稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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133話:2つの会議

宇宙歴797年 帝国歴488年 1月下旬

首都星ハイネセン 宇宙艦隊司令本部

アレクサンドル・ビュコック

 

「それでは艦隊司令会議を開始します」

 

総参謀長のグリーンヒル大将がシトレ長官に目線を送り、頷くのを確認して、会議の開始を宣言する。

 

「遅くとも年内には来襲するであろう帝国軍にどんな防衛方針で臨むのか?貴官らの闊達な議論に期待したい」

 

シトレ長官が、周囲に視線を送りながら発言したが、出席した提督たちの表情は冴えない。同盟に遺された6個艦隊の戦力、お互いに気心の知れた間柄じゃし、背中を任せられる面々が遺ったのは不幸中の幸いじゃ。じゃが、艦隊数で3倍、実際の艦数で5倍近い帝国軍を相手に、どう戦うのか?国内はまだ金融危機の余波から混乱が完全に収まってはおらん。一方、帝国は新帝が即位し、国内問題も粗方片付いた。内戦直後に戴冠式が行われなかった事で、何か問題があるのではという声もあった。

ただ蓋を開けてみれば帝国初の女帝でまだ幼い新帝に、暗い印象を少しでも付けない為に、色々と配慮した結果じゃった。あちらは数十年先を見据える余裕があるのに対して、こちらは6個艦隊の戦力を充足させるだけで精いっぱい、もう後は無いじゃろう。それを踏まえれば、闊達な議論を行うには少々厳しい状況じゃろうな。

 

「長官、今回の防衛方針で目指すべき戦略目標とはどの辺にあるのでしょうか?おそらく戦線はイゼルローン方面に限定されないでしょう。2つの戦線の両方で、数的劣勢を現場の努力で跳ね返すというのは、かなり困難な状況だと思うのですが......」

 

しぶしぶと言った表情で、ボロディンが発言する。一歩間違えば戦意不足を問われかねない内容じゃが、それを指摘する者はいない。この会議の前に「フォローするから忌憚なく発言せよ」と伝えた事もあってボロディンが切り込んでくれたが、普通に撃ちあってはお得意の消耗戦に引きずり込まれる。戦力を集中しても一戦、跳ね返せるか?という所じゃろう。じゃが、エルファシルとウルヴァシー。どちらかを取られると同盟はチェックメイトをかけられたような物じゃ。

エルファシルを失えば、バーラト星系まで数週間で攻め寄せる事が出来る。そうなればバーラト星系に戦力を集中せざるを得なくなり、フェザーン方面は防衛戦力の空白地となる。ウルヴァシーを取られれば、更にまずい。バーラト星系までの距離も同じく数週間じゃが、同盟後背地への航路を帝国に取られることになる。星間警備隊すら引き上げた地域に、帝国軍が侵攻できることになれば、もう戦力の集中など出来ない。有人惑星を守る為に分散した同盟軍は、少しずつ各個撃破されることになるだろう。

 

「この会議に先だって、議長から言われたのは2つだけだな。エルファシルとウルヴァシーの両方を堅持しつつ、帝国軍を跳ね返せるならそれに越したことは無い。だが、それが不可能な時は......」

 

そこで言葉を区切るシトレ長官へ、艦隊司令達の視線が集まる。

 

「それが不可能な時は、一戦、市民たちが納得する戦いをしてくれとのことだ。後の事はこちらで引きうけるとも言っていたな......」

 

「そうなると、戦力は集中できそうですな。あとはどちらで待ち受けるか?といった所でしょう」

 

ウランフが、いつもより大きめの声で発言する。既に議長も、ここにいるメンバーも敗戦を覚悟しているという事じゃ。そして市民たちに納得してもらうために、戦わなくてはならんとは......。儂は民主主義を守る軍人であることを誇りにしておるが、若い者たちの苦心を思うと、やりきれない気持ちもあった。言っても詮無い事じゃがティアマト、イゼルローンで戦力を艦隊単位で失ったのが痛い。あれがなければ、まだ打てる手はあったんじゃろうが......。

 

「どちらを選択するかを決定する前に、現在の同盟が置かれた状況を再確認しては如何でしょうか?私とワイドボーン提督で、同盟の置かれた状況と、帝国が何を狙ってくるかを分析しました。そちらをご確認いただきたいのですが......」

 

いつも通りの温和な声でヤンが発言する。あの資料の内容は先日、儂には報告してくれた。司令官職を引き継いだばかりのワイドボーンを引き込む辺り、かなり気遣っておるようじゃ。司令官職についた経緯を考えれば、ワイドボーンにも思う所はあるはずじゃ。この会議の流れに反発しない所をみると何とか堪えてくれるようじゃ。彼が堪えておる以上、他の者も堪えてくれるじゃろう.....。

 

「......と言う訳で、帝国軍の意図は、巨額の借款の請求先の確定を口実にしながら、地方星系を同盟から離反させる事にあると考えています。開発事業費の削減から、地方星系には職がありませんでした。その受け皿になったのが軍です。現在でも宇宙艦隊の将兵の内、52%は地方星系の出身者です。彼らの故郷を守る事を放棄した時、宇宙艦隊が維持できるか?この辺りがどちらに戦力を集中するか?の判断材料になりそうです」

 

感情を押し殺したように話しをまとめるワイドボーンと、それを悲し気に見つめるヤン。エルファシルはヤンにも儂にも縁のある惑星じゃ。多数を守る為に少数を犠牲にする。犠牲になる側からすれば、どんな議論の結果であれ、見捨てられた事に変わりはない。不思議と、復興作業を共にしたロムスキー氏の顔が思い浮かんだ。エルファシルの帰還民たちがどれだけ汗水たらして復興に尽力したか......。儂は良く知っている。その上で、また戦火に曝す判断をする場に居合わせるとはのう。長生きはしたくないのもじゃ。

 

「より多くの地方星系を守る姿勢を示すという観点では、フェザーン方面が選択肢になりそうですが......」

 

苦し気な表情でグリーンヒル大将が発言し、シトレ長官に視線を向ける。彼も亡くされたご内儀がエルファシル出身じゃ。本来なら切り捨てたくは無いはず。じゃが、エルファシルの駐留基地は、イゼルローン方面からの帰路で必ず通る補給地じゃ。艦隊司令達も多かれ少なかれ思い入れはあろう。あそこにつくと、一先ず帰って来た。という気持ちになるのは儂だけではないはずじゃ。自分の気持ちを押し殺して、皆が言いにくい事を発言する。総参謀長が汚れ役を引き受けてくれた形じゃな。これで方針は決まったじゃろう。

その後はフェザーン方面に戦力を集中し、ランテマリオ・マルアデッタ星域で遅滞戦を行う。エルファシルが落ちた時点で、ランテマリオ星域の艦隊はジャムシード星域に向かい、マルアデッタ星域の艦隊は遅滞戦を継続しながら、回り込んでフェザーンからの補給線を断つという方針が、一時間程度できまった。

そしてシトレ長官の決断という事で、エルファシルを始めとしたイゼルローン方面の辺境星域の出身者を分離し、2000隻程度の星間警備隊を新設。エルファシルに配備する事も決定した。故郷を守るというのは建前じゃろう。出身星域の政府の判断で帝国軍に降伏することになるはずじゃ。じゃが、故郷を切り捨てた同盟に命を捧げさせるのはあまりに理不尽でもある。この決定に、異を唱える者はいなかった。

 

辛い決断が重なった会議が終わると、皆足早に会議室を後にする。真っ先に退室したワイドボーンと、それを気遣うように後を追ったヤンが印象に残った。若い者同士、胸の内を語り合うのも必要なことじゃろう。儂も自分の司令部へ戻りたかったが、用事が一つ残っていた。

 

「総参謀長、今回は損な役割を押し付けてしまってすまなんだ。復興事業に関わった事を考えれば、儂が発言しても良かったんじゃが.....。ご息女のお相手がやっと決まった所じゃ。申し訳なく思っておる」

 

「ビュコック提督、お気遣いありがとうございます。誰かが言わなければならなかった事ですから.....。それにしても浮いた話の無かったあの子が、急に結婚とは.....。展開が急ですし、料理もサンドイッチ位しか作れませんからな。ちゃんと妻として支えられるのか?心配しております」

 

「まあ、なるようになるじゃろうて、どこもそうなんじゃろうが、儂も結婚して数年は階級で呼ばれておった。なぜだが分からんが、反射的に敬礼しそうになったもんじゃ」

 

「軍人の家庭は似たような物ですな。我が家もはじめはそうでした。さすがに娘からも階級で呼ばれた時に改める事にしましたが.....。式にもご参加いただけるとか。色々とありがとうございます」

 

「なあに、慶事には飢えておるからな。もう少し若ければ、18番の腹踊りを披露する所じゃが、最近膝の具合が良く無くてな。楽しみにしておる」

 

挨拶を終えると会議室を後にする。旗下の部隊にも休暇を与えるべきじゃろう。もし離脱者がでたとしてもそれはそれで致し方ない事じゃ。副官の控室に向かいながら、儂はそんな事を考えていた。

 

宇宙歴797年 帝国歴488年 1月下旬

首都星ハイネセン 最高評議会 議長公邸

ジョアン・レベロ

 

「やあ、よく来てくれた。まあ、座ってくれたまえ」

 

トリューニヒトが相変わらず笑みを浮かべて着席を促す。応接セットに視線を向けると、紅茶とコーヒーの両方が用意されていた。私たちを気遣っての事なのか。それともこの密談が長丁場になるという事なのか?判断に困りながらも、ホアンと共に腰を下ろす。

 

「流石にこの時間なら、議長公邸に張り込んでいる記者も少ないだろう。本来なら密会に相応しい場を用意すべきだろうが、事が事なのでね。ここを選ばせてもらった」

 

ホアンに視線を向けると、いぶかし気な表情をしている。恐らく私もだろう。トリューニヒトに視線を向けると、彼は苦笑しながら答えてくれた。

 

「この議長公邸は、ダゴン会戦勝利の報がもたらされた時、その報に当時の最高評議会議長が接した場なのさ。密談の内容が、民主政体の将来である以上、この応接間ほどふさわしい場は無いだろう。明るい話ではないのが残念だが、今までも苦難が無かったわけでは無い。先人たちに我々の苦難を分かち合う意味でも良いだろうと思ってね」

 

めずらしく悲し気な表情をするトリューニヒト。それに民主政体の将来が相談内容?話についていけていない自分がいた。

 

「本日、軍部が防衛方針を決める会議を行った事は知っていると思う。その表情だとシトレ長官は、まだ君に話していないようだね。議長として出した注文は、2つの戦線を維持できないなら、市民が納得する戦いを一戦して欲しい。と言うものだ。それに基づいて、彼らはフェザーン方面に戦力を集中させる方針を決めた。後の事は政府に頼むともね」

 

「トリューニヒト、いったい何を考えているんだ?何の話をしている?」

 

「敗戦後の話だ。圧倒的な戦力差が明らかな中で、素人目でも出来もしないオーダーを出すなど無意味だ。彼らに望むのは専制政治が腐敗し切った時、民主制がそれに対抗しうると思わせる事だ」

 

まだ、話についていけない。ホアンは何となく察したようだが、どういう事なのだ。そしてシトレはなぜそんな大事なことを知らせてくれなかったのか.....。

 

「はっきり言おう。私は同盟の敗戦を覚悟している。その上で、民主制を遺す道を探して来た。その道がやっと見えたのでね。戦後は右派の跳ねっ返りなど邪魔でしかない。政権の主体は左派になる。そう言う訳で、君たちと密談しているわけだ」

 

何やらトリューニヒトの言動からは凄味すら感じる。ホアンに視線を向けると、「まあ、話を聞こうじゃないか」と返された。

 

「帝国の新体制を調べて思ったのは、バラバラになっていた権力を集約しながらも、皇帝以外の組織には競争相手がいるという事だ。政府と皇室名義の開発公社が良い例だな。圧倒的な強者の存在を帝国内で許さない。即位に貢献した軍部貴族が、取り潰された門閥貴族同様、巨額の利権を帝室に献上してしまったのが良い例だ。組織の団結には潜在的な敵が必要だ。競い合わせることでより多くの成果を上げさせる狙いもあるのだろうがね。ここで、仮に敗戦したとしても、同盟の終焉はあっても民主制の終焉は無いのではと考えた。

それが確信に変わったのが、新設された自治省の存在だ。門閥貴族を潰してまで統治権を集約した彼らが、交易の要地であるフェザーンをいつまでも間接統治のままにはしないだろう。それにフェザーンには多額の借款がある。帝国がフェザーンを併合すれば、当然、その名義も帝国になる。すでに首輪もつけているんだ。潰しても一文の得にもならない以上、潜在的な専制政治の敵として、活かされると踏んだ訳だ」

 

ここまで聞いて、やっと話が見えてきた。だが苦しい決断だし、右派にとっては裏切り行為だ。トリューニヒトは死ぬつもりなのだろうか......。

 

「帝国軍が出征してきた段階で、自由惑星同盟に加盟している全ての星系に、議長特命として、市民の生命と財産が危険にさらされた場合、独自の判断で帝国軍と交渉する事を許可するつもりだ。展開がどうなるか?は分からないが、イゼルローン方面は、軍事的に空白になる。同盟政府が防衛戦力を割けない以上、独自の判断をしてもらうしかないだろう」

 

「そんな事をすれば、地方星系の離反が相次ぐことになる。同盟はバラバラになってしまうぞ?」

 

「だからだろう?トリューニヒト。潜在的な敵とするには130億人は多すぎる。バラバラにすれば、帝国も安心するだろうし、どれか一つが生き残れば、民主制の芽は残る。だが、辛辣な策を考えたものだね。私は君の事を甘く見ていたようだ......」

 

いつもは温和なホアンが、鋭い視線を向けながらトリューニヒトに応じる。

 

「同盟は負けるが、民主制の芽は遺せる。正直なところを言えば、私たちが代議員になった時点で、勝利は厳しかった。だが、そんな事を言っても始まらない。国力増強の名目で引き篭り、戦勝の地であるダゴンやティアマトを帝国に明け渡すような判断を下すのは、当時の政治家にとって困難な事だろう。内戦という好機に、目の上のたん瘤のようなイゼルローン要塞を攻略したいというのも当然の事だ。そして積み重なった政治判断の結果、敗戦があり戦後の事を考えている。私がここを選んだ理由もなんとなく分かってもらえるかな?」

 

嬉し気に語りながら紅茶を飲むトリューニヒト。彼がそんな事を考えていたとは思わなかった。

 

「後は戦後の事だ。実際に決めるのは左派主導になるだろうが、私なりの見解を話しておきたい。結論としては民主制に辛い時代が来るだろう。それもかなりの長期にわたってだ。前面に出てくるのは実績もバッチリで見た目も整ったリューデリッツ伯、その後ろには若く、帝国全土のアイドルとなりつつある女帝、ディートリンデ一世。さて、私が言いたいことがわかるかな?」

 

「確かに、そんな辛い時代に自分たちの象徴が、常に渋面をしている初老の男性や、髪が寂しくなった男性では、対抗しようがないな。皆、あちらが羨ましくなるだろう」

 

ホアンが苦笑しながら応じる。確かに我々も委員長の座にある以上、敗戦に責任がある。左派が主導するからと言って議長の座に就くことは憚られるが......。

 

「そう言えば、最近補欠選で当選した女性議員がいたね。軍人の妻でありながら、左派支持を表明し、若い頃から政治活動をして来た。二児の母でもあり、市民たちの認知度も高いヤン提督とも懇意にしている。彼女を象徴にできれば、何かと不利な条件を押し付けられても、政府が無能なのではなく、国家の力が弱いからだと一定数は考えてくれるだろう。必死に国を立て直そうとする妙齢の女性を、捨てる事にも躊躇すると思うんだが......」

 

「そこまで市民たちは、君の思い通りにはならないと思うがね......」

 

「どちらにしても、人口空白地帯はほとんど割譲を迫られるはずだ。そこを収益化するには人口が必要だ。養いきれない分はあちらが引き受けてくれるだろう。後は、敗戦後、帝国との交渉が終わった段階で、彼女の名前でこれを活用してもらいたい」

 

そう言って分厚い資料を差し出される。中身を確認して驚いた。右派議員や政府高官の汚職の証拠だ。確かにこれを活用すれば、敗戦後の体制が旧体制から一線を画すものだと印象付けられる。だが、本当に良いのだろうか......。

 

「帝国の高官たちは時に身銭を切ってでも、やるべきだと判断したら政策を実行するそうだ。その一方で、同盟はどうだろう。市民たちにキレイ事を吐いて当選した連中が、権限を使って金もうけに勤しんでいる。統治者としての心構えがそもそも負けていたんだ。頭数が必要だから見て見ぬ振りもしたが、こうなればもう耐える必要もないからな.....」

 

トリューニヒトが一瞬いら立つような表情をしたのが印象的だった。

 

「当然の事だが、戦後処理には彼女を関わらせるな。君たちも、彼女のサポートをするなら戦後処理には関わらない方が良いだろう。関われば政治生命は終わるだろうからね」

 

自嘲気味にトリューニヒトは話したが、常に責任を言葉にしているし、流石に財務委員長が戦後処理に関わらない訳にはいかない。幸い、ホアンは人的資源委員長だ。軍の解体という大任があれば、戦後処理に関わらない理由にはなるだろう。それにしても美辞麗句を言いながら、その裏でこんな事を考えていたとは思わなかった。罪滅ぼしになるかは分からないが、トリューニヒトと政治的には心中する。秘かに私は覚悟を決めた。




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