稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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144話:帝国歴503年 訃報

宇宙歴812年 帝国歴503年 11月8日 昼過ぎ

惑星ウルヴァシー FRS社 社長室

アレックス・キャゼルヌ

 

「想定通りというか、やはりフロンティアの発展はフェザーンからウルヴァシーの航路沿いとジャムシードからイゼルローンの航路沿いだな。副社長クラスの人材がもうひとりいてくれればな。だが、エルファシルではまだ旧同盟への感情は良くは無い。本当なら私がエルファシルに行ければ良いのだが.....」

 

「今、社長がウルヴァシーから離れるのは得策ではないでしょう。投資の方は自己資本で5割は回せるようになりましたが、出資されている方々は社長のお名前に資金を出している状況です。帝国ご出身の方で、経営に見識がある方がおられれば良いのですが.....」

 

ひょんな縁からFRS社に入社して10年。まさかあのリューデリッツ伯と働くことになるとは思わなかったが、同盟軍にいた頃が甘かったと思うくらい、激務の日々だった。もっとも顧客となった数千社を、間接的にだが経営するようなものだ。本来は経営者を志していた俺にとっては、多忙な日々だったとはいえ、楽しい日々だった。そして軍人としても、統治者としても多大な実績を上げた社長の本分が、事業家であることを感じる日々でもあった。初年度から黒字経営となり、今ではフロンティアでも有数の企業となったFRS社の副社長というのが、今の俺の肩書だ。

 

「君に並ぶ人材となるとなあ。既に要職に就いているし、そうでなくても自治尚書を辞める時に強引に押しきったからね。優秀な人材を引き抜くのは気が引ける。長年従士を務めてくれたパトリックならとも思うが、伯爵家の番頭役を動かす訳にもいかないからな」

 

経営視線を求められる実務に携わりながら実績を上げた人材。確かに拡大期にある帝国でそんな人材が放っておかれるはずはない。顧客の中には旧同盟市民もいるとは言え、帝国軍の退役兵も多い。既に俺がいる以上、旧同盟市民を幹部に迎えるのは躊躇われた。

 

「まあ、即戦力の確保は無理だろうな。顧客を数十社任せれば単年で数十年分の経営を疑似経験はできる訳だし、帝大や商科大の卒業生への勧誘を強めてみても良いかもしれないな」

 

一瞬、ハイネセン記念大学を卒業後にフェザーン商科大の大学院に進み、そのまま経済学の研究者になったユリアンに思い至った。娘のシャルロットも追いかける様にフェザーン商科大に進学し、シャルロットの卒業を期に結婚した。実務を経験するのは研究の側面からも好影響だと思うが、バーラト政府の政策補佐官として苦労するヤンの事を想うと、声をかけれずにいた。

 

「フェザーンにいる義息殿の事を考えたのかな?能力面を考えれば引っ張りたい気もするが、バーラト政府の領域は拡大期というより、衰退期だ。FRS社でした経験が活きるとは約束できないし、拡大期に持ち込むには大規模なテラフォーミングが必要になる。そんな予算を割くには、少なくとも30年はかかるだろうからな」

 

「本来なら、一度離脱を表明した星域に投資をしても良かったのですが、流石に裏切った星系に投資する政策は、民意が許しませんでしたから。それにしても30年もかかりますか?」

 

一緒に働きだして、社長の先読みの的確さは認識している。ただ、30年も衰退期が続くと言われると、外に出てしまった自分に罪悪感を覚える。今の充実した日々がそうさせるのだろうか?

 

「副社長、むしろエドワーズ議長とヤン補佐官は良くやっているよ。安全保障費という足枷、最適な判断をしたくても、邪魔する民意。何かと無理難題を押し付けて来る癖に自治にこだわる地方星系。企業経営と違って不採算部門を切り捨てる訳にもいかないし、破産も出来ない。本当は100年は衰退期にする予定だったが、半分の期間で立て直す事になる。彼らが政界を引退したら、それこそ招聘したい人材だね」

 

そういう意味では、バーラト政府は帝国に貢献していると言えるのだろう。毎年巨額の安全保障費を納めるだけでなく、彼らの奮闘が帝国の統治を緊張感ある物にしている。我儘ばかり言っている地方星系に帝国政府のつめの垢でも飲ませてやりたい所だが......。そう素直に思えるあたり、俺も臣民としての生活に慣れつつあるのだろうか?

 

「そう言えば、今夜はアッテンボロー記者と会食するのだったね?いつか私の取材もよろしくと添えておいてくれればありがたい。文言がすこし過激な所があるが、切り口が斬新だ。私も読者のひとりなのでね」

 

フロンティアを始め、各地の星系を回りながら、それが民主共和政体の星系だろうと実情を辛口な記事にするアッテンボローは、万人受けはしない物の一部熱狂的なファンを獲得している。退役軍人会の予算の足しに出来ればと、ビュコック提督が書いた回顧録を社長に売りこんだのもアッテンボローだ。帝国語に翻訳され、書店に並んだし、おととしにはローザス提督の回顧録も翻訳され出版された。俺自身は、重役として顔つなぎをした手前、社長に顔を立ててもらったと思っている。臣民として生きていく覚悟を決めたのも、あの時だったかもしれない。

 

「リップサービスでもそんな事を言えば、喜び勇んで飛んでくるでしょう。ただ、社長の予定を把握している私としては、取材はもう少し人材が育って、余裕が出てからにして頂きたいですね」

 

「それもそうだ。まあ、いつか副社長も取材を受けるだろう。その時は、変に気を遣わずに正直に答えてあげたらいい。時代の節目に生きた人間にしか、語れない事もあるだろうからね」

 

そう言いながらお茶を飲む社長に一礼して、社長室を後にする。この後は3件、事業計画の相談が入っている。最後の案件はポプランとコーネフが立ち上げた運送会社だけに気が抜けない。オルタンスと夕食を共にするのは無理そうだ。この時、俺はこの会話が社長との最後の会話になる事を知る由もなかった。

 

 

 

宇宙歴812年 帝国歴503年 11月8日 夕刻

惑星ウルヴァシー 歓楽街

ドミニク・フォン・サンピエール

 

「ここに来ると動向指数なんて資料じゃなく、生の景気が分かるから不思議と嬉しくなる」

 

「貴方?紳士淑女方が喜んでお金を落とす仕組みを作った仕掛け人の事もちゃんと褒めて下さらないと」

 

夫はここに来ると本当に嬉し気な表情になる。拗ねて見せるのも半分は演技だ。この歓楽街は文字通りゼロから私が造り上げた物だが、この歓楽街に活気があるだけでは嬉しさは感じない。この歓楽街に活気がある事を自分の目で見て、フロンティアが確実に経済成長している事を喜ぶ夫の表情を見る事が、ウルヴァシーに拠点を移してからの私の喜びだった。

 

「分かってはいるがなあ......。それを褒めだしたらドミニクをFRS社に引き抜きたくなる。でもそれをしたらこの光景は見れなくなる。私なりの悩みどころなんだよ」

 

少し困った表情をする夫。結婚してからは伯爵としてではなく一人の男性としての表情も見せてくれた。2人の息子にも恵まれたが、男爵家を継ぐ以上、貴族としての教育も必要だった。リューデリッツ伯アルブレヒト様のご三男と歳が近かったこともあり、2人とも10歳になったのを機に、フェザーンの本家で養育してもらっている。

帝国貴族として生きていく以上、貴族同士のつながりは不可欠だ。残念ながらそれはウルヴァシーでは手に入らない。付いて行きたい気持ちもあったが、私が第二夫人になれたのは、第一夫人のゾフィー様がフェザーンを離れられないからでもある。息子たちの養育も引きうけて頂いた以上、私だけに許された夫の身の回りの世話をする特権を、蔑ろにするつもりは無かった。

 

「宇宙に名高いあのザイトリッツのお眼鏡に適うとなれば、私もやっと経営者として一人前という所かしら。それはそれで嬉しい気もします。そんな人材は男性を含めてもそんなにいませんものね」

 

「そういう意味では、娶った妻が2人とも才女だったことになるな。本当にすごい縁だ。一人は食糧生産効率で、ひとりは歓楽街の経営で、臣民たちを笑顔にしてくれた。100万の敵を屠ることなどより、どんなに生産的で素晴らしい事か......。案外、私の最大の功績は、君たちを娶った事かも知れないな」

 

そしてたまに心を溶かすような事をさらりと言う。第二夫人になる前に、ゾフィー様と交わした内容を思い出す。あの方も、農学を専門にしながら、それで身を立てられるとは思っていなかった。種苗事業を任され、なんやかんやと褒められるうちに、帝国でトップシェアにしてしまった。私もそう。あのままフェザーンの歓楽街の一角を仕切っていても良かった。ただ、ゼロから歓楽街を作れるという夫の誘い文句に乗せられて、気づけば15年。あっという間だった。

 

二人でレオを楽しみながら、歓楽街の活気に目を向ける。この習慣は、ウルヴァシーに移ってから始まったが、夫のお酌のタイミングが絶妙な事に気づいたのもこの習慣を始めてからだった。

 

「最近、レオを売り出すために先帝陛下やグリンメルスハウゼン子爵とあれやこれやしていた時の事を、良く思い出す。あの時はなぜ協力してくれるのか?考えなかったが、もしかしたら後進の努力を少しでも形にしてやりたい......。と思っておられたのかもしれない。がむしゃらな顧客たちの夢をかなえてあげたいと思う側になったかもしれないがね」

 

故人となったお二人を偲ぶように、レオの入ったグラスに懐かし気な視線を向ける夫。この酒がなければ、RC社も存在しなかっただろうし、帝国と同盟の国力差もここまで開くことは無かった。宇宙に新しい秩序をつくるきっかけになった酒。そんな酒を最愛の人と楽しめる私は、十分幸せだろう。静かに二人の時間を楽しんでいたが、いつもより早めの時間に、夫は邸宅へ戻ると言い出した。

 

「最近、飛びまわっていたからかな?どうも酔いが回るのが早い気がする。私の為に役目を疎かにするのは止めてくれ。そう言うのは好みじゃないのは知っているだろう?」

 

口づけを交わしてから、待機していたハイヤーに夫を乗せ、見送る。今思えば、予感のような物を感じていたのかもしれない。小さくなっていくハイヤーのテールランプを見て、久しく感じていなかった寂しさのような物を感じた記憶がある。それを振り払うかのように、私は支配人室へ戻った。

 

夫を乗せたハイヤーは、歓楽街を出て高級住宅街へむかう途中で、好景気の影響で超過勤務となり、居眠り運転をしたトラックと衝突。頭を強打した事で、外傷は無かったものの、数日後に亡くなった。享年66歳。司法省に預けられた遺言書には、フロンティアの発展を見守る為に、ウルヴァシーに埋葬して欲しい事。膨張した帝国には、国政を引退した老人の死を嘆く時間は無い為、国葬などは無用に願いたいこと。墓碑銘は「臣民に今日より良き明日を」を希望する旨が書かれていた。

最初と最後の項目は守られたが、女帝陛下の強い意向で国葬が営まれることになる。また、11月8日が臣民の休日となるのだが、それは別の話になるだろう。




次が最終話ですが、月曜日に最終話はキリが悪いので合わせて公開します。

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