとはいえ一度帝国を捨てたとなれば、その系譜が求心力を持つことは無いと思うのですが......」

 

叛乱軍の勢力圏に送るというのか?法的には問題は無いが、政治利用される可能性もある。その辺りはどう考えているのだろうか?

 

「過去の事例を見れば、政敵に追いやられた貴族の亡命を叛乱軍は受け入れています。エルウィン・ヨーゼフ氏が問題なく亡命できれば、それこそゴールデンバウム王朝の流れを組むものではないと公に認められるでしょう。逆に彼らが政治利用するようなら、既にそういう風潮が生まれていますが、臣民たちは叛乱軍を自分たちの明確な敵と再認識するでしょう」

 

「受け入れるかどうかを議論させるだけでも叛徒たちの内部に亀裂を作れるやもしれぬという所かな?フェザーン高等弁務官のレムシャイド伯を始め、国内にいなかった一部の貴族を泳がせているのもその為なのかね?」

 

「ええ、既にフェザーンの自治はかなり限定的な物になっています。彼らも行き場が他にない事くらいは気づくでしょう。金融危機で多くの叛徒たちの生活が破綻している状況で、唯一の男子の皇族だった幼児と、落ちぶれた門閥貴族をどう扱うか?政治利用してくれればそれに越したことはありませんが、国内に置いておけば禍根になる可能性が捨てきれない以上、良い手だと思うのですが......」

 

「法的には問題は無いが、話は通しておいた方が良いとは思いますな。もっとも私に判断を確認した時点でそんな事は済ませておられるのやもしれませんが......」

 

「ルーゲ伯には色々と見透かされてしまいますね。ですがだからこそ相談先にしてよかった。もし扱いに迷うような貴族がいれば一緒に送り出しますのでリスト化して頂ければ幸いですね。手筈はこちらで整えます。詳細は追ってお知らせしますので。お忙しい時期に長々とお付き合い頂きありがとうございました。では、また近いうちに......」

 

そう言うと彼は一礼してから通信を終えた。どこか肩の荷が下りたように感じる。確かにカストロプの件を始め、旧体制の時から様々な理不尽を是正しようと動いては来た。だが、それが簡単に実現されるようになった時、自分の判断が本当に正しいのか?問い直す事を心に決めた。エルウィン・ヨーゼフ氏に関してはどこまで行ってもルードヴィヒ皇太子の子として育てられた事実が付きまとう。DNA鑑定の結果がどうであれ、彼に何かあった場合、新帝陛下にとっては異母兄の子に対しての有り様と見られてしまう。政治利用さえされなければ地球行きより、かなりマシなはずだ。

政治利用された場合は、新帝陛下のお慈悲を踏みにじったという事になる。変に国内に置いておくより確かに良い案だが、それを思いつく辺りがさすがだ。気持ちを切り替える意味で大きく息を吐くと、私は今回の件で下される貴族達への処罰の確認作業に戻った。処罰される側にとっては関係ない事だろうが、新しい体制下での判例になる。この時期に手を抜けば、後々に不公平が生まれかねない。百科事典数冊分にはなりそうな資料の山を横目に、コルプト子爵家へ下される処罰の内容の確認を始めた。




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