稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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56話:前線総司令部

宇宙暦781年 帝国暦472年 12月下旬

アムリッツァ星域 第11駐留基地 第一貴賓室 

ザイトリッツ・フォン・リューデリッツ

 

「まさか、我らが揃って同じ任地になるとはな。人の縁というものは分からない物だ」

 

「左様ですね。メルカッツ先輩もいらっしゃいますし、義父上などは世代交代がしっかりできたとご安心の様子でした。父上にもやっとご安心頂けたのではないでしょうか?」

 

元帥に昇進した長兄のローベルトと、上級大将に昇進した次兄のコルネリアスが楽し気にお茶を飲んでいる。元帥杖が授与された場には俺もいたが、長兄は軍務省から転出して以来、15年近く宇宙艦隊で軍歴を重ねてきた。戦功も重ねているし、歴戦の将軍といった雰囲気をまとい始めている。ミュッケンベルガー元帥との兼ね合いもあり、昇進するタイミングを数年前から調整していた形だが、シュタイエルマルク元帥が予備役入りされ、ミュッケンベルガー元帥が宇宙艦隊司令長官に着任したタイミングで昇進する事となった。

 

「艦隊司令官の面々が、ご縁のある方々になって私はホッとしていますよ。忌憚のないご意見と要望を気兼ねなく頂戴したいですから」

 

「そんなことを言って良いのかい?まあ、何だかんだと後方支援の事も理解している人材で固められているから、意見や要望もある程度は建設的なものになるだろうけど......」

 

空になったティーカップに紅茶を注ぎ足しながら、俺も会話に参加する。次兄のコルネリアスが少し意地の悪い表情で返してきた。次兄は昨年度に軍務省から宇宙艦隊司令本部に戻り、上級大将に昇進の上で、艦隊司令官に任官した。一年かけて幕僚陣と訓練を行い、今年度から第11駐留基地に駐留を開始した。

 

「一応、入れ物は完成しましたが、まずは6個艦隊の駐留で運用の改善点を洗い出していき、最終的には12個艦隊の運用を視野に入れているのです。細かい見落としが後々おおごとになるのは良くある話ですから、そういう意味でもこの人事は有り難く思っています」

 

「うむ。その件だが、12個艦隊はあくまで想定で考えておけば良いと思う。12個艦隊となると宇宙艦隊の6割を超える戦力だ。実際には9個艦隊くらいまでの運用になると私は判断している。一時的にとは言え、宇宙艦隊司令本部よりも前線総司令部に属する戦力が多くなるのは役職の序列の観点からもよろしくは無いし、グレゴール殿と話しあって宇宙艦隊副司令長官を置かなかった配慮が無駄になってしまうからな」

 

「心得ております。ただ、12個艦隊の駐留を想定してした上で、9個艦隊の後方支援を行うのとそうでないのとでは、基地要員たちの心構えがかなり変わってまいりますので、想定は12個艦隊で準備させたいと思います」

 

これも既定路線だったが、ミュッケンベルガー元帥が宇宙艦隊司令長官に就任したばかりであるため、ここで副司令長官をおくと、数年かけて引継ぎをしたにもかかわらず、軍部としてミュッケンベルガー元帥に不安があるように映りかねないという判断から、長兄は副司令長官の内示を辞退した。それを受けて、もともと計画書を上げていた、第11駐留基地の通信設備の強化やイゼルローン回廊内と出口付近の星域に、偵察衛星や通信衛星を配置して、前線の戦局をある程度統括する構想に決済が下り、その責任者に長兄を当てることになった。

関連設備が立ち上がれば第11駐留基地は前線総司令部と呼称されることになる。通信設備や情報共有の為の各種設備は12個艦隊の統括を想定したものを導入する予定だ。

演習は出来れば12個艦隊で行いたいので、その際は、宇宙艦隊司令長官にも出馬してもらって、一種の観艦式に近いものになるかもしれない。それはそれで兵士たちの士気も上がるだろうし、毎年は厳しそうだが、隔年くらいでやれれば面白いと考えている。

 

「それにしても、かなり色々な試みを導入したのだな。視察して回るのが楽しいほどだ。さすがに隅から隅まで視察できる身分ではなくなってしまったし、警護の者にあまり負担をかけてもな。ただ、貴賓室が6室もあるのはやり過ぎなような気もするが......」

 

「艦隊司令官も階級が色々とございましょう?上の者と同格の部屋を執務室にするというのは皆さま落ち着かないでしょうから。貴賓室は臨時の執務室としても使えるように作りました。色々、細かいところまで気を配っているのです」

 

この意見は、メルカッツ上級大将やファーレンハイト准将から出た話でもある。人が集まれば、どうしたところで派閥は出来る。階級を踏まえた違いを、ある程度演出しておいた方が、人間関係からくる衝突も減るのではないか?と提案を受け、承認した次第だ。

 

「うーむ。身分の問題は命令して正すわけにもいかぬ問題だからなあ。幕僚の任用権はある程度、司令官に一任されている部分もあるし、根本的な解決はなかなか難しいか......」

 

「はい。ルントシュテット家ではそのような教育はされませんでしたから、我らはそのような見方はしませんが、一部の方にはまだそういった感覚があるようですし、下級貴族や平民層からすると、避けられる災いは避けたいといった所でしょう」

 

長兄は少し渋い顔をしているが、これは無くしようがない話だと俺は思っている。仮に爵位が無かったとしても、卒業席次や出身地、配属された艦隊などで、何だかんだと軋轢みたいなものは必ず発生するだろう。そう言う意味では、オーベルシュタイン卿の提案を受け入れて、憲兵隊と警察組織をかなり余裕がある人員編成にしたことは、間違いではなかったと思う。

憲兵隊と言えば、叔父貴からケスラー中尉を一時的に預かることになった。まあ、他所で経験を積むのはキャリアを考えても必要なことだし、組織体制をゼロから作るのは、今の帝国ではなかなかできない経験だ。憲兵隊関連の報告担当に任命して、意見具申できる立場を用意した。どうせなら色々学び取ってもらいたい。ケーフェンヒラー軍医大佐と、例の件でも意見交換をしてくれているようだし、戻す際は昇進させることになるだろう。雰囲気を変えようとしたのか、次兄が別の話題を持ちだした。

 

「兄上、さすがに元帥閣下より先に視察するわけにもいきませんし、ご一緒では警護の人数が多くなりすぎて現場に迷惑が掛かります。私も視察したい気持ちはありますし、幕僚たちからもせっつかれている状況です。ご多忙なのは分かりますがどうぞ良しなに」

 

「分かっているが、いかんせんこの基地が巨大すぎてなあ。視察のスケジュールを回すようにするから、参照して対処してくれ」

 

長兄は苦笑いしているが、前線総司令部の立ち上げ責任者としては視察しておかないわけにもいかないだろうし、これは致し方ないだろう。

 

「今回は兄弟みずいらずで、という話だったが次回はメルカッツ先輩も同席して頂こう。立ち上げ段階くらいは、司令官たちの親交を部下たちに認識させた方がよいだろう」

 

そんな話をしながらちょうどティーカップが空になったタイミングで、ドアがノックされ、俺の首席秘書官役のオーベルシュタイン大尉が入室してきた。どうやらお茶の時間は終わりのようだ。

 

「ご歓談中に失礼いたします。閣下、そろそろお時間です。副官の方々がお迎えに参っております」

 

そろそろ実務に戻る時間のようだ。副官といえばその任用もそれぞれの色があって面白い。長兄の艦隊司令部はどちらかというと体育会の色合いが強く、副官もそうだろうと思っていたが、さすがに元帥になり外部との接触が多い副官人事に配慮したらしい。数回会食をしたことがあるが、シュタインメッツ大尉という、場に応じた対応ができる人物を選んでいる。

一方で、次兄の副官は、レンネンカンプ大尉というかなりキッチリした人物だ。こちらも会食したことがある。最近は、『佐官になる前にもう少し威厳をもちたい』とひげを生やすか悩んでいたはずだ。

今回は不参加のメルカッツ先輩の副官は、エースパイロットから異色の異動となったケンプ大尉だ。彼は偉丈夫でもあるが、メルカッツ先輩によると、制宙戦力の運用は、次世代艦の運用に通じるものがあるらしく、将来は幕僚のひとりにするつもりのようだ。もちろん彼とも会食した経験がある。

そう言う意味ではいろんな階級で交流を促進しても面白いかもしれない。競い合う仲でもあるが、背中を任せあう仲でのあるのだから。そんなことを考えながら自分の執務室に向かった。

 

 

宇宙暦782年 帝国暦473年 1月下旬

首都星オーディン 下級貴族住宅街 ミューゼル邸

アンネローゼ・フォン・ミューゼル

 

「爵位が何だというのだ!クラリベルだけでなく俺から事業まで奪うとは。なにが門閥貴族だ。人の皮を被った強欲の塊どもめ......」

 

いつものように、父が門閥貴族への恨みをつぶやきながら、お酒を煽っている。止めなければと思うが、正直、どう話せばいいのかわからない。私も母の死のショックからまだ立ち直った訳ではないのに。

 

「姉さん......。どうしたの?」

 

「何でもないわ。ラインハルト、寝室に戻りましょう」

 

弟の手を引いて、寝室に戻る。どうやら父の声が大きかったらしく、目を覚ましてしまったみたい。弟のラインハルトはまだ5歳。母が死んだという事を認識するにはまだ幼かった。それだけが救いでもある。父と母の結婚は貴族社会ではめずらしい恋愛結婚だった。父が見初めて、色々な横槍があったらしいがなんとか結婚することができた。そのせいか、母の事故死に父は大きなショックを受けて、ふさぎ込む状況だった。

その上で、詳しくは聞かされていないが、事故を起こした門閥貴族が、賠償金を請求されたことを逆恨みして父の事業を立ち行かなくした。そこで父の気持ちは折れてしまったのだと思う。夕方からお酒を飲みだしてダイニングでそのまま寝入ってしまうようになり、最近ではお昼から飲み始めて恨み言をつぶやくようになった。母が健在な頃は、私の中では良き父だった。お酒におぼれる姿を見たくはないし、ラインハルトにも見せたくない。

 

「姉さん、なんだか悲しそうだけど、どうしたの?」

 

寝入るまでは頭を撫でるのが私たちの習慣だが、思っていたことが顔に出ていたみたい。弟には心配をかけたくない......。

 

「何でもないわ。ラインハルト、それより明日は晴れて良い一日になりそうよ。早く休んで明日に備えなきゃね......」

 

「うん。おやすみなさい......」

 

寝入った様子の弟の頭をしばらく撫でる。今、この子を守れるのは私だけだ。父もいつかは立ち直ってくれるはず。今は私がしっかりしなければ......。弟が寝入ったのを確認してから、自分の部屋に戻った。明日は今日より良い一日でありますように。




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