稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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30話:兄貴の独白

宇宙暦764年 帝国暦455年 8月下旬

首都星オーディン グリンメルスハウゼン邸

フリードリヒ・フォン・ゴールデンバウム

 

イゼルローン要塞視察から戻り一年余り、赤子の長男ルードヴィヒと長女アマーリエを押し付けて遊びに行ったなどと皇子妃の小言を聞きながらなんとか機嫌をとる日々だった。まあ、イゼルローン要塞の視察もその前にザイ坊が手配してくれたウイスキーのブレンドも良き思い出だ。私が火入れ役を担当した施設では超硬度鋼が量産され、一部は既にイゼルローン要塞の外壁になっておるとの事。初回ロット分もオーディンに運び込まれ、要塞完成を記念したミニチュアオブジェの製作も着々と進んでいた。

 

その確認作業の為、グリンメルスハウゼン邸で職人たちと打ち合わせをしていたところ、近衛の中隊が突如屋敷の護衛をはじめ、今に至る。状況がわからぬゆえ、グリンメルスハウゼンに確認を頼んだが、近衛が言うにはなにか変事が起きたらしく、彼らもまずは私の安全を確保するように指示されているとのことだ。一体何が起きたのやら。皇子妃もおそらく似たような状況であろう。不安な時に傍にいなかったなどとまた小言を言われては敵わぬ。

 

することもないゆえ、レオを飲みながらイゼルローン要塞の資料を眺める。確かに視察専用船でガラス越しに見た建設現場は壮観であった。軍事に疎い私ですら、何か高揚感があったからな。ザイ坊は各工程を色々な角度から映像で残しており、完成の暁には見栄え良く編集して併せて献上したいなどと言っておった。あやつは本当に多彩な男じゃ。そして面白そうなことを色々と思いつく。そんなことを考えておると、地上車が近づく音が聞こえる。しばらくして人の気配が近づいてきた。どうやらグリンメルスハウゼンが戻ったようだ。ノックに応答すると、数名が入室してきた。

 

「おお、皇子妃も一緒だったか、グリンメルスハウゼン、良く手配してくれた」

 

「殿下、ご無事でようございました。私たちも近衛に護衛されておりましたが不安でございました」

 

「折よく所在がつかめましたので、ご一緒頂きました。近衛も護衛対象が固まっていた方が動きやすいとも存じましたので。皇子妃様方は部屋を用意してございますので、そちらでお休みください」

 

そういうと、メイドたちに先導されて皇子妃たちは部屋を出て行った。

 

「してグリンメルスハウゼン、何が起きたのじゃ?私に近衛の護衛が中隊規模で着く事など今までなかったが」

 

「はい。まだ未確認の情報も含まれておりますが、先年、死を賜りましたリヒャルト様が陛下の弑逆を計ったという件ですが、どうやらそれはクレメンツ様の陰謀によるものだったようです。昨日未明にそれが露見し、クレメンツ様は一部の貴族とオーディンを脱出しフェザーンに向かうも御用船が事故をおこし生存は絶望的という状況でございます。

現在、クレメンツ様の派閥に属していた者たちの拘禁が進められており、恐れ多いことながら、行く末に絶望したものが恐れ多いことをする可能性もございますので、落ち着くまでは近衛警護の下、この屋敷にて待機してほしいとのことでした」

 

「左様であったか。グリンメルスハウゼン、苦労を掛けたな。それにしても兄弟で帝位を争うことを望まず、放蕩者として過ごしていた私に帝位が回ってくるとは、皮肉な話じゃな。帝国の状況を見たとき私の手には負えぬと思ったからこそ下りたのだがな。」

 

ザイ坊の祖父、レオンハルト殿も戦死した第二次ティアマト会戦。それ以前から敵将アッシュビーとの会戦で多くの軍部貴族が戦死していた。あの会戦で軍部にも門閥貴族が浸透し、帝国は彼らにむしゃぶりつくされると思ったが、兄と弟が派閥争いをした影響で、軍部貴族は力を取りもどし団結する時間が得られたが。

 

「兄弟が争ったおかげで500家近い門閥貴族が消えることになる。私が仮に皇帝になったところで彼らに強くは出れぬ。派閥争いに参加しなかった門閥貴族を黙らせる材料も私にはない。そして、これはと思う人材を抜擢したところで、今回の騒動の仕掛け人と思われかねぬ。ザイ坊なら、帝国を蘇らせるまではできずとも、立て直すところまではやってくれそうだが」

 

グリンメルスハウゼンは悲しそうな表情でうなずいた。

 

「かの者の力量ならば、むしろ蘇らせる所までできるかもしれませぬが、殿下に何かあればルントシュテット家は門閥貴族から総攻撃を受けることになりましょうな。そうなれば軍部と政府・宮廷で内戦となるやもしれませぬ。仮にアマーリエ様がザイ坊と似合いの年頃であればまだ可能性はございましたが......」

 

「もともとどうにもならぬと思って下りたのだ。今更虫のいい話もあるまい。以前あの者に言われたのだ、家に縛られてお互いしたいことができない、私とザイ坊は同志だとな。あやつめ、何とか公務にかこつけて私のしたかったことを少しでもさせようとしてくれたのだろう。レオの件しかり、ウイスキーのブレンドの件しかり、火入れ式しかり。振り返ってみれば勘当寸前の放蕩者であったことを考えれば良き思い出を持てたものよ。それに表立って報いてやれぬのが今更ながら心残りだが」

 

「ザイ坊も本心は軍ではなく自由に商売をしたがっておりましたからな。フェザーンにでも生まれておればどんな豪商になっていた事やら。とはいえ、乳母殿のことは不幸でしたが、祖母マリア様に溺愛されておりました。なんだかんだ言いつつもルントシュテット家の力になれること悪くおもってはおりますまい」

 

グリンメルスハウゼンも表情がすこし明るくなった。あやつの事を可愛く思っているのは、マリア殿だけではない、グリンメルスハウゼンも私も自分の子供であったり弟であるかのように思っている。力量もある、それだけに残念だ。

 

「派閥争いから一線をひいて事の成り行きを見ておったのは、政府関係ではリヒテンラーデ・カストロプ、所領が大きな所ではブラウンシュバイク・リッテンハイムあたりか。軍はミュッケンベルガー家とルントシュテット家を軸にまとまりつつある。うまくバランスを取りながら、せめて崩壊はせぬようにしたい。そうするには、私が表に出ずに、彼ら同士で交渉させて落としどころまで決めさせるしかあるまいな」

 

「はい。変に介入するよりその方がよろしいかと。殿下のお気持ちがわかりながらお力になれず申し訳ございませぬ」

 

「お主が謝る事ではあるまい。既にゴールデンバウム家は呪われておるのだろう。そう考えれば因果応報よな。唯一絶対の銀河帝国の皇帝が自分の思うように統治も抜擢もできず、ましてや己のしたいことすら自由に出来ぬ。まさに身分とは鎖よ。そういえば、連中は自滅するなどとも言っておったな。どこまで先が見えておるのやら。念のため、しばらくは爪を隠すようにと伝えてくれるか?お忍びで会うのも数年はできまい。心残りは、イゼルローン要塞の主砲試射式だな。皇族で参加できるのは私のみという事で、少しでも気晴らしになればと配慮してくれたのだろうが、今となっては前線に赴くことはできまい。その旨も一緒に伝えておくようにな」

 

グリンメルスハウゼンは了承の返答をすると部屋から出て行った。私はレオが入ったグラスを持って窓際に移動する。既に深夜だ。庭園は真っ暗で何も見えぬが、むしろ今の心境には何も見えぬ方がふさわしい。

 

「自分で望んだ生き方か......」

 

あのまま兄か弟が帝位についていれば、私は大公家を立てて、どこかに領地をもらえただろう。そうしたら、統治はRC社に丸投げできて安心だっただろうし、ワイナリーや蒸留所を作り、うまい酒を造ってザイ坊や叔父貴やら親しいものどもを集めて一緒に飲めただろう。ザイ坊の話では肉質がいい牛や豚を掛け合わせ続ける事でとんでもなく旨い肉質の品種をつくれるとか。きっと一緒にそんな事にも時間を割けたに違いない。領民どもも、お忍びと言えば見て見ぬふりをしてくれたはずだ。なんだかんだと皇族の身分ではできぬことも経験できたであろう。

 

「一度あきらめたが、そんな私にも温かい関係が出来た。皇帝として少しでも帝国の混乱を遅らせる事で、彼らの面倒を減らす。お礼としては分かりにくいが、兄や弟と比べれば私は凡庸なのだ。十分だと、ザイ坊なら言ってくれよう」

 

感極まったのか、涙が数滴こぼれる。もはや生きたいようには生きられぬが、共に生きたかった者どもの苦労を少しでも減らせれば私の人生に少しでも意味はあるだろう。

 

レオが入ったグラスをグッと煽った。


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