稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

132 / 146
132話:運命のディナー 後編

宇宙歴797年 帝国歴488年 1月中旬

首都星ハイネセン レストラン ハイドアウト

ジャン・ロベール・ラップ

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

「魚メインと肉メインコースを二人前ずつ、それとワインも白と赤を一本ずつ、お薦めを頼むよ。メインはシェアしたいから取り皿をそえてもらえるかい?」

 

頃合いを見計らったように近づいて来たウエイターにオーダーする。ハイドアウトは肉も魚も旨いと評判だ。男性陣は肉料理のコースを。女性陣は魚料理のコースをオーダーし、シェアすれば両方楽しめる。妙案だと思ったのだが、着飾っている大尉は、少し躊躇するそぶりがあった。

 

「ご確認ですが、何かの記念日でしょうか?」

 

違う旨を伝えると、ウエイターは個室から出て行った。ワインにもかなり力を入れているらしいが、こう伝えれば比較的リーズナブルな物を選んでくれる。事前に調べたグルメ雑誌に、そう書いてあった。大き目の邸宅を改装したハイドアウトの客席は、全て個室だ。戦況が劣勢な以上、軍人が歓楽街をウロウロするのは良くない......。そう言う風潮が生まれ、特に高級軍人が軍服で歓楽街に出かける事は無くなった。とは言え、エルファシルの英雄として市民の認知度が高いヤンは、行きつけの三月兎亭にしか足を運ばない。

ジェシカも代議員になった以上、プライバシーが確保できる所が良かったが、三月兎亭には個室が無かった。どこか良い所がないかと悩んでいた時に、リューネブルク少将がここを紹介してくれた。貴族然とした風貌だけでなく、隠れた名店やデートスポットにも詳しい。冗談半分でプロポーズのアドバイスも持ち込まれているそうだ。見込みがありそうか?まで判断してくれるらしく、うちの艦隊の連中はなんだかんだと相談を持ち込んでいるらしい。

 

「前菜と食前酒でございます。ワインの方もすぐにご用意いたしますので......」

 

食前酒と前菜が鮮やかに盛り付けられたプレートが、それぞれの前に置かれる。食前酒はシェリー酒だ。俺たちはともかく、ヤン達も恋人関係だと判断されたらしい。まあ、大尉がヤンに想いを寄せている事は、当人同士以外はうすうす気づいている事だ。ヤン艦隊も次の出征では実戦を経験することになる。秘めた想いを打ち明けておくもの良いのかもしれない。ヤンは気づいていない様だが、食前酒にシェリー酒が選ばれた意味を大尉は認識したようだ。頬に赤みが増したのは気のせいではないだろう。

 

「まずは乾杯だね。ジェシカ、当選おめでとう」

 

ヤンが乾杯の音頭を取り、4つのグラスが交差する。前菜を楽しみながら食前酒を飲んでいる間に、グラスが2つずつ用意され、赤と白のボトルがテーブルに置かれる。アイスがぎっしりつまったワインクーラーから白を取り出し、それぞれのグラスに注ぐ。ヤンとジェシカは本題があるし、この場はプライベートだ。大尉にやらせる訳にはゆかない。今日の俺の役割はホスト。そう認識している。

 

「ヤン、グリーンヒル大尉。今日は無理を言って予定を調整して貰ったこと、感謝しているわ。新人議員だけど今の同盟の実情を把握しておきたいと考えているの。もちろん代議士だから知り得る事も、機密でない事は情報交換したいと考えています。軍事的にも財政的にも厳しい事は理解しているわ。ただ、新婚時代にジャンが戦傷を負ってから、家ではそういう話題は避けてきたの。貴方も交えてなら、偏りなく状況がつかめるとも思った。だからお願いしたのだけれど......」

 

「いいんだジェシカ。私たちは親友だし、ジャンの上官でもある。率直な所を聞きたいと思うのは当然だ。それに私にとっても、軍の実情を理解している代議員が増える事は喜ばしい事だ。念のためシトレ校長には内諾を取ったからね。そんなに畏まる必要はないさ」

 

そんなやりとりで始まったディナーだが、不本意ながら明るい話題は予想通り出なかった。暗くなりそうになる雰囲気を洗い流すように、ワインのボトルがそれなりのペースで空いて行くばかりだ。

 

「そうか、ロムスキー氏は一介の医師に戻られたんだね。私はただ任務を果たしていただけだから、そんな風に言われると恐縮してしまうな。ロムスキー氏はいつも毅然とされていた。そして些細な吉報でも大喜びする方だった。些細なことでもお伝えして喜んでもらおうと、自主的に残業する市民もいたほどだ。エルファシルの真の英雄は彼なんだよ」

 

「疎遠になっていましたが、士官学校に入学した辺りから、訃報が届くことは減っていましたわ。まさか初等学校の同級生たちが志願して戦死していたなんて......。思いもしませんでした」

 

ジェシカがエルファシル視察の話をすると、その内容に大尉はショックを受けた様だった。士官学校に入校すれば、戦死者名簿を見る事が出来る。とは言え、付き合いのあった先輩、同期。そして可愛がった後輩......。顔見知りの訃報が連日届けば、どこか感情がマヒするものだ。そうでなければ気を病んでしまう。大尉を慰める様にヤンが大尉の方に手を添える。献杯する意味でグラスに赤を注ぎ、追加を頼む。

俺も酔いが回っているが、6回目の追加だろうか?自宅なら酒が尽きる頃合いだが、幸か不幸か、ここには4人では飲みきれないほどのワインがある。代議員になってから暗い表情をしがちなジェシカの事を思うと、止める気はおきなかった。

 

「ロムスキー氏から指摘されたわ。辺境星域からすれば、同盟政府はリソースを吸い上げるばかりで何もしてくれない。見た事も無い帝国軍などより、余程恨みの矛先になるだろうと。少し調べてみたら、現役の将兵の45%はバーラト星系以外の出身だった。星間警備隊が削減されているけど、安全保障費の負担は減るどころか増えるばかり......。開発事業予算も無いに等しい状況で、祖国を守るという名目だけで戦意を維持できるのかしら?もし私なら、テルヌーゼンが荒廃し切っているのに、命を懸けて国を守ろうなんて思えないのだけれど......」

 

いささか飲み過ぎたのかもしれない。酔っていなければジェシカもここまで踏み込んだ話はしないだろう。そして軍部にとって不幸なことに、この不安は的を射たものだ。戦力差を考えれば出来るだけハイネセン近郊に引き込んで決戦を挑みたい。だがそれをすれば、現役将兵の故郷を見捨てることになる。下手をすれば戦う前から軍が崩壊しかねない。軍事面だけを考えれば最適な策を、諸々の事情で選べない。同盟軍が陥る、いつものジレンマだった。

 

「案外、彼はその辺を理解しているのかもしれないね。戦争に勝つだけでは意味がないんだ。主力が本国に戻った後に、大規模な蜂起でも起きれば統治には失敗した事になる。辺境星域の市民の心情をついてくる気がする。130億の市民すべてを一度に飲み込もうとすれば無理が出てくる。でも段階を置けば何とかしてしまうだろう。既に首輪は付けられてしまった。生かさず殺さず絞った方が、帝国の利益になるだろうからね......」

 

「ヤン、何とかできないかしら。フェザーンを介して、同盟政府が必死で集めた血税が、帝国に吸い取られているのは、見て見ぬふりをしているけど、一部の人間は気づいていると思うのだけど......」

 

「難しい判断だね。少なくとも半世紀、政府国債を同盟市民が買い支えられるなら話は別だ。だが法律に則って発行された国債の利払いすら拒否したとなると、市民ですら買わなくなるだろう。そうなれば、戦争云々どころではなく、政府が破綻することになるだろうね」

 

明るい話題を聞きながら飲めば美味しいであろうワインが、苦く感じる。軍の崩壊を防ぐためには、エルファシルとウルヴァシーを堅守しなければならない。どんなに急いでも同盟の戦力は6個艦隊。18個艦隊を戦力化している帝国相手に、制約があり過ぎる。

 

「少なくとも同盟が直ちに潰される事は無いだろう。そういう意味では出来る事をやるしかないんだろうね。少なくとも一目置かれる位には.....」

 

その後は、士官学校時代の思い出話に花を咲かせた。暗い話で終わってしまうと次回が調整しにくくなる。終わり際だけでも楽し気なものになってよかった。ヤンと大尉を先に自動運転車に乗せ見送る。後はどこまで大尉が頑張れるかだが、それは大尉次第だ。ほろ酔いのジェシカをエスコートしながら、走り去っていく地上車のテールランプに視線を向ける。お膳立てはしたつもりだが、大尉は気持ちを伝えられるだろうか......。

 

 

宇宙歴797年 帝国歴488年 1月中旬

首都星ハイネセン 地上車内

フレデリカ・グリーンヒル

 

「大尉、長居してしまってすまないね。本当はもう少し早く切り上げるつもりだったんだが......」

 

「いえ、私も色々なお話が聞けて勉強になりましたから、お気になさらないで下さい。ただ、本当に宜しいのでしょうか?」

 

「まあ、これでも将官の端くれだしね。そこまで気にする必要はないさ。こういうのを恩送りって言うらしい。実際、私もキャゼルヌ先輩や父の代から付き合いがあるボリスと会食する時は一銭も出したことは無いからね。佐官になればそういう事も増えるだろうし、私と同席するときは気持ちよくご馳走させてほしい」

 

「では、お言葉に甘えますわ」

 

食前酒のシェリー酒に始まり、ワインをかなり飲んだせいか、いつもより素直になれた。とは言え、ヤン艦隊は次の出動で実戦を経験することになる。政治的にも軍事的にも、同盟はかなり追い込まれている事は、今日の会食でも話題になった。こうして閣下

と2人っきりになれる機会がまた来るとも限らない。フレデリカ......。ちゃんと気持ちを伝えなきゃ。

 

「閣下、何をお考えですの?」

 

「いや、どうしたら勝てるか?......をね。でも、ジェシカと意見交換できたのは幸いだった。おそらく彼は民主政体自体は、仮想敵国として残すつもりだろう。管理しやすい手頃なサイズに調整してね。その為には、バーラト星系中心の同盟を一度バラバラにする必要がある。軍事的手段でそれを何とかするとなると......。政治的な失点を軍事的な行動で埋めようとすれば、どうしても無理が出る。なかなか良い手が思い浮かばなくてね」

 

閣下は、私が気にし過ぎないように少し笑顔で肩をすくめた。エルファシルの時もそうだった。大きな責任を背負いながら、表情には出さずにすべきことをする。私が軍人になったのは、そんな彼に恋心を抱いたから。父は自分の影響だと思っている様だけど、意中の人の傍にいる為に軍人になった。あの時はサンドイッチを差し入れるくらいしか出来なかった。でも、今では副官としてこの人を支えられる。そして出来れば、ひとりの女性としても、支えていきたかった。

 

「閣下、私も聞いて頂きたいお話があります」

 

お酒の力もあったのか、気づいたら閣下の手を握りしめていた。そしてエルファシルの一件以来、ずっと想いを寄せていた事。副官として役に立てることに幸せを感じている事。女性としても、閣下の事を支えて生きたい事。そして、贈られた装飾品を父が婚約の品だと捉えている事を伝えた。閣下は最後まで視線を合わせて話を聞いてくれた。普段なら照れてしまい私から視線を外してしまうけど、これもお酒の力だったのか?かなりの時間、見つめ合っていたように思う。

 

「私は、宇宙船育ちで常識に疎い所があるし、家事も全くできない。そんな私でも良いのかい?」

 

「そんな閣下が良いんですわ」

 

そこで地上車が閣下の官舎に到着した。少し迷う素振りがあったけど、私たちは手をつないだまま、一緒に車から降りた。この日から、プライベートなときは階級ではなく、ファーストネームで呼んでくれる関係に進展した。私は初めてだったけど、浮付いた話を聞いたことがない閣下が、自然にリードしてくれた事には正直驚いた。数日後に、改めてハイドアウトに私たちだけで訪れ、ダイヤの指輪と共にプロポーズされる事になるのは、また別の話になる。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。