稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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16話:捕虜交換の余波

宇宙暦753年 帝国暦444年 12月上旬

オーディン ルントシュテット邸

ザイトリッツ・フォン・ルントシュテット

 

年末年始をオーディンで家族揃って過ごすのがルントシュテット家の定例になりつつあるが、今年は早めにオーディンに向かった。というのも、褒美として願った捕虜交換が思わぬ方向に転がりだしたからだ。

 

捕虜交換自体はうまくいった。ルントシュテット家も生産量が増加した麦を材料に多めに醸造したビールを差し入れしたりして、捕虜の慰撫に務めていたが、案の定、派閥を組んで調子に乗っている連中が勝手なことをしようとした。

 

それ自体は兄貴たちを通じて陛下が釘をさしてくれたので防ぐことが出来たが、面白くなかったらしい。そこに造船利権を独占していた連中が加わり、帰還兵たちへの批判を始めたのだ。奴らの主張は叛乱軍に下るとは臣民としての資格がないとかいう物だが、背景に予想以上に帰還兵や戦死者の家族が農奴になっていた事があり、あわよくば降伏した事を罪として、農奴に落とそうという思惑らしい。そうなれば、農奴を解放する必要もなくなり、さらに農奴を増やせるという狙いのようだ。

 

この思惑に対しては、軍に近い貴族は団結して事態の収拾に務めた。こんなことがまかり通れば兵士たちに死ぬまで闘う事を強いることになるし、そんな命令が出せる訳もない。

また、ここで帰還兵を守らなければ、命を賭けて戦っても国は自分たちを見捨てると判断されるだろう。そうなれば軍は崩壊しかねない。

 

軍トップの軍務尚書直々に走り回った結果、なんとか帰還兵たちには御咎めなしとなったが、奴らの強欲さは際限という物がない。何やら暗躍しているらしく、それに怯えた帰還兵の責任者とこれから面談することになっている。今回の捕虜交換の発端は我らがザイ坊なので、最後まで面倒を見てくれという所だろうか。

 

父上と一緒に遊戯室で待っていると、メイドが到着を知らせてきた。

しばらくすると35歳位の男性が入ってきた。

 

「お初にお目にかかります。ルントシュテット伯。ケーフェンヒラー男爵と申します。帰還兵の代表を務めております。捕虜交換にご尽力頂いた件、誠にありがとうございました。ご子息のザイトリッツ様ですね。重ねてになりますが帰還兵を代表して御礼申し上げます」

 

「男爵。頭をあげてくれ。それでは話も出来ぬ。発案は愚息のザイトリッツだが、其方は父上に従ってくれた者たちの一人だ。父は戦死したが、不自由な生活を強いているのは心苦しかったのも事実だ。本来ならもっと早く捕虜交換を実現させるべきだった。待たせてしまい申し訳ない」

 

そんな貴族同士のやり取りが続く。

ケーフェンヒラー男爵は、爺さまとも親交があったようだ。あの会戦の前の爺さまの様子なんかも話題になっていた。男爵は結構まともな感じだ。誠実そうな雰囲気だがどこか陰がある。捕虜としての生活が8年近く続いたのだ。心労がまだ残っているのだろう。

 

さてと、そろそろ本題が始まる頃合いだろうけど一応、軍部は全力で帰還兵を守る姿勢だから余程の事でもない限り大丈夫だと思うが。

 

「実は、帰還兵の一部が共和思想犯の嫌疑で社会秩序維持局からかなり強引な捜査を受けておりまして。捜査対象者は帰還兵の中でも家族が農奴に落ちている者で家族も社会秩序維持局に押さえられているようです。実質、人質にされているようなものなので取り調べもやりたい放題ですからどうしたものかと」

 

これはうまい手だ。というかあいつらって本当に強欲だよな。勅命なのにここまで蔑ろにできるものなのだろうか。

 

「うーむ。思想犯として有罪にされればさすがに軍も守り切ることが難しくなるがどうしたものか。なにか取引材料があればとは思うが......」

 

「先代のルントシュテット伯から少し聞いていたのですがミヒャールゼン提督暗殺事件の件は非公式にはどこまで調査されておりますでしょうか。社会秩序維持局との交渉材料に使えればとも考えていたのですが」

 

「あの件は私も詳しくは知らないのだが、社会秩序維持局の失態以上に、軍の落ち度が大きくなるから取引材料にするには厳しいかもしれんな」

 

ふむふむ。ネタはあるけど弱いってことかな。ただ、家族も容疑者扱いで捕らえたのは、強引に取り調べる為だろうが、悪手でもあるんだよね。

 

「父上、この件は殿下にもご相談した方がよろしいのではないでしょうか。内々にこの後、レオの件でご報告に上がる予定でした。お忍びでとのお約束なので父上にご同席頂くのは難しい状況なのですが」

 

「お前はまたそのようなことを。殿下は気さくな方だが、そこに甘える様な事があってはならんぞ!」

 

父上から久しぶりに釘を刺された。

俺が急に発言したので、男爵は少し驚いたようだ。

 

「男爵、当家で新しく作った酒の差配を殿下にお願いしているのです。そのご縁で、御傍でお話を伺う機会があるのです」

 

男爵は少し考え込んでいたが、

 

「そうなのですか。ザイトリッツ様、その場に私は同席してはいけませんでしょうか。帰還兵代表として、顛末は確かめておきたいので」

 

おおう。そこまで責任感じているのかあ。

まあ、約束事を守ってくれれば問題ないけど。

 

「お忍びである事をご留意頂ければ大丈夫だとは思いますが」

 

「男爵、お忍びだなどと言って、ザイトリッツは私に隠れて色々とやっているようなのだ。殿下に甘えすぎることがない様、お目付け役をお願いできればありがたい」

 

うすうす何か勘づいてるのかなあ。

まあいいか。

 

「では、もう少ししたら出ますのでこちらでお待ちください」

 

どうしたものか。今日は事前にコルネリアス兄上に同席をお願いしていたが......。堅物だと厳しいが腹黒なら何とか合わせるだろうけど。そうこうしているうちに車の用意が整ったようだ。どこからともなくコルネリアス兄上がニコニコしながらあらわれた。

 

「ケーフェンヒラー男爵、ルントシュテット伯が次男、コルネリアスでございます。同乗させて頂きますがよろしくお願いいたします」

 

挨拶まで始めたよ。ほんとは俺が紹介するのがマナーなんだけど、紹介されないと置いて行かれる可能性があるから先手を打った感じだな。と言う訳でいつもの飲み屋街へ地上車で向かう。あのルールを事前に説明しとかないとな。

 

「ケーフェンヒラー男爵、お忍びで殿下と会う際にはあるルールがございます。失礼ですが、普段なにかあだ名とかで呼ばれたりすることはございますか?」

 

「あだ名ですか?うーむ。階級は大佐でしたが如何とも」

 

「左様ですか。殿下の呼び名はご自分で紹介されるでしょうが、お忍びの場では私の事はザイ坊、コルネリアス兄上の事は腹黒、運転している従士はフランツと言いますが右腕と呼んでください」

 

「はあ、ザイ坊、腹黒、右腕ですか......」

 

「あと、呼び名は私が決めることになっていますので男爵の呼び名も私が決めることになりますが宜しいですか?」

 

男爵は困り顔だが、了承してくれた。

ここは勢いに任せて流れでいってしまおう。

 

「では男爵の呼び名ですが、お人よしとします」

 

お人よしが決まったころに飲み屋街についた。いつものマスターの店に入る。今日は2階を貸しきりにしてあるはずだ。フランツには階段で待機してもらう。個室に入るといつも通り兄貴と叔父貴が酒を飲んでいた。始めたばかりのようだ。

 

「おお、ザイ坊。今日は腹黒も一緒か。新顔もおるようじゃな、私は兄貴、こっちは叔父貴だ。ザイ坊、新顔は何と申す?」

 

「兄貴、新顔はお人よしだよ。自分の利益にもならないのに責任を抱え込むまともな方です」

 

「ほほう、お人よしか。この会に参加する資格はあるようじゃな」

 

などと、言いながらお酒を飲み始めた。俺はスッとイスに座って兄貴と叔父貴にお酌をする。

 

「あっ。兄貴、お人よしはレオを飲んだことないはずだから、良ければ飲ませてあげてよ」と振ると

 

「それは人生を損しておるな。美酒と美食を楽しむが良い」

 

などと言いながら、レオをお人よしのグラスに注ぐ。男爵もどうしたものか困っていたが

 

「は。このお人よし、兄貴の美酒を心して味わいまする」

 

などと言いながらこの場を楽しみだした。腹黒も自然に料理を食べながら、お酌を始めた。しばらくは近況をお互いに話しあう。

 

俺は自領で新しく始めた取り組みなどを、兄貴はレオをうまく売りさばいている件について話してくれた。長期熟成酒の件もフリードリヒコレクションと命名する確約を得た。そろそろ本題に入る頃合いかと思い出したら

 

「ザイ坊よ。陛下のご恩情をかなり強引な手段で無にしようとしている輩の件も相談が必要なのではないかな?」

 

と、兄貴が切り出した。叔父貴もうなずいている。

 

「そうなんだよね。お人よしもそれを心配して相談に来たんだよ。まあ、こういうのは叔父貴が得意かと思うんだけど、強引な連中は順番を勘違いしてるみたいだからその辺を煽ればなんとかなると思うんだけど」

 

俺がそういうと叔父貴は少し嬉しそうな表情をし、お人よしはビックリしている様だ。兄貴はすこし悪そうな笑いをしながら

 

「では、その勘違いとやらを話してくれるかな?ザイ坊よ」

 

といいつつ、グラスを傾けた。

俺はお酌をしてから話を続ける。

 

「今回は帰還兵だけでなく、農奴となっていた彼らの家族も容疑者となっておりますが、農奴の容疑者の数はすごい数になります。という事は、今回逮捕された農奴がいた地域に共和主義者がまだいる可能性があります。

また、恐れ多くも陛下から領地を任されながら多数の思想犯が生まれるような領地経営をするようでは、領地経営を任せ続ける事はできますまい。まさかとは思いますが、領主自身が共和主義に染まっている可能性もございます。そうではございませんか?」

 

俺がそこまで話すと兄貴と叔父貴はニコニコしだしたし、お人よしはハンカチで汗を拭った。

 

「このお話を陛下にするか、お調子者のボスに話すかは兄貴と叔父貴のご判断かと」

 

「うむ。ザイ坊はしつけの才能もあるようじゃな。確認だがルントシュテット領では1000万人は新たに領民を養う余地はあると考えて良いのかな?」

 

「問題ないよ兄貴。ただ、住まいを決めて職を決める位の期間の生活費位は持ってきてもらえると嬉しいかなあ」

 

というと兄貴は笑い声をあげた。これで社会秩序維持局への対応は大丈夫だろう。お人よしの方に視線を向けるとホッとした様子だった。

 

そろそろお暇する時間だ。落としどころが決まったら一報入れようという兄貴にお礼を言って、俺たちは店を出た。地上車でケーフェンヒラー男爵を滞在先だというホテルに送る。降車する際に

 

「男爵、お忍びの件はご内密にお願いします。一先ず、ご安心頂けそうで私もホッとしました」

 

「いえ、この度のご配慮ありがとうございました。ルントシュテット伯にもよろしくお伝えください」

 

男爵は一度頭を下げるとロビーに入っていった。

 

「しつけは僕も得意だと思っていたけど、ザイトリッツは駄々っ子のしつけが上手だねえ」

 

と、腹黒からは言われた。

早く帰って晩餐を楽しみたい。


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