稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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137話:再進駐

宇宙歴797年 帝国歴488年 3月中旬

フェザーン星系 旧RC社フェザーン支社ビル

ワルター・フォン・シェーンコップ

 

「ご心配ですかな?」

 

「そうだな。彼らの能力は心配していない。ただ、叛乱軍も覚悟を決めたようだし、フェザーン方面軍の提督連中は、士官学校の時代から、何かと面倒を見てきた。半分子供のような物だからな。無事、作戦を果たしてもらいたいし、将来の帝国を担ってくれると見込んでいるのも事実だ」

 

貴賓室に備え付けられたモニターに、視線を向けたままの伯に声をかけると、そんな返事が返ってきた。モニターに映っているのは軌道エレベーターに設置された超望遠カメラの映像だ。俺が指揮する陸戦部隊がフェザーン進駐を完了するのを見届けて、補給作業を終えて進発したルントシュテット上級大将率いる第一軍の光点が、少しづつ小さくなっていく。少し選んだ道が違えば、俺もあの中に混ざっていただろうか?

宇宙艦隊から装甲擲弾兵にキャリアを変えて以来、何度も連中を見送った。優秀な男たちだけに心配はしていないが、任せるしかない自分にもどかしさを感じないわけでは無い。俺も光点が見えなくなるまでモニターを見つめていた。

 

「さて、フェザーン進駐の件は、ご苦労だった。先例があるとはいえ、予想以上にスムーズだったな。さすがはワルターだ。オフレッサーの喜ぶ顔が目に浮かぶ。落ち着いたら会食することになるだろうから、その際は同席を頼むよ」

 

「はっ。ありがとうございます。ただ、今回は私がと言うより、あの3名の手配が行き届いていたというという所でしょう。特にドミニク女史が独立商人を押さえてくれたのが大きかったですな」

 

別に茶化すつもりは無かったが、伯はため息をこぼされた。この人ですら妻には弱いのだと思うと、おかしみを感じないわけでは無いが、流石にまだ、笑って流す心境ではないだろう。

 

「まったく......。ゾフィーがあんな事を言い出すとは思わなかった。50歳を越えて、妻に第二夫人を持つように勧められるとはな。ドミニクも、私よりもっと良い相手がいるだろうに.....」

 

フェザーン進駐にあたって、事前工作を担当したのは3名。自治領主ルビンスキー、RC支社長のボルテック、そしてドミニク女史だ。ルビンスキーは自治省の第二局長、ボルテックは帝国開発公社のフェザーン支社長に内定している。今後の事も考えて、伯が俺や3名の上級大将たちに引き合わせたのはボルテックとドミニク女史の2名。伯を通さずに関わる可能性があるのはこの2名だったし、誰も不思議には思わなかった。ただ、同じように超高速通信を通じて顔つなぎをされたリューデリッツ伯爵夫人であるゾフィー様が、ドミニク女史と二人だけで会話された後、彼女を第二夫人にするようにと言いだされた。

 

困った表情の伯を近くでみれるなど、人生に2度は無いだろう。だが、ドミニク女史は言ってみれば独立商人たちへの対策と、フェザーンと叛乱軍から割譲させる事になる領域で、自治省と帝国開発公社の監査をすることになる。大きな影響力を持つ事になる彼女を、独身のままにしておく訳にもいかなかった。

 

「殿方は地位と報酬を与えれば自由にするでしょうが、淑女には想われているという実感も必要です。そんな重責を任されれば、恋愛も思うようにままなりません。すこしくたびれていますが、まあ、貴方なら良いだろうという話になりました。そうでなくても、人口比では女性が多いのです。彼女が大功を立てたのも事実なのですから、最後まで面倒を見るべきです」

 

困った様子の伯とは対照的に、まんざらでもない様子のドミニク女史。伯爵夫人のおっしゃる事は正論だったし、帝国貴族にはひとりでも多く、子供が必要なのも確かだ。リューデリッツ伯爵家としてもフェザーンに血脈が置けるならそれに越したことは無い。珍しく有効な反論が出来ない伯を横目に、ドミニク女史が第二夫人になる事が決まっていた。

パウルはこういう話を笑える奴ではない。ここはオスカーが戻ってきたら、ふたりでドラクールにでも行って話す事にするか......。いや、あいつもその気は無かったのに油断して年貢を納めさせられた口だ。そうなると酒の肴にできる相手はいないことになる。伯は、少なくともゴシップの女神には見捨てられていないらしい。

 

「何を嬉しそうにしておるのだ。半分はワルターへの最後通告だぞ?自分の価値観を大事にしたいと考えているのは、分かっている。だから宥めてきたが、婚約の話を角が立たないように断るのは、意外に骨が折れる。自分で相手を決めるつもりなら、早くしろといった所だろうな」

 

「そのようですな。ただ、ヒルデガルド嬢はオスカーが引き受けてくれました。私の記憶に誤りがなければ、私と婚約できる年頃のご令嬢をお持ちの軍部貴族はおられません。価値観を大事にするためには旧政府系と誼を通じる訳にもいきませんからな。伯を見習って、フェザーンで見繕うと致しましょうか」

 

俺がそう言うと、伯は笑ってくれた。ご本人もおそらく察しておられるのだろうが、軍部貴族の雄である伯が、第二夫人を作らなかった事で、それに倣う風潮があるのも事実だ。あまりお盛んなのも困るが、実際問題、寄り子や従士からすれば関係を保つ意味で当主に血縁を送り込みたい。当然、その場合は第二夫人以降になる訳だ。帝室と貴族の力関係が圧倒的に帝室優位になったからこそ、血縁を結ぶ重要性は増している。

その辺りも含めての事なのだろうが、油断していたとはいえ、その口実にされた伯は堪ったものではないだろう。ワルター、よく覚えておくのだ。伯ですら油断すれば年貢を納める事になる。古の賢者曰く、油断大敵......とね。どちらにしても新しい宇宙の秩序が固まるまでは、身を固めるつもりはない。そう猶予は無いだろうが、せいぜい独身貴族を謳歌させて頂こう。

 

 

宇宙歴797年 帝国歴488年 3月中旬

首都星ハイネセン キャゼルヌ邸

ユリアン・ミンツ

 

「大学に入ったら、頻繁には会えなくなるわね。寂しくなるわ」

 

「ユリアンお兄ちゃん、遠くへ行っちゃうの?」

 

「大丈夫だよ。シャルロット。同じハイネセンに居るんだから、定期的に戻ってくるよ?」

 

初等学校に通い初めて1年。来月から2年生になるシャルロットは、妹のような存在だ。ヤン提督のお留守にはキャゼルヌ邸にお世話になっていた僕にとって、オルタンスさんの指導の下、家事を手伝う戦友でもあった。ただ、来月からハイネセン記念大学に入学する僕は、大学近くで一人暮らしを始めることになる。無理をすれば通学できない距離ではないけど、結婚したばかりのお二人と同居するのは流石に気が引けた。フライングボール部の監督に進路を報告した際、ハイネセン記念大学のフライングボール部に推薦状を書いてくれた。2度ほど練習にも参加したが、大学リーグでも上位に入るだけに、レベルも高かった。僕の大学生活は勉学とフライングボールに費やされることになりそうだ。

年ごろの女の子にありがちで、シャルロットも感情が豊かだ。少し涙を浮かべる彼女の頭を撫でて慰める。僕にも経験があるが、初等学校に通い出すと、唐突な別れが一気に多くなる。シルバーブリッジの初等学校に通うのは軍人の子弟が多い。肉親の戦死をきっかけに、クラスメートが転校するのはよくある事だ。ただ、感情が豊かなシャルロットはその度に泣いていた。僕もクラスメート同様、もう会えなくなると不安に思ったのだろう。

 

シャルロットを慰めてから、食卓を拭き、ランチョンマットとカトラリーを並べる。カトラリーを見ると、自然とヤン提督が話をしてくれたリューデリッツ伯に考えが向かう。同盟でも有名な彼は、15歳の時には士官学校に首席で入学を決めながら、同時に自分で起こした企業を通じて、イゼルローン要塞建設の為の資材調達を一手に取りしきった。それ以前も経済成長を続けていた辺境星域は、膨大な資材調達の為に行われた投資をきっかけに、一気に二次産業を発展させた。それが帝国の国力増強と、軍部貴族の影響力の増大に繋がり、結果として現在の帝国の体制の礎になる。

 

彼を知る同盟市民は、こちら側に生まれてくれていれば......。と言うが、どんな財閥の家に生まれたとしても、同盟では15歳でそんな活躍は、本人に能力があってもできないと思う。帝政だからこそ、幼い頃から重責を担う事が出来た。それによって磨かれた存在を羨ましく思うのは、民主共和制の敗北のように感じるのは僕だけなのだろうか?ヤン提督は、歩みは遅くても自分たちの努力で明日を良いものに出来る方が良いと、お話になられた。でもそのせいで、本来の能力を発揮出来ないとしたら、すごく皮肉な話だと思う。

 

ランチはオルタンスさんの仕上げを待つ段階だ。僕はリビングのソファーに腰を下ろして、端末を起動する。ハイネセン記念大学への進学を決めた際、「これを分析してごらん」と、コーネフさんから毎年届けられていた資産運用の資料を頂いた。僕名義の物もまとめて一覧にしたファイルを開く。783年から13年分。経済学の基本書を読んだだけの僕でも理解できるほど、帝国は急激に経済成長が進んでいる。摩耗していく宇宙艦隊を補充するためにリソースを使い果たし、開発事業に予算を割けなかった同盟は、経済的には停滞するばかりだった。

これを見た提督は、何をお感じだったのだろう......。金融危機の際にも為替レートの動きでかなり利益を出している。そしてフェザーンマルク立てで考えると、割安になった同盟企業を、軍需業界を除けば主要産業すべてに資本投下している。莫大な対フェザーンの借款も考えれば、同盟は経済的には侵略されてしまったと言って良い状況だ。僕が簡単にたどり着いた結論に、提督を始め、同盟の政府首脳が気づかないなんてことがあるんだろうか?

 

「ここで緊急速報です。帝国軍がフェザーンへの再進駐を実施しました。また、フェザーン方面から、帝国軍の艦隊が侵攻を開始したとのことです。これに関連して、トリューニヒト議長が緊急会見を行います。中継を繋ぎますので、市民の皆さんは冷静にお待ちください」

 

僕が考え事をしていると、シャルロットが横に座り抱き着いて甘えて来る。頭を撫であやしていると、流れていたニュース番組のキャスターの緊張気味の声が聞こえてきた。結婚式を挙げてすぐに出征されたヤン提督とフレデリカさんに自然と思考が移る。今回は6個艦隊が総力を上げてフェザーン方面に出動したけど、戦術の基本をかじっていればイゼルローン方面からも侵攻するのは分かる事だ。その辺りはどうするのだろう。仕上げにかかっていたオルタンスさんと視線が合う。

 

「ユリアン、心配なのは分かるけど、貴方の仕事はまず昼食をちゃんと食べる事ですよ」

 

そう言って料理を盛り付けるオルタンスさんは、流石だった。席に付いて、3人で食べ始めた頃合いで、議長の緊急会見がはじまった。

 

「自由惑星同盟の市民諸君。最高評議会議長のトリューニヒトです。今回は皆さんに不本意な事をお知らせしなければなりません。先ほど入った情報では、帝国軍はフェザーンへの再進駐を行いました。また、フェザーン回廊を大艦隊が通過し、同盟領に侵攻を開始しています」

 

会見場は騒がしくなったが、議長はそれを制するように静まる様にジェスチャーをした。

 

「この事態に対して、軍部は宇宙艦隊の全力を挙げて、阻止に向けた作戦を実施しています。ただ、残念ながら既に余力はありません。イゼルローン方面からも侵攻が行われた場合、国防体制は非常に厳しい状況に置かれます」

 

そこで、演台に置かれていたグラスを手に取り、水を飲む議長。市民たちの理解が追い付く間を取ったのだと思うけど、こんな事態を公表する以上、自分を落ち着かせる意味もあったのかもしれない。

 

「帝国軍が外征に使える艦艇数は、同盟軍の5倍近いと推定されます。イゼルローン方面だけでなく、フェザーン方面も非常に困難な状況が予想されます。そこで、私は最高評議会議長として、議長特令をこの場で発します。各星系の地方政府は、所属する市民の生命と財産に危険が及ぶと判断した場合、帝国軍と独自に交渉する事を認めます。残念ながら同盟政府は、全市民の安全を保障できる状況ではなくなりました。万が一の場合は、各々の判断で市民を守って頂きたい。以上です」

 

「議長、つまりイゼルローン方面を始め、地方星系を中央政府は見捨てるという事ですか?あまりに無責任ではないでしょうか?」

 

出席していた記者が質問を浴びせる。中には詰め寄る人もいたが、SPに阻まれていた。

 

「無責任だとは思わない。5倍の敵に対して、何とかしろと言う方が無責任だろう。私が軍に頼んだのは、同盟市民の意地を見せる一戦をしてほしいという事だ。そして出来もしない事を言うより、状況を正確に市民に伝える事が、責任を果たす事だと判断している。軍人も同盟市民だ。私は彼らに玉砕覚悟の作戦を命じるような事は出来なかった。それだけです」

 

普段は笑みを絶やさない議長が、打って変わって突き放すような発言をしたことで、会場は静まり返った。

 

「付け加えます。金融危機の際にもありましたが、売り惜しみや値上げをする場合は心してください。良識ある同盟市民は、不買運動という形で意思表示しました。だが、危機に付け込むような行動に対して、帝国軍がどう判断するかは分かりません。市民の皆さんも同様です。不安なお気持ちは分かりますが、同盟軍はこの困難な状況を何とかしようと動いています。どうか、一時の感情に流されず、節度ある行動をお願いしたい」

 

トリューニヒト議長は一度大きく頭を下げると、会見を終えた。もしかしたら議長は敗戦を予期していたんだろうか......。画面が切り替わり、深刻な表情のキャスターが移った。彼女の横に座る解説員は、議長の豹変を批判していたが、事実を隠すより余程責任を果たしたと思う。それに僕ですら気づいていた危機を認識すらしていなかった解説員がとやかく言う資格があるんだろうか......。

オルタンスさんの料理はこんな時でも美味しかった。お代わりをする僕とシャルロットを嬉しそうに見ていた。夕方になればオルタンスさんとシャルロットは、妹を迎えに幼稚園に行く。何か間違いがあってもいけない。僕も一緒に行こう。これも議長が状況をちゃんと公表してくれたおかげだ。その点だけは、僕は議長に感謝した。




アンネローゼの件もあったので悩みましたが、ドミニクはこういう感じにしました。書いていて、アンネローゼからも第二夫人でも良いって雰囲気を感じたんですが、皇帝と皇配の後見人が、皇配の姉を第二夫人にすると、影響力が大きくなりすぎるかなと......。初恋は実りませんでしたが、きっとジークが幸せにしてくれるはすです。よろしくお願いします。

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