稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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32話:フェザーンでの出会い

宇宙暦766年 帝国暦457年 8月下旬

フェザーン自治領 酒場ドラクールVIPルーム

ヤン・タイロン

 

「コーネフさん、あなたとは会社勤めを辞めて独立して以来、良いお付き合いをしてきたつもりだ。だからこそ話は聞くといったが、本当に大丈夫なんだろうね?」

 

「ヤンさん、大丈夫だ。安心してほしい。もともとコーネフ家はルントシュテット家とはわずかながら取引があってね。今回はそのルントシュテット家の御三男、ザイトリッツ様からのお話だ。RC社の件はフェザーンでも話題になっていたし、小耳に挟んだこともあるでしょう?その立役者からのお話だ。返事は話を聞いてからしてもいいだろうし、もう少し落ち着きましょうや」

 

コーネフ家は代々フェザーンの独立商人の家柄だ。政府に近い所は変なしがらみが出来かねないし、独立系は山師に近い商人もいる中で、コーネフ家はかなりまともな商売をしていた。小さな商船1隻で起業した時代から、なにかと話を持ってきてくれた間柄だ。

そのコーネフさんから、内々に直接話をしたいので、フェザーンに寄港するタイミングを教えてくれと言われたのが2ヵ月前。妊娠初期の妻を一人にするのは不安だったが、コーネフ家との間柄もあったので、久しぶりにハイネセンのオフィスを部下に任せて、交易品を集めながらフェザーンにやってきたと言う訳だ。

 

「コーネフさんからのお話だから悪い話ではないと思ってますが、ルントシュテット伯爵家は代々軍人の家系でしょう?スパイの真似事でも依頼されるのではと正直不安で......」

 

「その心配はもっともだが、会えば安心できると思うよ。フェザーンに生まれていれば『今年のシンドバット賞』を数回は取っていただろうなどと言われていた方だが、フェザーン商科大学で経営と経済の講義を聴講されているぐらいだからね。もうすぐいらっしゃるはずだ。まあ、落ち着いて待とう」

 

そうこうしているうちにスーツ姿の3人組が部屋に入ってきた。SPのような戦闘術を修めた人種特有の雰囲気があるし、左肩がすこし高くなっているのは左わきにブラスターを吊っているからだろう。商売の相手としては正直苦手な部類に入る。

 

「コーネフさん。お待たせしたようで申し訳ありませんね。少し渋滞に捕まってしまって。そちらがお話にあった金銭育ての名人さんかな?」

 

主役であろう男性が笑みを浮かべながら近づいてきた。独特のオーラが消え、商売相手に好ましい雰囲気に変わっている。

 

「はい。ハイネセンからこのために足を運んでくれました。それにしてもスーツを着こなしておられてビックリしました。良くお似合いです」

 

「ありがとうございます。ご紹介いただいたテーラーの腕が良いのでしょう。軍服は目立ちますし、さすがにカジュアルな格好でうろつくわけにもいかない事情がありますから助かりました。改めてになりますが、ルントシュテット伯が3男、ザイトリッツと申します。この場ではRC社代表と名乗った方が良いかな?」

 

そう言いながら、右手を差し出してきた。

思わず握手をして

 

「ヤン・タイロンと申します。ご尊顔を拝し光栄でございます」

 

と口走っていた。

 

「ヤンさん。私たちの関係は主従ではありません。堅苦しいのは無しにしましょう。それでは席に付きましょうか。今日はコーネフさんがホストだからオーダーもお任せしますね」

 

コーネフさんはお任せくださいというと、オーダーしに一旦部屋から出て行ってしまった。さすがに一人にされるのは困る。どうしたものかと思ったが

 

「ヤンさん。コーネフさんから伺いましたが、古美術品に凝っておられるとか。足代に足りるかはわかりませんが、こちらを贈らせてください」

 

「これは......」

 

「お好みに合うか不安だったのですが、鑑定書付きで用意できるものがこれしかなくて。ご笑納いただければありがたいのですが......」

 

出てきたのは万歴赤絵の大皿だ。本物ならかなり高価なものになるが。

受け取るか戸惑っているうちにコーネフさんが部屋に戻ってきた。

 

「手配して参りました。おお、これはまた大層な品物ですな。ザイトリッツ様、さすがに初対面では素直に受け取るのは躊躇しますぞ。ヤンさんもお困りだったのでは......」

 

「フェザーンやあちらでは慣習が違うことを忘れていました。ヤンさん、困らせてしまっていたならこちらの本意ではありません。帝国ではこういった贈り物をするという事は将来ルントシュテット家の方から頂いたと紹介される事を踏まえて用意するので、あまり安価なものは爵位を持つ家では贈答品にできないのです。ここは両者の価値観を確認するために必要だったという事でお納めいただければ幸いです」

 

「分かりました。ありがたく頂戴します。ただ。私もあちら側で育った人間です。良いお話なら喜んで協力させて頂きますが、なにか工作する様なことはお力になれないと存じます。その点はご配慮いただければ幸いです」

 

すると、ザイトリッツ様は嬉しそうに笑いながら

 

「確かに代々軍人を商売にしている家の人間ですからそういう心配もされるでしょうね。安心してください。そんな話ではありません。仕切り直しになりますが、同席しているのは従士のフランツ、乳兄弟のパトリック。ふたりともご挨拶を......」

 

御二人からもご挨拶を受けて、今回の話の主旨を伺ったが正直良い話だった。ザイトリッツ様が代表を勤めるRC社が展開している辺境星域で、教育制度の充実を進めた結果、農業・鉱業の分野で機械化を進める土壌が整ったが、それを製造している帝国の企業は友好とは言えない関係の貴族の利権であるし、資料を見ても同盟の製品の方が物がいい。そこでコーネフさんをフェザーンでの仲介人として、農業・鉱業用の機械やメンテナンス部品を調達したい。ただし設備投資の回収期間はそれなりにかかるので、同盟側でそれなりの期間手配を担当する信頼できる代理人をお探しで、白羽の矢が私に立ったと言う訳だ。それなら危ないどころか、とてもいい話だ。

 

「会計の兼ね合いもあるでしょうから、フェザーン国籍の企業を3者の企業が合資で設立することにしましょう。フェザーンの企業ですからコーネフさんが50%、残りをヤンさんと私で持ちます。設立の諸経費はRC社で持ちますし、各種機械の購入代金として、帝国マルクでとりあえず10億用意します。これは担保金のように扱いますので、機械が納品されるごとに代金はその都度お支払いします。貴族の都合で仕入れた機械が焦げ付く不安もあるでしょうし、私としてはこのような形で進めたいのですが......」

 

話の終盤にとんでもないことをザイトリッツ様が言い出した。良い話どころか破格の条件だ。本当に裏はないのだろうか......。心配になったが顔に出ていたようだ。ザイトリッツ様が苦笑しながら話を続けた。

 

「若輩者の戯れと思って頂いてもよろしいのですが、私は信用はお金で買えませんが安心はお金で買えると思っています。幼少の頃からビジネスの紛いごとをしておりますが、時に安心が、仕事の進捗や成果に大きく影響する事を実際に見てまいりましたので、このようにさせて頂きました。もしご安心頂けないようであれば、条件をお伝えいただければと思いますが......」

 

そういう意味ではこれ以上の安心はない。『安心はお金で買える』か。私の辞書にも付け加えたいほどだ。コーネフさんに視線を向けるが、異論はなさそうだ。

 

「お気遣いありがとうございます。ご期待に沿えるように務めたいと思います」

 

「ご安心頂けたようで、安心しました。私も良い話がまとまってホッとしています。これもコーネフさんの場の選択が良かったのかもしれませんね。私が聴講させてもらっているフェザーン商科大学もご縁があるようですし、フェザーンにいる間は、ここを贔屓にしようと思います。縁起がいいお店ですしね」

 

そこまで言われて、4度「今年のシンドバッド賞」を受賞したバランタイン・カウフ氏の最初の成功のきっかけとなった噂話を聞いたのがこの酒場ドラクールだという逸話があることと、フェザーン商科大学がそのカウフ氏の生涯の友、オヒギンズ氏の資産を基に設立されたことを思い出した。

 

「我々の良きご縁のはじまりの場になれば良いと思いまして」

 

コーネフさんは配慮に気づいてもらえたことを嬉しそうにしながら応えた。そうだ、いい関係の始まりになるように務めねば。




会話の中で、自由惑星同盟と記載しなかったのは、ザイトリッツからすると叛乱軍と言わないといけないのですが、そういうと商売がスムーズにいかない点も考慮して、こういう記載にしました。少し読みにくいかもしれませんが雰囲気は伝わるかなあと思っています。

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