稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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120話:フィクサー

宇宙歴796年 帝国歴487年 10月下旬

フェザーン星系 歓楽街 支配人室

ドミニク・サン・ピエール

 

「それにしても、あの時の可愛い少女がいつの間にかフェザーンのフィクサーになっているとはね。駐在武官時代に出会った方にはワレンコフ氏を始め、長い付き合いになった方が多いが、ドミニクとの付き合いも長くなりそうだ」

 

「閣下、女性は気にかけて頂いていると伝わっているうちは裏切りませんわ。そういう意味では男性より扱い易くもあり、また同時に扱いにくいのかもしれませんわね」

 

秘匿回線を使っての久しぶりの会話に、思わずつれない態度を取ってしまう。別に本心から愛人になりたいわけでは無い。だが、フェザーンの裏側で代理人を務める以上、本気の恋愛は出来ない。情夫を作ろうと思えば何人でも作れるが、男性と違って女性は最高の物が一つあれば満足できる。そういう意味でたまにじゃれついて通話の相手を困らせるのが、私の楽しみのひとつでもある。そして相手も、疑似愛人ごっこのような会話を楽しんでくれている。

 

「まったく、あの頃と何も変わらないな。実際は情に厚く、涙もろい所があるのに普段は凛としている。そんな君にだから頼みたい事がある。内容が男性の世話だからすこし嫉妬するがね......」

 

「まあ、浮気を勧めるのですか?女の恨みは後が恐ろしいものですわ。どうしようかしら......」

 

そこで限界がきた。お互いに笑ってしまう。女として枯れたわけでは無い。ただ、歓楽街を彩る夜の蝶だった頃とは比較にならない影響力を得た今、その影響力を活かして、想いを寄せた相手に尽くす喜びを得られる女は、この宇宙で私だけだろう。女性は限定という言葉に弱い。そういう意味では、そう多くはない宇宙を動かす側の椅子のひとつを得られた事は、幸福でもあり不幸でもあった。これ以上の喜びはないだろうし、もう閣下から離れられない。離れてしまえば、自分の人生が色褪せたものになるのが明白だもの。

 

「頼みたいのはケッセルリンク氏に依頼した荷物の件だ。あちらの経済状態は決して良くはない。法治主義を取る以上は幼児を断頭台に上げるような事はしないと思うが、少人数でいいので信頼できる人物を傍において欲しい」

 

「政治的な判断を下せる必要はございますか?そうなると大分絞られますが......」

 

「その必要はない。要人警護ができて、温かく見守ってやれる人物だな。すこし甘やかされて育った所があるから、指摘すべきことは相手が誰であれ、指摘出来れば尚良いが......」

 

「要は後見人と護衛役を兼ねる人物ですわね。何人か心当たりがありますわ。人選は私に一任して頂けると思って宜しいでしょうか?」

 

「構わない。それと生きているうちは生活費に困るような事が無いように手配して欲しい。あちらで政治利用させるような事があっても、その辺は流れに任せて良いとも伝えてくれ。どちらにしても彼が貴族社会で一人前とみなされる15歳になる前に、戦争は区切りがつく予定だ。その辺りも伝えてもらって構わない」

 

「承知しました。手配しておきますわ。それにしても閣下もあの頃とお変わりありませんわね。子供に甘い所はあの頃のままですもの」

 

「人類社会は私が死んだ後も続いて行くだろう。どうせ受け継がせるなら、少しでも良い形で引き継ぐ責任がある。そういう意味では、彼をあちら側に追いやるのは必要な措置だ。ただ放り出す以上は身の安全と生活費位は面倒を見てやるべきだろう?本人には何の責任も無いのだからな。本来なら行き先は地球だった。その場合は生活に困窮する可能性はあるが、命の心配はなかっただろう。それを考えての事だよ」

 

すこし悲し気な表情をされる。だが私が慰めてもあまり意味はないだろう。配慮が無駄になる事が無い様に、しっかりとした人選を行い、状況を把握しておくのが私にできる事だ。少し話題を変えたほうが良いだろう。

 

「それにしても、叛乱軍に仕掛けた経済戦争の結果には驚きましたわ。利益が膨大過ぎてボルテック氏が目を見開いておりましたもの。投資先の切り替えもスムーズに進んだ様ですし、おめでとうございます」

 

「ありがとう。ただ、あれはどちらかと言うとワレンコフ氏の功績とも言える。彼は当初、自治領主となる志を立てていたが、政治家として大成したかはともかく、投資家としては宇宙屈指の人物だった。そうでなければたったの30年で、運用資金を10倍にする事など出来ないからね」

 

前フェザーン自治領主のワレンコフ氏が自治領主の地位にあったのは、ほんのわずかな期間だ。政治家としての適性を判断するのは難しいだろうが、投資家としての業績は史上類を見ないものだ。もっとも公開するとしてもかなりの期間を経ての事になるだろう。第三国を通じてとはいえ、帝国屈指の企業の代表が、敵国に投資していたというのはあまり広言できる話ではない。

 

そのワレンコフ氏は、内戦が始まる直前に眠るように亡くなったと聞く。本懐が遂げられたのかは分からないが、宇宙を舞台に膨大な資金を動かし、利益を上げた。部下たちも帝国中から選び抜かれた者ばかり。後任として社長に就いたシルヴァーベルヒ氏は、話を聞くだけでも異彩を放っているし、比較されることの多いグルック氏も手堅い仕事で評価が高い。後進の育成にも成功した以上、思い残す事は無かったように思う。

そして閣下の言にあった通り、功績が盗まれることなく語り継がれていく。帝国の優秀な男たちが吸い寄せられるように集まるのも分かるような気がした。最高の環境で能力を発揮し、功績を上げればそれが自分の物として語り継がれる。童話に出てくるナイトのようになれるのだ。どんな凡夫でさえ、幼い頃に一度は夢見た事があるだろう。そんな環境が、実際に用意されるのだもの。

 

「そう言えば、教育を兼ねて投資案件に関わらせた時に、当時のローエングラム伯とキルヒアイス少将も目を見開いていたのを思い出したよ。資産は一定の金額を越えるとどうでもよくなるからな。あの時は可愛かったものだ。私の場合は、初めは戦艦で数え始め、少しすると艦隊で数えだしたな。宇宙艦隊の数を越えた辺りで数えるのを止めてしまったが......」

 

「次期帝国の王配殿にもそんな時代がありましたのね。でも安心しましたわ。私の場合はフェザーンの首都圏で数えておりました。まだ金銭感覚がおかしくはなっていない様だわ」

 

そう言えば、ボルテック氏はゼロの数を必死に数えていたように思う。そういう意味ではまともな金銭感覚を維持しているのだろうけど、こんな大型案件が動くことはもうないだろう。そういう意味でもボルテック氏の有り様は良い意味で慣れていないのかもしれないわね。ご無沙汰だったから少し長めにじゃれついてしまったけど、代理人としてのお仕事もしないと。

 

「私の方からも報告と確認したいことがございます。まずは独立商人たちの事です。もともとお取引のあるコーネフ商会とは別ルートで、かなりの数の独立商人に貸しを作る事が出来ました。気質を考えてもこちらの言いなりにはならないでしょうが、借りは返す面々です。今後、何かの時には役に立つでしょう。

後はルビンスキー氏とケッセルリンク氏の動きですわね。フェザーンが所有する対叛乱軍の借款が年間予算の10年分に相当する以上、圧力をかければある程度の事は通るでしょう。彼を政治利用するように仕向ける動きがあった場合、ご報告だけで宜しいのかしら?」

 

「独立商人たちの事はそれで問題ないだろう。流した情報が正しく、利益につながったという実績があれば、こちらが流す情報を無視はできなくなるだろうからね。今後も適度に情報を流して儲けさせてあげれば良いだろう」

 

閣下はここで言葉を区切る。

 

「ルビンスキー氏とケッセルリンク氏に関しては、すでに釘を刺していたはずだ。もし相談されたら私に諮る様に伝えて欲しい。独自に動くようなら、それを把握しておいてくれればよい。制止するまでの対応は敢えてしないで欲しい。父親の方は踏み絵の最中だし、息子の方も試用期間だ。信用できるかを試す意味でちょうど良いだろう」

 

「分かりました。こちらからは以上です」

 

「引き続きよろしく頼む。新体制が固まれば、何人か要人と顔つなぎをするつもりだ。何かと気苦労が増えるかもしれんが、影響力を維持するには必要なことだ。堪えてくれればありがたい」

 

そう言うと、閣下は通信を終えられた。初めて会った時から続けている閣下呼びも余人がいないからこそできる事だ。さすがに第三者がいる場ではリューデリッツ伯とお呼びすべきだろう。要人との顔つなぎは本来なら喜ぶべき話だが、そんな事より閣下呼び出来ない場に出向かねばならない事に、私はすこし煩わしさを感じていた。何も映さなくなったモニターに視線を戻す。今日は寂しさを紛らわすためにレオを飲む必要はなさそうだ。

 

 

宇宙歴796年 帝国歴487年 10月下旬

フェザーン星系 RC社 支社長室

ニコラス・ボルテック

 

「ボルテックさん、資料は確認しました。予定通り利益を確保しながら投資先の切り替えも順調ですね。特にテラフォーミング技術と産業機械系を押さえられたのは大きい。帝国の発展に必ず役立つでしょう」

 

「ありがとうございます。投資案件の実績としては過去に類を見ない天文学的な利益を得る事が出来ました。新しい投資先の確保に困るほどでございます」

 

今回の案件の収益は膨大なと言う表現では足りないほどの利益を上げる事が出来た。私は何度もゼロの数を確認していたが、新しくRC社の社長になられたシルヴァーベルヒ殿はそこまでお喜びではない様だ。

 

「この案件は確かに果実をもぎ取る役目は私たちが担当しましたが、ワレンコフ氏の業績に寄る所が大きいでしょう。とはいえ、歴史に残る案件の脇役のひとりとして記憶はされることになります。むしろ今後何を為すのかを問われる事になるでしょう。影響力は得られましたが、それを維持できるか?我々自身が問われる事になります」

 

確かに言われてみればその通りだ。とんでもない利益の額に舞い上がっていた自分が恥ずかしかった。それにしてもさすがはシルヴァーベルヒ殿だ。若くして、当時のRC社のトップだった故ケーフェンヒラー男爵に見いだされ、ワレンコフ氏からも将来の社長として育てられた。見ている視点が私の及ぶ所ではない様だ。

 

「そんな顔をする必要はありませんよ。確かに私たちは実績と資金をワレンコフ氏に与えられました。投資案件でこの額の利益をまた上げる事は難しいでしょうが、別の分野で必ず匹敵する実績を上げられるのです。落ち込む必要はありませんよ」

 

嬉し気に語るシルヴァーベルヒ殿を見ながら、いささか話しに付いていけていない自分がいた。若い頃から異彩を放っていたが、異才を持つ者にありがちな論理の飛躍を良くされる方だ。

 

「いつもの癖で話が飛びましたね。帝国の内戦は軍部が勝利します。順調にいけば数年以内に叛乱軍との戦争にも終止符が打たれるでしょう。門閥貴族の時代が終わり、軍人の時代が始まろうとしている。その先には私たちのような経済と財務に長けた人間の時代が来ます」

 

確かにその通りだ。戦争が終われば、軍人たちの役割は治安維持と宇宙海賊の討伐位になるだろう。そして私たちのような人種がいよいよ活躍できる時代になるはずだ。

 

「現在の宇宙の人口は420億人に足りない程度です。元々は帝国領だけでも3000億人が暮らしていたのですから、全宇宙に置き換えると6000億人は生活可能でしょう。テラフォーミング技術が進めばもっと可能性は広がります。人類社会が再度成長期を迎える段階で、私たちは宇宙でも屈指の権限と実績、そして無尽蔵の資金を得た。後はどこまでその拡大に貢献できるかでしょう。私たちがワレンコフ氏の弟子だったと言われるか、ワレンコフ氏が私たちの師だったと言われるかは、これからの私たち如何です。どうです?やりがいは十分にあるでしょう?」

 

確かにその通りだ。言わば拡大が約束されたブルーオーシャンに参入したようなものだろう。長期目線で需要が高まる業界は軒並み押さえている。焦る事など何もない。着実に人類社会が拡大できるように手助けをしていけば、少なくとも人類史の教科書の片隅に、私の名が残るかもしれない。

 

「ただ、少なくとも100年後の社会の有り様をデザインする必要はあるでしょうね。社会を出来るだけ自動化する方向で私も考えていましたが、グルックと話をする中で考えが少し変わりました」

 

また話が飛んだ。ただ、シルヴァーベルヒ殿の良い所は、こちらが話に付いていけていないとすぐに察して頂ける点にある。部下に対して誠実な所は好感を感じていた。

 

「失礼しました。私はどちらかと言うと加点主義的に物事を捉えがちなのです。自動化できるものは、してしまった方が効率は良いと考えていました。グルックが問題提起してくれたのは機械による自動化が、専門知識を必要としない分野を中心に進む事への警鐘でした。自動化には利点も多いですが、容易に自動化できる分野は貧困層の雇用先でもあります。臣民たちを専門家に教育できる体制を作らなければ、特に貧困層の雇用を奪う結果になると。確かに一理あると思いました」

 

苦笑しつつも他者の意見を参考に自分の意見を修正したと話せる所に、余裕のような物を感じた。私なら他者の意見を参考にしたと、自然に話す余裕はまだない。

 

「戦後の対外関係がどういう物になるにせよ、あらゆる組織にとって競争相手が必要な以上、叛乱軍を形はどうであれ残す判断をするはずです。ならば我々は叛乱軍の民衆を吸い上げる方向で動こうと考えています」

 

そこで一旦言葉を区切り、手元のカップを口元に運ばれる。美味しそうに紅茶を飲むシルヴァーベルヒ殿を見て、私も手元のグラスに手を伸ばした。今まではミネラルウォーターを選んできたが、紅茶に変えるのも悪くは無いかもしれない。

 

「様々な案件に携わってきましたが、ひとつだけ共通しているのは、皆、今日より良い明日を迎えたいと言う事です。社会に活力をもたらすのは若年層です。彼らに実例を持って問いかけたいと考えています。参政権はあるが、停滞した社会と、参政権は無くても活力のある社会。既に帝国では学力に応じた学費の無償化と医療に関しては全面的な無償化が実現されつつあります。

移民する層の多くは貧困層ですから、雇用の受け皿を残しつつ、子供たちは無論、努力次第で本人もより専門的な職業に就ける体制を作ろうと考えています。これで10億人の移民希望者を獲得できれば、それだけで数個艦隊を維持する経済力を奪ったことになります。見方によっては帝国元帥並みの功績です。こういう考え方も面白いでしょう?」

 

思わず頷いてしまった。艦隊を指揮して戦う自分は想像できないが、同様の成果を上げられるならそれはそれで面白い。

 

「後は一度、数字だけでなく実情も見てみる事ですね。ワレンコフ氏は地球教から逃れる為にリューデリッツ領に隠棲していた時に気づいたそうですが、数字と実情の両面を見なければ、将来の社会の有り様を想像する事は困難だそうです。かく言う私も、信じらないような見逃しをして10万人の生活を路頭に迷わしかねない事態を引き起こすまでは実感はありませんでしたが......」

 

懐かしそうな表情で、かなりの失敗談を語るシルヴァーベルヒ殿を見て、やはり大物なのだと思った。私にはとても出来そうにない。

 

「幸いな事に、ケーフェンヒラー男爵がリューデリッツ伯に頭を下げてくれたおかけで何とかなりましたが......。RC社の本部には全ての案件の事前・事後が残っています。一昔前には砂利道だった所に幹線道路が引かれ、地上車がひっきりなしに往来するようになった案件もあります。急いで投資先を探す必要もありませんから、一度そういう案件を見て回るのも良いかもしれませんね」

 

言われてみればその通りだった。焦る必要はないのだ。それに宇宙全域で投資していた事もあって、実際に現地に赴いた事は皆無に等しい。一度見て回る事で何か掴めるかもしれない。

 

「表情を見る限り何か掴めたようですね。こちら側の事ならかなり融通を利かせられるでしょう。あちら側の事は、むしろボルテックさんの方がお詳しいでしょうからお任せします。次回はボルテックさんからも色々とご意見を頂けると思いますから楽しみにしています。では」

 

あわてて一礼したが、視線を向けるとモニターには通信が終了したメッセージが表示されていた。最後にかなりプレッシャーをかけられたが、それも期待の表れだろう。視察先を選ぶべく、私は過去の投資案件のデータベースにアクセスを始めた。先ほどまでは投資先が見つからない事を気にかけていたが、もうそんな事は頭から消えていた。そしておそらく苦労が絶えないであろうグルック氏に、一瞬だが労いの気持ちを込めて、ご苦労様です。と心の中でつぶやいた。


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