稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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128話:辺境

宇宙歴796年 帝国歴487年 12月下旬

アムリッツァ星域 クラインゲルト邸

アーベント・フォン・クラインゲルト

 

「先祖代々、守ってきた領地じゃ、出来る事ならカールを含め、代々継いでいってほしかったが......」

 

サロンの窓から見える領地に視線を向けながら、父上が寂し気につぶやいた。私が幼い頃は良く言えば自然豊か、悪く言えば田舎だったクラインゲルト領は、見違える様に発展した。イゼルローン要塞建設に伴う特需以来、前線総司令部の新設と大規模な駐屯地の最寄の有人惑星という事で、何かと恩恵を受けられた我が家の領地は、辺境星域でも急速に発展した領地の一つだ。

 

「父上、致し方ございますまい。確かにクラインゲルトを始め、辺境星域は発展いたしました。ただ、RC社に何かと統括して頂けたことが大きな成功要因です。それに帝国の将来を考えれば、統治権を細切れにしてしまうのは確かに不安要素になりましょうからな」

 

「うむ。まあ、お主の代までは、希望すれば統治権の執行担当にはなれるのじゃから、あまり愚痴をこぼすのも良くないか......」

 

「はい。実際問題、政府の立場からすれば、戦後はイゼルローン回廊は宇宙の主要航路のひとつとなりましょう。その周辺の統治をいつまでも委任は出来ないでしょう。たとえ実績を上げていたとしてもです」

 

私が分艦隊司令を勤めている辺境自衛軍が、近年もっとも人員を割いているのが回廊内のデブリの回収だ。叛乱軍側の各星系の航路データには、デブリ情報も蓄積されている。大まかに回収するだけでも100年はかかるだろうが、いずれはイゼルローン回廊を商船が埋め尽くす日も来る。その時代には物資の集積地となるであろうクラインゲルトの統治を、間接統治のまま放置しておくことは、さすがに出来ないだろう。

 

「わが家はともかく、軍部系貴族の重鎮方はかなり踏み込んだご判断をされました。それを考えれば、在地領主の方々も惜しむ気持ちは有れど、ご納得もされておりましょう」

 

辺境星域を始め、旧門閥貴族領を除けば、かなりの領域に展開していたRC社。帝国でも屈指の大企業の株を、ディートリンデ殿下の即位に合わせて献上されるとは......。功労者である彼らの行動を見て、領主たちも今はともかく、将来の帝国政府から危険視されるリスクを認識された。もっとも統治権をお返しする代わりに、昇爵の上、帝室から高利回りの債権を下賜していただける。時代が変わりつつあるのだ。領主となるべく励んできた私はともかく、カールには自分で道を選ばせるつもりだった。

 

「カールの進学先も考えねばなるないな......。戦争が終われば軍人の立場は相対的に低下するじゃろう?まあ、本人が望むなら士官学校に進むのも良いじゃろうが......」

 

「久しぶりに会えるのです。その辺りもフィーアを交えて相談いたしましょう。帝大に進んで地方自治を選ぶも良し、フェザーンに留学してビジネスを修めても良いでしょう。フレデリック殿の例もございます。もしや芸大に進みたいという事もあり得ましょう」

 

「うーむ。確かにカールが描いてくれた儂の似顔絵には、光るものを感じた。だが、いくら皇室から下賜頂くとは言え、当家でパトロン活動までできるじゃろうか......。資産はそれなりにあるが......」

 

私の冗談を鵜呑みにしている父を見て、思わず笑ってしまった。

 

「あら、お義父様、あなた。ずいぶん楽しそうですわね。車が参りましたのでご用意をお願いしますわ」

 

私たちに声をかけに来た妻のフィーアの表情も明るい。久しぶりにカールに会えるのを、妻も喜んでいるのだろう。手荷物を確認すると、父上に続いてフィーアをエスコートしながら玄関に向かう。年明けに予定されている戴冠式に出席する事になっているが、伯爵家に昇爵して最初の大きな公式行事だ。夜遅くまで、父上は宮中作法の確認をされていた。それを思い出して、また笑いそうになってしまう。

 

「本当にうれしそうですわね。何かございましたの?」

 

「いや、カールに会うのも久しぶりだからね。きっと背も伸びているだろうし」

 

さすがに父上の威厳に関わるだろうから、なんとか誤魔化して、フィーアと一緒に地上車に乗り込む。見違える様に発展した領地を見ながら宇宙港に向かうのは、私のひそかな楽しみでもある。舗装された片側2車線の幹線道路を走る地上車の車窓越しに領地を眺める。ほんの数十年前と比較して、同じ場所とは思えない光景に、私はいつものように誇らしさを感じていた。

 

 

宇宙歴796年 帝国歴487年 12月下旬

惑星エルファシル ロムスキー邸

ジェシカ・エドワーズ

 

「財務委員会所属の代議員の方が来られるのは、戦災の時以来ですな。エドワーズ議員、ようこそエルファシルへ」

 

戦災を受けたエルファシルの復興を主導した、ロムスキー氏が右手を出してくる。私も右手を出して軽く握手する。温かく、分厚い手だ。何となくだが、急逝されたゾーンダイク氏の雰囲気に似ているような気がした。エルファシルに2個艦隊規模の駐留基地が新設される事が決定したのを機に、政界を引退された。公的機関に所属しては、周囲がやりにくいだろうと。復興記念病院の名誉院長職を固辞され、郊外で開業医をされている。清貧を貫く辺り、見習いたいと素直に思える人物だった。

 

「こちらこそ、お名前は存じ上げております。ジェシカ・エドワーズと申します。よろしくお願いいたしますわ」

 

穏やかな表情を浮かべるロムスキー氏に促されて、応接セットの椅子に腰を下ろす。隅々まで掃除が行き届いた応接室が目に入る。なぜか正反対の惨状だったユリアンが来る前のヤンの官舎を思い出して、思い出し笑いをしそうになった。手元に用意されたカップを口に運ぶ。少し濃いめの紅茶で喉を潤すと、ヤンとロムスキー氏もこんな風にお茶を飲みながら話をしたのだろうか?という考えが頭をよぎった。

 

「間違っていたら申し訳ないのだが、当時のヤン少佐がエルファシルに赴任した際に、見送った女性のお名前だと記憶しているのだが......。あのエドワーズさんで合っているのかな?結局、将官になられた今も、彼は独身のはずだ。エルファシルに来たことで、タイミングを逃したなら悪い事をしたと気に病んでいたのでね」

 

「確かに、そのエドワーズです。ただ、私とヤンは友人関係でした。それに夫はヤンの親友でもあります。思い返すと青春ではありましたが......」

 

「そうでしたか。それは失礼しました。それにしても政界を引退した町医者に、今更なんの御用でしょう?ご連絡を頂いた際は、見解を伺いたいとのことだったが......」

 

「はい、確かに今までテルヌーゼンで、政治活動に携わって参りました。ただ地方星系の事は数字でしか理解していなかったのも事実です。お恥ずかしい話なのですが、これを機に、実際に見て回ろうと考えたのです。金融危機の影響もあります。まずは復興支援事業に基地新設と、近々で政府が予算を割いたエルファシルから始めようかと......。ロムスキー医師なら忌憚なく実情をお聞かせ願えるかとも思い、足を運びました」

 

「そうでしたか......。忌憚なく話をするのは構いませんが、バーラト星系所属の議員である貴方が、辺境星系を視察するのは止めたほうが良いでしょうな。少なくとも歓迎はされないでしょう......」

 

困った表情をしながらロムスキー氏が話を続ける。

 

「エルファシルの現状を一言で言うと、生産人口がどんどん減っている状況です。復興することは出来ましたが、新規事業に投資する余裕は無かった。軍が生活の傍にあった事で、職が見つからない若者は志願する事が多かったのですが、その多くは戦死してしまった。10年もすれば、この星域の平均年齢は50歳を越えてしまうでしょうな......」

 

歳入の多くは対フェザーンの借款の利払いと遺族年金の支払いで消えてしまう。辺境星系の開発事業予算は、戦況が劣勢なことを理由に、真っ先に削減された。その次に手が付けられたのが奨学金事業。人文系の学科全てが対象外となって数十年が経つ。戦争によって様々なリソースが吸い上げられ、本来、投資されるべきものに行き渡らなくなった。財務委員長であるレベロ氏が、いつも眉間にしわが寄っているのも、致し方ない事なのかもしれない。

 

「それでもエルファシルはマシな方だ。駐留基地が出来た事で職も幾ばくかは生まれたし、最前線だから駐留規模が縮小される事も無かった。星系によっては、星系警備隊そのものが解体されたのに、多大な安全保障費だけを負担している所もある。言葉を選ばずに言えば、バーラト星系は税を吸い上げるばかりで何もしてくれない。

そしてそれを主張しても、人口比から優先されるのはバーラト星系の意向です。見た事も無い帝国より、自分たちを困窮に追い込む同盟政府を恨む住民も当然いるでしょう。視察を思いとどまってもらいたいのもその為です」

 

確かに、辺境星域から見れば、負担は重くなる一方なのに、警備隊すらいなくなり、若者たちを吸い上げられてきた。帝国軍など見た事も無い以上、矛先は必然的に同盟政府に向かうだろう。

 

「見識不足でした。忌憚なくお話し頂いてありがとうございます」

 

「良いのだ。避難民として帰還した時は、見慣れた風景が廃墟になっていた。皆がくじけそうになったはずだ。だがエルファシルの英雄がいてくれた事で多くの市民が勇気づけられた。押しが強い人物ではなかったが、いないとなるとすぐに分かる不思議な所があってね。彼が物静かに復興活動に励むのを横目に見て、皆が安心したものだ」

 

懐かし気とも嬉し気ともとれる表情をしながら話すロムスキー氏を見て、私も温かい気持ちになる。ヤンはとことんマイペースで、空気も読めないし、鈍い所もある。でもそんな彼の良さを分かってくれる人が多くいた事を、素直に嬉しく思った。それから復興事業の思い出などをロムスキー氏から伺い、良い頃合いで、お宅を辞する。

 

停めていた地上車に乗り込む前に、もう一度、ロムスキー氏に一礼する。エルファシルでは幹線道路を除いて自動運転システムは導入されていない。馴れない運転に苦戦しながら、渋面とバーコードに悪態をついてやりたい気持ちに駆られた。

 

補欠選に立候補して当選した私は、当初、人的資源委員会を志望していた。富裕層の子息の前線への配属がかなり少ない事や、断固反対を選挙戦でも主張した学徒動員。それに携わるには人的資源委員会に入るのが近道だった。ただ、左翼の雄である二人に、まずは実情を勉強して欲しいと説得されて財務委員会に入る事になった。その財務委員会ですら、大きな闇を抱えている。

幹線道路に入り、自動運転システムをオンにした所で、ため息が漏れた。馴れない運転に緊張していたこともあるが、最近、報道で使われ始めた市民一人当たりの借款というキーワードに思い至ったからだ。

 

ロムスキー氏の話を聞く限り、辺境星域が政府に向ける視線は厳しい。彼らからしたら、散々諸々のリソースを吸い上げて、借款まで押し付ける様に見えないのだろうか?挙国一致だの、政治的空白を作れないだのと言っている間に、辺境星域が政府に見切りをつけるのではないか?そんな考えが頭をよぎったのだ。

考えなさいジェシカ......。小さなことでも出来る事があるはずよ......。滞在先のホテルに向かう車中で、私はそんな事を考えていた。


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