稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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134話:最高幕僚会議

宇宙歴797年 帝国歴488年 2月上旬

首都星オーディン 新無憂宮 翡翠の間

ラインハルト・フォン・ローエングラム

 

「皇帝陛下。御入来~」

 

近衛の前触れと共に、翡翠の間の上座に設けられた扉が開き、陛下が入室される。陛下が着席し、「皆の者、ご苦労。楽にして下さいませ」という言葉を待って、最敬礼を解き、それぞれの席に着席する。

 

「この場で、来たる大出征の方針を決める手筈であると聞いています。私は口を出すつもりはありませんが、皇帝として認識しておくべきと判断して、臨席しました。では、始めて下さい」

 

陛下が私に視線を向ける。

 

「はっ。ではこれより帝国軍最高幕僚会議を始めさせて頂きます。進行役は私が務めます。よろしくお願いします」

 

参席しているのは、3長官を皮切りに、自治尚書を兼任するリューデリッツ伯、作戦に参加する正規艦隊司令官たち、そして軍務次官として情報の収集と整理を所管するオーベルシュタイン大将、フェザーン進駐を指揮するシェーンコップ大将......。帝国内に数える程しかいない、私が頭の上がらない人物が勢揃いしている。それだけでもやりにくいのに、婚約者の陛下まで臨席された。だが、即位して色々な覚悟を決められたのだろう。日々、大きく成長されている陛下を前に、情けない姿は見せられない。司会進行のサポート役であるキルヒアイスに視線を送ると、いつもの穏やかな笑顔が視界に入る。何てことはない。いつも通りに進めれは良いのだ。

 

「では戦略的見地を、軍務尚書がご説明されます」

 

 

「この大出征の戦略目標は大きく2つあります。ひとつ目は、叛乱軍の戦意をへし折る事。ふたつ目は、彼らの勢力を内部分裂させ、バラバラにすることです」

 

陛下に一礼してから発言を始められたルントシュテット伯はここで一度、発言を区切った。

 

「そのまま降伏させ、130億の叛徒を臣民として取り込んでしまう方針が無かったわけではない。そうなると旧叛徒たちに帝国臣民と同等の待遇を与えねばならん。それを行えば天文学的な予算が必要となる。今まで臣民として尽くしてくれた者たちへの待遇も、下げざるを得なくなる。そんな事になれば帝国臣民にも不満が募ろう。130億の潜在的な危険分子を抱え、270億の臣民たちも不満が募るようなことになれば、帝国全土が不安定になりかねない。そう言った事情を勘案し、先ほどの2点を、戦略目標に決定しました」

 

帝国は門閥貴族を排除し、仮に叛乱軍を飲み込んだとしても、全員を農奴にするような方針にはならない。とは言え、ルントシュテット伯の説明通り、同化政策を行うなら、旧叛徒と帝国臣民の待遇に差は付けられない。既存の臣民の半数を飲み込み、現在の待遇を用意する事は流石に不可能だった。経済の専門家ではない俺でも、何となく理解していたが、仮にそれを行った場合の試算は、確かに天文学的な額が記載されていた。ルントシュテット伯が発言を終え、陛下に一礼してから着席するのを見届けてから、議題を進める。

 

「次に、大まかな作戦案を統帥本部総長がご説明されます」

 

「作戦案としては、イゼルローン方面とフェザーン方面からの同時侵攻を予定しています。フェザーン方面を主戦場と想定し、12個艦隊。イゼルローン方面を助功とし6個艦隊を割り当てます。攻略目標はフェザーン方面は惑星ウルヴァシー。イゼルローン方面は惑星エルファシルとなります。どちらか一方でも奪えれば、叛乱軍が、領域全体を防衛する事が困難になるでしょう。また作戦全体の統括の為、統帥本部はアイゼンヘルツ星系に分室を立ち上げております。時間的なロスを皆無には出来ないでしょうが、可能な限り減らす体制を用意していますのでご安心ください」

 

叛乱軍の戦力は多くても7個艦隊。艦隊編成が2万隻になっている帝国軍からすれば、イゼルローン方面に戦力を集中されても、十分対抗できる。アスターテ辺りで対峙している間に、フェザーン方面から進撃した部隊が、彼らの首都星を攻略することになる。上層部が決断に困るようなら3個艦隊ずつがそれぞれ防衛ラインに就くだろう。そうなれば圧倒的な帝国軍に各個撃破されるだけだ。フェザーン方面に戦力を集中してきたら、覚悟を決めてきたという所だろう。窮鼠猫を噛むということわざもある。そうなったら要注意といった所だろう。

穏やかな表情のまま発言を終えたシュタイエルマルク伯が、陛下に一礼して着席する。大らかな所があるルントシュテット伯と異なり、緻密な所があるシュタイエルマルク伯だが、そういう作戦家タイプにありがちな神経質な所がない。意識して押さえておられるのかもしれないが、改めて見習いたい長所を見つけたように思う。感情を抑える事が苦手なのは自分でも自覚しているのだから。

 

「では、艦隊編成を宇宙艦隊司令長官がご説明されます」

 

「本来であれば主戦場と想定しているフェザーン方面を担当すべきでしょうが、この作戦ではイゼルローン方面を小官が担当します。背景として、イゼルローン方面はエルファシルの占拠という軍事的な目標が明確なのに対して、フェザーン方面はフェザーンの併合に始まり、政治的判断を踏まえた行動が求められます。そこでローエングラム伯、ロイエンタール男爵、ルントシュテット上級大将の3名を中心に、4個艦隊の戦力を3セット編成します。その上で戦局に合わせて、臨機応変に動かせるように配慮しました」

 

内戦前は中将だった俺は、2階級特進で上級大将になっている。これは、内戦と戴冠に尽力したという名目で全員が昇進することになったが、イゼルローン要塞攻防戦は、内戦の枠に入らないと判断された為だ。皇配となる俺の階級を同時期に正規艦隊司令となった皆から一段高いものにする為かとも思った。だが、辞退すればロイエンタール男爵やディートハルト殿も受けられなくなる。余計なことは気にせず、もらっておく判断をした。緊張した面持ちのメルカッツ長官が説明を終えられ、一礼して席に付く。こういう場で、伯に発言を促す日が来るとは思わなかった。長官の発言の途中から変な緊張感を感じている自分が、意外だった。

 

「最後に、自治尚書から、叛徒たちの内部分裂を促す件について、ご説明されます」

 

「ローエングラム伯、紹介ありがとう。ただ、私の時だけ言葉が硬かったような気がするな。皇配殿を緊張させるなどと噂が立っては、私が悪人の様ではないか......。ん、何人か苦笑している様だな。帝国屈指の善良な臣民を捕まえて、全くひどいものだ.....」

 

そこで、堪えきれなくなったかのようにシェーンコップ大将が笑い声を上げたのをきっかけに、翡翠の間は笑い声に包まれた。陛下も、そして俺も笑っていた。場が緊張しすぎていると判断した時に、伯は一呼吸置く意味で場を和ませる。この点だけは、今の俺には難しい事だ。いつかは周囲に配慮して、場を和ませるような発言が出来るようになるのだろうか......。

 

「まあ、シェーンコップ大将には、色々確認する必要がある事が分かった訳だな。さて、本題に戻ろう。叛乱軍の内部分裂を促進する策だが、既に彼らが発行した借款のうちフェザーン国籍の企業を介してはいるが、その大半を帝室が有している形になる。この請求先の確定を、ウルヴァシーかエルファシルを占拠した時点で、大々的に要求する。中央政府は少しでも地方政府に負担を求めるだろうが、既に工作活動を開始しており、地方星系には中央政府に対してリソースを吸い上げるばかりで何もしてくれないという不満が溜まりつつある。そして市民一人当たりの借款という表現で、報道機関が取り上げ始めている。

それらを材料にしながら、叛乱軍をバラバラにする。短期的には30億人程度、叛徒を移民と言う形で吸い上げたい。そうなれば人口比で3倍になる。その後は待遇の競争によって若年層を吸い取る。中央政府には多額の借款という首輪をつけるし、地方政府はすでにボロボロだ。帝国の協力がなければ飛躍的な発展は難しい。余程の失策を政府と開発公社がしない限り、帝国は圧倒的な優勢を維持できるだろう」

 

「自治尚書閣下にお伺いしたい。叛徒どもが借金を踏み倒すような事をした場合はどうなるのでしょうか?」

 

発言主に目を向けるとオレンジ色の髪をした大将が、嬉し気に手をあげていた。場の雰囲気に酔ったのかもしれないが、彼も帝国軍の大将だ。もう少し落ち着いてほしい所だが......。

 

「ビッテンフェルト提督、良い質問だ。借金取りが取れる方策は2つだな。金額相応の現物を差し押さえるか?もしくは第三者に借款を引き取ってもらうかだ。これは叛乱軍の法律でも定められている事だ。よって、星間交易船の全てを差し押さえつつ、帝国の息のかかった叛乱軍籍の金融機関に名義を移すことになるだろう。我々は損はしないが、彼らの経済は深刻なダメージを受けるだろうね。前回の金融危機が、それこそ可愛いものに感じるレベルでだ」

 

どうしたものかと考えているうちに、伯が笑顔で解説して下さる。それは良いのだが、ここは取り立て屋になる為の勉強会の場ではない。何やら感銘を受けたかのようにうなずく者がかなりいるのが視界に入り、頭が痛くなった。艦隊司令部の人員には、法務士官研修を強制する必要があるかもしれない。

 

それにしても厳しいと言うべきか、お優しいと言うべきか。伯がしようとしている事は、民主共和制がそんなに大事なら、相応の覚悟を見せろと叛徒に突きつけるといった所だろう。多額の借款はおそらく現役世代だけで返済は終わらない。返済が終わったころには、吸い上げた資金も投入出来る事を考えれば、帝国との間で、明確に発展度合いが違うはずだ。短期的には、自分が空腹になってでも民主主義が良いというなら認める。中期的には、次世代に借款を背負わせ、暗い将来を背負わせても良いと言うなら認める。だが、そんな覚悟を、何人の叛徒が出来るのだろうか......。少なくとも地方星系の中には、農奴のような生活をしている叛徒もいる。彼らからすれば、帝国の臣民となる方が余程幸せになれるのではないだろうか......。

 

そこで、また笑い出しそうになってしまった。こんな辛辣な策を考える人物が、帝国屈指の善良な臣民を自認する。最初は場に流されて笑ってしまったが、確かにおかしな話だ。シェーンコップ大将が大笑いしたのも分かる気がした。同じようなことを考えていたのだろう。上座に座る陛下に視線を向けると、扇で表情を隠しながらも、肩が震えている。笑いを堪えておられるようだった。


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