稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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140話:終戦

宇宙歴797年 帝国歴488年 4月下旬

ケリム星系 惑星イジェクオン 軌道上

ラインハルト・フォン・ローエングラム

 

「参謀長、本当に宜しいのでしょうか?糧食長から何度も確認されていますが.....」

 

「大丈夫だ。リュッケ少佐、リューデリッツ伯は高級将校が戦地で美食をする事より、兵士達に一杯のワインを付ける事を優先するお方だ。もともと食についてはかなりの見識をお持ちだ。前線で中途半端なものをお出ししても、ご不快に思われるだろうからね」

 

惑星ウルヴァシーをフェザーン方面軍が確保して数日、イゼルローン方面軍がジャムシード星系を確保したという報を受けた時点で、我々フェザーン方面第二軍は伯をブリュンヒルトにお迎えして、ジャムシード星系に向かった。入れ替わる様にエルファシル星系を帝国領に無血で併合したゲルラッハ子爵は惑星ウルヴァシーへ移動を開始している。地方星系への対処は、引き続き自治次官が、中央政府には伯が事に当たる事になる。

 

女帝陛下もお迎えした事があるとは言え、たった半日の事だ。伯をお迎えするにあたり、今考えれば滑稽な話が、艦内を飛び交った。美食で有名な伯に、通常の糧秣を出して良いのか?給士はどうするのか?従卒は誰にするか?部下達からすれば、伯が俺の後見人である以上、何かご不満を頂かれれば、俺の不名誉になると考えたようだ。忠誠心は有り難かったが、まるで旧門閥貴族のように思われていたと知れば、それこそ伯もご不快に思われただろう。受け入れはキルヒアイスが差配したが、関係部署からは何度も再確認があった。

 

結果として、それらは杞憂に終わる。キルヒアイスの予想通り、伯は将兵たちと同じ食事を希望されたし、身の回りの世話は同乗した従士達が行った。余りにも手がかからないので、何かすべきではないか?と紆余曲折があったが、伯からすれば、私の部下を煩わせる形になれば、それもまた恥になる。キルヒアイスが苦笑しながら部下を宥める事10日、ジャムシード星系でメルカッツ長官率いるイゼルローン方面軍と合流し、先陣としてケリム星系に進撃を開始したところで、叛乱軍から講和交渉の打診を受けた。モニターには我々に正対するように、叛乱軍の艦隊が静止している状況が映っている。そこから一隻の戦艦が進み始めた。叛乱軍の宇宙艦隊司令長官であるシトレ元帥の旗艦ヘクトルが、ゆっくりとメルカッツ艦隊の旗艦、ネルトリンゲンへ近づいていく。

 

今から始まるのは事前交渉である事と、万が一の事を考えて私は出席を認められなかった。宇宙艦隊司令長官と皇配に、敵中深くで何かあれば、戦況にどんな影響があるか分からない。正式な降伏文書調印の際は、メルカッツ長官と入れ替わる形で、俺が参加することになっている。ただ、万が一の事があって帝国が一番困るのは、むしろリューデリッツ伯だろう。伯は「流石に自分たちの死刑執行書にサインするほど愚かではあるまい」などと仰っておられた。たまに見え隠れするが、あの方はご自分が帝国の重要人物なのだと思っておられない節がある。そういう意味では、俺も部下を笑えないかもしれない。何かあれば、帝国軍の将兵は復讐の念を強め、文字通り叛徒たちの死刑執行を躊躇せずに行うだろう。叛乱軍がそこまで愚かでないことを願うばかりだ。

 

「ヘクトルとネルトリンゲンのドッキングを確認しました。モニターを切り替えます」

 

オペレーターが、臨戦態勢の時以上に緊張した声色で申告した。この宙域にいる帝国軍も、叛乱軍も固唾をのんで見守っているだろう。これから行われる交渉次第で160年近い戦争に終止符が打たれるのか?それとも100億以上の叛徒と血みどろの地上戦を行うのかが決まるのだ。

モニターには伯とメルカッツ長官が映っている。隔壁が開き、正装に身を包んだ男性と、軍服に身を包んだ男性が艦内に進む。驚いた。さすがに叛乱軍の議長の顔ぐらいは俺でも知っている。

 

「さすが......。と言って良いのか分かりませんが、叛乱軍は覚悟を決めていたようです」

 

傍にいたキルヒアイスが呟く。伯とトリューニヒト議長が握手をし、その後、メルカッツ長官とも握手をする。続いて、おそらくシトレ元帥であろう人物が、握手を交わした。メルカッツ長官の先導で、交渉の場になるであろう貴賓室へ向かう。いささか配慮しすぎな気もするが、この映像は叛乱軍にも流れている。変に横柄な態度をとって、不興を買う必要はないだろう。それに、こういう配慮を受けたという事は、交渉では譲歩しないという意思表示でもある。帝国と叛乱軍で文化は違うだろうが、そのあたりもトリューニヒト議長が察せる人物なら良いが......。

 

貴賓室に4名が入室し、リューデリッツ伯の従士がドアの前で待機した。事前交渉がまとまるか分からない以上、ここからは非公開だ。交渉相手としての伯は、信用できるが、甘くは無い。もっとも、単身乗り込んできた事を思えば、トリューニヒト議長も相当な覚悟をしているはずだ。帝国軍の将兵たちも、民間人に対して武力行使をするのはためらいがあるだろう。そして、皇配として考えれば、叛徒たちを農奴にするのは経済的損失が大きすぎる事も理解している。何とか交渉がまとまればよいが......。

 

「ラインハルト様」

 

キルヒアイスがカップを手元に置いてくれた。交渉自体は少なくとも数時間はかかるはずだ。今からやきもきしても仕方ないだろう。キルヒアイスが入れてくれた紅茶を飲みながら、正対する叛乱軍の光点を映すメインモニターに視線を向ける。あちらでも、同じようにやきもきしておるのだろうか?そんな考えが、頭をよぎった。

 

 

宇宙歴797年 帝国歴488年 4月下旬

ケリム星系 宇宙艦隊総旗艦ネルトリンゲン

ヨブ・トリューニヒト

 

「事前に聞いた時は驚きましたが、本当に乗り込んでこられるとは。女帝陛下より自治尚書に任じられているザイトリッツ・フォン・リューデリッツと申します」

 

「初めまして、自由惑星同盟の最高評議会議長の地位にあります。ヨブ・トリューニヒトと申します」

 

隔壁が開き、帝国軍の総旗艦に入った私たちを出迎えたのは、リューデリッツ伯本人だった。隣にいる壮年の男性が宇宙艦隊司令長官のメルカッツ元帥だろう。私が名乗ると、伯は自然に右手を差し出して来た。握手を交わすと、シトレ長官に視線が向けられる。シトレ長官が名乗ると同じように握手をした。最後にメルカッツ元帥が名乗り、握手を交わす。これだけ見ると、帝国はかなりの配慮をしてくれたように見える。

この映像が同盟軍にも流れている以上、あまり横柄な事も出来なかったのかもしれない。ただ、私からすると油断していないと意思表示された様な物だ。シトレ長官も同じような印象を受けたのだろう。困惑する表情をしていた。メルカッツ元帥の先導で貴賓室らしき部屋に案内されるが、上座を勧められた事には困惑しかなかった。

 

「我々の関係は、まだ定まっていません。ならば宇宙で通例になっているビジネスの場での流儀で進めたほうが良いのではないかと?仮に私たちが上座についてしまうと、今後、あなた方の政府首脳が、客人としてではなく、臣下として遇されることになります。さすがに女帝陛下が上座を譲る事は無いでしょうが、この場はこうしておいた方が選択肢を狭まずに済むと思いますが.....」

 

確かに伯の言う通りだ。ほぼ降伏に近いとはいえ、実際は講和条約の事前交渉と言う位置づけになる。名称がどうなるにせよ、バーラト星系を中心とした政府と、帝国の関係はこれから検討されるのだから、現在はビジネスの場での流儀にした方が良いだろう。

 

「最近は振る舞う機会も減ってしまいました。お互い偉くなってしまいましたから、こういう機会でもないと.....」

 

そう言いつつ、用意されていたティーセットを手元に引き寄せ、自らお茶を入れ始めた。お茶が4つのカップに注がれると、私、シトレ長官、メルカッツ元帥、そして伯の順に手元に置かれる。毒見を兼ねているのだろう。伯とメルカッツ元帥はすぐにカップを手に取り、お茶を飲む。それにつられる様に、私とシトレ長官もカップを手に取り、お茶を飲んだ。口元に運ぶにつれて、紅茶の良い香りが広がる。視線を向けると紅茶派のシトレ長官も満足気だ。あまり詳しくない私でも、この紅茶が格別に美味しいものであることはわかる。

 

「さて、のんびりお茶を飲むのも嫌いではないのですが、お互いの部下たちはやきもきしている事でしょう。早速本題に入りましょうか」

 

「そうですな。自由惑星同盟は160年に及んだ貴国との戦争状態に終止符を打ちたいと考えています。議長特令に基づいて、一部の星系は独自に和平交渉を進めているようですが、我々もそのつもりで参りました」

 

「喜ばしいことかもしれませんね。帝国軍の将兵も人間です。民間人に銃口を向けるような経験をすれば、心労が重なるでしょう。また、大勢が決した以上、艦隊決戦も一方的な展開になるはずです。戦後の事も考えれば、お互い将兵を無駄死にさせる余裕は無いでしょうしね」

 

そう言いながら、資料を我々に差し出した。中身は講和の条件だった。

 

「先にお伝えすると、帝国に属していなかった民衆130億人すべてを、臣民として受けいれるつもりはありません。陛下の温情に縋りながら、その指示には従わないなどという我儘を許すつもりは無いのです。既に制圧済みの星系については割譲、また離脱を発表した星系の内、バーミリオン・リューカス・トリプラは併合で交渉をまとめますが、他はあえて交渉をまとめない方針です。約30億人が新しく臣民となる。名目は、未払いとなっている利息の対価とします」

 

無人の星域と有人とは言え、同盟から離脱を宣言した星系。これを取られたところで、今更の話だ。それ以上に、とんでもない金額になっている借款の取り扱いが重要だ。利払いだけで歳入の60%。そんな状態では事実上の破綻。切り詰めれば細々と開発は出来るかもしれないが、社会政策は軒並みカットせざるを得ないだろう。

 

「伯、借りたものを返すのは宇宙のどちら側でも通用する道理の一つでしょう。しかしながら、領土を割譲し、離脱した地方政府の事も考えれば、過剰債務と言っても過言ではない状況です。その辺りをご理解いただきたいのですが.....」

 

「そうですね。では、今後100年間、10兆ディナールを下限とし、民主共和制体をとる領域の歳入の最大で20%を安全保障費としてお支払い頂きたい。終戦となれば軍事費が圧縮されます。どう割り当てるかは、バーラト星系の政府にお任せしましょう」

 

「民主共和制体を取る領域ですか?今少しお考えを詳しく伺いたいのですが.....」

 

一呼吸置く意味でお茶を飲む。合わせたかのように4つのカップが動いた。そして示し合わせたのように空になる。ここまで忌憚なく交渉しているのだ。喉も渇くだろう。

 

「そうですね。大前提として、旧自由惑星同盟が抱えていた借款の内、併合される30億人分は帝国が立て替えたとはいえ、正式に支払われたことになります。いくら離脱を表明したからと言って、一切負担しないと言うのもおかしな話でしょう?ですから借款の代わりとなる安全保障費の負担についても、当然請求されるべきものです」

 

そう言いながら、見事な手つきで空になったカップにお茶を注いて行く伯。確かに見捨てる形になったとは言え、請求する理屈はある。だが、離脱を表明した地方星系がそれで納得するのだろうか?

 

「また、当たり前の事ですが、臣民が住んでいない領域で帝国マルクを流通させるつもりはありません。フェザーンマルクは廃止されますから、離脱を表明した星系はディナールを使うか、独自通貨を発行する事になりますね。残念ながら独自通貨を発行できるほどの経済的裏付けを持つ星系はありません。つまりバーラト星系が金融政策の決定権を持つ事になります。経済の基本書を読めば、それがどういう事が理解できるはずです。余程の事でない限り、交渉の席に座るでしょう」

 

「そうなると、バーラト星系の政府がかなりの影響力を持つ事になります。それでよろしいのでしょうか?」

 

今まで黙っていたシトレ長官が疑問を口にした。

 

「臣民でないとはいえ、民衆の生活が成り立たず、餓死するような状況になる事は女帝陛下もお望みではありません。それに、民主共和制体の芽を複数に分けたのに、たちまち枯れるような事があれば、そちらも不本意でしょう?誤解しないで頂きたいのは、臣民への待遇を考えた際に、現状受け入れられるのは30億人という事です。許可が下りるなら、民主共和制体の領域でも奨学金付きの特待生を、帝国の教育機関は募集する予定です。当然、卒業後、移民申請も受け付ける事になるでしょう。悠長なことをしていれば、若年層はどんどん流出することになる」

 

「あとは競争と言う訳ですね。我々が足踏みをすれば、新天地を求めて市民たちは移住してしまう」

 

「当然、その逆もしかりです。出来る事なら民主共和制体の皆さんには頑張って頂きたいですね。緊張感のない統治など失政の要因になるだけです。それに発展して頂くほど、実入りも多くなるわけですから.....」

 

まるで企業買収のような話の流れに、思わず苦笑してしまう。この人にとっては政治体制うんぬんよりも、緊張感を保ちながら新しい秩序の中で、統治が行われる事が重要なのだろう。民主共和制体を残すのも、それに価値を感じているからではない。将来の帝国の為政者たちが緊張感を失わない為に活用するつもりなのだ。使い道があるから残す。役に立たないと判断すれば、容赦なく潰しにかかるに違いない。だが、使い道がある今なら、これ位の要望は受けてくれるだろう。

 

「伯、最後にひとつお願いなのですが、バーラト星系に帰還してから公表する講和条件に関しては、15兆ディナールを下限とし、歳入の最大で30%を安全保障費として支払うとさせて頂きたいのです。講和条約の批准を議会で可決した後に、総選挙となるでしょう。次の議長がご挨拶に来た際に、口実を設けて本来の条件を提示頂きたいのです。困難な時代の旗振り役となる以上、初期にしかるべき実績を上げられれば、バーラト星系の安定にもつながると思うのですが.....」

 

「当初の条件が履行されるのであれば、形式にはこだわりません。その方が良いと議長が判断されるなら、全面的に協力しましょう。それと、活用するかはお任せしますので、こちらもお持ちください。我々には、もう必要ないものです」

 

分厚いファイルがテーブルに置かれる。まさかこんな物まで用意しているとは......。

 

「帝国では、お付き合いの一環で贈り物をするのはよくあることです。もっとも現金を贈る事は稀ですが......。この資料のネタ元はフェザーンです。宇宙のそちら側では、公職にある者が金銭を受け取って便宜を図る事は違法行為だそうですね。フェザーンも何かと好き勝手していましたが、併合された事で色々と反省しているようです」

 

「ありがとうございます。条約を批准するために活用させて頂きます」

 

パラパラとめくっただけだが冷や汗が出た。初期の物は30年前。私ですら把握していなかった物もかなり含まれている。刑事では時効となる物もあるが、民事で損害賠償請求は可能だ。この際だ。市民たちの不満のはけ口に使わせてもらえばいい。苦しい時代に素知らぬ顔でいられても癪に障るだけだろう。

これで終戦に向けた見通しは立った。ぬるい条件ではないが、口実がちゃんと用意されている。説得は十分可能だし、跳ねっ返りを断罪するネタもある。当初はどうなる事かと思っていたが、何とかなるだろう。見通しが立ったことに、私は心から安堵していた。


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