稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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45話:泥沼

宇宙暦773年 帝国暦464年 12月下旬

首都星ハイネセン ホテル・ユーフォニア

ジョアン・レベロ

 

「ジョアン、待たせたか?初当選おめでとう」

 

初等学校で隣の席になった縁からなんやかんやと腐れ縁になりつつあるが心からの祝辞を述べてくれる数少ない友人が、相変わらずの分厚い手で私の肩を叩く。少し痛かったが嬉しさが勝る。

 

「ありがとうシトレ。本当に嬉しいよ。政治の世界に足を踏み入れたはいいが、裏表を常に考えねばならない。心から祝ってくれるのは限られた人だけだ。君はその限られた人に入るだろうがね」

 

「もう泣き言か?まあ33歳で代議員なら大したものだと思うが、軍で言えば任官したての少尉みたいなものだろう?理想と現実のギャップに悩む時期だな。レベロはいつも物事を悲観的にみるからな。また悪い癖が出ているのではないか?」

 

そう言いながら、背中をバシンと叩かれる。軍人には普通なのかもしれないが、かなり痛む。少し恨めしく思いながら視線を向けるとシトレはオーダーしたウイスキーをグラスで転がしながら香りを楽しんでいる。偉丈夫といえる精悍な体つき同様、酒量もかなりの物だが、最近は控えめに楽しむことにしているらしい。

 

「希望通り財務委員会には所属できたが、まだまだ使い走りだ。前線での君たちの戦いを何とか支援できればと思っていたが、正直、遺族年金と戦傷者一時金が膨れ上がってどうにもならん。折角色々と話を聞いていたのにと思うとな......」

 

「レベロ。責任を抱え込む必要はない。ここ数年の戦死者の大幅増はまずは軍の責任だし、対策を立てようにもその予算がひねり出せなかった今までの政府の責任でもある。君が当選できたのも、ある意味、少しでも対策を実施してほしいという民意があっての事だ。過去を気にするより、未来を少しでも良くできるように私たちはできる事をやるしかないだろう?」

 

そう言いながらやさし気な視線を向けてくれる。子供の頃からこの関係は変わらない。私が弱音を吐き、シトレがそれを励ます。手元のハイボールの入ったグラスを傾ける。少しは落ち着けたようだ。

 

「それで、前線はどうだった?あらましは聞いているが、君からも直接聞いておきたいと思っていた」

 

シトレは少し顔をしかめながら話を始めた。

 

「うーむ。どこから話そうか?4年前から帝国は艦隊運用の構想を大幅に変えた。宇宙艦隊の機能を艦隊全体でみると空母のようにしたんだ。主戦力は武装モジュールを付けた次世代艦になり、前線で撃ちまくれるだけ撃ちまくったら、後方のメンテナンス船で補給を受ける、もしくはモジュール自体を交換してしまう。瞬間的な火力と戦闘の継戦力を高めた代わりに、一時的に戦線の戦力が下がる戦術を採用した訳だが......」

 

そこで一旦言葉を区切り、少し氷が溶けだしたロックグラスを傾ける。

 

「当初は武装モジュールと母船が分離機能を備えていると軍上層部は認識していなかった。わが軍と同等の損害を与えていると認識していたんだ。ところが昨年驚愕の事実が判明した。武装モジュール自体はそこまで装甲が厚くないが、母艦部分はかなりの重装甲で、戦死者は想像以上に少ない。我々は、言ってみればミサイルを破壊するために戦死者を出している状況だった訳だ。武装モジュールは破壊されても後方に予備があるわけだから、大きな損害を受ければパージして付け替えればまた戦力化できる。思い切った戦術だが、我々は見事にそれに乗せられた形になった」

 

「つまり、わが軍は1000万人を超える戦死者を出しながら、帝国の戦死者は50万人もいかないという予測はやはり正しいという事になるのか......」

 

私は思わずため息をついてしまった。

 

「それはかなり希望的な数字だ。厳しく見積もると20万人以下という話もでているよ。頭が痛い事だがね。今回の戦いでは、メンテナンス部隊を先に攻撃できれば活路が見出せるのではないか?という事で、巡航艦を主力にした分艦隊に戦線を迂回させて後方を狙ったわけだが、残念ながらメンテナンス部隊には手厚く制宙戦力が配備されていた。全滅覚悟で突撃すればなんとか出来たかもしれんが、命をかけるには勝算が無さ過ぎた。配置状況を把握できた時点で私は撤退を判断したし、ロボスの方は一か八かで攻撃したが手痛いしっぺ返しを受けたようだな......」

 

あのシトレが少し暗い雰囲気になっている。先が見えないのは軍でも同じようだ。

 

「財務委員会に入ったおかげで詳しい財務資料も見る機会があるが、正直フェザーン資本が無ければ同盟政府はすでに財務破綻している状況だ。なんとか次世代艦の開発・更新費用をひねり出せればと思ったのだが、何とかするには遺族年金を減らすか増税しかない。そんな事をすれば議席を失うだろう。誰もやりたがらないし、議題にも出せない。おまけにこの数年はフェザーンマルク建ての借款が増えている。財務状況は転がり落ちるように悪くなっているよ」

 

「その話は軍上層部でも認識しているが、見て見ぬふりといったところだな。実際口を出せる話でもない。泥沼の消耗戦に引きずり込むのが帝国の意図なのだろう。おそらくだが、人的資源に狙いを定めて社会を疲弊させようとしているのだと思う。これは私の私見だがね。シュタイエルマルク元帥の意向なのか。彼の弟子世代の発案なのかはわからないが、戦場で負けても戦争で勝てるようにしたわけだな。これは戦術家の発想ではない。どちらかというと経済的な発想だ。思いついてしまえば簡単な話だが、軍部にそれを納得させて、実行させた所に凄味を感じるよ」

 

そこで、またロックグラスを傾けて、バーテンダーに視線を送り、お代わりを促した。私もハイボールを煽り、お代わりをオーダーする。

 

「無茶を言っているのは承知しているが、大きな金額は動かせない。対抗策はあるのだろうか?厳しい話だけで終わると、帰宅してから寝つきが悪くなりそうな所だが......」

 

「資金が使えるなら、相手の策を一歩進めて無人艦の開発だが、これにはレベロが思う大金が霞むくらいの金額がかかるだろう。現実的には、戦線を大きく下げるか、もしくはイゼルローン回廊まで戦線を押し出すかだな。メンテナンスをする以上、帝国の艦隊は展開するのにある程度の領域が必要だ。回廊出口付近なら展開に困るはずだ。戦線を引き下げれば、帝国の補給線に負荷をかけられる。悪くはない策だが、今の軍上層部や市民たちからすると、負け犬の戦略などと言われるだろうな」

 

「仮に回廊出口付近まで戦線を押し出しても、前線を維持するためにこちらの補給コストは大幅に上がるだろうし、詳細は不明だが、帝国はイゼルローン回廊に人工天体の要塞を建設したはずだ。補給の面では向こうの優位性が動かない。戦線を下げる選択は、政府としても軍から提案されても受け入れられるとは思えないな......」

 

「戦線を押し出すには当然戦闘が発生する。前線には3~4個艦隊が常時遊弋しているから、優位に戦うには戦力化できている宇宙艦隊を全てつぎ込む必要がある。12個艦隊の内、充足しているのは半分に満たない状況だ。6個艦隊で押し出して補給線を太くするまで、帝国の反撃を抑える意味で張り付けなければならない。短くて2年はかかるだろうな。そのあとも4個艦隊は張り付けなければ戦線を抜かれるだろう。レベロには残念な話だろうが現状維持と比較して、予算も戦死者も大幅に削減できるとは断言できない」

 

シトレと酒を飲むときはなんだかんだと最後は明るくなれたものだが、前例は覆されるモノらしい。しかも嫌な方向へだ。横目でみると、シトレはロックグラスに視線を向けながらなにやら考え込んでいる。民意を無視出来るなら戦線の後退が唯一の選択肢だが、それをすれば落選する。政府がそんな決断ができるとも思えないし、軍がそれを言い出せば自分たちの負けを認めるような物だ。

 

「私は軍事は素人だが、現状維持しながらなるべく戦死者を出さないことに専念してもらうくらいしか対策が思いつかん。すまないなシトレ......」

 

「レベロ、何度も言わせるな。責任を抱え込むのが君の悪い癖だ。軍事の件は軍人が考える。そこまで責任を感じることは無い」

 

シトレの分厚い手が肩に置かれる。自分もつらい立場だろうに、私はいつも励まされてばかりだ。楽しむには少し苦い酒になってしまった。それはシトレも同感だったようだ。いつもより早めに切り上げて、家路についた。




レベロを通じて現状を話しているので、とてつもなく帝国が優位に見えるかもしれませんが、原作と比較して同盟の戦死者数はそこまで変わらないと思います。ただ、帝国軍の戦死者が著しく減少している感じになります。

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