稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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59話:再訪

宇宙暦783年 帝国暦474年 8月下旬

フェザーン自治領 RC社所有の邸宅

パウル・フォン・オーベルシュタイン

 

「オーベルシュタイン卿、フェザーンの生活には慣れたかな?まあ、一年限定の遊学期間だと思えばよい。適度に楽しむようにな......」

 

「はっ。ありがとうございます。コーネフ氏から事前の報告書を預かっております。ご確認いただければ幸いです」

 

私が資料を差し出すと、閣下はすぐに確認をされ始めた。フェザーン駐在武官として赴任して4カ月。赴任の挨拶に高等弁務官府に一度は出頭したが、そのあとはこのRC社所有の屋敷を拠点に活動している。私の任務は『叛乱軍の経済的観点からの分析』となっている。帝国政府と付き合いのあるフェザーン商人や、フェザーン商科大学での聴講を通じて、月一でレポートを提出するのが今の任務だ。

もっともそれは建前で、RC社と取引のあるフェザーン国籍の企業などからも情報は上がってくるし、閣下と親交があるコーネフ氏を通じて独立商人との顔つなぎも怠っていない。私が軍歴を重ねているのも、いつかRC社に戻った際に担える役割を増やすためでもある。

 

「ところで、息抜きも適度にするようにね。まあ、オーベルシュタイン卿はあまり夜遊びをするタイプではないだろうが、独立商人たちの流儀も知っておくに越したことは無いのだから」

 

資料を手に持ちながら、一瞬こちらに視線を向けて閣下が困る話題を始めた。美食はまだ理解できるが、どうも女性とお酒を飲むのが楽しいとは思えず、コーネフ氏からもお誘いを受けていたが、そう言う場はお断りしている状況だ。

 

「ご配慮ありがとうございます。お言葉ですが、どうもあのような場には馴染めずにおります。一度、後学の為に足は運びましたので、それでご容赦頂ければ幸いです」

 

「そうか......。まあ合う合わないは確かにあるからね。無理をする必要もないかな。分かった。私の方からもコーネフさんに話しておくことにするよ」

 

閣下は特段気にするでもなく回答されたが、正直、ホッとしていた。美食の方も、もちろん理解はできるが、私は鶏肉料理なら基本的に満足なので、自分の財布が痛むことは無いとはいえ、気兼ねしていた状況だった。

 

「閣下、私が気にする事でもないでしょうが、前線総司令部の基地司令がこの時期にフェザーンにいてよろしいのでしょうか?差し出口だとは重々承知しているのですが......」

 

「まだ正式な情報伝達のラインに乗っていない話だけど、6月の頭に前線で数個艦隊レベルの遭遇戦が発生したんだ。勝利の報告を受けてから補給の手配を終えて、あとは副司令達に任せてきたよ。彼らも中将になるには、3個艦隊分の補給メンテナンス位は仕切れないと、昇進はさせられないからねえ。それに非常時ならともかく、通常時にトップがいなければ動けない組織なんてそれこそ使い物にならないじゃないか」

 

閣下は少しいたずらをするような表情をしている。確かにベッカー少将もファーレンハイト少将も、ずっと閣下のサポート役をして昇進してきた。そろそろ自分の責任で仕事をする段階なのだろうが、戦死者は少ないとはいえ、閣下の役割を折半したとしても書類の山のひとつは処理することになるだろう。おそらくお二人ともかなりご多忙なはずだ。

 

「そういえば、フリーダが、いつの間にやら料理に目覚めた様だよ。来年、オーディンに戻るまでには鳥の丸焼きを旨く焼けるように練習しているから楽しみにしていてくれとのことだ。ご縁があって通い始めたヴェストパーレ男爵夫人の音楽学校で出るランチが、どうも舌に合わなかったのがきっかけらしい。おまけにフリーダが放り出した音楽の教科書を見たフレデリックが、逆に音楽に目覚めたらしい。グランドピアノを強請られたからね。オーディンに戻れば、鶏料理を食べながら音楽鑑賞することになりそうだよ」

 

「それは今から楽しみです。しかしながらフリーダ様はともかく、フレデリック様が音楽の道を選ばれるようなことがあっては何かと問題では?」

 

「うーん。それも考えたんだが、一応教練はやらせるつもりだが、幼年学校ではなく、音楽学校に行く事を志望するなら、認めても良いと思っているよ。アルブレヒトも幼年学校に進んだことでかなり思い悩む事になったし、オーベルシュタイン卿たちのような軍人としての才能はフレデリックにもあまり感じないからね。生まれた家から自由になるのは貴族社会では不可能だが、せめて生き方ぐらいは自由にさせようかと思っている。嫌味位は言われそうだが、家業だからと適性の乏しい職業を選ぶのは、正直、人生の無駄だと思うからね」

 

「将来RC社で担える役割を増やすために軍を選んだ私が、とやかく言う話ではございませんでした。ご容赦ください」

 

「気にしなくて大丈夫だよ。私たちは嫌々ながら軍人をしている割には、功績を立てている、それはそれで大したものだろうね」

 

またいたずらをするような表情をされると視線を手元の書類に戻した。私は一礼をして、執務室から退出する。この屋敷はRC社所有なので、作法も軍の流儀ではなく、貴族の流儀になる。自分の執務室に向かいながら、閣下ご自身の皮肉な経歴が頭をよぎった。閣下の実績を考えれば、元帥として軍を指揮することも出来るだろうが、しがらみがなければ、国務尚書・財務尚書あたりを担うべき方だ。

ただ、今の帝国では軍部系貴族に生まれた閣下が、政府閣僚になるとしたら軍務尚書しか候補にはならない。ご自分が生まれに縛られた職業に就かざるを得なかったからこそ、ご子息方にはせめて職業位は自由に選ばせたいとお考えなのだろうか。

 

 

宇宙暦783年 帝国暦474年 8月下旬

フェザーン自治領 酒場ドラクール

ザイトリッツ・フォン・リューデリッツ

 

大分ご無沙汰になった懐かしいドアを押し開けてると、白髪の方が割合が多くなったマスターと目が合う。嬉しそうに目礼をしてくれたので、こちらも目礼を返す。コーネフさんからは既に代替わりしたと聞いていたが、事前に予約を入れていたので、出てきてくれたのだろう。カウンターに歩みを進めて

 

「ご無沙汰しました。1杯目はマスターにお任せしますのでよろしくお願いしますね」

 

と言い添えると、嬉しそうにうなずいてくれた。もっとも、後継ぎは俺がフェザーン駐在武官だった頃からここでシェイカーを振っていたバーテンダーだ。こちらとも顔見知りだし、実際、マスターの隣で、プロ特有の見栄えするグラス磨きをしている。こちらにも目礼してから、なつかしさとともにVIPルームへの通路を進む。今日のお供は、フランツ教官に鍛えられたリューデリッツ伯爵家所属の従士達だ。内々の話も出るだろうし、ドアの外に待機してもらう。相変わらずだが、約束の相手は先着していた。

 

「コーネフさん、相変わらずですね。ご無沙汰していました。お待たせして嬉しく思うのもおかしな話ですが......」

 

「こちらこそ、閣下がお変わりなく嬉しく思います。本来ならヤンさんも同席したかったでしょうが、残念です」

 

「急な話で、私も驚きました。ヤンさんのおかげで辺境星域もかなり発展しましたし、お会いしてきちんとお礼を伝えたいとも思っていたのですが......」

 

私たちと共同経営であちら側から農業・鉱業向けの機械とメンテナンス部品を調達してくれていたヤンさんが、商船の核融合炉の事故で急死したのが3月、折悪く前線で叛乱軍の動きが活発化していた背景もあり、対応をコーネフさんに一任せざるを得なかった。

 

場が少し沈んだタイミングでノックとともに、初めの一杯が届いた。マスター直々に持ってきてくれたが、マスターもヤンさんのことを覚えてくれていたらしい。オンザロックでツーフィンガー分のウイスキーが注がれたロックグラスがそれぞれの手元に置かれる。そしてもう一つのグラスが、空いた席にコースターとともに置かれた。

 

「あの方も気持ちの良い飲み方をされる方でしたので......」

 

一礼すると、マスターは部屋から出ていった。黙ったまま、お互いにグラスを少し掲げ、香りを楽しんでから少し口に含む。ちびちび楽しむのがあの人の流儀だった。コーネフさんも同じようにちびちびとウイスキーを楽しんでいる。しばらくの間、無言の時間が続いた。

 

「報告書にもまとめましたが、お預かりした資金で、ヤンさんの持ち株は買い戻すことが出来ました。ご指示頂いたフェザーン国籍の証券会社名義にしてあります。今後は、あちらでは代理人を立てず、独立商人を通じて、機械とメンテナンス部品を調達する形にしました。閣下のお名前もあちら側で売れておりますので、変に代理人をたてると逆に面倒ごとが起こりそうですから」

 

「承知しています。その辺りはコーネフさんがやりやすいように進めてください。ビジネスに国境はありませんが、ほかの業界の方々からすると、疑念の種になるかもしれませんし。それにしてもウェンリー君でしたか?まさか士官学校に入学するとは驚きました。そういう時に困らない様にシルバーカトラリーをお贈りしたのですが......」

 

「その件ですが、閣下がお贈りされた万歴赤絵の大皿とシルバーカトラリーだけは、売りたくないと話しておりました。当初はヤンさんが収集されていた古美術品を処分して、学費に当てると聞いていたのですが......」

 

そこでコーネフさんは一旦言葉を区切った。

 

「鑑定したところ、閣下から贈られたもの以外は贋作だったらしく、事情を聴いた時には、無料で歴史が学べるという事で士官学校の戦史研究科に入学した後でした。こちらの手配りが足らず申し訳ございません」

 

「コーネフさんから謝罪を受けるいわれはないですよ。ただ、自由の国でも何かしらしがらみがあるのかもしれませんね。私も生まれに縛られていますし、この所、子供たちの進路に悩んでもおりました。彼の活躍を祈念できる立場ではありませんが、健康を祈念することにしますよ」

 

コーネフさんはかなり恐縮した様子だが、ヤンさんもあちらでは富裕層に属する方だった。まさかこんなことになるとは、想定はできないだろう。

 

「とはいえ、ヤンさんがこのビジネスの立ち上げ期に貢献してくれたのは事実ですから、私の持ち分の3%をそのウェンリー君に贈与しますので、コーネフさんへの委任状をもらうようにして頂けますか?このビジネスはあくまでコーネフさんが主体ですし、発言権が半々になると関係性も変わるでしょう?うまくいっているモノをいじくるのはあまり気が進まないので。毎年、委任状をもらいがてら近況を見てくれればこちらも気が楽になりますし......」

 

「お気遣いありがとうございます。息子のボリスとも仲が良かったようなので、休暇の際に訪ねさせる様にいたします。閣下の代理人でもございますので、帰国される際に見送りに同席させますので、ご挨拶させて頂ければ幸いです」

 

コーネフさんは少しホッとした様子だ。ご子息のボリス君は今年14歳。近所で悪たれと呼ばれていた少年がいつの間にやら成長している。彼は父親の家業を継いで独立商人になるのだろうか?少ししんみりした雰囲気のまま、久しぶりのドラクールでの時間は過ぎて行った。


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