稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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125話:役割分担

宇宙歴796年 帝国歴487年 11月下旬

首都星ハイネセン 最高評議会 議長執務室

ヨブ・トリューニヒト

 

「それで、今回の件はどうするのだ。刑事犯ではなく政治犯である以上、亡命を拒否は出来んだろう?」

 

「原理原則に照らし合わせればそうだが、政治的な活動まで制限できるのかね?数名とは言え、取り巻きも付いてきているのだろう?さすがに亡命政府の樹立までは許可できんぞ?」

 

左派の中心人物であるレベロ委員長とホアン委員長が矢継ぎ早に話を進める。今回のフェザーンからの亡命は、内戦の経緯も考えれば必然の流れだろう。それに仲介役のフェザーンから圧力もかかっている。拒否は出来ないが、かと言って歓迎も出来ない。軍は国内には取り繕ってはいるが実質連戦連敗、戦死者は増えるばかりだ。帝国の内戦を理由に政権は維持したが、現政権への不満は市民たちにかなり溜まっているはずだ。ガス抜きを多少はしなければならないだろう。

 

「その件で相談したくて呼び出したところだ。君たちはまた原理原則重視なのかもしれないが、政権維持の理由になっていた帝国の内戦も終わった。イゼルローン要塞も取れなかった以上、市民の間に政権への不満は溜まっているだろう」

 

そこで言葉を区切る。レベロ委員長が紅茶派なのは知っているが、今日はコーヒーを用意している。ホアン委員長はコーヒー派だ。別に嫌味ではなく、この席の参加者の多数決に従ったまでだ。

 

「挙国一致内閣と言えば聞こえは良いが、既に国論は二分されている。どちらかに配慮し過ぎればもう一方が支持を失う事になる。亡命に賛成するなら政治利用も併せて主張してもらいたい。我々は亡命自体反対であり、政治利用にも反対する。お互いに一歩ずつ譲り合い、全てではないが、主張は通せた形にしたい」

 

「お互いにリスクも取るといった所か......。左派に対しては原理原則は守る事が出来た。右派にはとは言え大きな顔はさせない......。と言った所かな?」

 

「察しがいいねホアン委員長。その通りだ。妥協できないならそれでもかまわない。ただ、その場合は連立は維持できない。最高評議会が総辞職することになるだろう。内戦を終え、帝国の体制は整いつつある。政治的な空白を作れる状況ではない。右派としてもこれが最大限の譲歩だ」

 

「しかし、政治利用まで主張するのはいささか我々の主張から逸脱しているようにも思うが......」

 

「君たちの大好きな責任と言う奴だろう。新天地が脅かされようとしているのだ。戦況が拮抗していた時節ならともかく、受け入れと協力はセットだろう?」

 

「レベロ、どちらにしても政治的空白を作って良い時期ではないのも確かだ。トリューニヒト議長の提案を受け入れるしかないだろう。だが、君の後任のネグロポンティ委員長は、色々と差し出口を挟んでいるようだね。そこは何とかしてほしいものだ。このままで行けば同盟政府の最後の議長として名を遺す事にもなりかねんだろう?」

 

「さて、どうかな?総選挙をして議長席に代わりに座りたい人材がいるなら、むしろ代わって上げたい位だ。責任が大好きな君たちくらいだろうが、挙国一致体制を崩す事が出来ない以上、現状維持しかないだろう」

 

レベロ議員は渋い顔をしているが、ホアン議員は納得したようだ。それに帝国の新体制を考えれば130億を越える市民たちを一気に受け入れる判断はしないだろう。あちらには建国初期の叛乱の記録も残っているはずだ。戦争には負けるかもしれないが、民主制が生き残る余地はまだあるはずだ。そこまで計算しているのにこの椅子に座り続ける。すべてを知る者がいれば、宇宙でも屈指の愚か者だと笑うだろうか?だが、どちらにしろ同盟を傾けた議長のひとりとして名は残るだろう。あのサンフォードと並べられる位なら、その文字を一段階大きくするのもまた一興だろう。

 

「分かった議長。では左派は受け入れに賛成し、協力を求めるという趣旨で、政治利用を主張しよう。だが、間違っても実際に政治利用する事になるような事態にはしないでくれよ」

 

レベロ議員は渋い表情のままコーヒーを飲み干して、応接室を辞していった。いつまでも学生気分が抜けない男だ。苦笑しつつ後を追うホアン議員にこんな年になってまで子守りをしているのかと同情する気持ちもあった。ただ、これから民主制には冷たい時代になるはずだ。ならば原理原則にこだわる、レベロ議員のような人材も必要なのだろう。空になった2つのカップに視線を向けながら私はそんな事を考えていた。

 

 

宇宙歴796年 帝国歴487年 11月下旬

ランテマリオ星域 商船 ロシナンテ号

ボーメル船長

 

「船長、今回の護衛主は飛び切り訳アリだからな。依頼主からも言い聞かされただろう?後々の事を考えれば船長たちもなるべく知らなかったことにした方が良いだろう。あまり深入りせんようにな......」

 

「はい。クラークの旦那。うちの商売には聞かず・言わず・探らずも料金に含まれておりやすから。それにしても旦那が直々に関わるなんで久しぶりですね。なんだか昔を思い出しやす」

 

旦那はもともとフェザーンの破壊工作員の教官だったお方だ。本当にヤバい話なら、うちなんかよりもっと警戒厳重な船を選んだはずだ。それにご自身も乗艦された所を見ると、重要な人物だが話は通っているってトコだろう。帝国の内戦が終結したばかり。どんなマヌケでもやんごとなきお方なんだろうと察しが付く。ただ、既に多額の運賃を前払いしてもらったし、旦那に何かあれば教え子たちに何をされるか分からない。俺たちは黙って役割を果たすだけだ。

 

「船長、あの食事は何かね?帝国流のコースは期待しておらんが、せめてワインの一本でもつけてもらいたい所だ。さすがに詩を書くだけでは退屈しのぎにもならんではないか」

 

「アルフレット殿、いつまでもお客様気分では困りますな。貴方の身勝手な行動が、我々全員を危険にさらします。貴方が不安要素になるなら、私にはそれを排除する責任があります。今すぐ部屋にお戻りなさい......」

 

おそらく貴族のおぼっちゃんなのだろうが、一流ホテル並みの料理を求められても困る。いつもなら頭を下げてなだめる所だが、フェザーンを出発して以来、勘違いした要求には全て旦那が対応してくれる。旦那の雇い主は少なくともこの坊ちゃんではないらしい。

 

「無礼な。そもそも卿の態度には目に余るものがある。恐れ多くもやんごとなき血を引かれる方に対してもあの態度。いささか礼を欠いているのではないかな?」

 

「儂が口で言っているうちにさっさと戻れ。引きうけたのは船旅を通じて甘やかされて育った子供に多少常識を叩きこむ事と、亡命した後のしつけと身辺警護だ。おまけが本命を危険にさらすなら、当然処分する。それに儂への命令権などお前にはない。さっさと口を閉じて指示に従え」

 

旦那が軽く殺気を出すと、ぼっちゃんはすごすごと隠しドアの先にある亡命者専用エリアへ戻って行った。今までも勘違いした馬鹿野郎を運ぶときは嫌な思いをしたものだが、今回は旦那が全部対応してくれる。こんなに楽で愉快な仕事は初めてだ。

 

「旦那、こんな対応までして頂いてありがとうございます。いつもはあんな我儘にもへいこら頭を下げるんですが、今回はそう言う事もなく助かっております」

 

「別にかまわん。俺からすればあんなのは邪魔になればエアロックから放り出しても良いおまけだ。目的地に向かうにはお主たちの協力が必要なのだから、優先順位は自ずと決まるというものだ」

 

旦那はなんでもない事のように話される。雇用主でもないのに旦那にあんな口を叩くとは、余程ネジがぶっ飛んでいるか、世間知らずなんだろう。まあ、あのボンも今までのお客と比べればかなりまともな部類だが......。

 

「長年教官役をして来たが、子供のしつけは初めての経験だ。そういう意味では儂も楽しませてもらっている。さすがに本命に傷をつける訳にもいかんからな。舐めた真似をした際に、漏らすまでくすぐってやったら大分素直になった。調教みたいで楽しいぞ?ずっと犬を飼ってみたかったが役目が忙しかったからな。あちらについたら無職のままでいる訳にもいかん。隠れ蓑代わりに調教師でもしてみるかな......」

 

笑いながら旦那も客室へ戻られるが、視線を向けた航海長も微妙な表情を浮かべている。俺はペットを飼ったことは無いが、どんなバカ犬であれ、旦那の調教を受けさせようとは思わない。さすがに可哀そうだろう。そういう意味では旦那は商才は無いようだ。

 

「船長、変なご縁で乗組員の訓練なんか依頼しないで下さいよ?あの旦那の訓練なんて受けさせたら潰れちまうのがオチだ。俺はそこまで残酷にはなれませんからね......」

 

「分かっているさ。自分が受けたくねえものを部下に強制するほど、俺も鬼じゃねえ。だが、もう一度船員たちには含んでおいたほうが良いかもしれねえな。口を滑らせれば怖い目にあうってことをな。俺だって旦那に詫び入れるような事態には間違ってもしたくねえんだ。航海長、きちんと念を入れておくようにな......」

 

航海長は顔を青くして了承の旨を返答すると、早速念を入れに行くのだろう。艦橋から出て行った。察しの良い野郎だから、もしもの時は俺が全部責任を被せる為に今の指示をしたと認識しているはずだ。同じようにスケープゴートを用意しに行ったんだろうが、肩書がねえとさすかにいけにえとしての価値はねえ。せいぜい必死に念を押す事だ。そうすりゃ、みんなが身の安全を確保できる。

長くても一か月、さすがに船内で血が流れるような事は勘弁願いたい。あのボンが旦那の忍耐を越える事をしないように、俺は航路図に視線を向けながら、祈っていた。御利益があるかはすぐに分かるだろう。


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