稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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27話:堅物・腹黒・健啖の日常

宇宙暦762年 帝国暦453年 4月上旬

首都星オーディン ルントシュテット邸

ローベルト・フォン・ルントシュテット

 

「昇進され軍務省に転籍されたと伺いました。おめでとうございます」

 

「ありがとう。私は地方艦隊を軸に軍歴を重ねてきたから、初心に帰るつもりで励むつもりだ。グレゴール殿も艦隊司令部で励まれておると聞いている。妹を安心して預けられると思っていただく為にも励まねばな」

 

「まあ、ローベルト様はいつもお気遣いを忘れない方ですね。兄にも見習っていただきたいです。剛毅と言えば軍人には誉め言葉かもしれませんが、周囲への気配りも大事なことですもの」

 

そう言いながらお茶を飲んでいるのは婚約者になったミュッケンベルガー家のビルギット嬢だ。ミュッケンベルガー家の先代は祖父と轡を並べた間柄だし、同じ軍部系貴族なので問題はないと思っていたが、正直、私は武骨者だ。深窓の令嬢のような方だと困る所だった。

ビルギット嬢は文学や美術より乗馬や狩猟を好むらしい。サロンでは優雅に振る舞っているが、乗馬の早駆けなどの時は凛とした雰囲気になる。公明正大であろうとしている私にとって良き相手だと思っている。

 

「グレゴール殿も色々と思う所がおありなのだろう。私も弟たちに祖父のありようを少しでも伝えようと、片意地を張っていた時期があったからな。当家は父上が健在だったが、幼少から当主になられたのだ。色々とご苦労もされていよう」

 

「はい。その辺りは感じておりました。ただ、やけに他家の令嬢を例に挙げてお小言をいう物ですから、その反発もあって乗馬や狩猟を始めたのです。はしたないかもしれませんが」

 

「そうは思っていない。私も武骨者だし、ルントシュテット家は武門の家柄だ。ビルギット嬢の心がけは頼もしくも好ましくも思っているので安心してほしい」

 

私がそういうと、ビルギット嬢は少し顔を赤くしながらお上手ですね、などと呟いている。結婚式はこれからだが、私が軍務省に転籍し落ち着いたらルントシュテット邸にビルギット嬢も住まいを移す予定だ。おばあ様ともうまくやってくれそうなので、本当に良縁だと思っている。次兄のコルネリアスからは所縁の花嫁衣装は妊婦には着れませんからご留意を!などと軽口を言われた。間違いのないようにせねばならん。

 

「式は12月と聞きました。私は大げさな式にはしたくなかったのですが......」

 

「うむ。私も花嫁の意向は尊重したいが、軍部系貴族の協力体制を確認する部分もあるし、当家にはRC社の兼ね合いで辺境のご領主との付き合いもあるゆえな。当初は秋にという話もあったのだが、ご列席の皆様のご都合が合うのが年末という状態なのだ。思う所もあるだろうが、堪えて欲しい」

 

「いえ。不満があるわけではないのです。ただ遠方から出席いただくのが些か心苦しかっただけなのです」

 

義理の兄となるグレゴール殿も将来の宇宙艦隊司令長官候補だし、私も軍部系貴族の一翼であるルントシュテット家の嫡男だ。軍部からの出席者は当然多くなったし、当家はRC社の大株主でもある。取引がある辺境領主の皆様も出席を希望されたし、建設中のイゼルローン要塞に関わる部署からも出席者が多い。私自身も近しいものだけでの式も悪くないのではと思っていたが、そうも言えない状況になってしまった。

 

「ビルギット嬢、せめて家の中の事はなるべく私たちの意見が通る様にしよう。しばらくは落ち着かないだろうが、あせらずゆっくり夫婦になればいいと私は思っている」

 

はいっと笑顔でうなずいてくれた。焦らず良き夫になれるように励む事にしよう。

 

宇宙暦762年 帝国暦453年 4月上旬

アムリッツァ星域 第51補給基地

コルネリアス・フォン・ルントシュテット

 

「それではな。哨戒任務とはいえ最前線だ。シュタイエルマルク提督の艦隊なら心配はいらんかもしれんが」

 

「はい、メルカッツ先輩もお身体にはお気を付けください。ザイトリッツも先輩は息抜きをあまりされないと心配しておりました。それにしても先輩が『紳士』とは前線に赴く前に良き話を聞けました」

 

私が所属するシュタイエルマルク艦隊はアムリッツァ星域の第51補給基地で最後の大規模な補給を行い、これからイゼルローン回廊を越えて、最前線の哨戒任務に入る。叛乱軍との会敵が無ければ半年ほど哨戒する計画だ。

 

「お主が『腹黒』とはな。確かに要領のいい新任少尉だったが。そしてあの時のザイ坊が私の折衝相手だ。時が流れるのは早いものだ」

 

先輩とは私が士官学校を卒業して配属された統帥本部で、指導係をしてもらった仲だ。そして兄とは士官学校の寮で同室だった。なにかとルントシュテット兄弟と縁がある方だ。

 

「ザイトリッツは何かと無茶を言うやつです。お手数をおかけしますがよろしくお願いします。それと先ほどの件は、非公式の回答という事で、提督にはお伝えするようにします」

 

先輩はうなずくといつものお手本のような敬礼をして去っていった。弟、ザイトリッツとも時間を持ちたかったが、士官学校の卒業見込み者の要塞視察に付き添って今は要塞建設宙域にいるようだ。視察専用船を試作したらしく、その兼ね合いもあって入れ違いになってしまった。

 

「それにしても超硬度鋼で部隊章を作ろうとするとはあいつらしい」

 

私は思い出し笑いを堪えきれなかった。要塞完成の暁には当然防衛部隊が新設される訳だが、どうせなら部隊章もイゼルローン要塞らしいものにすれば、士気が高まるのではないかという話らしい。それを上に伝える役回りのメルカッツ先輩も話の上げ方にさぞお悩みだったことだろう。

最後の確認は、要塞建設の折衝担当と昼食を予定しているとシュタイエルマルク提督に報告したところ、第51補給基地の各種設備が通常の配置パターンと異なる事を気にされた提督から、何か意図があっての事なのか確認してほしいと打診を受けた結果だ。すでに計画はされつつあるらしいが、イゼルローン要塞完成後に、この第51補給基地を大規模に改修し、艦隊の駐留基地にする話があるらしい。あくまで非公式の回答という事で、お伝えする了承を得たわけだ。

 

用事も済んだし、艦隊司令部に戻ろう。哨戒を終えてオーディンに戻れば、兄上の結婚式だ。弟とも相談して、祝いの品を考えなきゃな。

 

 

宇宙暦762年 帝国暦453年 4月上旬

首都星オーディン 帝国軍士官学校

テオドール・フォン・ファーレンハイト

 

「ファーレンハイト候補生、今年も実技は絶好調だな。引き続き励むように。学科がもう少し良ければ言うことは無いのだが」

 

期初の定期試験が終わり、担当教官から結果が返される。これでまたザイトリッツの日に参加する資格が得られた。幼年学校の5年間を首席で通した我が学友は士官学校に首席合格するや否や、勅命で建設されるイゼルローン要塞の資材調達を取り仕切るためにアムリッツァ星域の第51補給基地に旅立ってしまった。乳兄弟のパトリックも一緒にだ。何だかんだで一番幼年学校で一緒に過ごした二人だ。その二人がいないことに寂しさは感じるが、今は俺なりにあいつの役に立てればと思っている。

 

「ザイトリッツ特別候補生については、今期も首席だ。諸君も思う所はあるだろうが、希望者には彼のテスト結果とレポートの閲覧を許可するので、申告するように」

 

そうこれだ。幼年学校からザイトリッツを知っている人間は当然だと受け入れるだろうが、面白く思わない候補生も複数いる。当初は心無い噂を話した候補生に、ザイトリッツを良く知る候補生が掴みかかる事案もあった。俺も喧嘩沙汰を起こしかけた一人だ。ただ、今はあいつをしっかり知ってもらう為のつなぎ役ができればいいと思っている。

 

年始には幼年学校も含めて、総合成績優秀者や各学科の上位者を通称ザイトリッツの日と呼ばれている会食にセッティングする事に奔走した。旨いメシを食べたいという動機もあるが、各学年の中心人物に理解者を増やしたいという思いもある。あいつには親父の不始末を処理してもらった恩がある。何とかできなければ、俺の代どころか子供の代まで極貧生活を余儀なくされる所だった。気にするなと笑って言われたが、こんな恩を受けて忘れられる人間はそうはいないだろう。

 

それに気さくで配慮を欠かさない奴だが、ルントシュテット伯爵家の3男だ。人づてで話を聞いても下級貴族や平民出身者には近寄りがたいものだ。まして幼年学校時代など5年間首席で通したのだ。後輩たちからすれば、身近に物語の主人公がいるような物だろう。話を聞きたいし模範にしたいと思っていても、なかなか行動に移すのは難しい。未だに幼年学校の後輩たちが、ザイトリッツの日の参加者名簿を俺に持ってくるのはそういう意味でも場を作ってほしいという意思の表れだと思う。

 

そして少し打算もあるだろう。将来の軍の中枢を担う人材に伝手を持っておきたいという気持ちは、正直、俺にもある。ただ、これはあいつもわかっているはずだ。叛乱軍との戦争をしている昨今、軍人は必ずしも平均寿命が長い商売ではない。それに上官によっては功績を横取りされるし、門閥貴族の関係者の下に配属でもされたら素人の指揮で戦う羽目になる。当然戦死の可能性が高まるわけだ。

 

誰しも無駄死にはしたくないし、命を賭けてあげた功績を横取りもされたくない。そういう意味で、上位貴族の子弟で、優秀で、気前の良いザイトリッツの下で功績に見合った栄達をみな望んでいるのだ。

 

「テオドール、今回は私も例の権利を得られそうだよ」

 

幼年学校からの同期が嬉しそうに声をかけてくる。

そうさ、みんな何とかあいつの傍に行きたいのだ。


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