稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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121話:凱歌

宇宙歴796年 帝国歴487年 11月下旬

惑星オーディン 宇宙港

ウォルフガング・ミッターマイヤー

 

「閣下。お疲れ様でした。戦場から帰還するのはこれが初めてではございませんが、何やらいつもと異なる趣がありますな」

 

宇宙港に艦隊旗艦ベイオウルフが着陸して数分、整備兵たちが係留ロックを終えた頃合いで、参謀長のビューロー少将がホッとした様子で声をかけてくる。同乗していたバイエルラインも同意するようにうなずいていた。

 

「そうだな、俺にも似たような気持ちはある。確かに叛乱軍との戦いから戻った時とは気分が違うな。心のどこかで、あの戦いが時代の節目だと感じているのかもしれんな。それに俺も門閥貴族に思う所はあったが、なんというか......。勝利の可能性が無い中でも勇戦された。有終の美とも言うが、時代の節目に相応しい誇りのような物を最後に見せられて、何か感じる物があったのやもしれんな」

 

「良い表現が浮かびませんが、門閥貴族の最後に相応しい有り様でした。確かに彼らの人を人とも思わぬ行状に思う所もございましたが、彼らが確かに帝国を背負ってきたのでしょうね。私も見習いたいと存じます」

 

「バイエルライン、その言い方では最後の事を考えている様ではないか。卿はまだ若いのだ。最後の事など考える前に、ひとりでも多くの部下を連れ帰る事を考えたほうが良いぞ。それにもう将官なのだ。いい加減、身を固める事も考えなければな」

 

「はぁ、小官も閣下のようにきれいなお嫁さんを迎えたいと思うのですが、なにぶん出会いが無いものですから......。出征も多いですし、とりあえずは軍が恋人と言った所でしょうか」

 

誤魔化すように冗談を言ったつもりだろうが、あまり面白くはない。そう言えばミュラーも任官直後に手痛い失恋をして以来、恋愛に関しては優先順位を下げていると聞く。俺が結婚したエヴァンゼリンは、もともと遠縁で実家に帰れば会う事が出来た。そういう意味では恋愛の指南は出来かねるし、恋愛指南が出来そうなシェーンコップ男爵やロイエンタールに相談させて、変に夜遊びを覚えられてもそれは困る。

ビューローに視線を向けるが、困ったような表情をするだけだ。確か彼も士官学校に合格した時に、幼馴染と婚約したのだった。若手士官が軍務に励むのは良い事かもしれんが、帝国が活力を維持するにはより多くの子供が必要だ。そういえばリューデリッツ伯は領民たちの婚姻促進策も打ち出しておられたはずだ。一度相談するのも良いかもしれん。

 

「俺も参謀長も、幼馴染と結婚したからな。一度若手士官たちの結婚に関してはリューデリッツ伯に相談しておこう。個人的な事で相談に乗って頂いた事もあるからな。何か良い案を出して下さるやもしれん。ただ、冗談に関してはイマイチだな。そちらは戦術のように俺が教えられるものでもない。2週間は休暇が出るのだから少し勉強しておくようにな」

 

「小官の個人的な事でリューデリッツ伯のお手数をお掛けするのはさすがに畏れ多いのですが......」

 

「卿だけの問題ではないのだ。宇宙艦隊だけでも将兵の数は4000万人を越える。その多くが男性だ。彼らの結婚が遅れれば、出生率にも影響するのだ。出征の前に、一度産婦人科に付き添ったときに色々聞いてな。卿ひとりの問題ではないから安心しろ」

 

そう言うと、バイエルラインは納得したようだ。どこか嬉し気な所を見ると、結婚したいのは確かなようだが、現金な奴だ。リューデリッツ伯が動くとなればかなり効果のある施策が実施されるに違いない。それに叛乱軍との戦争が終われば、正規艦隊を18個艦隊も戦力化しておく必要もないだろう。しっかりと家庭を持ち、次代を育むのも、臣民にとって大切な任務だ。

 

「係留作業が完了いたしました。提督、この度も無事に帰れましたな。お疲れ様でした」

 

参謀長が敬礼しながら声をかけてくる。答礼を返して艦橋を後にする。司令官が退艦しなければ部下たちも休暇に入れない。今回は内戦という事で祝賀会は行われないが、ディートリンデ皇女殿下から慰労金名目で一時金が支給される。僚友とこのまま歓楽街へ繰り出す者もいれば、意中の女性に会いに行く者もいるだろう。そして俺のように愛する家族が待つ家庭に戻る者もいるだろう。

 

タラップを降り、宇宙港のターミナルへ進む。少し進むと、俺の艦隊の乗組員たちの出迎えだろう。あまり仰々しいのは苦手だが、部下の家族たちは俺の顔を知っている。奥方らしき女性が深々と一礼をしたり、小さな子供たちが見様見真似で敬礼してくれる。それに答礼しながら進んでいくと、見覚えのあるややくすんだ金髪が目に入る。今回も出迎えに来てくれたようだ。少し歩みを早め、手を振ると、エヴァも俺に気づいたのだろう。手を振り返してくれた。

 

「今帰ったよ。エヴァ。流石に身重なんだから家で待っていてくれても良かったんだが......」

 

「出迎えは夫婦になる前からの習慣ですもの。それにお腹の子も父親を出迎えたかったでしょうから」

 

嬉し気な表情のエヴァをやさしく抱き寄せて口づけをする。結婚当初はなかなか子供が授からずに悩んだこともあったが、リューデリッツ伯に紹介して頂いたケーフェンヒラー総合病院の産婦人科で指導を受けた結果、やっと授かる事が出来た。軍人の妻とは言え、何かと家を空ける事が多い俺にとっては、エヴァを広めの将官用官舎に一人にしてしまうのも気になっていたし、何よりエヴァが新しい家族が出来る事を望んでいた。

 

「ご無事で何よりでした。貴方の出征中は何かとリューデリッツ伯爵夫人やオーベルシュタイン男爵夫人に気遣って頂きました。官舎の方もシェーンコップ男爵が護衛を回してくださいましたわ。折を見て、貴方からもお礼をお伝えしてくださいませ。お義母様も官舎に泊まり込んでくださいましたのよ?お義父様にもかなりご不便をおかけしてしまいましたわ」

 

身重のエヴァに合わせてゆっくりと空港出口に向かう。結婚祝いとして、リューデリッツ伯は帝国ホテルの披露宴会場を手配して下さり、花嫁衣装も伯爵夫人にご手配頂いた。今では料理で名を知られた男爵夫人が、披露宴のコースを監修してくださった。仲人役をという話もあったが、門閥貴族の勢いが強かった時期でもあったし丁重にお断りするしかなかったが、現在の軍上層部には気さくな方々が多い。若手士官の婚姻施策が動き出すような事があれば、結婚式への参加も、軍上層部の大事な役割になるかもしれなかった。

 

「まあ、親父の事は気にしなくていいだろう。初孫の誕生を何より楽しみにしているのは親父だし、母さんが留守の時は近所の酒場に造園仲間たちと繰り出しているはずだ。ご相談したいこともあるし、リューデリッツ伯爵邸に一度お伺いを立てる事にするよ」

 

それにしてもエヴァのお腹のふくらみに自然と視線が向く。出征前は妊娠していると言われても、そこまで大きな変化はなかった。すくすくと俺たちの子供が育っていると思うと、自然と笑顔になってしまう。空港出口付近で待っていた公用車に乗り込み、実家へ向かうように指示を出す。将官になった時から専用の公用車を下賜されたが、未だに馴れない所がある。幸いにも運転手は平民出身の退役兵で、付き合いやすい人物なのが救いだった。

見慣れた実家への道筋が窓の外を流れていく。ビューロー達とも話したが、同じ風景なはずなのに何かが違って見える。やはり時代が変わったと認識しているからなのだろうか?俺は窓の外に視線を向けながら、敵ながらあっぱれな最後を遂げられたブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯の事を思い出していた。

 

「すでに包囲の陣形は万全なものとなりつつあります。要塞主砲も機能しない以上、討って出るか、降伏しか道は無いと存じますが、貴族達はなにを考えているのでしょうか?」

 

「俺にも分からんが、何かは考えているのだろうな。哨戒エリアが近かったビッテンフェルト提督によると、リューデリッツ伯は、すでに彼らは終焉を覚悟しているのではないかと話されていたそうだ。時代は確かに変わりつつあるが、今更見苦しく命乞いをするような終わりにはならんような気がするな」

 

戦術モニターを横目に、参謀長が声をかけてくる。確かに要塞主砲は使えずとも、対空砲の嵐を浴びれば軽微な損害では済まない。包囲したと言えば圧倒的優勢なように思えるが、逆に言えば要塞周囲に分散したとも言える。貴族連合軍の残存兵力は多くても5万。戦力の面で優勢でも、相手が一方向に全軍で当たれば、短時間とは言え数的優位を作ることは出来る。油断は出来ないが......。

 

「前衛のバイエルライン艦隊より入電、要塞の港口から反応多数、敵が出撃してきた模様です」

 

「良し、バイエルラインにはいったん下がる様に打電。要塞至近では後背をつくことは出来ん。敵を引きつけながら要塞から切り離す。両翼に位置しているルッツ艦隊とビッテンフェルト艦隊にもその旨を打電せよ」

 

俺がその旨を指示すると、艦橋が一気に活気づく。戦術モニターではバイエルラインの分艦隊が後退するのと同時に、要塞至近の宙域にかなりの反応が表示されつつあった。既に1万隻を越えている。予想通り、敵は包囲の危機とは見ず、戦力分散をした我々を各個撃破するつもりのようだ。圧倒的に不利な戦況にも関わらず、戦意は旺盛な様だ。普通の敵とは思わない方が良いだろう。

 

「ルントシュテット元帥より入電。当初の計画通り敵艦隊を引きつけつつ要塞から切り離すようにとの事です。両翼の艦隊にも提督から細かい部分は指示を出すようにとの事です」

 

オペレーターが元帥からの司令を伝えると当時に、両翼の艦隊から通信が入る。

 

「ミッターマイヤー提督、事前の打ち合わせ通り要塞から敵を引き離すなら、早期に増援は無い方が良いだろう。レーダー上で卿の艦隊の陰になる位置で要塞から距離が取れるまでは距離を保とうと思う。危なそうならすぐに増援に入るから安心してくれ」

 

「俺の方は要塞から距離が取れた時点で横合いから突撃をかけるつもりだ。頃合いは見計らうつもりだが、卿からみてタイミングが遅れるようなら催促してくれれば助かる」

 

ルッツ提督が援護に回り、ビッテンフェルト提督が最初の突撃を担う。俺たちの組み合わせなら役割分担としては適したものだろう。

 

「では、手筈通りに。よろしくお願いする」

 

敬礼を交わし合い、戦術モニターに視線を戻す。反応が3万隻を越えた。全力出撃を仕掛けてくるようだ。バイエルラインの分艦隊が俺の艦隊の艦列まで下がった所で、オペレーターが訝し気な表情をしているのが目に入る。視線を向けると困ったような表情で

 

「おそらくブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯の乗艦と思われる艦から、広域電波が発せられています。演説を流しているようですがモニターに映しますか?」

 

了承の意味でうなずくと、モニターにブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯の映像が流れる。

 

「我らを包囲せんとする帝国軍諸君、お主たちの艦隊運用の様は見させてもらった。敵ながら見事な艦隊運用、あっぱれである!」

 

「叛徒ども相手に優勢に戦況を保っておるのも納得できた。しかしながら建国より500年、帝国の支柱としてお支えしてきたのは我ら門閥貴族である」

 

「我らの誇りをかけた突撃を受けてみよ。流刑人の子孫どもとは一味も二味も違う事を思い知らせてくれよう。我々を打ち負かす事が出来れば、この宇宙にお主たち以上の強者はおらぬという事だ」

 

「我らを討ち滅ぼし、宇宙を統一する自信を得るが良い。もっともそう簡単にはやられぬぞ。覚悟するが良い。皇帝陛下万歳、帝国万歳、銀河帝国に栄光あれ!」

 

そこで二人が持っていたグラスを傾けて中身を飲み干す。周囲から聞こえる「万歳!」の声は貴族連合軍の将兵の物だろうか......。

 

「敵艦隊、一丸となってこちらを目指してきます」

 

「予定通りに引きつけながら徐々に後退するぞ。敵は覚悟を決めている。くれぐれも油断するな」

 

貴族連合軍の動きは初戦の物とは異なり、かなり練度の高いものだった。特にブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯の艦隊は動きがいい。思わぬ攻撃に序盤は苦戦を強いられたが、徐々に要塞から引き離す。一時間ほどした所で、右翼からルッツ艦隊が牽制射撃を始め、左翼からビッテンフェルト艦隊が突撃を開始した。叛乱軍相手の戦いならこれで決着がつく所だが、敵の戦意は衰えを知らなかった。

艦列がズタぼろになっても、反撃を止める艦はない。包囲殲滅戦に切り替えても、広域電波で流れる演説同様、敵は反撃を止めなかった。残存艦が百隻単位になった時、一際大きな爆発が起こり、演説が止まった。残りの艦も全滅するまで戦い抜いた。勝利の喜びを感じるよりもホッとする気持ちが強かった様に思う。そして見事な最後だった。

 

戦闘終了後の救援活動を命じたタイミングで、メックリンガー艦隊が、ご夫人方と2人のご令嬢を保護された旨が入電したが、純粋にご無事で良かったと思えた。俺ももうすぐ親になるという状況もあったが、貴族連合軍の盟主としてふさわしい名誉ある最期を遂げられたのだ。

 

彼女たちの夫と父親が、門閥貴族の最後を誇りあるものにした。時代は変わるだろうが、少なくとも盟主役を果たされたお二人を貶す者はいないだろう。それをちゃんと知っておいてほしいと素直に思う自分がいた。

 

「ウォルフ、まもなく到着するわ。お義父様ったら待ちかねたご様子ね。手を振って下さっているわ」

 

エヴァの声で、俺の意識は現実に戻った。確かに車窓から見え始めた門の近くで、親父が手を振っている。あの方々から渡されたバトンをしっかり次代につなげる事を秘かに決めていた。ただ、良い働きには休息も必要だ。近づいてくる見慣れた実家に視線を向けながら、俺はそんな事を考えていた。


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