稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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131話:運命のディナー 前編

宇宙歴797年 帝国歴488年 1月中旬

首都星ハイネセン 自動運転車車中

ヤン・ウェンリー

 

モニターが初めに設定した目的地が近い事を表示する。私はネクタイが緩んでいないか?確認する意味を込めて、バックミラーに胸元を映す。そうこうするうちに、高級軍人の官舎の一つの前に、停車した。別にやましい事は無いんだが、変に緊張する。車を降り、インターフォンの呼び出しボタンを押すと、そんなに間を空けずにドアが開き、妙齢の女性と中年の男性が姿を現した。

 

「ヤン提督、娘をよろしく頼む。今までは軍務一筋でこういったことは初めてでね」

 

「父さん、余計なことは言わないで。閣下、参りましょう」

 

いつもより少し渋い表情をしている様にみえるグリーンヒル大将と、嬉し気なグリーンヒル大尉。その落差に驚きながらも折角着飾ってくれた大尉をエスコートしない訳には行かない。

 

「はっ。大尉をお預かりします」

 

なんとか予定していたセリフは言えたが、どぎまぎしている私をよそに「お願いします」と大尉はつぶやくと、私と腕を組んだ。流石に父親の前で長居する状況ではないこと位、私にもわかる。なんとかエスコートし、もちろん車に大尉を先に乗せてから、ディナーの場所であるハイネセン郊外のレストランへ向かうように、運転装置に入力する。普段、こういう事は副官である大尉がやってくれるが、流石に今夜は私がすべきだろう。

 

郊外の大き目の邸宅を丸々改装し、料理のおいしさだけでなく、隠れ家的な要素も相まって人気になりつつあるレストランへ向かいながら、いつもとは違う雰囲気の大尉に視線を向けてしまう。コートの隙間から見えるナイトドレスは、いろんな経緯があって一緒に買いに行ったものだ。胸元が強調されているし、コートで隠れてはいるが、背中も大きく開いているのを、私は知っている。ショールが見える所を考えると、レストランでも羽織るのだろうが、軍服の時とはガラリと雰囲気が変わった大尉に、ドキドキしてしまう自分がいた。

 

「閣下、どうされました?どこか変でしょうか?」

 

「いや、そんな事は無いんだ。ただ、普段と雰囲気が違うと言うか......。大尉がキレイだからどうもドキドキしてしまってね。私はこういうのにあまり慣れていないから......」

 

「ありがとうございます。閣下もお似合いですわ。ただ、少しネクタイが歪んでいるようです」

 

そう言うと、私の胸元に手を伸ばし、ネクタイを整えてくれる。いつもスカーフを直してくれるが、雰囲気が違うからか変に緊張してしまう。強調された胸元に視線が行くが、「はしたないぞ!」としかる様に、彼女の瞳の色に合わせてコーディネートしてもらったオレンジサファイアが輝いているのが目に入る。

 

「これで完璧ですわ」

 

嬉し気に微笑みながら視線を向けてくる大尉に変な罪悪感を感じる。一体全体なんでこうなったのか......。事の始まりは、補欠選で当選し、代議員となったジェシカからのディナーの誘いだった。シトレ校長とレベロ委員長の交友は有名だが、財務委員会に所属する以上、ジェシカも軍部に独自のパイプを持ちたいらしい。とはいえお互い異性である以上、2人で会うのも問題がある。親友であり、私の司令部に所属しているジャンがジェシカの夫である以上、3人で会えば良いと思ったが、そこで異を唱えたのが大尉だった。

 

「閣下が把握している情報を、副官が把握していないのは任務に差し支えますわ」

 

そこからいつの間にが大尉も同席することになった。ディナーに同席をお願いする以上、ドレスやら何やらが必要だ。当初は、その費用は付き合ってもらう以上、私が負担するつもりだった。

 

「今後、エドワーズ議員だけでなく他の方と会食される事もありそうですな。そうなると、大尉が同席する機会も今回だけとは限りません。同席される方の服装は、相手によっては大きな意味を持ちます。費用を負担されるなら、ご一緒に選ばれては如何でしょう?その方が大尉も安心できると思いますが......」

 

真面目なことを言っていたが、悪だくみをするような表情をしていたリューネブルク少将が周囲に聞こえる様にそう言うと、いつの間にか一緒にドレスを買いに行くことになっていた。少将に紹介してもらった服飾店に予定を合わせて向ったが、私も大尉もそう言う事には詳しくない。店員に勧められるまま、少し扇情的なナイトドレスとそれに合わせたコートとショール、そしてヒールをコーディネートしてもらった。

 

「折角ですから、装飾品も如何でしょう?すでにお持ちならともかく、これだけのドレスに服飾が無いとなると、見る方によっては興ざめされるかもしれませんが......」

 

ぼそりとつぶやいた店員に乗せられたわけでは無いが、私に付き添ってくれる大尉に恥をかかせるわけには行かない。大尉の瞳の色に合わせた大粒のオレンジサファイアのネックレスとイアリング。大粒のオレンジサファイアに小さめのダイアを所狭しと配置したリング。

 

「閣下、流石にディナーに付き添うだけで頂くわけにはいかない金額になりそうですが......」

 

途中から大尉が困った表情をしていたが、

 

「これからも支えてもらうのに、同席の場で大尉に恥をかかせるわけにはいかないからね。ここは大人しく贈られて欲しい」

 

「はい。一生お支え致しますわ」

 

顔を赤らめながら大尉は嬉しそうにうなずいてくれた。買い物位で反応が大げさだろう。折角だからと小物類も併せて購入し、15万ディナールと少し。少し高い気もしたが、家にある万歴赤絵やシルバーカトラリーに比べれば安いものだ。ユリアンに内緒で買った、銀河帝国建国期に出版された初版の伝記は30万ディナールだった。大尉が恥をかかないで済むなら、良い買い物だろう。

 

「生涯、大切にいたしますわ」

 

店を出たときに、瞳を潤ませながら喜ぶ大尉が、印象に残っていた。ふと、大尉の手に視線を向けると、照明が落とされた車内でもわかるほど、オレンジサファイアとダイヤモンドが輝いていた。ただ、コーディネートしてくれた店員もやはりプロなのだと得心できた。

 

「そろそろ到着ですわね。閣下?どうされました?」

 

「いや、コーディネートしてくれた店員さんはやはりすごいと思ってね。胸元も、耳元も、手元も輝いているけど、主役は大尉の瞳の輝きだ。全部理解して勧めてくれたとしたら、確かにプロの仕事だね」

 

私がそう言うと、大尉はなぜかうつ向いてしまった。何か気を悪くするような事を言ってしまっただろうか......。心配になったが、ドアボーイが車のドアを開ける。降りない訳に行かないので、車外に出る。一呼吸おいて大尉が出てくるが、なぜか大尉の頬は赤かった。

 

 

宇宙歴797年 帝国歴488年 1月中旬

首都星ハイネセン レストラン ハイドアウト

ジェシカ・エドワーズ

 

「二人で出かけるなんで久しぶりだ。士官学校の頃を思い出すな。あの頃は士官学校の場末で語り合うのが、やけに楽しかった」

 

嬉し気に話す夫のジャン・ロベールは軍人だ。激務の中でもらえる休暇は私と2人の子供たちを優先してくれるし、自分が療養中にもかかわらず、私の政治活動を応援してくれた。学生時代に一緒に過ごす事が多かったのは、ジャンとヤンだ。ここだけの話。私はどちらかと言うと明るいジャンより、どこか抜けた所があるヤンに想いを寄せていた時期がある。でもジャンとヤンは親友だった。ジャンの想いを知ったヤンは私から少し距離を置くようになり、任官のタイミングで3回目の告白をジャンからされた時、私は夫の気持ちに応える事にした。

 

夫が負傷した時は、ちゃんと自分の目で見るまで心が押しつぶされそうだった。それも今は良い思い出になりつつある。今までは、変な影響があっても困ると考えて、ヤンとの交友も控えてきたし、夫に軍の内情を聞くことも控えてきた。ただ、代議員となり財務委員会所属となった以上、出来る事は全てすべきだ。ロムスキー氏から忌憚なく話を聞き、辺境星域の視察を取りやめた事も影響しているのかもしれないが、同盟が抱えている休火山は、少しのきっかけで爆発しかねない。現役軍人と密な関係にある事を公にするタイミングだとも思ったし、ロムスキー氏が良い例だったが、現場の率直な意見を吸い上げなければ、最適な判断は出来ないとも考えていた。

 

「そうね。なんだかんだ貴方が任官してから余裕がなかったもの。こういう時間もたまには良い物ね。お互いのご両親が健在だし、たまには孫の世話を頼むのも良いかもしれないわね」

 

同盟市民の感覚からすると豪邸と言って良い邸宅を丸々改装してレストランにしたハイドアウト。来てみたかった気持ちもあるが、同盟でも知名度が高いヤンと親しくすることは政治利用につながる。そう判断して遠慮してきたが、代議員となり軍部と独自にパイプを持つ必要を感じた以上、躊躇する気は無かった。ただ、初めの第一歩として、隠れ家を売りにしているこのレストランを選んだ。もしかしたら覚悟が足りていないのだろうか?自宅に呼ぶべきだったかしら?そんな思いが胸をよぎる。

 

「ジェシカ?色々踏まえると、この選択が一番よかったと思うよ?ヤンはもともと出不精だし、最近は思い悩む事も増えた。あいつは先が見えすぎるし、悲観的になりがちだ。財務委員会所属の旧友と意見交換できるのはあいつにとっても朗報だろう。俺自身悪いと思ったが、予断をあまり入れたくない気持ちもあったから、政治的な話を控えてきた。2人ならともかく、グリーンヒル大尉を含めれば4人だ。いろんな意見が出るだろうし、思考も進むだろうからな」

 

明るい表情で話す夫だが、表情を見る限り少し無理をしている時の彼だった、右の眉が少し震える。確かに軍人である以上、冷静に戦況を見つめなければならないが、妻に劣勢な戦況の実情を話すのは、流石にストレスだろう。

 

「ジャン?貴方の気持ちはわかるわ。左派として政治活動している私に実情を話す訳にもいかないものね。でもこれからは本心を話してほしいわ。夫婦だし、軍部が無理をして貴方やヤンを失うような事になったら、それこそ悪夢よ?」

 

私の言葉に、困ったような表情をするジャン。戦傷した時の私の狼狽を思い出しているのだろう。少し沈黙が流れたが、そうこうしているうちにジャンにとっての救世主が到着したようだ。

 

「ジャン、ジェシカ。待たせたようだね」

 

「准将、代議員。本日はよろしくお願いします」

 

申し訳なさげなヤンと着飾ったグリーンヒル大尉。エスコートしているとはいえ、腕を組み合い楽し気な雰囲気の2人を見れば、鈍いジャンでもわかるだろう。

 

「待っていたわよ二人とも。さあ、メニューを選びましょう」

 

心からそう言えた自分を認識して、ヤンへの想いは青春の1ページとして整理できている実感が持てた。鈍い所があるヤンを私以外の女性が想ってくれている事も嬉しかった。副官であるはずのグリーンヒル大尉の顔は。私が見る限り恋人のそれだった。


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