稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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130話:戴冠式 後編

宇宙歴797年 帝国歴488年 1月上旬

首都星オーディン 新無憂宮

オイゲン・リヒター

 

「臣民たちの生活は確かに豊かになる。帝国の未来も明るいが、投げ与えられた明るい将来に、本当の価値はあるのだろうか?」

 

「ブラッケ、そこまでにしておけ。現実問題として税は安くなり、社会政策も大幅に予算が増える。今後は帝国全土で、保育園を含めた中等教育までの無償化、医療施設の新設・無償化が進む。司法制度も、今までのような不公平が改められることになる。臣民にとって良き社会に成りつつあるのだ。それで十分だろう」

 

ディートリンデ皇女殿下のパレードの模様を映すモニターに視線を向けながら、私が応える。ブラッケは少し不満気だ。開明派として活動を共にし、貴族でありながら「フォン」を外すなど、立場を示してきたが、民生尚書となった今、同じく民生次官となったブラッケとは公式の場以外では付き合いを減らしている。既に体制側の中枢にいる以上、政府に上申はいくらでも出来る。手続きさえすれば、上奏すら可能だろう。私がしたかったことは帝国内の不条理を無くすことだ。ブラッケはどうも臣民主導でそれが為されるべきだと考えている節がある。

 

だがそれは民主制につながるものだ。銀河帝国は民主制の中から生まれ、流刑地から零れ落ちた種から大きく育った叛乱軍を退けつつある。帝政が2度、民主制に勝利した事を考えれば、政府首脳陣は帝政の有用性を再確認したところだろう。それに理想に燃えると言えば聞こえは良いが、自分の理想が絶対的に正しいと考えている時点で、独裁制につながる考え方だ。

その辺りを理解していない所をみると、在野で理想を語る分には良かったのかもしれないが、帝国の首脳陣を担う適性は無いのかもしれなかった。彼が尚書になれなかったのも、その辺りが影響していると私は睨んでいる。

 

「お二人とも、こちらにおられたのですね。いよいよ新しい時代が始まろうとしております。めでたいですな」

 

「おお、エルスハイマー殿。司法次官へ任じられたと聞いた。こちらこそ祝辞が遅れて申し訳ない」

 

ブラッケと離れた代わりに親しくなったのがこのエルスハイマーだ。気骨のある人物だし、官僚としての能力も高い。そして正規艦隊司令のルッツ大将の義弟でもある。勢いがある軍部にも、物言える官僚のひとりと言えるだろう。嬉し気にモニターに目線を向けている所を見ると、エルスハイマーは本心から新しい時代の到来を喜んでいる様だ。

 

「エルスハイマー殿、確かに帝国は良き方向へ進みつつあるが、それは臣民の努力で勝ち取ったものではない。その辺り、貴殿はどうお考えかな?」

 

「そうですね。私は口に運ぶに足りるなら、そのカトラリーが銀製であれ、ステンレス製であれ気にしませんね。大事なのは食事が取れる事だと考えています。それにこの時代に生まれていなければ、上役には直言したでしょうが、不正を無くすことなど出来なかったでしょう。仕事は出来るが、部下にすると面倒な男。せいぜい局長止まりでしょうな。

そういう意味では、新しい時代の幕開けに立ち会い、抜擢しても頂けた。あとは臣民たちが期待しているように、帝国を明るく輝かしいものにすべく、微力を尽くすのみと考えていますね」

 

水を差すようなブラッケの問いかけにも笑顔で応じるエルスハイマー。確かに銀のカトラリーを持っていても、食材がなければ食事をすることは出来ない。平民出身の彼は、貴族出身の我々以上に、現実が見えている。そしてブラッケには伝わっていない様だが、幕開けに立ち会えたことを喜び、帝国に尽くさなければ、ステンレス製が使われるだけ......。つまり平民が進出するだけだと警鐘も鳴らしてくれたようだ。

エルスハイマーの回答に面白く無さげな表情をするブラッケを見て、私は彼とは一線を引くことを決めた。残念ながら、彼の志と心中するつもりはない。帝国を輝かせるために微力を尽くす事。それこそ私がしたい事でもある。

 

 

宇宙歴797年 帝国歴488年 1月上旬

首都星オーディン 新無憂宮 黒真珠の間

ディートリンデ・フォン・ゴールデンバウム

 

衛兵が吹き鳴らすファンファーレと共に、黒真珠の間に通じる大扉が開く。文武百官が左右に分かれて跪いている様子が、開きつつある扉の隙間から見える。フレデリック殿の演奏する国歌が聞こえたタイミングで、ゆっくりと中央に敷かれた赤絨毯の上を進み始める。エスコート役は皇配となるラインハルト様。微笑みながら隣を進む彼を横目に見て、緊張が少し和らぐ。

この赤絨毯の先にある玉座に座り、皇位を示す冠を被った時から、統治者としての私の人生が始まる。進むにつれて大きくなっていく玉座と、サイドテーブルに置かれた輝く宝冠に視線を向けながら、戴冠式に先だって行われた観艦式とパレードの事を思い出していた。

 

戴冠前にも関わらず、軍部は私を観艦式の主賓として遇してくれた。宇宙艦隊司令長官に着任したメルカッツ元帥の最初の公式行事でもあった。本来なら彼の乗艦をお召艦とすべきだが、選ばれたのはラインハルト様の乗艦で私が命名したブリュンヒルトだった。軍部は戴冠前から私の権威を認める事で、正統性を強化してくれた。そして皇配となるラインハルト様の権威も、積極的に認めてくれた。

戦後に軍縮が控えている事を考えれば、報いてやれるのは退役後の受け皿を万全に用意する事ぐらいであることを考えると、足りないようにも感じる。ただ、戦争が終わり、将来の心配なく家庭を持ち、次の世代を育む。言葉にすれば簡単だが、帝国の新体制を整え、維持していくのは、生半可なことではないだろう。世代を越えて返していけば良いのだと思う。

 

宇宙港から新無憂宮までのパレードでは、多くの臣民が沿道に並び、歓声を送ってくれた。だが、この歓声が期待の表れではあるが、既に行われつつある社会政策によるものである事も理解していた。そして臣民たちを甘やかすばかりではいけない事も......。

 

「育ててみて通じる所があったのだけど、子育てに似ている部分があるわね。甘やかしすぎても厳しすぎても良くないの。その辺りはいずれ貴方たちも体験するのでしょうけど......」

 

政策顧問であるマグダレーナ姉さまがポツリと雑談の合間に漏らした言葉。まだ成人していない事もあり、男女の営みは知識では知っていても、ラインハルト様とそう言う事はしていない。その場にいたヒルダ姉さまも、私と同じように頬を赤くしていた。婚約を発表したロイエンタール男爵とはまだそこまで進んでいないらしい。

彼の浮名は私にまで聞こえてくる。そんな彼が、まだ肉体関係を持っていない。ヒルダ姉さまの事をとても大切にしているのだと、微笑ましく思った。そんな私たちを見ながら、やれやれと言った感じでため息をつくマグダレーナ姉さま。

 

「帝国には一人でも多く次世代が必要なのよ?殿下はともかく、ヒルダはいい加減しっかりしてもらわないと。それに、独身貴族の親玉にはフェザーンに逃げられてしまうわ。あの方が身を固めてくれれば、殿方たちに婚姻するようにプレッシャーをかけやすくなるのだけど......」

 

ボヤくように話すマグダレーナ姉さま。おそらくシェーンコップ男爵の事だろう。近衛師団の指揮官でもある彼は、玉座の傍に控えている。畏まった彼が視線に入り、思わず笑いそうになってしまう。そんな事を考えているうちに、赤絨毯の終着点が近づいてくる。

 

文官側の最上位に位置に跪くのは、国務尚書に任じたミュッケンベルガー退役元帥。広い背中はここからでも目立つ。武官側の最上位は軍務尚書のルントシュテット伯、隣にシュタイエルマルク伯、その隣に私たちの後見人の姿も見える。新設される自治省の尚書職に就くにあたり、現役を退く話もあったが、新しい秩序の構築を主導する立場になるのが自治省だ。軍部との連携も必要になる。現役のまま尚書職に就くように、私も慰留した。

退いて見せる手法も確かに有効だが、政府に抜擢した人材たちは実力はある物の張り切ってもいる。リューデリッツ伯まで現役を退くと、私の戴冠に尽力してくれた軍部の勢いが弱くなりすぎると判断した。任せられる物は任せる傾向がある私たちの後見人。確かに育成を考えれば効果的だが、私たちには彼が必要だ。慰留には二つ返事で了承してくれたが、次に退役を願い出てくるときは慰留しても聞いてはもらえないだろう。驕らず、統治者として研鑽せよ!とエールを送ってくれたのだと思う。

 

赤絨毯の終点を越え、玉座に就く。文武百官が跪く横で、ブラウンシュヴァイク・リッテンハイム伯爵夫人とそのご令嬢方も宮廷流の最敬礼をしているのが目に入る。こちらの配慮に応える形で、私の権威を認めてくれている。退くことで影響力を得られる最初で最後の政治的判断だ。ここから先は帝位に就く以上、退く判断は出来ないだろう。玉座についた私に宮内尚書となった

ブルックドルフが、緊張した面持ちで白手袋をはめた手で宝冠を掲げ、ゆっくりと私の頭に乗せた。このタイミングで、ゆったりと流れていた国家の曲調が、力強いものに変わる。それをきっかけに黒真珠の間にいた文武百官が立ちあがった。

 

「帝国万歳、ディートリンデ帝万歳、銀河帝国に栄光あれ!」

 

ここから私の統治者としての歩みが始まる。まずは研鑽に努め、宇宙の統治者としてふさわしい人材になる事。そして権威は認めてくれた文官たちに、実力も認めさせることが必要だろう。ただ、不思議と不安は無かった。全面的に協力してくれる重鎮たちもいる。信用できる側近も......。そして共に歩んでくれる皇配殿も......。先帝陛下がなぜ普通の家庭を好まれていたのか、今更ながら理解できた気がする。双肩にかかる重責を忘れ、家族の温かみに浸れることがどれだけ希少なことか......。

 

「今日、この時から私は銀河帝国皇帝、ディートリンデ1世となった。銀河帝国をさらに輝かしいものとすべく尽力するつもりです。臣民ひとり一人が、同じように尽力する事を期待する」

 

「帝国万歳、ディートリンデ帝万歳、銀河帝国に栄光あれ!」

 

私の言葉に呼応するように歓声が上がる。あのまま温かい場所に引き篭っている事も出来た。統治者への道は私が選んだ道でもある。あとはこの道を自分を信じて歩むだけだ。視線を向けると、ラインハルト様も、マグダレーナ姉さま達も、そして私たちの後見人も笑顔だった。この笑顔を守り、臣民たちの笑顔も守り、帝国をより輝かせる。人によってはまだ子供とみなす年齢だが、覚悟だけは一人前に出来たように感じた。


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