稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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135話:結婚式

宇宙歴797年 帝国歴488年 2月下旬

首都星ハイネセン シルバーブリッジ 教会

フレデリカ・グリーンヒル

 

「フレデリカ、おめでとう!ブーケも受け取れたし、次は私ね。初恋の人を射止めたご利益があるもの、きっと効果があるわ」

 

「提督、フレデリカはずっと提督の事を想っていたんですから、幸せにしてくれないと承知しませんよ」

 

披露宴が始まって、参加者たちが各々、お祝いの言葉を贈ってくれる。士官学校の同期が、嬉し気に祝福してくれるが、こういう事に慣れていないのだろう。閣下は困った時の癖で頭を掻きながら、何とか愛想笑いをされている。だが、嫌がっている時とそうでない時の違いは何となく分かるようになった。今は嫌がってはおられない。

 

「あんまり長居するのも良くないわね、そろそろお暇するわね」

 

「フレデリカ、また後でね」

 

そう言い残して、二人は私たちの席を後にする。ホッとした様子の閣下に視線を向けると、「いい加減こういう事にも慣れないとね」と肩をすくめられた。その背景には教会と青空が映る。まだ寒い時期だが、快晴になった事もあって、永遠の愛を誓いあった教会の敷地内は、暖かい陽気に包まれている。参席者は宇宙艦隊の面々を始め、エドワーズ議員など、軍と政府の要人が揃うことになった。本当ならきちんとした式場で行うべきだったのかもしれない。だが、戦況が劣勢な事で軍人は肩身の狭い思いをしている。有名な式場は流石に急な話で押さえられなかった。なら、シルバーブリッジの教会で式を挙げてしまおうという話になった。

閣下は固苦しいのが苦手だし、参加者がほぼ軍関係者である以上、参加しやすいというメリットもあった。会場の端にイスとテーブルは用意しているが、立食メインで、当日参加もOKにした。近所の子供たちも飛び入りで料理を楽しんでくれているし、いつの間にやら、近所からの差し入れも一緒に並んでいた。ずっと夢見ていた日に多くの人に祝福してもらっている。本当に幸せだった。

 

会場に視線を向けると、ユリアンと目が合う。士官学校に優秀な成績で合格を決めたが、戦況の事もあって別の進路も模索する決断をした彼は、ハイネセン記念大学の経済学部経済史科にも合格を決めた。まだ最終的な進路は決めていない様だが、あの会食以来、家を行き来する仲になったエドワーズ議員も士官学校は推していない。なんとか反対を押し通すつもりのようだが、学徒動員の話は、議会でもたびたび取り上げられている。そんなに国家存亡の危機を謳うなら、議員中隊でも作って前線に赴けばよいものを......。今まで軍に協力的だったこともあり、現役軍人の多くは右派支持だったが、ここに来てまで我が身大事なのかと、左派に支持が移りつつある。

 

「ヤン、フレデリカさん、改めておめでとう。まさかヤンに先を越されるとはな......。これで親父からのプレッシャーが増々強くなる。参ったぜ.....」

 

「やあ、ボリス。遠路はるばるすまないね」

 

「コーネフさん、それでは祝福頂いているのか?判断に困りますわ」

 

「いやあ、すまない。祝福は心からしているさ。ただ、交易商人なんて商売をしていると、年中あっちこっちをうろつく羽目になるからな。宇宙を股にかけるなんて言えば聞こえがいいが、安息の地を決められない。付き合いのある商人との縁談もあるが、政局を考えると変な縁は結べないからな。まあ、もうしばらくはひとり身を楽しむさ」

 

やや自嘲気味のコーネフさんの発言に、閣下も私も笑ってしまう。幼い頃から交易船で育った閣下には唯一と言って良い幼馴染のような方だ。嬉しそうな閣下の様子を見て、私も嬉しくなる。

 

「新婦さんには悪いが、少し新郎を借りていくよ。見目麗しい妻を娶った男性には、先人たちに薫陶めいた格言を聞く仕事と、身を固められずにいる甲斐性無し達に、やいのやいの言われる任務があるからな」

 

「やれやれ、フレデリカ。少し席を外すよ」

 

軽く口づけをして、閣下がコーネフさんに引っ張られる様に席を離れる。その横では、ビュコック艦隊の司令部所属の女性士官たちがこちらに来るのが見えた。スピーチを引き受けてくれたビュコック提督は、スピーチと言うより漫談のような話をしてくれた、お若い頃は腹踊りを披露して笑いを取っていたとのことだが、提督の漫談も楽しいものだった。祝いの言葉をうける合間のひと時、私は閣下のプロポーズをお受けしてから初めての週末。ヤン家の家族となる3人だけで行った儀式を思い出していた。

 

「ユリアンと3人で料理ですか?」

 

「うん。別に手の込んだものでなくていいんだ。フレデリカはサンドイッチを作ってくれれば良い。だた、カトラリーを使う形式にしたいから少し大きめにカットしてくれれば有難い」

 

ハイネセン記念大学の受験が終わったユリアンと三人で、買い出しに向かう道中。のんびりと3人で街路を歩いている時に閣下が切り出した。

 

「家にはある人から頂いたシルバーカトラリーがあるんだ。順調に成長したら、一家を構えた時に恥ずかしくない持て成しが出来る様に。そして、生活に困る事があれば売れる様にね。贈り主の意向を考えれば、処分して志望していたハイネセン記念大学へ進学すべきだったかもしれないが、処分する判断はしなかった。だからちゃんと食器として使いたいんだ」

 

買い出しを終え、将官用の官舎の広めのキッチンで3人で料理を始める。私はサンドイッチ、閣下はサラダ。メインとスープは、実力差が明確なのでユリアンにお願いした。閣下が開けて以来、十数年ぶりに開けられたシルバーカトラリーの箱は、気密性も備えていたようだ。錆もなくぎっしりと詰まった輝くシルバーカトラリー。大事なお客様をもてなす意味でも、万が一の時は売れるという意味でも考えられた工芸品は、帝国式でありながら見た者を虜にするような美しさがあった。

自分たちで作ったディナーをシルバーカトラリーで食しながら、閣下は彼とのいきさつを語ってくれた。元々は交易商人をされていた閣下の父上が、ビジネスパートナーだったそうだ。とは言え、帝国貴族と頻繁にやり取りしては不都合だろうと一式贈られた事。そして結構な金額のフェザーンマルクが同封されていたこと。普段は金庫にしまっているという手紙も見せて頂いた。

 

「この手紙が認められたのはもう30年以上前。彼は士官学校を卒業したばかりだったが、領民の生活を豊かにするため、軍人の役目と経営者としての役目をこなしていた。こっちはローザス提督とのご縁で届けられたものだ。エルファシルの事を褒めてくれたんだよ。内密にだけどね」

 

「ヤン提督、もしフェザーンに行く選択肢をしていたら、今頃は帝国史編纂室で、未公開の資料を読み放題だったかもしれません。なぜ、同盟を選ばれたんでしょうか?」

 

「そうだなあ、ユリアン。確かに彼のような領主を持てれば、領民たちは幸せだろう。彼が良く使う言葉だが、今日より良き明日が来るだろうね。でもそんな偉人が、代々輩出され続けるんだろうか?それなら、歩みは遅いかもしれないが自分たちの努力で明日を良いものにできる方が良いと、私は考えたのかもしれないね」

 

ユリアンの問いに閣下は自分に確認するように答えた。リューデリッツ伯は同盟でも有名な方だ。この手紙を認めた時、丁度私と同年代だった。書き馴れていないはずの同盟語は、お手本のように達筆でありながらどこか温かみを感じる。閣下にとっても思い入れのある方だろう。そんな方と戦わなくてはいけない。少しでもお支えしなくては......。ユリアンに視線を向けると、手紙に視線を向けながらも、何か胸に来るものがあるようだった。この日から、私たちは家族になった。

 

「おめでとう。初恋を実らせるなんて、女性の敵ね」

 

「一途に想い続けたからこその戦果じゃない。貴方は気が多いからね」

 

近づいて来た女性士官の声が、私を式場に連れ戻してくれた。別に勝ち組という意識は無いが、想い続けてきた来た人と結ばれ、家族になり、支えられる。そうならないと実感は無かったが、確かに今、私は幸せだと思う。

 

 

宇宙歴797年 帝国歴488年 2月下旬

首都星ハイネセン シルバーブリッジ 教会

ヤン・ウェンリー

 

「この辺で良いだろう。それにしても式場の警護が薔薇の騎士連隊とはね。これ以上安全な式場もないだろうな」

 

「ああ、志願してくれてね。どうせなら祝うだけじゃなく持て成す側になりたかったそうだ」

 

「そうか。お前さんも同盟の中でちゃんと人のつながりを作って来たんだな。皆良い笑顔だし、雰囲気も温かい。交易船で育ったお前さんにとっては、上々といった所かな?」

 

「そうだね。あの時、フェザーンを選んでいたら得られなかった光景だ。もしを考えた事が無かったわけじゃないが、良い人生を歩んでこれたよ」

 

式場の片隅でボリスと話を始める。彼が資産運用の報告を名目として、毎年顔を出してくれるのも、同盟で身寄りが無い私の事を気遣っての事だ。何かと節目に歓楽街で祝ってくれた。苦手だった人付き合いの改善のきっかけになったのがボリスだ。

 

「その言い草だと、最後まで同盟に付き合うつもりのようだな。ヤン、かなり厳しい戦いになると思うぜ?折角きれいな嫁さんを捕まえたってのに.....」

 

「すまないなボリス。これが私の生き方だよ。君から見たら不器用かもしれないが」

 

「そういう意味で言ってるんじゃないさ。今回は運用報告だけじゃなく、ちゃんと結婚祝いも用意した。軍事情報は無理だが、政局に関わる情報なら容易に手に入る。裏取りもしてあるから、後でじっくり読んでくれ」

 

思わずボリスに視線を向ける。そんな事をしてコーネフ商会に危険はないのか?そんな私の思いを察したのだろう。

 

「心配するな。あの人の許可は出ているさ。正しい判断の為には、正確な情報が必要だとも言っていたな。そもそも運用報告書だって、ちゃんと読めば帝国の経済発展が読み取れる代物だ。案外、ずっとお前さんにラブコールをしていたのかもしれんな」

 

と、何でもない事のようにボリスが応える。確かにそうだ。閉塞感が強まるばかりの同盟社会に比して、あの資料を読み込めば、帝国が急速に発展している事は見て取れた。ラブコールだとまでは思わなかったが、自然に彼を尊敬している要因の一つには、あの資料の存在があるのかもしれない。

 

「全く、大したお人だよな。構想は壮大で、打つ手も手堅い。おまけに後進の育成まで抜かりがない。あんな人を見習えって言われてもなあ。そりゃ無理があるってもんだ」

 

「確かにね。同盟市民の間でも、変に人気がある方だ。こっちに生まれてくれてればって、皆が口をそろえるね」

 

納得するようにボリスがうなずく。軍人と貴族を掛け持ちしながら、当代屈指の事業家でもあった彼は、同業者のボリスには近くで見るにはまぶしすぎる存在だったのかもしれない。

 

「案外、お前さんが戦後の政権に近い存在になる事を見越しているのかもしれんがな。ヤン、死ぬなよ?俺の披露宴に親友代表としてスピーチしてもらうからな」

 

ジェシカに一瞬視線を向けると、ボリスはろくでもない宿題を残して、式場から出て行った。帝国軍の来襲がそう遠くない今、本来ならコーネフ商会も物資の調達で多忙なはずだ。そんな中で時間をやりくりして駆けつけてくれた、私の唯一の幼馴染に、心の中でもう一度ありがとうとつぶやいた。

 

「もう、いつまで新婦を一人にしているの?写真をお願いしたいわ」

 

フレデリカが座る主賓席の方から声が聞こえた。困った時の癖で頭を掻くが、不思議と悪い気はしない。私は新婦の待つ主賓席へ歩みを進めた。


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