稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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57話:憂鬱

宇宙暦782年 帝国暦473年 3月下旬

首都星オーディン 幼年学校

アルブレヒト・フォン・リューデリッツ

 

「アルブレヒト、私は士官学校へ進むが卿の人生だ。伯からも自分の人生は自分が生きたい様に生きろと言われているのだろう?ゆっくり考えれば良い。ではな......」

 

そういうと、幼いころから教練や座学を教えてくれたロイエンタール卿が私の肩に一回、手を置いてから幼年学校の門をくぐっていった。去年は従兄弟にあたるディートハルト先輩を送り出した。幼年学校に入学してまもなく1年が経つが正直、自分の軍人としての才能にひけ目を感じる日々だった。

私の父のリューデリッツ伯は、幼年学校から士官学校までの10年間首席だったし、幼いころから周囲にいたオーベルシュタイン卿もシェーンコップ卿もロイエンタール卿も軍人として優秀だった。私には彼らほどの才能は残念ながら無いように思う。座学だけなら胸を張れるが、軍事教練や、会戦シミュレーションでは平均的な成績だ。父や伯父上たちが活躍されている宇宙艦隊司令本部には、今の席次では任官は出来ないだろう。

 

「リューデリッツ卿、あまり思いつめるな。あと3年かけて決めれば良いことだ。父の家業は造園技師だが、私は士官学校を進路にした。リューデリッツ伯爵家ともなれば色々とあるのだろうが......」

 

隣で心配気な視線を向けてくるのは、ミッターマイヤー先輩だ。彼も軍人として豊かな才能の持ち主だと思う。我が家で定期的に開催される会食のアレンジを任されているロイエンタール卿は、庭園の管理にも携わっていた。その発注先がミッターマイヤー先輩の父上だった。そんなに多くは無いミッターマイヤーという姓を耳にした際、ロイエンタール卿から声をかけて以来、何だかんだと一緒にいる事が増えた仲だ。『どうせ兵役に就くなら士官として努めたい』と、士官学校への進学を既に決めておられる。ミッターマイヤー先輩も当初は身分を気にしていたが、今では気兼ねなく接してくれている。後輩の面倒見も良いし、友人としても気持ちの良い先輩だ。

 

「分かってはいるのです。自分なりに努めてはいるのですが、幼いころから才能という物を目の当たりにする事が多かったので。比較対象があの『リューデリッツ伯』というのもなかなか大変です」

 

なんとか虚勢を張ろうとしたが、乾いた笑いが出るばかりだ。先年、幼年学校を卒業した従兄弟のディートハルト殿も、励ましの言葉はかけてくれたが士官学校へ進学する話は、私の前ではなされなかった。よくご一緒におられた先輩方も同様だ。彼らもミッターマイヤー先輩同様、先輩としても友人としても気持ちの良い方々だった。そんな彼らと肩を並べたいと思うのはいけない事なのだろうか......。

 

「リューデリッツ卿、そう思い悩むな。卿のすぐに思い悩む癖だけは、正直、良き物とは思えんぞ。座学が優秀なだけでも十分ではないか。卿がどれだけ務めているか、親しい者ならわかっていることだ。私ももっと務めねばと卿から影響を受けている。周囲に良き刺激を与える。俺は貴族の事は分からぬが、本来重責を担う者に求められるのはそういう部分ではないのだろうか?卿は誇るに値する人物だ。だからこそ、諸先輩も卿の事を気にかけてくれるのだ。そうでなければ、もっと上辺だけの付き合いになるだろう。まずは食堂へ行こう。空腹だから考えが悪い方向へ進むのだ。さあ!」

 

ミッターマイヤー先輩は私の背中をたたくと、食堂の方へ歩みを進めだした。心遣いが身に染みる。確かに空腹では良い考えが浮かばないのも確かだ。私も先輩の後ろをついて行った。

 

 

宇宙暦782年 帝国暦473年 8月下旬

首都星オーディン マリーンドルフ邸

フランツ・フォン・マリーンドルフ

 

「マリーンドルフ伯爵、本日はお忙しい中お時間を頂きありがとうございます」

 

応接セットの私の向かいに座った、リューデリッツ卿が、幼いながらも作法を心得た挨拶をしてくれる。私も、作法にかなった挨拶を返した。彼の父親であるリューデリッツ伯から久しぶりに時節のやり取りではない手紙が届いたのは秋口に入った頃だった。彼の嫡男が進路で悩んでいる様だが、自分では何を言っても皮肉に聞こえてしまう様に思うため、私なりに幼年学校から士官学校以外の進路を取ったものの一例として話を聞かせてやって欲しいと打診されたのだ。

幼年学校ではあらゆる面で優秀だったリューデリッツ伯も子育てに悩むのかと思うと、同じ父親として、親近感が増した。リューデリッツ邸に出入りする子弟は、皆軍人としての才能がかなりあることも、甥にあたるルントシュテット伯爵家のご嫡男も軍人として優秀であることも手紙には書かれていたし、目の前の幼いお客様については、ひたむきに努力できる才能は持っているが、残念ながら前線指揮官として超一流になるのは難しいだろうという事も認められていた。

リューデリッツ伯自身も、本来の志は事業家にあった。その辺りも含めれば、代々軍人の家系だからと言って、嫡男が軍人にならなければならない理由は無いと考えているのだろうが、前線でも後方でも当代屈指の功績をあげている人間からそんなことを言われても確かに皮肉に聞こえるだろう。

 

「それで、何から話そうか?御父上からは進路を決めるにあたり悩んでいるから、伯爵家当主として、士官学校ではなく地方自治系の大学に進路を取った経験を聞かせて欲しいとの旨は聞いているのだが」

 

「はい。リューデリッツ伯爵家は代々軍人の家系ですし、父上はもちろん、大御爺様もイゼルローン要塞建設という歴史に残る大業を主幹されました。私もそれに続きたいとは思っているのですが、諸先輩も優秀な方が多く、軍人としての私が、果たしてお役に立てるのか?とも思いますが、お付き合いする中で気持ちの良い方々ですし、軍に入って少しでも彼らに並べればとも思うのですが......」

 

そこまで話を聞いて次代のリューデリッツ伯には軍人というより、官僚や経営者としての資質の方が高いと思った。世の中には往々にして、才能と志向が一致しない事の方が多い。彼の父親もそうだった。今となっては温かい思い出だし、広言するつもりはなかったが、まずはその辺りから話を始めよう。

 

「確かに思い返すと、私も士官学校へ進路を取る学友が多い中で、地方自治系の大学へ進学することに、変な罪悪感を感じた記憶があるよ。ましてや、入学以来、学年首席で通していた後輩が、家の都合で士官学校へ行くが、本来は経済系の大学に進学したかったと、本音を漏らされた時は驚いた。そんなことを言いながら、士官学校へも首席合格したから大したものだとも思ったがね」

 

「それは父上の事でしょうか?そんなお考えだったとは聞いたことはありませんでした」

 

次代のリューデリッツ伯はかなり驚いている様だ。まあこういう話は、親子で話すには少し気恥ずかしい部分もあるだろう。私も、娘のヒルデガルドと将来こういう話が出来るかといえば厳しいと思う。

 

「まあ、当時から広言できる話でもなかったからね。御父上は、幼いころから領地の発展に貢献されていたし、私自身も、父が高齢で早く領地経営を担わなければならなかったからね。家の事情で人生が決められたようなものだから、お互いに本心を洩らす間柄だったのだよ」

 

ここで手元のティーカップを手に取り、のどを潤す。大人ぶりたいのだろうか?面談相手の少年もお茶を飲むが、砂糖を入れなかった。よく当家に来るヴェストパーレ男爵家のマグダレーナ嬢は、さらりと砂糖を2匙入れるが。続きをせかすように視線を向けられる。

 

「ここだけの話だが、二人だけになった時には『100万の敵を撃滅するより100万の臣民を養う方が大業だ』と言っていたものだ。実際問題、戦争状態が続いているから敵を屠る事に目が行きがちだが、本来は臣民により良き明日を。次の世代ではもっと豊かになっているという希望を持たせるのが統治者の役目だし、これは比較することではないが、決して容易にできる事ではない。リューデリッツ卿はそちらの適性が高そうだ。今すぐ結論を出す必要はないが、必ずしも軍人を志向する必要は無いと私は思うがね......」

 

「確かにそうですね。少し、目の前の霧が晴れたような気がします」

 

少しは少年のお悩み解決に役立てたようだ。では、近々の私の悩み解決にも貢献してもらおう。

 

「あまり焦らずに考えてみれば良いのではないかな?ところでまだ迎えの時間まで間がある。良ければヒルダにも挨拶してやってくれぬか?ヴェストパーレ男爵家のマグダレーナ嬢も遊びに来ていてな。年代も同じころ合いであろうし......」

 

私の言葉に、次代のリューデリッツ伯は喜んでと返してきた。やはり善良で良識人なのだ。当代のリューデリッツ伯なら犠牲者は少ない方が良いと言って逃げただろう。別に当代のリューデリッツ伯がヴェストパーレ男爵夫人のサロンへの同席を断ったお返しでは無い。お悩み相談を受けたお返しとして、年ごろの令嬢という厄介な魔物の相手を押し付けるだけだ。

貴族同士の取引としては妥当だし、早めの社会勉強にも丁度よいだろう。そして淑女たちの扱いも、次期伯爵家当主としては覚え始める時期だ。私は純粋な少年をいけにえにする事に、心の中で言い訳を重ねながら、淑女たちが待つサロンへの案内に取り掛かった。

 

 

宇宙暦782年 帝国暦473年 8月下旬

首都星ハイネセン 統合作戦本部

シドニー・シトレ中将

 

「では辞令を交付します。シトレ中将、本日付けで士官学校校長とします。引き続き貴官の奮闘を期待します」

 

国防委員会で最近名が売れ始めた女性代議士から辞令を受け取る。彼女はガチガチの主戦論者だったはずだ。父も、夫も、そして息子も帝国との戦争で戦死していたはずだ。私が言うべきことではないが、彼女は分かっているのだろうか?自分が論陣を張り、旗を振れば振るほど、同じ境遇の未亡人が増えるという事を。

 

「はっ!未来の名将の卵たちを出来る限りサポートしたいと思います」

 

辞令を受け取り、代議士が使う応接室を退出する。ドアを閉めるとともに自然にため息が出た。個人的には士官学校の校長は嬉しい人事だ。ただ今の戦況を考えると必ずしも喜ばしい人事ではない。8月に辞令が下りるという不規則な状況がそれを物語っていた。

本来なら正式艦隊の司令官になるはずだったが、同盟軍が戦力化していた12個艦隊は、正直、損耗しきっている状況だった。いくつかの艦隊を統合し、6個艦隊の定数を確保したうえで、残りは順次、戦力化していく計画となった。そんな中で、前任の士官学校校長が心労で倒れた為、急遽、私にお鉢が回ってきたと言う訳だ。

帝国との戦争では、戦闘艦の消耗は同程度だが、戦死者数に関しては数十倍という危機的な状況は改善できていない。もともと軍人というのは戦死者の予備軍であることは否めないが、戦死させるために育成してる訳ではない。士官学校の校長や教官は、やりがいはあるが、教え子たちが大量に戦死するという観点で、心労がたまる役職になっている。

統合作戦司令本部の廊下を歩いていると、同期のロボスが声をかけてきた。彼は前線指揮官としては実績を上げているが、若干戦況を楽観視する所がある。それが原因で、敵の後方のメンテナンス部隊を強襲した際、手痛いしっぺ返しをうけた時から、昇進に少し差がついた。

 

「シトレ。私は引き続いて分艦隊司令ということになりそうだ。貴官はどんな辞令を受けたのだ?また轡を並べられればうれしいが......」

 

うすうすは気づいているのだろう。少し不安げな表情を浮かべながら問いかけてくる。同盟軍は基本的に年功序列だ。実績を上げても、率いる艦隊が少なくなれば、当然、若手に艦隊司令官職は回ってこないだろう。

 

「残念ながらロボスの希望には応えられそうにないな。士官学校の校長を拝命した。未来の名将を育成することに励むことになるだろう」

 

「士官学校を軽視するわけではないが、戦況を考えればそんな悠長に構えていられる状況でもないだろうに。政治家たちは戦況をちゃんと理解しているのか?」

 

自分の見込みが外れると感情的になるのも昔からの癖だ。これさえなければ前線指揮官としては申し分ないのだが......。

 

「ロボス、少し落ち着け。逆に考えれば時間はかかるかもしれないが宇宙艦隊の戦力を本気で立て直そうとしているのだ。それができるかは前線で戦力の摩耗をどれだけ防げるかにかかっている。前線の事、頼んだぞ!」

そう言って肩を叩いて別れた。

 

今更だが、国防の面だけを考えれば、同盟がイゼルローン回廊出口付近に要塞を造る事も考えるべきだったが、それが出来たのは第二次ティアマト会戦の直後だろう。泣き言を言っても仕方がない。できる事をやるしかないのだ。


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