稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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最終話:帝国歴533年 良き明日へ

宇宙歴842年 帝国歴533年 11月8日 朝

首都星ハイネセン シルバーブリッジ

ユリアン・ミンツ

 

「嬉しいニュースです。本日、バーラト政府発足後、初めてのテラフォーミング事業がスタートしました。テラフォーミングが完了するのは3年後ですが、技術者を中心に段階的に植民が開始されることになります。この快挙に、市民たちは喜びの声を上げています」

 

付けていたモニターからキャスターの嬉し気な声が漏れてくる。明るいニュースが少ない中で、何とか良いニュースを伝えたいのだろう。それならなぜ旧同盟時代に居住可能惑星すら放置していたんだろう?と言う、素朴な疑問が浮かぶ。

 

「貴方?また、難しい顔をしているわ。朝からそんな顔をしていたら一日持ちませんよ?」

 

シャルロットが朝食を並べるのを横目に、紅茶の用意をする。新婚時代からと言うより、義父の家でお世話になっていた頃から、紅茶を入れるのは僕の仕事だった。それは家族が増えてからも変わらなかったが、僕らの子供は2人とも既に独り立ちしている。両親に倣うように進学先はフェザーンを選び、フロンティアで就職した子供たち。寂しくないと言えば嘘になるが、僕の気持ちを押し付ける訳にもいかないだろう。僕自身も35歳までフェザーン商科大で教鞭を取っていた。ハイネセン記念大学に助教授として招聘された時も、いつかハイネセンに戻りたいと言う気持ちがなければ、話を受けなかったと思う。

 

「やっと大規模な開発事業に予算を割けるようになったのね。ヤンおじ様の悲願だったもの。フレデリカさんにお声がけして、一度ご報告に上がらないといけないわね」

 

「そうしてくれるかい?きっとフレデリカさんも喜ぶよ。どうせなら義母さんも誘ってみたらいい。女性陣で昔話をするのも良いんじゃないかな?」

 

「貴方?女性に昔話を勧めるなんて......。私はともかくフレデリカさんや母さんに漏れたら叱られますよ」

 

「すまない。今の話は忘れて欲しい」

 

一本取ったと嬉しそうなシャルロットを横目に、朝食を口に運ぶ。妹のような存在だったシャルロットは、気が付けば恋人になり、妻になり、母になっていた。昔は甘えてくれたものだが、今となっては我が家の女帝陛下だ。口ではまず勝てない。

 

機嫌を取る意味で、シャルロットのカップに紅茶を注ぎながら、僕はヤン提督の事を考えていた。第一次エドワーズ内閣で政策補佐官になって以来、政府のブレーンのひとりとして、中長期計画策定や、帝国自治省との交渉に奔走された。65歳で身を引くまで、軍人の時以上の激務をこなされていたと思う。退役する以前は、何かとボヤいておられたが、政治の世界に入ってからはそう言う事も控えておられたのだと思う。ただ、個人的には不本意なことが多かったのではないかと思っている。フロンティアを始め、帝国はこの45年、とんでもないスピードで経済成長を進めた。その一方で、バーラト政府はようやく第一歩を踏み出した有り様だ。

 

ヤン提督は歩みは遅いかもしれないが自分たちの努力で明日を良いものにできる方が良いとお考えだった。ただ、フェザーンにいた期間が長かった僕から見ると、ずっと足踏みしているように見えていた。民主共和制の悪い所が出てしまった......。と言うべきだろうか?終戦前後の混乱によって生まれた星系間の溝は、結局今も埋まっていない。

 

テラフォーミングをわざわざする位なら、エリューセラやタナトス星域の統合予算としても良かった。でもバーラト政府はテラフォーミング事業を優先した。帝国に課された安全保障費の負担割合を巡る議論は、毎年恒例の物となっている。各星系は少しでも負担を減らそうと躍起になるあまり不和となり、協力すべき相手のはずが、負担を押し付けてくる憎むべき存在になっている。

 

既にタッシリとロフォーテン星域は、帝国政府に懇願する形で併合された。このままでいくとタナトスとエリューセラも危ないと思うが、憎むべき相手に予算を割く位なら、自前でテラフォーミングする事を選んだ訳だ。閉塞感のある民主共和政体の領域からは、若年層がどんどん流出している。成績次第では、学費どころか生活費まで無料になる帝国に向かえば、今日より良き明日を確実に迎える事が出来る。戦争に敗北して45年、経済という戦場に舞台を変えた戦争も、民主共和制体はじわじわと敗戦しつつあると言った感じだ。

 

「年末には、久しぶりにフェザーンに行ってみましょうか?孫の顔も見たいし、ヤン家の2人とも大分会っていないし.....」

 

「それも良いかもしれないね。僕も久しぶりにフェザーンを見て回りたい」

 

シャルロットは嬉しそうに「旅行会社に相談してみるわ」と応じた。ヤン提督とフレデリカさんの間に生まれた2人の弟たちは、フェザーンに進学後、コーネフさんの下で働き、今では独立商人になっている。帝国内にビジネスチャンスはいくらでも転がっている以上、閉塞感のあるバーラト星系に、戻る必要性は無かった。ヤン提督も寂しかったと思うが、僕と同じように、自分の考えを押し付ける事はされなかった。

 

「もうこんな時間か。ご馳走様。行ってくるよ」

 

玄関に向かい、教授として籍を置くハイネセン記念大学へ向かう。シャルロットはコートを羽織るのをサポートし、いつものように門扉まで見送ってくれる。

 

「次のニュースです。即位40年目に生前退位された先帝陛下が、帝国各地に視察に赴くことを発表されたのは先月の事です。初めの視察先となったウルヴァシーに、今日、先帝陛下が到着されます。ウルヴァシーは帝国との和平条約が結ばれた場所でもあり.....」

 

僕はキャスターのそんな声を聴きながらドアを開けた。

 

 

 

宇宙歴842年 帝国歴533年 11月8日 夕方

惑星ウルヴァシー 霊園の入口

ザイトリッツ・ポプラン(14歳)

 

「それにしても、あのお爺さんが先々代のシェーンコップ男爵だったなんて知らなかったわ。いつもはちょい悪な感じだけど、ちゃんと礼装を来たらびしっとしてたし、明日から大変なんじゃないかしら?」

 

「うん。みんなビックリしていたからね。僕も、あのおじいさんが、まさかあのシェーンコップ男爵だとは思わなかったよ」

 

「すごいわよね。主君と見定めた方がお亡くなりになられてからも忠義を尽くす。貴方も名前だけはザイトリッツなんだから、そんな大人になれるように頑張ってよね。それにしても先帝陛下がわざわざお墓参りに来られるなんて、ほんとにすごいわ」

 

「うん。分かっているよアンネローゼ.....」

 

隣に住むコーネフ家の同い年のアンネローゼは僕の幼馴染だ。もともとお互いの爺ちゃんたちが戦友で、一緒に旧同盟から移住して以来、家族ぐるみの付き合いをしている。そして母さんと同じように、僕の名前をいじって来るのも今更の話だ。僕の名前の由来になっているザイトリッツ・フォン・リューデリッツ様は、初代自治尚書としてウルヴァシーの開発に尽力された方だ。軍人としても事業家としても実績を上げた人だし、尊敬はしているけど、見習えと言われても難しい。

 

そして、僕がザイトリッツと名付けられた本当の理由も、父さんたちがお酒を飲んでいる時に零したのを僕は聞いている。僕の爺ちゃんは変わった人で、ザイトリッツと呼び捨てにしてみたいという理由で、男の子が生まれたら、そう名付けるつもりだった。でも残念なことに女の子ばかり生まれた為、最初の男孫にザイトリッツと名付ける様に命じたらしい。

 

当の本人は、また生きている。でも僕が生まれた頃に事業拡大の為にエルファシルに移住した。数年に一度、呼び捨てにされるために偉大な人物の名前を付けられた孫の苦労など素知らぬ感じだ。もっとも詫びのつもりか小遣いを弾んてくれるので、僕としても不満は無いのだけれど......。

 

「どうしたの?淑女の荷物を持つのは紳士としてのマナーよ?」

 

自分だけスタスタと進みながら嬉しそうな様子のアンネローゼ。マナーを理由に荷物を押し付けるなら、もっと淑女らしくしてほしい。そうでなくても、ザイトリッツ様が眠る霊園から家まではかなり距離がある。学校までの2倍くらいだろうか?折角だから歩いて帰ろうって誘ったのはアンネローゼなのに......。

 

「それにしても、先帝陛下もお元気そうで良かったわね。皇配のローエングラム伯がお亡くなりになられて、気落ちされているって噂もあったし、心配していたの」

 

嬉しそうに話すアンネローゼ。何しろ彼女は大の帝室ファンだ。と言うのも、彼女の名前の由来が先代のグリューネワルト伯爵夫人にあやかった物だから。本物のアンネローゼ様は、美しいだけでなく、お優しい方だと聞く。こっちのアンネローゼも外見だけじゃなく、中身も似てくれれば良かったのに......。

 

「ザイトリッツ?また良からぬ事を考えていたんじゃない?」

 

「そんな事ないよ?ほら、お墓の横の像の事を考えていたんだ。あれってモデルが非公開のままだからさ.....」

 

「そう、なら良いのだけど.....」

 

何とかごまかせたけど、アンネローゼは変に勘が鋭いんだ。一度、本物と違って優しくないって洩らしたら、一週間、口をきいてくれなかった。機嫌が直るまで毎日通学路にあるマリーさんのクレープ屋で奢る羽目になった。それ以来、僕は口は禍の元って格言を旨としている。

 

「確かに、どれがザイトリッツ様なのか分からないのよね。年代によって、どれもザイトリッツ様になり得るし.....」

 

ザイトリッツ様の墓石の横にある像は、少年・青年・中年の3人が卓を囲んで会食している物だ。モデルは明らかにされていないので、どの像をザイトリッツ様にするかで、残りの2人が変わる。見る人の年齢によって見え方が変わる様に作られた。なんて説もあるくらいだ。

 

「話は変わるけど、進路はフェザーン商科大にするんでしょ?私も商科大だから、安心してね」

 

「そうなんだ。それは安心だよ......」

 

何を安心すればよいのか分からなかったが、安心しておいた。僕らがフェザーン商科大の最終学年になった時、ディートリンデ1世陛下の御即位50年を記念して、機密指定文書が公開された。その中にあるグリンメルスハウゼン文書と、この像から着想して「世直し陛下の事件簿」という小説を、僕は書くことになる。作家となった僕は、公私ともにアンネローゼにマネジメントされるのだが、それはまた別の話にしたい。

 

 

 

宇宙歴842年 帝国歴533年 11月9日 昼

惑星ウルヴァシー 軌道上 ブリュンヒルト 貴賓室

ディートリンデ・フォン・ゴールデンバウム

 

「何かあればお声がけください」

 

お茶の用意を整えた女官が、一礼して貴賓室から出ていく。室内の照明は抑えめにしてもらった。備え付けられたモニターが映す惑星ウルヴァシーが少しずつ小さくなっていく。資料では知っていたが、実際この目でみれて良かった。何も知らなければ、45年前には駐留基地しかなかったとは誰も思わない。そして私の後見人にもちゃんと報告が出来た。

宮内省は私が帝国各地を視察する事に難色を示したが、既に帝位は譲っているのだ。そう遠くないうちに、伯やラインハルト様の待つあちらに私も向かう事になるだろう。そう思ったとき、ちゃんとご報告する為にも、自分の目で、帝国を見ておきたいと思った。

 

「ラインハルト様が一緒じゃない事に、貴女は怒っているかもしれないわね」

 

ソファーを撫でながら、御用船にしたブリュンヒルトに話しかける。本来の主は既に亡く、旧式艦でもあるので、御用船にする事に反対意見もあった。でも、この視察は、私とラインハルト様の歩んできた道の確認でもある。他の船を御用船にする選択肢は無かった。

 

「用意されたレールを走って10年、見守られながら10年......。でもそこから20年は、貴女の主と一緒に走り続けてきたのよ?後見する側に回って5年、そろそろ次代に任せて良い時期だもの.....」

 

自分に言い聞かせる様に話をする。思えば遠くまで来たものだ。戴冠した時はただの小娘だった。いつの間にやら孫まででき。婚約の話まで出ている。守られる側から守る側にもなった。振り返ればあっという間だったが、45年と言う月日は、人間の命の営みとしてはかなりの期間だ。戴冠式の日の事も、結婚式の日の事も、昨日の事のように思いだせる。随分昔の事なのが不思議な位だ。そして、ラインハルト様との最後の日の事も......。

 

「陛下、貴方を一人にしてしまう私を許してほしい。どこまでも一緒に歩むつもりだったが、ここまでのようだ.....」

 

「皇配殿......。何を弱気な事を.....」

 

病に倒れたラインハルト様の手は、私が知っている力強さも温かさも失われていた。即位40年の式典が終わった頃から体調を崩し、床に臥せる状態になった。典医たちが治療にあたったが、原因は分からずじまい。数ヵ月の治療は気休めにしかならなかった。

 

「戴冠40年の式典で、これからの帝国は盤石だと確信できた。そこから急に力が抜けてしまった。情けない事だ。本来ならこの目で見て、ちゃんと報告できる準備をしておくべきであったのに.....」

 

この時、悔し気にラインハルト様がつぶやかれた事が、今考えれば、国内を自分の目で見ておきたいと思った要因だったのかもしれない。そして夫婦である以上、言葉にはされなかったが、ラインハルト様があちらに行きたがっていた事も感じていた。帝国は加速度的に発展し、体制も盤石なものになっていく。将来を託された事への責任感から、共に走り続けてきてくれた。

 

ただ、あちらに行くのが遅くなれば、父や伯たちがヴァルハラを開発し切ってしまい、ご自分の役割が無くなってしまうのではないか......。めったに冗談を言わないラインハルト様が、ポロリと零した事がある。冗談だったかのように誤魔化していたが、年齢を重ねるにつれて、被後見人ではなく、盟友になりたかったという思いが強くなっていたようだった。

 

「現世の帝国は、あれから毎日、良き明日を迎えられている。少なくとも数百年は大丈夫でしょう。でも、私は殿方たちとは違う。少しでも旅立ちを遅くして、あの方たちが発展させたヴァルハラで、のんびりさせてもらうつもり。銀河の発展という重責を押し付けたのだもの。それ位の我儘は許して頂きたいわ」

 

カップを手に取り、お茶でのどを潤す。あの方が入れてくれたお茶をまた飲めると思えば、旅立つのも悪くは無い。でも、その前にちゃんと帝国を見ておきたい。モニターに目を向けると、惑星ウルヴァシーはもう光点の一つになりつつあった。光点の一つひとつに臣民たちの営みがあり、彼らの明日をより良きものにする。帝国がいつまで続くのかは分からない。ただ、臣民たちの明日が、今日より良きものになるように願いながら、モニターに映る星々を、私は眺めていた。




投稿開始から144日、初期からお付き合い頂いた方も、最近お付き合いを始めた方も、完結までお付き合い頂き、ありがとうございました。145話で〆るか、150話まで進めるか迷いましたが、間延びしそうなので、これで完結とします。
投稿開始以来、予想外の反響を頂き、ありがとうございました。移民も大きな決断でしたが、温かく迎えて頂き、心強かったです。誤字報告を頂いた多くの方にも感謝しています。(本来少ない方が良い事なのですが......)走り切れたのも、読者の皆様の応援のおかげだと思います。ありがとうございました。完走祝いのポチっとなもお待ちしています(笑)

※某百科事典みたいなものをおまけで作成しています。ご確認頂ければ幸いです。

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