稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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126話:本音

宇宙歴796年 帝国歴487年 12月上旬

首都星オーディン ミュッケンベルガー邸

グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー

 

「伯父上、お邪魔しております」

 

甥のディートハルトが応接室で紅茶のカップを掲げながら声をかけてくる。幼き頃から公式の場の所作とのメリハリが上手い男だった。父の戦死をきっかけに爵位を継いだ儂は、かなり気を張って生活してきた。周囲から威厳があると評価されているのは理解しているが、こやつのように部下たちから慕われる存在ではなかったように思う。

そういう意味では、やはりルントシュテット伯爵家の嫡男なのだろう。儂の父とともに戦死したレオンハルト殿を始め、公私は分けつつも、部下に気さくな態度をとるのがルントシュテットの流れだ。そんな彼らが見出し、育てた人材が、正規艦隊司令に名を連ねている。爵位を次ぐ経緯が違っていれば、儂も目の前にいる甥のような生き方が出来たのだろうか?

 

「説得の件ならもう不要ぞ?今朝、謹んでお受けする旨、殿下に言上してきた所だ」

 

「存じております。ですので、車中で昨夜考えていた説得するための話は忘れ、お祝いの言葉を考えて参りました。国務尚書への御着任、おめでとうございます」

 

「何がめでたいものか。宇宙艦隊司令長官と言う大任を肩から下ろし、やっとのんびりできるかと思っておったのだ。殿下直々に依頼されては断れる話ではないが、ただでさえ軍部の勢いが強い中、本当に良いのか?判断に困った事もあるがな......」

 

「それはそれは......。伯父上もご苦労が絶えませんな」

 

カップを回しながら嬉しそうに答えるディートハルト。懐いておったし、儂の退役を寂しく思っておるのも知ってはいた。だが、出征から戻れば部下や士官学校の候補生と会食してばかりしておると聞く。こやつもいずれはルントシュテット伯爵家を継ぐのだ。政治的な事も理解できているのか?確認する必要があるだろう。

 

「ずいぶん嬉しそうだな?ディートハルト......。ならばお主に問おう。この時期に、退役希望の老兵を国務尚書に押し上げる政治的な意図をな。そんなに嬉し気なのだ。儂が期待されている事も理解できておろう?」

 

いつも思うが、顔の作りの精悍な所は、ローベルト殿を思わせるものがあるし、ミュッケンベルガー伯爵家にも通じるものがある。だがこういう態度をとる所はシュタイエルマルク伯やリューデリッツ伯に似ている。そう言えばこやつの経歴はリューデリッツ伯の下からスタートした。そういう意味ではかなり影響を受けているのかもしれん。シェーンコップ男爵やロイエンタール男爵にも似た所がある。

 

「大きくは3点でしょう。直近で言えば軍部はずっと政府を苦い目で見てきました。命令の内容ではなく誰の命令か?が重要な軍人にとって、叔父上が政府首班になられれば、それだけで軍部が政府に向ける視線が変わります」

 

うむ。それなりにこやつも考えておるようだ。

 

「戦後を見据えれば、数年はともかくとして、軍縮を迫られるはずです。その際にも、引退したとは言え、長年宇宙艦隊司令長官の職にあった者が政府に居れば、受け入れられやすいでしょう」

 

「それも、確かにあるな。では最後は?」

 

「即位されるディートリンデ殿下は、まだお若く、しかも帝国初の女帝となります。皇配となるローエングラム伯も世間一般ではまだ若輩者とされる年齢。御二人が統治者として一人前になるまでのつなぎとして、重石になることでしょうか......」

 

うむ。普段飲み歩いてばかりいるディートハルトがちゃんとそこまで考えているとは......。ルントシュテット伯爵家の将来は安心できそうだ。

 

「まあ、ほとんど伯父上を説得するためにアルブレヒトと相談した内容ですがね」

 

そう言うと、嬉しそうにお茶を飲みながら笑った。やはりそんな所であったか......。リューデリッツ伯爵家の嫡男アルブレヒトも幼年学校までは軍人を志していたと聞く。実技はともかく、学科はかなり優秀だった。軍官僚としてなら十分栄達できたと思う。ただ帝大に進路を変えRC社で頭角を現している所をみると、適性はそちらにあったのであろうが......。

 

「あいつとは約束をしました。俺は軍人として、あいつは経営者として......。道は異なるが伯爵家を継ぐ者として恥じぬよう励み、帝国の発展に貢献しようと。RC社を通じて、実質的には辺境星域全域を統治しているような状況をリスクだと判断したのも、実はあいつなのです。内々に相談をしたのはだいぶ前の事ですが、私たちからRC社の株式については皇室に献上しようと提案したんです」

 

「ふむ。そんな経緯があったのだな。ミュッケンベルガー伯爵家としては、結納金代わりとは言え、想像以上の利益配分を得ていたからな。助かったのは事実だが、軍部貴族が自前で数個艦隊の戦力を整えられるような財力を持つのは確かに危険だ。提案に反対するつもりは無かったが......」

 

「どちらかと言うと、リューデリッツの叔父上は物欲がありませんからね。成果や利益を出す行為そのものに喜びを感じておられる所があります。そういう意味でもアルブレヒトは嫡男として周囲をよく見ていたという事でしょう」

 

確かにメルカッツとは違う意味で、地位も名誉も譲ってしまう男だ。何を喜びにしているのかと疑問に思っていたが、そう言うタイプの軍人を知らない訳では無い。何となくだが腑に落ちる部分があった。

 

「新設される公社から切り離す意味で、アルブレヒトが財務省に入省するのも、策の一環です。現段階では、政府と開発公社は協力関係になりますが、100年もすればライバル関係になるでしょう。それも踏まえて、蜜月期間になるであろう数十年を、シルヴァーベルヒと組ませる意味での人事なのでしょうが......」

 

少し悲し気な表情に変わる。アルブレヒトはRC社の経営陣のひとりだった。入社以来、ずっと発展に尽くして来たであろうし、愛着のような物もあるはずだ。そんなRC社からアルブレヒトが切り離される事を悼んでいるのか。それとも自分が重鎮となる時には軍縮を迎えることになる軍部に感じるものがあるのか。

 

「内密にですが、終戦後の計画も数パターン作成されているようです。簡単にしか聞いていませんが、求人予測では転職先をきちんと用意できそうですから、退役兵が路頭に迷う様な事にはならなそうですが......」

 

「気が早いと言いたい所だが、終戦してから考えだしても遅いからな。何かと資格認定や資格取得補助施策を手厚くしたのもその為か?最終的に承認したのは儂だからな。よく覚えておる」

 

「まあ、正規艦隊司令達の間でも、この話は話題になっていますからね。統治権の集約に伴って辺境自警軍も一度帝国軍に編入することになります。治安維持や星間警備に関しては彼らは専門家ですから、正規艦隊は出征できるだろうと......。18個艦隊が出征する最初で最後の作戦。誇りを持って後世に話せるものにしようと、今から皆、張り切っていますよ」

 

確かに18個艦隊が揃えばさぞかし壮観であろうが、軍歴を考えればこれからという時に、軍縮を覚悟しながら、戦争の終結の為に戦う。儂はただただ戦局を優勢にする事のみを考えれば良かった。気づけば将官になり、宇宙艦隊司令長官という大任を任されたが......。その戦争を終わらせてくれる彼らに報いる為にも、政府首班として勤めねばならないだろう。お茶でのどを潤しながら、若い者たちの成長を喜ぶとともに、儂自身も生涯のほとんどをささげた軍が、縮小する運命を避けられない事に、一抹の寂しさを感じていた。

 

 

宇宙歴796年 帝国歴487年 12月上旬

首都星オーディン 司法省 尚書執務室

ハイドリッヒ・ラング

 

「入ってくれたまえ......」

 

ノックをすると中から入室を促す返答がある。私が局長をしていた社会秩序維持局は、内務省の解体に伴い、廃局することになった。入局以来、役目に励んできた自負はあったが、局員の一部が汚職をしていたり、本来違法となる手段での調査を黙認されてきたのが社会秩序維持局だ。新体制に代わる上で取り込むにはイメージが悪いのは確かだが、どんな政治体制であれ少数が多数を支配する以上、私のような人材は必要なはずだ。

 

「ラングでございます。失礼いたします」

 

尚書執務室に入ると、部屋に備え付けられた応接セットにはリューデリッツ伯が、執務机にはルーゲ伯が座っておられる。今日の呼び出しは新設される自治省の名で行われていたが、どういう事なのだろうか......。

 

「ラング君、まあかけてくれたまえ。今日は一日中、ルーゲ伯と打ち合わせでね。司法省と自治省は役目柄、色々と協力する必要がある。司法省内に分室をひとつ作ってもらう予定だし、上級職に就く以上、ルーゲ伯とも顔つなぎをしておきたくてね」

 

「左様でございましたか。これは失礼いたしました。遅れましたが、年明けの戴冠式では、ご次男、フレデリック殿が国歌を演奏されるとか。おめでとうございます」

 

今まで貴族に対してきたように、俺は深々と下げる。

 

「ラング君、君らしくないね。それとも私が買いかぶっていたのかな?私たちにはそういう仰々しい態度は不要だ。それとどうせなら嫡男の財務次官着任を祝うべきだったね。君が芸事には無関心なことも、長年匿名で育英事業に寄付している事も、私は下調べしたよ?座らないのかね?」

 

冷や汗が出てきたが、同室しているご両名は、いずれも新体制のキーマンだ。不快な思いをさせるわけには行かない。早歩きで応接室の下座へ進み、浅く腰掛けたが、まだ冷たい視線を向けられている。

 

「確認の為に伝えておくが、財務尚書に着任するマリーンドルフ伯は私たちも懇意にしている。ルーゲ伯も民間で実績を上げた人材が、財務省に入省する事を喜んでくれている」

 

一瞬ルーゲ伯の方に視線を向けるが、渋い表情で冷たい視線を向けてくる。俺の無罪は確定したはずだが、何か裏があるのだろうか......。

 

「今まで散々違法捜査をして来たのにね。個人の見解としては、同じように違法捜査を受けても文句は言わないと判断したんだが、ルーゲ伯は適法捜査を今後の指針にされている。だから君は無罪になったという訳だ。でも言葉だけでなく仕事でも愛嬌を見せるべきだったね。

適法捜査で証拠をつかませなかった君は、無罪を勝ち取れたが警戒されてしまった。どの省庁も君を受け入れたがらない。とはいえ能力がある人材が野に居ては何をするか分からない。だから自治省で引き取ることになった訳だ」

 

汚職も職権乱用もしていない。だが、違法捜査を日常的に行い、多くの局員が有罪となった中で、最後までシロだったことで逆に警戒されてしまうとは......。予想外の展開に、思わず汗を拭う。

 

「ルーゲ伯の機嫌が悪いのは、半分は私の責任でもある。何しろ君の無罪が確定した後に、ある資料を私が届けたからだ。採用の最終試験として、ある下級貴族が経営していた企業を潰す工作を担当した入局者リストとかね。あれがもう少し早く見つかっていれば、君は門閥貴族を火あぶりにする薪の一本として一緒に火にくべられていただろう。

不思議なことに、君が育英事業に寄付し始めた時期とも重なるね。事が事だ。長年連れ添ったご夫人も、帝大に合格したばかりのご子息も連座していただろう。まあ、君の責任は半分だ。そんなに気にしなくても良いのではないかな?」

 

上座に座っているリューデリッツ伯に目線を上げると、口元は笑っているが目は笑っていない。ルーゲ伯を横目で見ると苦り切った表情をしていた。

 

「君の新しい役職は、自治省の第一局、局長だ。役目は今後増えるであろう自治領の監視・情報収集になる。当然の事だが、法律に定められた範囲内で情報収集にあたる事になる。ルーゲ伯が同席されたのもそのためだ。自分の能力を発揮するためにどんな条項が必要か?期日を設けるので我々に説明して欲しい。無論、ルーゲ伯が適法捜査を旨とされている事はきちんと踏まえるようにね」

 

俺が発言しようとするのを遮る様に、対面に座る人物が言葉を続ける。

 

「当然のことながら、役に立つと思ったから私はルーゲ伯を説得した。君が役に立てないと言うなら残念だが私に必要ない人材という事になる。旧体制下で平民が貴族を陥れた。どういう刑罰が下されるか?確認する必要があるかな?」

 

「ございません。このラング、ルーゲ伯のご意向に沿う形で第一局長としてお役に立って見せましょう。何卒、それを証明する機会を頂きたく存じます」

 

俺は心から頭を下げていた。今まで対してきた門閥貴族達とは訳が違う。役に立たないと判断されれば家族もろとも処分する事を、この二人は躊躇しないだろう。

 

「ルーゲ伯、如何でしょう?私には誠心誠意、尽くしてくれるように思えますが......」

 

「リューデリッツ伯がそこまで言われるなら、断れませんな」

 

その後、何を話したかは覚えていない。気づけば地上車に乗り、自宅に向かっていた。社会的には新設される自治省の高官になるが、なんてことはない。俺はルーゲ伯とリューデリッツ伯の飼い犬になる事を了承させられたのだ。それにしてもネタ元はどこだ?最終試験の参加者リストは削除済みのはずだったのに......。野望がなかったとは言わないが、妻と息子まで危険にさらす訳には行かない。俺は従順な犬になる事を、犬が使うには見栄えがいい公用車の車中で決めた。




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