稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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48話:帝都での日々

宇宙暦777年 帝国暦468年 8月下旬

首都星オーディン リューデリッツ邸

ゾフィー・フォン・リューデリッツ

 

「では始めよう。皆の健康を願って。」

 

夫が晩餐の開始を告げながらグラスを少し掲げる。テーブルを囲む面々が、前菜に舌鼓を打つ。当家の料理は、他家と比べても美食の要素が強い。士官学校へ優秀な成績で入学したパウル君も、幼年学校をあと数年で卒業するワルター君も、やはり幼年学校へ優秀な成績で入学したオスカー君も、年相応に笑顔を見せている。親代わりという意識と、彼らを特に可愛がっていた義祖母様がお亡くなりになられてた事がきっかけで、名前で呼ぶようになった。

夫を中心に私が左隣、右隣りはまだ晩餐に参加するには少し幼い、当家の嫡男アルブレヒトがちょこんと座り、子供用の食器で幼いなりにマナーを守りながら食事をしている。それを優しげな眼差しで見る夫。私の左隣には長女のフリーダが、こちらも幼児ながらマナーを守って楽し気に食事をしている。まだ3歳の次男は、子供部屋で夢の中だ。夫が前線から戻って数ヵ月。やっと落ち着いたという所だろう。

 

夫がイゼルローン要塞司令官の任にあった3年の間に、我が家は色々と事が多かった。いちばん大きかったのは、義祖母がお亡くなりになられたことだろう。私はRC社の事業に携わってもいたので、子供の多い当家で、母親代わりに子供たちに愛情を注いでくれたのが義祖母だ。屋敷は悲しみに包まれたが、夫は最前線のイゼルローン要塞から身内の不幸を理由に一時帰宅するわけにもいかず、先代ルントシュテット伯や、ご兄弟の奥方たちにもご協力いただきながら、葬儀を手配した。

とはいえ慶事もあった。士官学校と幼年学校への入学が続いたが、みな上位合格者として入学したのだ。義祖母様の御霊前に良い報告をしたいという思いと、前線で大功を上げた夫に、少しでも胸を張って再会したいという思いもあったのだと思う。

 

「アルブレヒトもフリーダも幼いなりにさまになっているね。ゾフィー感謝しているよ。それともみなで色々教えている成果でもあるかな?」

 

夫が笑顔を浮かべながら、言葉を発する。前線から戻った直後はなにか思い悩むことがあるのか、笑顔になってもどこか無理をしている雰囲気があった。そういう事は子供の方が感じやすい。帰国直後は皆少し戸惑っていたように思う。

 

「私の功績にしたいところですが、皆色々と世話をしてくれています。お聞き及びでしょうが士官学校と幼年学校でも励んでくれているので、私も安心しております。」

 

「留守の間に色々と気を使ってもらい感謝している。RC社の件といい、会食の件といい、本来なら私が力になるべきところなのだが、改めて感謝しているよ。」

 

夫がひとり一人に視線を向けながら感謝を伝える。皆嬉しそうだ。無理している雰囲気もやっと薄まってきた。私も体験してこなかったことだが、これが一般的な一家団欒というものなのだろう。前菜の皿が下げられサラダが運ばれてくる。配膳を終えたタイミングで

 

「うーん。このアレンジはワルターの物とは少し違うね?オスカーが考えたのかな?」

 

と夫が二人を見ながら話しかけた。

 

「はい。シェーンコップ卿にお願いして私の案を採用していただきました。どこか不備がございましたでしょうか?」

 

「いや、アレンジの仕方が少し違うから確認しただけだよ。ワルターのアレンジはどちらかというと分かるものにはわかる遊び心のようなものを感じるが、このサラダからは雅さのようなものを感じたからね。二人ともいずれはもてなす側になるのだから今から色々と試してみればいい。また楽しみが増えたよ。」

 

オスカーが少し不安げに答えたが、夫は満足げな様子だ。確かに雅と表現するとしっくりくるものがある。

 

「いつものは楽しい感じだけど、今日のはすごくきれい。」

 

そう目を輝かせながら、長女のフリーダが楽しそうに食べ始める。その隣で、心配そうに見守るのはパウル君。なんやかんやと世話を焼いてくれる。こんな日が続けばいいと思うが、上級大将という重責を夫は担っている。最前線に赴任し、大功を上げた事で、休暇に近い状況が許されているが、いつまでもという訳にはいかないだろう。今はこの幸せな時間を少しでも楽しむことにしよう。

 

 

宇宙歴777年 帝国歴468年 11月下旬

首都星オーディン リューデリッツ邸

ザイトリッツ・フォン・リューデリッツ

 

「先方もまだ落ち着いてはおられまい。お祝いを述べたら長居はせずに戻ることになるだろう。そのつもりでいてくれ。」

 

屋敷の者にそう伝えて、俺は地上車に乗り込む。今から向かうのはマリーンドルフ邸だ。ご結婚されてからしばらく間が開いたが、フランツ先輩ことマリーンドルフ伯に待望の子供が誕生した。生まれたのは秋になるかどうかという時期だったが、出産直後に押しかけても迷惑なだけだし、親族なども押しかけているだろうという事で、少し間をあける事にした。

もちろん誕生の知らせを受けると同時に祝辞は届けたが、ようやく落ち着いたとの知らせを受けて、お祝いのご挨拶に伺う。今日は内輪の話なので、軍服ではなく、少しクラシカルなスーツを着ている。上級大将の軍服など着て歩けば、目立ってしまいプライベートもへったくれもない。私事でも軍服を着る軍人は多いが、俺は少数派に属するという事だ。

 

上級大将といえば、現在の私の役職は「帝国軍最高幕僚会議常任委員」と「工廠部部長」という事になっている。これは軍部の意向と私のわがままの間を取った結果だった。軍としては艦隊司令として、時には数個艦隊を率いる事を想定したポジションを用意したがったが、3年、強固な要塞とは言え最前線に赴任したばかりだし、子供たちも小さい。名誉なことだが、丁重にお断りした。

そうなると上級大将という階級に見合う役職を急に用意することはできないし、特に失態もないのに、軍務省や統帥本部の次長を譲らせるわけにもいかない。そんな中で、アムリッツァ星域の第11基地を大幅増築する案件と、ガイエスブルク要塞建設に伴う資材価格の高騰が要因で、戦闘艦の建造が予定の進捗を満たせていないこともあり、その調整と、要塞完成後に進捗の遅れを取り戻す計画策定をつなぎの任務として受けたわけだ。

来期からは、第11駐留基地の大幅増築と前線の駐留艦隊が増える事に対応する補給体制の確立が任務になるだろう。マリーンドルフ邸まではそんなに距離はない。門番に運転手が名を名乗り、邸内に進んでいく。もうすぐ邸宅というあたりで、地上車の窓からキョロキョロしている8歳位の淑女が見えた。困りごとの様なので、地上車を止め、車を降りる。

 

「フロイライン、こんな所で如何なされました?何かお困りごとですか?」

 

「母の付き添いで参りましたが、退屈なので庭園を見て回っておりましたの。丁度、満足したところです。お屋敷に戻ろうと思いますのでエスコートして頂ければ幸いですわ。」

 

黒髪に黒い瞳の、ややおてんば風な少女が、すこし恥ずかし気に返答した。まあ迷ったか、うろうろしているうちに足が疲れたのだろう。幼いながらにパンプスを履いているし、とても歩き回る装いではない。まあ、幼いとはいえ一人前のレディー扱いしておけば問題ないだろう。

 

「それは光栄なことでございます。不肖ながらこのザイトリッツ、姫君のエスコートをさせて頂きましょう。」

 

やや芝居がかった感じになってしまったが、姫君のお気に召したらしい。良きにはからえなどと言いながら手を差し出してくる。俺はやさしく手を添えると、姫君を同乗させて邸宅へ向かった。

 

邸宅に到着すると、先に車を降りて姫君をエスコートする。すると、何やら慌てた感じで、俺より少し年上であろう淑女が駆け寄ってきた。

 

「マグダレーナ!どこに行っていたのです?部屋で大人しくしていてとお願いしたはずです。使用人たちにあなたを探してもらう所だったのですよ?」

 

結構な権幕だが、姫君はどこ吹く風だ。

 

「お母様、庭園をみておりましたら、足がくたびれて難儀していたのです。どうしたものかと思っていたら、こちらのナイトが声をかけてくれたのでエスコートをお願いしたのですわ。」

 

「はい。このザイトリッツ、姫君をエスコート出来、光栄にございました。ただご母堂がご心配されたのも事実。詫びるべき時に詫びるのも、淑女のマナーかと存じますが・・。」

 

というと、少しすました顔をしながら詫び口上を述べた。母親はどうやら俺が誰か分かったらしく対応に困っていた様子だったが

 

「さすが姫君でございます。このザイトリッツ、感服いたしました。とは言え不肖の身ではございますが、これでも予定がある身でございます。こちらで失礼させて頂きます。楽しい時間をありがとうございました。」

 

そう言ってから、邸内へ進む。こう言っておけば、こちらが特に気にはしていないと伝わるだろう。執事だろうか、先導を受けながら応接室に進む。ドアが開き、フランツ先輩が立ち上がって出迎えてくれる。

 

「マリーンドルフ伯、待望のお子様のご誕生、おめでとうございます。」

 

「ありがとうリューデリッツ伯。それにしてもお互い伯爵家の当主になるとはあの頃は想像できなかったなあ。」

 

そんな言葉を皮切りに、先輩と旧交を温めた。マリーンドルフ伯爵家はカストロプ公爵家と血縁関係にあるので、成果が出ると分かっていつつも中々あたらしい政策を行うのは難しいそうだ。奥方もまた産後の日立ちが悪く床払いが出来ずにいるらしいし、キュンメル男爵家に入り婿した弟君も体調を崩されているらしく、心配事が絶えない様だ。確認はしなかったが、仲人に近い存在であるヴェストパーレ男爵夫人が、奥方を心配して連日こちらに押しかけているそうだ。まあ十中八九、あの母娘だろう。

そんな話をしながら、タイミングを見てシルバーカトラリーを納める箱と最初の銀の匙を先輩に渡す。カストロプ公爵に関係する門閥貴族とは言え、先輩は良識人だ。今の関係は維持したいからね。先輩も快く受け取ってくれた。しばらく歓談してから改めて祝辞を述べて部屋を辞する。玄関に向かう途中で、何やら意を決した様子で、先ほどの姫君が駆け寄ってきた。

 

「お知り合いのご息女という事でヒルダに贈り物をするなら、わたくしはあなたの姫君なのですから贈り物を受け取る資格はあると思いますわ。」

 

「左様でございますか。このザイトリッツ、姫君に贈り物を受け取って頂けるとあればこれに勝る喜びはございませぬ。お誕生日にはお届けいたしますのでお納めいただければ幸いに存じます。」

 

俺がそう言うと、姫君は嬉しそうに待っていますと言って、おそらく母親の元へだろう。走り去っていった。フランツ先輩のご息女、ヒルデガルド嬢と同格の物をお送りしておこう。予想外の出来事もあったが、心温まるひと時におれはかすかな安息を感じていた。


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