稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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17話:お人よしの独白

宇宙暦753年 帝国暦444年 12月上旬

オーディン 帝国ホテル 508号室

クリストフ・フォン・ケーフェンヒラー

 

フリードリヒ殿下との想定外の会食を終えルントシュテット伯のご次男、ご三男に滞在先のホテルまで送ってもらったあと、私はルームサービスで酒とつまみを頼み、部屋で一人、盃を傾けていた。

 

今年は私の人生の中でも事が多い一年だった。人生で一番忘れがたい出来事と言えば、第二次ティアマト会戦で乗船していたコーゼル大将の艦隊旗艦が被弾し、叛乱軍が降伏勧告をしつつ近づいてきた時だろうか。ちょうど8年前の私は、死ぬつもりで志願した軍で、予想外の昇進をし、情報参謀のひとりとしてあの会戦に参加していた。

 

ツィーデン元帥との友誼を理由に参加された先代ルントシュテット伯のお孫様に救って頂く事になるとは、あの時は夢にも思っていなかった。縁とはどこでつながるか分からないものだ。

 

先代ルントシュテット伯のレオンハルト様は、気さくで配慮を欠かさない人物だった。私は地方行政を専門にしていた官僚であったが、妻の浮気を機に今までの人生に絶望し、死ぬつもりで軍に志願した。あの会戦の少し前、レオンハルト大将は高級士官向けのラウンジに私を誘ってくれた。

 

官僚だった私をかなり気遣って下さったし、官僚の視点で不都合を感じる部分はないかなど、士官学校を出ていない私を軽視する将官が多かった中で、周囲と違った視点で見れるのは強味だなどと励ましてくださった。

 

思わず酒が進み、妻に浮気相手ができ、別居したものの意地で離婚は突っぱねたが、浮気相手の子を出産するにいたり、死ぬつもりで軍に志願したことを洩らした。すると先代は自分の事のように憤り、死ねばそやつらが喜ぶだけだ。お主は生きて帰らねばならん!と言ってくださった。

 

ここだけの話だぞ!と言いながら、3人目の孫がもうすぐ生まれる事と、その孫にずっと温めていたザイトリッツという名前を名付けるつもりであることも話してくれた。孫ができるとなると、上官の方々から名前を進められる為、既に生まれている2人の孫の命名はご自分の温めていた名前を付けることができなかったのだ。今回はそれを防ぐために3人目の孫が間もなく生まれることは内密にしているらしい。

 

迷惑でなければ3人目の孫を抱いてやって欲しい。だからお主は死んではならん!と肩をたたきながらおっしゃって下さった。そのレオンハルト様も戦死された。降伏勧告を受諾して、輸送船で捕虜収容所に向かう事が決まった辺りから、なぜ自分が生きのこってしまったのかと思い悩むようになった。

 

レオンハルト様には帰りを待つ家族がいて、私には死を望む妻とその愛人しかいないのにと。帰国しても合わせる顔がないし、私が生きている限り妻は離婚できず、浮気相手と結婚することもできない。暗い復讐心に囚われ、捕虜としてこのまま朽ちていくつもりでいたが、大規模な捕虜交換の話の出元が抱いてやって欲しいと言われたザイトリッツ様だと知った時、帝国に戻ることを決めた。

 

もう妻の事は気にならなくなっていた。

 

カランッ......

 

それなりの時間、思いにふけっていたのだろう。水割りグラスの氷が、バランスを取るかのように音を立てた。程よく冷えた水割りを口に含む。

 

捕虜収容所への移送の途中で将官は別の所へ移送されたため、必然的に大佐であった私が、捕虜の取りまとめ役をやるようになった。捕虜交換といえば聞こえはいいが、敗戦して降伏した者にとって帝国の風あたりは強いはずだ。

 

将来のある若いもの達の盾になれればという気持ちもあったのかもしれない。将官以上の方々は別の収容所に送られたし、背負う物も大きい。自己を守ることはできても兵士たちを守れるかというと疑問だった。

 

帰国を喜ぶ連中を見ていたら、少しでも守れれば私が生きた意味もあるのではとも思ったが、捕虜交換を終え帰国すると予想以上に風当たりは強かった。

 

当初は叛徒に降るなど臣民としての資格がないという批判に晒されたが、これに対しては軍が受けて立ってくれた。私も貴族の末席に連なる者だが、前線に出ずに宮廷で政治ごっこをしている門閥貴族が実際に前線に出た者たちにこんな主張をするとは思わなかった。

 

安心したのもつかの間、帰還兵の一部が社会秩序維持局にかなり強引な取り調べを受け始めたとき、私には対抗手段がなかった。家族を人質同然にされては、いくら耐えろと指示したところでどうにもならない。

 

本来なら勅命で農奴から解放されるはずにも関わらず、解放したくない為に社会秩序維持局と組んで強引に思想犯にしようとするなど私の理解の範囲を超えていた。とは言え、苦労を共にした連中だ。助けられるなら助けたい。

 

すがる思いで当代のルントシュテット伯と面会をした際、抱いてやって欲しいと言われたザイトリッツ様と知己を得たのだ。

 

ザイトリッツ様は、父君ルントシュテット伯の前では遠慮気味であったが、その後、お忍びの場でフリードリヒ殿下と雑談をされたと思うと、社会秩序維持局への対抗策をさらりと殿下にお伝えされた。

 

良くできた対抗策だった。

帰還兵を守るという私の望みはなんとかかないそうだ。

 

叛乱軍に一度とは言え降った以上、軍でも政府でもこの経歴はずっとついて回るだろう。気持ちよく働くことなどできまい。であるのであれば、レオンハルト様への御恩も含めてザイトリッツ様の為に残りの人生を使うのもいいかもしれない。

 

抱いてやってくれと言われたザイトリッツ様ももう7歳。時の流れを感じたが、7歳にしては仮に伯爵家の英才教育をうけた事を差し引いても優秀さは際立っている。フリードリヒ殿下と人脈を結んでいるのも目の付け所が良いと言えるだろう。

 

陛下からすると皇太子リヒャルト様とクレメンツ殿下が派閥を作って勢力争いをしているのは明らかなことだ。逆に言えば、御二人から何か話があったところで、派閥争いの匂いが必ずついてしまう。フリードリヒ殿下にはそれがない。

 

その分だけフリードリヒ殿下がお伝えすることは素直に陛下に伝わりやすいという事だ。フリードリヒ殿下からしても、次代の帝位争いからは身を引かれているとはいえ、皇室の血を引くことは間違いない事だ。無礼な対応をされて愉快でおられるはずがない。

 

門閥貴族の軍への浸透を防ぐという意味でも、ルントシュテット家は良い選択をしたといえるだろう。これが他の御二人なら派閥に入る以上、一定の妥協は必要となるため多少なりとも浸透を許容しなければならなかったはずだ。どちらにしてもまずは帰還兵の事だ。皆の生活が落ち着くまでは事の顛末を見届けたい。

 

「あとはあの一件か......」

 

思わず口に出してしまった。おそらく近々に表に出ることは無いだろうが、ジークマイスター提督の亡命事件と、ミヒャールゼン提督の暗殺事件。私の考察が正しければ、第二次ティアマト会戦の敗戦の理由にも関係するはずだ。力が及ぶ範囲で真実を知っておきたい。

 

そう思えば帝国に帰還できたことは良かったのかもしれない。ザイトリッツ様の事とこれらの事件のあらましをお持ちすればレオンハルト様に良き土産話になるだろう。今朝、この部屋を出るときは不安な気持ちでいっぱいだったがなんとか前向きに帝国での新しい人生を歩めそうだ。

 

新しい人生に向けて、もう一つすべき事を忘れていた。アタッシュケースから一枚の書類を取り出してサインし、封筒にいれて封をした。明日投函すれば過去の自分を縛るものはすべてなくなるだろう。




40年捕虜生活をしたケーフェンヒラー爺さんなら原作に出てくるのですが第二次ティアマト会戦から7年で帝国に帰るだろうかという所がどうしても想像できず、爺さまに活躍頂くこととなりました。投函される封筒の中身は離婚届です。

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