稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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28話:遊覧

宇宙暦763年 帝国暦454年 3月下旬

アムリッツァ星域 超硬度鋼生産設備

ザイトリッツ・フォン・ルントシュテット

 

今年は新年早々から結構忙しかった。超硬度鋼生産設備の火入れ式に合わせて、兄貴の遊覧に付き添い、ルントシュテット領を経由し、アムリッツァ星域の第51補給基地まで戻ってきた。

 

これから火入れ式を行い、明日には建設中のイゼルローン要塞の視察に向かう。今回は異例ではあったが、おばあ様も同行する形で予定を組んでいた。というのも、昨年末に、ルントシュテット家嫡男のローベルトとミュッケンベルガー家のビルギット嬢との結婚式が行われたからだ。

 

これによりオーディンのルントシュテット邸には新婚カップルが誕生した訳だが、折角なら新婚カップルに羽を伸ばしてもらおうと、おばあ様は屋敷を離れたかった訳だ。そんな所にフリードリヒ殿下のルントシュテット領ならびにイゼルローン要塞への遊覧の話が舞い込んだ。

渡りに船と伯爵名代として参加する事になったのだ。もちろん侍従武官として、叔父貴も参加しているが、さすがにお忍びと言う訳にはいかないので、近衛兵やら宮廷付きのメイドやらもついてきた。

 

おれはきちんと公式・非公式の使い分けはつけられるので特に問題はない。兄貴と叔父貴もその辺りは本職だ。公式の場では無難に過ごした。兄貴の中では、蒸留所でのウイスキーのブレンドがかなり高評価だったようだ。皇室の荘園とかでやってみてもいいのではと提案してみたが、皇族が直に関わって何か問題があった場合、関係者が詰め腹を切らされることになるので、そういうことは控えているとのことだった。

 

おばあ様もしばらくオーディンだったので久しぶりの領地で羽を伸ばせたようだ。予想外にイゼルローン要塞を気にするので真意を探ると、溺愛する孫が関わっている要塞を見たいという気持ちと、この案件が無ければ俺は普通に士官学校にいたわけで、俺と過ごす時間を奪った憎き案件という気持ちのせめぎあいがあるらしい。要するにすごい要塞じゃないと納得しないぞという事なのだろうが、おそらく大丈夫だろう。

 

イゼルローン要塞建設現場の視察要請は、実は方々からきていた。とはいえ御用船の小さい窓から見てもつまらないし、モニター越しにみるならわざわざ足を運ぶ意味が無いだろう。という事で、視察専用の航宙船を建造した。モデルは前世の水中遊覧船だ。通常のシャトルをベースに、床面以外全面断熱層を3重にした強化ガラス製のものを作ったのだ。肉眼で見てもらうにも、さすがに軍の高官や爵位持ち、任官を控えた士官学校卒業見込み者を宇宙服を着させてうろつかせるわけにもいかなかったので丁度よかった。資材搬入船と比べてもかなりコンパクトなサイズなので、気密区画などを気にせず、建設中の要塞内部を見ることができる。変な責任を押し付けられても困るので、こちらにとってもメリットがあった。

 

やんごとなき方々は満足するし無事故。無難に捌いたつもりだったがそれもあって俺は来月から特別候補生中尉待遇という身分になる。士官学校在籍の中尉って何なんだろう。もう気にしないことにした。俺の特別扱いは嬉しい事ではなかったが、恩恵と言う訳ではないがメルカッツ先輩も来月から中佐に昇進する。こっちは素直に嬉しかった。先輩は得意ではない事務仕事も頑張ってくれていたし、やんごとなき連中の対応も慣れない中でこなしてくれた。昇進する理由は十分にあると思う。

 

そんなことを貴賓席で考えていると、ファンファーレがなり、近衛兵の前触れが聞こえてきた。兄貴が入場してきたようだ。皇族の挨拶が始まる。

 

「皆の者、大儀である。今回のイゼルローン要塞の建設は皇帝陛下の勅命である。とはいえ前例がない大事業であり、様々な困難もあったと漏れ聞いておる。皇帝陛下も皆の尽力をお喜びであられた。本日からこの施設で生産が始まる超硬度鋼はイゼルローン要塞の外壁で主要な役割を果たすと聞いている。私としても、このような大事業の一端ではあるが火入れ式という節目で大役を担えること、名誉に思っておる。計画では要塞建設は折り返しの段階にあると聞く。完成まで、皆の奮闘を期待しておる」

 

おお、さすが皇族だよ。観衆の前で話すのって特殊なスキルだと思うんだけど、兄貴けっこう様になっている。俺は自然に拍手していたし、周囲も拍手していた。拍手が納まったタイミングで、起動スイッチを兄貴が押し、火入れ式は終了だ。このあと場を変えて簡単なパーティが予定されている。初回ロットの超硬度鋼とスーパーセラミックはオーディンに運ばれて新無憂宮殿に設置されるイゼルローン要塞のミニチュアオブジェの材料となる予定だ。

 

明日から建設中のイゼルローン要塞に御用船で向かい、現場の視察だ。おばあ様が納得してくれるといいけど。

 

宇宙暦763年 帝国暦454年 4月上旬

イゼルローン要塞建設宙域 御用船

マリア・フォン・ルントシュテット

 

孫が作らせたという要塞視察用のシャトルに乗り込み、視察を終えて戻ってきた私は、休憩も兼ねてラウンジでお茶を楽しんでいた。正直、勅命とは言え本来なら士官学校に通うはずの愛孫をはるか遠いアムリッツァ星域に追いやった原因のイゼルローン要塞。ザイトリッツが関わっているという嬉しさと孫との時間を奪われた憎さとが混じりあい、複雑な心境だったが、肉眼で実際に見てみると、軍事は疎い私でさえ、これが大事業であり関わった者たちは歴史に名が残るであろうことは理解できた。女の私ですら、なにか心に来るものがあった。殿方なら猶更感じるところがあるに違いない。同席されたフリードリヒ殿下もグリンメルスハウゼン子爵も釘付けになっていたし、なにやら興奮したご様子だった。レオンハルト様がご覧になられたらさぞかしお喜びになられただろう。気持ちを落ち着かせるようにお茶を飲むと、愛孫のザイトリッツがこちらにやってくるのが見えた。

 

「おばあ様、視察のご感想は如何ですか?全ての建設資材はRC社が調達した物。もちろんルントシュテット領で産出されたものも使われております」

 

楽しそうに、誇らしそうに声をかけてきた。そんな態度をされたら褒める事しかできなくなる。本当はもう少し帰省の回数を増やすように言いたいところでしたのに。

 

「確かに素晴らしかったわ。軍事に疎い私でも、何やら感じるものがありましたから」

 

「ケーフェンヒラー男爵たちも同じようなことを申しておりました。私はすこし見慣れてしまった部分がございますが、おばあ様にこのタイミングで視察頂けて良かったと思います」

 

タイミングという部分がよく理解できなかったので確認すると、要塞はこれから完成に向けて内装が本格的に施工されるので、要塞の外郭も見えて重要施設が気密前のこのタイミングが一番迫力があるし、視察もしやすいとのことだった。確かに完成してしまえば、人工天体とはいえ中身は地上施設と特段違いは無いだろう。見どころがあるタイミングだったという事だ。

 

「後学のために、一応映像は残しているんですよ。あと1機無人の偵察衛星を近距離に配置して定点映像も撮影しているんです。起工から完工まで早回しにしたら面白いかと思いまして」

 

孫は相変わらず突拍子のない事を考えている様だ。ただ、そう見えても効果があったり、意味があることがほとんどだ。なにか考えがあっての事なのだろう。

 

ザイトリッツが士官学校に在籍したままアムリッツァ星域で要塞建設の資材調達にあたるという話を聞いた時、息子のニクラウスには事情を問い詰めたが、必要なのですとしか言わなかった。その際は納得できなかったが、ザイトリッツには先見の明のようなものと、天性の事業遂行力がある。RC社としてこれだけの事業の一翼を担うにはこの子が現場にいる必要があったのだろう。ただ、せめて士官学校卒業までは手元に置いておきたかったのも事実だ。

 

「ザイトリッツ、確かに素晴らしい事業なのは理解しましたが、祖母に寂しい思いをさせないのも大事なお役目であることは忘れてはなりませんよ」

 

思わず本音が出てしまったが

 

「心得ております。私もおばあ様と晩餐をご一緒したいですから。そろそろ準備が整うはずです。晩餐室に参りましょう」

 

とエスコートしてくれた。子供のころから女性の扱いもなぜか上手かったけれど、こんな形で成長を実感するのも悪くない。私たちは晩餐室へ足を向けた。




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