稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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143話:帝国歴493年 下野

宇宙歴802年 帝国歴493年 1月上旬

帝都フェザーン 仮宮

ラインハルト・フォン・ローエングラム

 

「とうとう来るべき日がきたという所でしょうが、いざこうなると判断に困りますね」

 

「そうだな。終戦から5年、遷都から2年。女帝陛下との結婚の儀も盛大に行い、人心は戦後に切り替わったと言えるが、判断に困る事は多い。伯も既に55歳を越えられたとはいえ、引退するにはまだ早いとも思えるが.....」

 

「ですが、建前は筋が通っております。確かに、財務尚書が御家を継いでいないとなれば、伯爵家の統括を認められていない者が、帝国のかじ取り役のひとりになるのはおかしくもあります」

 

困った表情をしながらお茶を用意するグリューネワルト伯爵となったキルヒアイスと話を進める。姉上との間には男子が生まれ、喜ばしい事に、新たな命の息吹も宿っている。女帝陛下にも懐妊の兆候があり、ヒルデガルド嬢も今では2児の母。膨張した帝国も確実に開発が進み、慶事が多い日々だった。忙しくも充実した日々を送っていた我々の悩みの元凶が、テーブルに置かれた封書だった。

 

「アルブレヒト殿も30歳、伯爵家を継いでも可笑しくないご年齢ですし、ルントシュテット伯爵家、シュタイエルマルク伯爵家、リューデリッツ伯爵家は、継爵も同じタイミングでなさいました。ディートハルト殿が軍務尚書になられるにあたり、継爵されることは既に許可しています。リューデリッツ伯爵家にのみ、それを認めないというのもおかしな話かと.....」

 

全く、伯の事だ。諸々の事情を鑑みた上で、断れないタイミングを計っておられたのだろうが、サンピエール男爵夫人との間に生まれた御子たちもまだ幼児。今更、子育てに目覚めたわけでもなし、隠棲するにはいささか早すぎるようにも思うが......。

 

「どちらにしても、女帝陛下のご意思は確認せねばなるまい。それと自治尚書の後任となるオーベルシュタイン男爵の意向もな。軍務次官が空くとなると、そちらの後任も考えねばならん。幸いな事に、軍人は層が厚いから後任に困る事は無いのが幸いだが.....」

 

「そうですね。政治面の適性を考えると、メックリンガー上級大将辺りが第一候補でしょうか?宇宙艦隊司令長官に内定しているミッターマイヤー元帥とも友誼のある方です。それに.....」

 

キルヒアイスは少し考えてから話を進める。

 

「おそらく、私たちの世代が作る明日を見る側に回りたいというお気持ちもあるのではないでしょうか?ご健在なうちなら、不測の事態があってもご助言も戴けましょうし.....」

 

「確かに、今まではリューデリッツ伯が敷いてくれたレールを歩んできた。だが、いつかは我々がレールを敷く側になる事を考えれば、いつまでも甘えている訳にもいかんか.....」

 

俺も、まもなく父親になる。皇配として、父親としてしっかり役割を果たせることを伯に示す必要もある。次代がきちんと育っている事を見れば、ご安心頂けるだろうしな。ただ、どういう感情なのだろうか......。俺は皇配である以上、選ばれる事は無いと分かっているが、伯に後任として推薦されたオーベルシュタイン男爵を羨ましく思う感情がある。

 

「惑星ウルヴァシーにはシェーンコップ男爵もおられます。男爵との兼ね合いも考えれば、オーベルシュタイン男爵以上の候補はいないでしょう」

 

フェザーンの治安維持と、仮宮の建設を終えたシェーンコップ男爵は、上級大将になったのを機に、フロンティアの治安維持部隊の長に転出された。本来なら左遷になるような人事を希望した事に、一部の軍人からは物議を醸したが、私たちには分かっていた。彼はあくまで伯に忠義を尽くすつもりなのだ。旧同盟市民と帝国からの入植者、星系によっては退役軍人が集中して入植した処もある。経済成長も著しく、人の出入りも激しい。民主共和政体の領域からの移民も、一時期の勢いは落ち着いたとはいえ、流入している。型通りの対応が通用しないだけに、シェーンコップ男爵のような型にとらわれない人材は、フロンティアの治安維持の責任者に適任だった。

 

「そう言えばシェーンコップ男爵の所も、まもなくのはずだな?シルバーカトラリーを用意せねばなるまい」

 

「はい。それにしてもシェーンコップ男爵は何かと話題になられますね。移民された方とご縁を結ばれるとは驚きました」

 

惑星ウルヴァシーに赴任したシェーンコップ男爵は、移民してきた元同盟軍人の女性と縁を結ばれた。今まで縁談をお断りされていたゾフィー様は、一時期かなりお怒りだったそうだ。それを「友好の懸け橋になる」と伯が宥めたらしい。当初は納得されていなかったそうだが、実際、移民が増えた事により、今ではご納得されたと聞く。

 

「あの方も天の邪鬼というか、困ったものだ。結婚を決めた理由が、結婚をせがまなかったからとはな。まあ、らしいと言えばらしいが」

 

結婚式には、陛下の名代として私も参加したが、ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ改め、ヴァレリー・フォン・シェーンコップ男爵夫人は、まだ宮廷作法に慣れていないご様子だった。そういう意味でも、帝都となったフェザーンより、ウルヴァシーの方が気楽なのかもしれないが。

 

「取り急ぎ、軍務省の方には連絡を入れておきましょう。オーベルシュタイン男爵もお忙しい方ですから」

 

端末を開いて、連絡を始めたキルヒアイス。シェーンコップ男爵同様、オーベルシュタイン男爵も伯に心酔している。後任に指名されたとなれば、断る事はしないだろう。経済の面で私の師でもある彼が、ウルヴァシーに行ってしまうのは惜しい気もするが、現在の自治尚書職は、財務尚書並みの重責でもある。他に果たし得るのはアルブレヒト殿くらいだろうが、彼は財務尚書になる。急速に発展しつつあるフロンティアで、リューデリッツ伯爵家の影響力が大きくなりすぎないようにと言う配慮なのだろう。予定を調整するキルヒアイスを横目に、俺はそんな事を考えていた。

 

 

宇宙歴802年 帝国歴493年 1月下旬

帝都フェザーン 仮宮

パウル・フォン・オーベルシュタイン

 

名実ともに皇配となったローエングラム伯とグリューネワルト伯との会談の場に続く廊下を歩きながら、年始にリューデリッツ伯から打診された事を私は思い出していた。

 

「パウル、自治尚書の後任に君を推薦したい。フロンティアの発展と民主主義政体との交渉に監視。やりがいは十分だろう。前例が通用しない部分もあるが、ワルターがその辺りは調整してくれる。ゲルラッハ子爵はフェザーンに戻すから、次官にしたい人間がいれば君から打診すればよい」

 

「大役を仰せつかり嬉しい気持ちもございますが、私に務まりますでしょうか?おっしゃる通り、前例のない事を臨機応変に対処するのは得意分野ではないのですが.....」

 

「その辺はワルターもいるし、臨機応変な対応が得意な人材を次官にしても良い。ある意味、私のせいで、パウルも軍に進んだようなものだからね。この辺りで本来の道に戻るのも良いと思ってね」

 

嬉し気に伯は話されるが、まだ話についていけていなかった。私はどうもこういう情緒に関連する事が苦手だ。戸惑う雰囲気が伝わったのだろう。

 

「すまないな。少し話が飛んだ。まあ、関わり方は少し違うが、今の自治尚書は言ってみればフロンティアの経営をするような役割だ。RC社が健在ならそちらに戻る事も出来たが、残念ながら帝国開発公社に統合してしまった。公社はシルヴァーベルヒとグルックがいる。財務尚書はアルブレヒトが就いてしまうからね。トップとしてそれなりのスケールの組織を経営するとなると、自治尚書の職しか残っていない。昔、自分なりに考えた事が、形になり、現実に動き出すのが楽しいって言っていただろう?」

 

そんな昔の事をまだ覚えておられたとは......。伯は師であり目標でもあるが、何より父親のような方だった。お役に立てる道を模索するうちに軍へ進むことになった。だが、本来志した道へ戻るきっかけを下さったのだ。断る理由もないし、余人が自治尚書の後任になるとしたら、それは忸怩たる思いがする。ならばお受けするしかないだろう。

 

「分かりました。では、謹んでそのお話をお受けしたいと存じます」

 

本来なら、尚書職の後任が事前に打診される事は無い。ただ、自治省は新設まもなく、権限も財務省にならんで巨大な組織だ。経済面の見識と大局観、そして民主共和政体との交渉に監視。それをこなせる人材は少なく、既に要職に就いている。現職の伯が推薦すれば、そのまま人事案が通るだろう。指定された貴賓室に到着し、ノックをする。返答を待って入室すると、ローエングラム伯とグリューネワルト伯が既に着席されていた。多めの宿題に四苦八苦していた彼らが、立派に帝国の中枢を担っている。そういう意味では私も歳をとったのかもしれない。

 

促されるままに席に付くと、グリューネワルト伯がお茶を用意してくれた。見事な手さばきは伯そのものだ。何やら寂しい気もするのは、自治尚書としてウルヴァシーに赴任する事を決めているからだろうか?

 

「男爵とゆっくりお茶を飲むのも久しぶりだな。戦争が終われば無聊をかこつ事になると思っていたが、発展を競う新しい戦争が始まった。本来なら私たちの経済の師でもある男爵には、フェザーンに居て欲しかったのだが.....」

 

「現在の自治省の役割を考えますと、後任候補はそう多くはございません。何かと癖のあるシェーンコップ男爵と折り合いながら、油断できない部下を統制する事になります。リューデリッツ伯もご自分が健在なうちに、後任を立てておきたいとお考えなのでしょう」

 

「そうか......。断る訳は無いと思っていたが、後任を引き受けてもらえるようだな。後は次官の人事だ。ゲルラッハ子爵も十分功績を立ててくれた。みそぎも済んだと判断して戻すつもりだ。希望はあるだろうか?」

 

「はい。フェルナー少将をと考えています。彼も大出征に貢献しましたが、周囲からはまだ外様と見られています。胆力もありますし、臨機応変な対応も出来る男です。自治次官として功績を立てれば、能力に応じた抜擢も可能でしょう。それにブラウンシュヴァイク・リッテンハイム両家も、彼が重職に就けば安心いたしましょう」

 

「そうだな。フェルナーも器用な男だし、このまま燻ぶらせておくには惜しい人材だ。男爵が引き受けてくれるなら安心して任せられる。併せてご裁可が得られるようにしておこう」

 

手元のカップを手に取って喉を潤すローエングラム伯。私もグリューネワルト伯も倣うようにカップを手に取った。お茶に関してはシェーンコップ男爵とグリューネワルト伯が弟子としては双璧だ。本心を言えば、人付き合いが苦手な私もお茶の流儀を覚えたかったが、人並み以上にはなれなかった。

 

「ローエングラム伯とも話していたのですが、伯は引退されるにはまだお早い気も致します。サンピエール男爵夫人とのお子様はまだ幼いとはいえ、育児に目覚めたとも思えません。何か今後のお考えを聞いておられないでしょうか?」

 

「おそらくですが、初心に戻られるのではないかと。私を自治尚書に推薦されたのも、軍人として進んできたキャリアを、当初の志であった経営に戻す意図があるとのことでした。伯爵家もアルブレヒト様にお譲り為されるとの事ですし、伯ご自身も下野されて事業を興すおつもりではないかと......。何かと軍人や政治家としてのキャリアは本意ではないと洩らしておられましたし」

 

「そうだったな。フロンティアは帝国内で一番人口が増えているエリアだし、成長著しい。伯からすればビジネスチャンスがそこら中に転がっているだろうからな」

 

思い至ったかのように苦笑する二人を見て、まだまだ先読みが甘いと思ったが、指摘は控えて置いた。拡大の一途を辿るフロンティアで、伯が好き勝手事業をしだしたら......。何も起きないはずは無いだろう。彼らももう帝国の重鎮なのだ。実地で学ぶのも大事な事だろう。

 

私の予想通り、自治尚書の引継ぎを終え、伯爵号をアルブレヒト様に譲られたザイトリッツ様は、由来は秘したまま、FRS社という会社を設立する。そして起業を志す臣民に対して、資金調達と管理部門の業務代行、そして事業計画のコンサルティングを開始した。その右腕として元同盟軍の軍人であるキャゼルヌ氏が頭角を現すことになるのは、もう少し先の話になる。




ザイトリッツ=Seydlitz

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