稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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138話:それぞれの闘い

宇宙歴797年 帝国歴488年 3月下旬

ランテマリオ星域 艦隊旗艦ヒューベリオン

ヤン・ウェンリー

 

「提督、すみません。帝国軍の連中は相変わらずです。いくらスパルタニアンが的として小さいと言っても、あの猛火の中に突っ込めとは命令できませんでした」

 

「良いんだ。ポプラン少佐。ご苦労だったね。あらかじめ予想していた事だ。こちら側の制宙権の維持を徹底してくれ」

 

「了解しました」

 

モニターに映るポプラン少佐とコーネフ少佐が、渋い表情のまま敬礼してくる。答礼をして通信を終えた。空戦隊の部隊長たちがスパルタニアンによるアウトレンジ攻撃を上申してきた時、許可するか迷ったもの事実だ。だが、ポプランを始め、スパルタニアンのパイロットたちも、後がない事を察していたのだろう。制宙圏の範囲外で長距離ビームを撃ちあう形に戦場が変化した中で、空戦隊の存在感が薄まってしまったもの事実。ただ、制宙権の維持には空戦隊の存在は不可欠だ。それに長距離ビームの奔流を避けた所で、帝国軍の制宙圏に入れば、有力な帝国の空戦隊が待ち受けているはずだ。大きな戦果は期待できないだろうし、その為にベテランパイロット達を失うリスクは冒せなかった。

 

「ありがとう大尉」

 

さりげなく手元のカップに紅茶を注いてくれたフレデリカにお礼を言う。茶化すような視線をリューネブルク少将から感じたが、特に指摘はしない。披露宴の警護を始め、設営からケータリングまで取り仕切ってくれたのは彼だ。世話になったのも確かだし、しばらくは好きにさせても良いだろう。

艦橋正面の戦術モニターに視線を戻すと、鶴翼に並んだ同盟軍6個艦隊に応じる様に、横陣で長距離戦を交える帝国軍が略式化されて表示されている。既に会敵から4時間。艦隊数でも艦艇数でもあちらが多いにも関わらず、こちらが後退すれば追撃する構えを維持したままだ。逃がす気は無いが、攻勢をかけるつもりもない。何かを待っているという事だ。つまり別動隊がいる可能性が高い。モニターを見ながら思案していると、通信が入った。

 

「アッテンボロー提督からです。繋ぎます」

 

オペレーターの報告とともに、敬礼するアッテンボローの姿がモニターに映る。

 

「どうも帝国軍の連中の動きがおかしいので、確認の為に連絡しました。敵の中心であるローエングラム伯とルントシュテット提督は、どちらかと言うと攻勢型のはずです。彼らが戦力差も明確なのに受けに回っているのは普通じゃありません。何かを待ってるとしか思えないのですが.....」

 

「私も同感だよ。アッテンボロー。恐らく別動隊がいる。規模は4個艦隊といった所だろう。マル・アデッタ星系方面から後ろに回り込むつもりだろうね」

 

「どうします?戦線を下げるにしても限界があります。我々がガンタルヴァ星系寄りに退けば、ジャムシード星系への航路が断たれます。そうなればイゼルローン方面の帝国に抗する事は出来ません。逆を行えば、惑星ウルヴァシーが取られます。地方星系が無防備なまま、帝国軍の脅威に曝されることになりますが.....」

 

判断を誤ったのだろうか?イゼルローン回廊とフェザーン回廊の出口付近に3個艦隊を派遣して、防衛線をしく。一時的に攻勢をはねのけても、物資は有限だ。補給に戻る際に追撃を受け、ただでさえ少ない戦力が摩耗しただろう。イゼルローン方面に戦力を集中し、一戦の後、フェザーン方面に切って返す。自軍より優勢な敵との2連戦。勝率は薄いだろう。政局を無視すればハイネセン近郊で決戦もあり得たが、借款の事がある。それを行う前に、地方星系の離脱が相次ぎ、宇宙艦隊は霧散していたはずだ。結局、勝敗は決まっていたという事なのだろうか......。

 

「アッテンボロー。今は何とも言えないな。新しい指示があるまでは、防戦に徹して欲しい。何をするにも戦力は必要だ。退くにしても、はいそうですかと退かせてはくれないだろうからね」

 

「分かりました。戦力の維持に努めますが、兵士たちの士気を考えれば撃ち返さない訳にもいきません。あちらはずいぶんと余裕がありそうです。急かす訳ではありませんが、方針が早く決まる事を祈るばかりです」

 

「シトレ長官もその辺りは認識されているはずだ。そんなに時間はかからないだろうし、私からも確認してみるよ」

 

ため息をつきながら敬礼するアッテンボローに答礼をして、通信を終える。前衛を務めているアッテンボローからすると、私以上に、違和感めいたものを早く感じていたのかもしれない。なんとか指示を受け入れてくれた事にホッとしていると、再び通信が入る。今度は誰かと思ったが、モニターに現れたのはシトレ長官だった。

 

「ヤン提督、残念な知らせを伝えねばならん。先ほど入った情報では、イゼルローン方面から侵攻してきた別動隊がエルファシルに到達した。ジャムシード星系経由でバーラト星系に戻るのが最短距離だが、場合によっては挟撃を受けるリスクがある。ガンタルヴァ星域方面に退却後、後背星域の航路を使ってハイネセンへ帰還する。苦しい指令だと思うが受け入れてもらいたい」

 

「苦しいご決断だったと思います。分かりました。撤退戦に移ります」

 

いつもは毅然としているシトレ長官に、どこかやつれた印象を感じた私は、了承の旨を伝えるしかできなかった。劣勢であり続けた戦況。いつかこういう日が来ると分かっておられたのかもしれない。退路を後背星域の航路にすれば何が起こるか......。地方星系は自分たちを置いて行く私たちを見て、見捨てられたと判断するだろう。宇宙艦隊に所属する将兵の40%の故郷を切り捨てた時点で、士気は維持できない。この時点で敗戦が確定した。あとはひとりでも多くの部下を、生還させる事が私にできる唯一の事だろう。後退を始めた同盟軍を戦術モニターで確認しながら、私はそんな事を考えていた。

 

 

宇宙歴797年 帝国歴488年 3月下旬

エルファシル星系 地方行政府

ロムスキー医師

 

「ロムスキー医師、あなたは確かにエルファシル復興の指導者でした。ただ、引退されておられたはずです。私たちは中央政府のように、自分たちの責任を投げ出したりはしません」

 

惑星エルファシルの首長たちが原則論を語る。停滞するエルファシルをなんとか発展させようと若者の多くが去って行く中で、奮闘してくれたのが彼らだ。だからこそ、こういう時に矢面に出す訳には行かない。彼らはエルファシルの未来だ。それに地方星系とは言え、代表ともなれば帝国軍から処罰される可能性もある。

 

「そんな君たちだからこそ、矢面に出す訳には行かないのだ。仮に農奴に落とされるような事にならなくても、厳しい条件を突きつけられるかもしれない。そうなれば君たちの政治生命は終わってしまうだろう。幸い、妻に先立たれて私には守るべき家族もいない。交渉結果が厳しい場合は、私が先走った事にすればよい。君たちに何かあれば、誰がエルファシルの将来を担うんだい?」

 

私がそう言うと、皆視線を下げた。幼い子供がいる者もいるし、妻が身重の者もいる。エルファシルの地方議員報酬は兼業しなければ生活できない金額だ。昼間は別の仕事をしながら、時には深夜までエルファシルの発展の為に議論を尽くして来た彼らを失う訳には行かない。それによくよく見れば手が震えている。責任から逃げないと言いつつも、怯えているのも事実なのだ。

泥を被るくらいなら、政界を引退した町医者にもできる。それに精強な帝国軍も、こんなくたびれた町医者相手に、拳を振り落としはしないだろう。エルファシルには2000隻の防衛部隊が配置されていたが、帝国軍は少なくとも数万隻以上。先日発せられた議長特令に基づいて、エルファシル星系は同盟からの離脱と、帝国軍と独自交渉を行う決断をしている。再びエルファシルを戦火に曝さぬ為にも、自分にできる事をするつもりだった。

 

「軌道上の帝国軍から通信が入っています。つなぎます」

 

モニターに目を向けると、オレンジ色の髪の精悍な若者が映る。まだ30歳位だろうか?ただ、彼が来ている制服は、彼が少なくとも将官であることを示していた。

 

「小官は宇宙艦隊司令長官、メルカッツ元帥旗下のビッテンフェルト大将であります。既に帝国軍は静止軌道上を制圧しました。願わくば、降伏を受けいれて頂きたい」

 

「ビッテンフェルト大将、ご丁寧に痛み入ります。私は降伏交渉の全権を任されたロムスキーと申します。エルファシル星系は既に自由惑星同盟からの離脱を決定しました。ただ、市民の生命と財産が保証されなければ、降伏に多くの市民は不安を覚えるでしょう。その辺りのお考えを伺いたい」

 

「それに関しては、自治省次官殿から説明があります」

 

彼がそう言うと、もう一人小柄な壮年の男性がモニターに映った。

 

「ロムスキー殿、交渉の全権を任されているゲルラッハ子爵と申します。非才の身ながら自治省次官の地位にあります。現状でお約束できるのは、帝国臣民としてエルファシル星系の発展に尽力する意思がある方については生命と財産を保証します。また、どうしても市民としての立場を変えたくないという方には、エルファシル星系での財産放棄を条件に、ケリム星域の惑星ネプティスまで、輸送船でお送りする事もお約束しましょう。もちろん手荷物レベルで持ち出せる物に関しては、干渉するつもりはありません」

 

想定以上の好条件に、驚く自分がいた。周囲に目を向けると皆も同じ気持ちのようだ。

 

「それと星系で不足が見込まれる物資に関しては早めに申告して頂きたい。帝国軍の物資で補えるのであれば供出する旨、女帝陛下からお許しを頂いています。交渉については明日の11時から、ランチを挟んで行えればと思います。その際に物資については申告頂きたい。後は入植して以降の財務状況が分かる資料もご用意をお願いしたい。

これは、エルファシル星系にどの程度の予算を割く必要があるか?を明らかにするとともに、フェザーンが所有する膨大な借款の請求先たり得るのかと言う判断材料にもなります。出来るだけ正確に事実を把握したいので、資料をそのままお持ちいただければ問題ありません。何かご質問はありますかな?」

 

我々が質問がない旨を伝えると、「では、明日お会いましょう」と言って通信が終わった。周囲の皆も、予想外の展開に驚いている様だ。

 

「とにかく、市民たちに今の情報をしっかり告知しよう。それと資料の準備だ。中央政府に同じものがある以上、改竄する必要はない。ただ、概要は頭に入れておくべきだ。大変だが、やるべきことは多く、猶予は無い。皆、始めよう」

私が声を上げると、すべきことが決まったらだろう。皆が動き出した。これが後にエルファシル星系の駐留艦隊の司令官になり、たまにお茶を飲む間柄になるビッテンフェルト提督との最初の出会いだった。


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