稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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124話:御前会議 :決定

宇宙歴796年 帝国歴487年 11月下旬

首都星オーディン 新無憂宮

ディートリンデ・フォン・ゴールデンバウム

 

「それではこれより御前会議を始める。今回は軍部貴族を代表して私が司会進行役を務めさせて頂きますが、次回の正式な会議は戴冠式の後に開催される予定です。その際は、政府首班を担われる方にこの役目は譲りたいと考えております」

 

私に一番近い席に座っていたミュッケンベルガー伯が起立し、御前会議の開始を宣言する。伯の側にはルントシュテット伯、シュタイエルマルク伯が、対面にはルーゲ伯、マリーンドルフ伯、そして私たちの後見人であるリューデリッツ伯が着席されている。軍部系の勢いに対抗できる存在はいないとは言え、元々は政治系に属していたお二人に席次をお譲りになるとは......。一見、政治系貴族への配慮に見える。だが即位することになる私の後見人である以上、新体制の真の実力者が誰かは皆が理解している。彼が引いて見せる事で、王配となるラインハルト様も、側近としての顔見せとなるマグダレーナ姉さまとヒルダ姉さまも末席に控える事に不満を感じずに済む。

そしてこの先も最初に配慮された事が頭から離れない。一度引いただけで、多大な影響力を手に入れた。この後、軍部系貴族から提案される帝国の統治体制に関しての提案に、反対する者はいないだろう。

皇帝としては取れない進め方だが、私自身にも公の場で統治者としての教育をしてくれているのだとも感じた。真の実力者が引いた以上、名目上は至尊の地位に就く私も、焦る必要はないのだ。早くても私たちが統治者としての実力を身に付けるには10年はかかる。それを焦る必要はないのだと、教えて下さっているようにも感じた。

 

「この会議は今後の帝国の在り方を決める物と認識しております。既に決起した門閥貴族と処罰の対象となった政府系貴族の統治権は帝国政府に集約いたしました。帝国全土の効率的な発展を促すには、全ての領地を、統一感をもって開発した方が宜しいでしょう」

 

そこでミュッケンベルガー伯は一旦言葉を区切られた。

 

「そこで、我らが保有しているRC社の株を、戴冠式を期に皇室に献上いたします。その代わりに非償還特約を付けた皇室名義の債権を下賜頂きたい。ご裁可を頂ければ、辺境領主たちの所有している開発会社も同様に取りまとめます。今後の帝国の発展を考えると、将来、門閥貴族のような存在を再び生む禍根を残すわけには参りませんからな」

 

「なぜ、政府に集約するのではなく、皇室に集約するか?に関しては、一強体制を作らない為でもあります。帝国政府一強となると慢心の原因にもなりましょう」

 

補足するように、次期軍務尚書が発言する。ルントシュテット伯は公明正大を旨とされる方だ。彼が言うと変な信頼感がある。国内最大の実力組織のトップの発言意図を、いちいち裏読みするのは大変なことだ。そういう意味では、私にとっても有難い人事案と言えるだろう。

 

「皇室名義で新しい開発公社を設立し、政府の良きライバルとなってもらうとは良き話でしょう。切磋琢磨しなければ成長はありませんしね」

 

次期統帥本部総長が承諾するように意見を添える。リューデリッツ伯は発言しないが軍部の総意である以上、余程の覚悟がなければ反対はしないだろう。そもそもルーゲ伯ともマリーンドルフ伯とも親しい関係にある以上、既に根回しはされてるのかもしれない。

 

「良き案と言えるでしょう。とはいえ、統治権や利権を一方的に奪われては、不安に思う者もおりましょうからな、続いてきた家を維持できるだけの保証は与えてやるべきでしょう」

 

「戴冠式の際に合わせて公布出来れば良いでしょう。統治体制は大幅に変わるとはいえ、行政組織をゼロから立ち上げる猶予はございません。政府組織の中に組み入れてしまえば彼らも安心出来ましょう」

 

ルーゲ伯とマリーンドルフ伯が要望を出しつつも賛意を示す。その点は問題ない。既に数パターンの下賜パターンを作成している。ブラウンシュヴァイクとリッテンハイムは、伯爵家に降格させて存続を許す予定だ。軍部との兼ね合いも考えれば年間200万帝国マルクもあれば家は存続していけるだろう。そして統治権や利権を納める代わりに、それに応じた皇室名義の債権を下賜すれば軍部系貴族を始め、私の味方についてくれた勢力にも報いる事が出来る。

 

「将来の事を考えれば、良き案でしょう。近々にそう言った例が出るかは分かりません。ただ今後は平民階級からも帝国に多大な貢献をする者も出て参りましょう。領地には限りがございますが、叛徒たちとの戦勝に区切りが付けば帝国は発展期に入ります。帝国の発展に貢献した者たちを賞する意味でも、良き案でしょうね」

 

最後にリューデリッツ伯が発言される。これで帝国の統治体制は決まった。お膳立てをしてくれた彼の顔を立てる意味でも、RC社の平民出身の功労者にも私から皇室名義の債権を下賜する必要があるだろう。

 

 

宇宙歴796年 帝国歴487年 11月下旬

首都星オーディン RC社 本社

ニコラス・ボルテック

 

「そろそろ御前会議が終わる頃合いですね。オーナーは事前準備を惜しまない方ですが、事が事ですから......。決裁権を持って動くことに慣れてしまったのか、どうも落ち着きませんね。いつもは決断を迫られる側ですから、待つ側はどうも苦手で......」

 

「シルヴァーベルヒ、少し落ち着かんか。お主はRC社の実質トップなのだ。公社化する以上、今までのように好き勝手は出来なくなるだろう。今の内に腰を据える事も覚えねば......。ふむ、とは言え、確かに今までのんびり猶予を与えられたことは無かったな。我々が一時間遅れれば、開発が時には数年遅れる。もっとも判断を誤れば臣民の生活を危うくする。ゆっくり待つ経験など確かにしていなかったな......」

 

数字だけでなく、生活の変化を肌で感じるべく、フェザーンから帝都へ移動してきた。事前に色々と聞いてはいるが、RC社の所有者が皇室に代わるという大きな変化が予定されている。落ち着いて業務を進める事など出来ないだろう。ただ帝国経済のトップ層に属するお二人とも言えども、今回ばかりは落ち着かないご様子だ。それを見ていたら、不思議と自分も落ち着くことが出来た。

 

「お二人とも落ち着きませんな。もっとも今後の帝国の方針が決まる事にもなります。私も業務が手につかなかったでしょう。落ち着かないのは私だけではないと知れて、ホッと致しました」

 

空になっていたカップにお茶を注ぐ。紅茶の良い香りが広がって、悶々とした雰囲気を払ってくれる様に感じる。紅茶を嗜むようになってまだひと月も経っていない。だが、熱湯を入れて茶葉が開くまで、待つひととき、そして、カップにお茶を注いて香りを楽しむ時間。忙しい業務を区切るにはちょうど良いし、気分を変えて落ち着く効果がある事をなんとなく理解していた。

 

「オーナーの方針が通れば、帝国の発展は間違いなく加速する。我々が人類社会の拡大期を担えるかの瀬戸際だ。間違いはないだろうが、志が果たせるか決まるのだ。落ち着かねばと思うほど、心が逆に乱れてしまう。今日はやけに紅茶が有難いな。もっともこんな姿はお主ら位にしか見せられないが......」

 

紅茶を飲みながらぼやくシルヴァーベルヒ殿と、苦笑する様子のグルック殿。話には聞いていたが、良いコンビだ。独特の感性で大きなビジョンを描くのは確かにシルヴァーベルヒ殿だが、それを確実に実行できるものにしているのはグルック殿なのだろう。私から見ても暴走する事が多いシルヴァーベルヒ殿だけでは、安定した業績は上げられなかっただろう。ワレンコフ殿にとっての私のように、ビジョンが描けなくても、それを現実にするのに長けたサポート役が彼なのだろう。初めて会う前から親近感を感じていたが、それはさらに強まっていた。

 

「社長、オーナーから優先回線でご連絡が入っております。お繋ぎして宜しいでしょうか?」

 

「ああ、頼む」

 

応接室に備え付けられたモニターに社長付きの秘書から連絡が入る。朗報だとは思うが、結果を聞くことを恐れる気持ちもあった。何となくだが、結婚を申し込む折に似ているかもしれないと思った。望んでいる答えがもらえると頭のどこかで思っていながらも、返事を聞くまでは安心できない。帝国の将来が決まる歴史的瞬間の一幕に立ち会いながらも、その登場人物たちの心境が、多くの男性が経験するであろう心境としているとは......。だが、それも当然だろう。この決定次第は、多くの臣民たちの生活に直結するのだから。

 

「お揃いのようだね。さすがの君達でも、今日ばかりは落ち着かないか」

 

嬉しそうなご様子のリューデリッツ伯がモニターに映る。機嫌の良い所を見ると、御前会議の結果は良いと見たが......。

 

「男性を焦らす趣味は無いからね。シルヴァーベルヒ、帝国公社の初代総裁に内定した。おめでとう。とは言え、その様子を見ると待つことを覚える必要がありそうだな。グルック、ボルテック、引き続き危なっかしい所もあるが、シルヴァーベルヒを支えてやってくれ」

 

「ありがとうございます。精一杯、帝国の発展に貢献できるように励むつもりです。引き続きよろしくお願いいたします。確認の為ですが、伯はどの役目に就かれるのでしょうか?」

 

帝国の開発公社の総裁がシルヴァーベルヒ殿となると、国務尚書か財務尚書辺りであろうか......。

 

「私は新設される自治省の尚書職を志望した。叛乱軍との戦争には早急に区切りをつけるが、全土を取り込む事は不可能だ。130億人の叛徒がいきなり臣民になるのも無理がある。何もしなくても彼らが集めた税金の30%は吸い上げられる。優勢なことは事実だが、130億の市民というのは、放置するには潜在的な力が大きすぎる。財務的に絞りながら、もう少しバラバラにしたい。

人間は何より今日より良い明日を欲するものだし、苦難に及んで団結できれば強い。だが、民主制の弱みは多様な意見・立場を許す事にある。活発な議論は確かに社会の活性化につながるかもしれないが、新規事業を行う余地がない場合、選択肢の議論は社会の閉塞感を実感するだけだ。その辺りの塩梅を取りながら、潜在的に許容できる脅威レベルに調整する。移民希望者を募るのも、脅威レベルの調整に必要な手段の一つになるだろう。引き続きになるがよろしく頼むぞ。ではな......」

 

慌てて、3人で一礼をするが、頭を上げるとモニターには通信が終了した旨のメッセージが表示されている。御二人に目線を向けると、いつもの雰囲気に戻っていた。方針は決まった。再び走り出す時が来たという事だろう。

 

「待ってくれ。一応節目には節目らしいことをしないとな。少し待ってくれ。アリシア、例の用意を」

 

シルヴァーベルヒ殿が内線で秘書に一報を入れると、すぐにグラスをトレーに乗せた秘書殿が入室してくる。見慣れた瓶からグラスに透明の液体が注がれる。

 

「オーナーから預かっていたレオだ。こういう時に開けなければ機会が無いからな。帝国の将来と我らの果たすべき貢献に!」

 

「乾杯!」

 

グラスを交わして、レオを飲み干す。私よりも重責を担うことになるお二人が、私を同等に扱って下さる事が嬉しかった。今まで同様、天才たちが描いたビジョンの実現に向けて、微力を尽くすのみだ。飲み干したグラスに視線を向けながら私はそんな事を考えていた。


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