稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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70話:葛藤

宇宙暦787年 帝国暦478年 3月中旬

首都星オーディン グリューネワルト伯爵家・別邸

ラインハルト・フォン・ミューゼル

 

「ラインハルト、お誕生日おめでとう」

 

「ラインハルト様、おめでとうございます」

 

姉上とキルヒアイスが、お祝いの言葉をくれる。一月にはキルヒアイスの誕生日も、姉上とともに祝う事が出来た。誕生日などの祝い事は、姉上が同席しない回はリューデリッツ邸で行い、姉上が同席する回は別邸で行われる事になっている。

建前としては『陛下の同席もなく、親しき仲でもない者が伯爵夫人と同席するなど畏れ多い』とリューデリッツ伯は言っていたが、実際は励んでいる俺たちへのご褒美代わりに、『3人で水入らずな時間を過ごせ』という配慮があった事を、キルヒアイスに言われて最近気づいた。今、思えば座学の学友のようになっているマグダレーナ嬢やヒルデガルド嬢は姉上の屋敷も定期的に訪れてくれている。これも俺たちの話を、頻繁に聞けるようにと言う配慮なのだと思う。

どうも、姉上以外から、配慮や気遣いを受ける事に慣れていないので、『こんな事にも気づかぬのか?まだまだ子供だなあ......』と指摘されている様に感じてしまう。伯が私を一人前として扱ってくれるからだろうが、色々な事を学んでいるはずなのに至らない点を感じると悔しく思うのは、俺がまだ幼いからなのだろうか?

 

「姉上、キルヒアイス、ありがとう。姉上、キルヒアイスと私で幼年学校の首席と次席を確保したんです。リューデリッツ伯も幼年学校は首席で通されたと聞きましたし、被後見人として恥じる事のないように励むつもりです」

 

横目でキルヒアイスを見ると、同じ気持ちだと言うかのように、視線を合わせてうなずいてくれた。

 

「ラインハルト、焦る必要はないのよ?年相応に学んだ事が出来るようになれば、それで十分です。伯から直接は聞いていないのでしょうが、マグダレーナ嬢からは『後見人ですから当たり前かもしれませんが、伯はラインハルトばかりでなく、私の事も、もう少し褒めても良いと思いますわ』とお茶の時間にお話されていたの。しっかり認めて頂けているのです。いずれは軍の重鎮に相応しい人物にすると言っても、今日、明日の事ではないわ。焦っていては本来、見えるものも見えなくなります。あまり焦らないようにね」

 

姉上が、少し心配そうにこちらを見つめてくる。確かに焦っていたのかもしれない。俺はまだ姉上から心配される存在なのだ。そして言われてみれば伯の気遣いも、今の実力の差を感じて焦っているから、本来なら見逃すはずがない事を見逃してしまうのかも知れない。そして意外だったのは、伯に褒められて嬉しく思う自分がいる事だ。俺は伯に勝ちたいと思っていたつもりだが、認められたいと思っているのだろうか?

そういえば、幼年学校で首席が確定したとき俺は『これで伯に胸を張って会える』と確かに思った。そして首席を報告した際、伯が俺の肩に手を置いて『良くやった!グリューネワルト伯爵夫人もお喜びになろう』と嬉し気に言ったとき、確かに嬉しさを感じた。俺は伯に勝ちたいのか?認められたいのか......。少し考え込んでしまったらしい

 

「ラインハルト、せっかくの日にお説教染みた話などしてごめんなさいね。ただ、自分とリューデリッツ伯を比べるのは止めたほうが良いと思うの。実績がという話ではなくて......。何と言ったら良いのかしら、ラインハルトは少なくとも自分で幼年学校へ進むと決めたでしょう?でも伯の逸話を聞けば聞くほど、進みたかった道が選べず、選ぶしかなかった道で大功を上げられたわ。ただ、それを周囲は喜んでいても、本人が喜んでいる感じがしないの......。

これは、畏れ多い事だけど、陛下からも似た雰囲気を感じるの。だからこそ、伯と陛下は仲が良いのかもしれないわ。祝いの場で話すべきではないと思うけど、2人も不本意だけど周囲はそれを祝福している経験をしたはず。周囲が祝福するほど、心が渇いていく......。そんな人生を2人には歩いてほしくないもの......」

 

「姉上、ご心配をおかけしました。そう言う事を考えていた訳ではないのです。ただ、おっしゃる通り少し焦っていたかもしれません。焦らずじっくり励むことを心がけます」

 

口から出た言葉とは裏腹に、俺はある命題を突きつけられていた。リューデリッツ伯は姉上を守れる財力も、影響力も、立場も兼ね備えている。それを得る為には、俺自身も渇きに満ちた道を歩まねばならないのだろうか?もし決断を迫られた時、その道を選べるのだろうか?伯はなぜ、そんな道を選ばれたのか......。いつか聞いてみたい気がした。

 

「アンネローゼ様のお料理はとても美味しいです。食べ過ぎてしまわぬか、心配になってしまいます」

 

「あらジーク、お世辞も座学に含まれているのかしら?」

 

姉上とキルヒアイスの会話が、俺を現実に引き戻してくれた。最近、姉上の屋敷を訪れる淑女の一人となったフリーダ嬢の影響か、姉上もケーキだけでなく料理にも意識を向けだした様だ。今は、姉上の手料理を楽しむことに集中しよう。

 

「姉上の料理は絶品だからな。お代わりをお願いします」

 

「あらあら、作り甲斐があると上達が早いとフリーダ嬢がお話しになられていたけど、その通りね。来月にはまた新しいレシピを用意しておくことにしましょう」

 

嬉し気に姉上がほほ笑む。それにしても、唯一絶対の銀河帝国皇帝に即位した人間が、本来望んだ人生ではなかったということなどあり得るのだろうか?片手間の思考では、納得できる答えは出ないだろうが、俺の頭の片隅にいつまでも残る疑問だった。

 

 

宇宙暦787年 帝国暦478年 6月中旬

フェザーン自治領 自治領主公邸

アドリアン・ルビンスキー

 

「代理とは言え、フェザーン自治領主の椅子の座り心地は如何かしら?最も、その椅子の価値はこの所、大暴落しているようだけど......」

 

「ドミニク、そんな言い方をしなくても、自治領主の座を私が勝ち取ったのではなく、投げ与えられたことも理解しているし、その椅子の価値が大暴落しているという事も理解している。だがな、大暴落しているからこそ、後は上がるだけとも考えられるし、旧世紀の亡霊から良くも悪くも解放された。つまりここからは俺の才覚次第という事だ。幸いにも帝国が優勢に戦争を進めたおかげで同盟にはかなりフェザーン資本が浸透できている。またやりようは十分にあるだろう?」

 

「止めたほうが良いのではないかしら?リューデリッツ伯とワレンコフ前自治領主のタッグと、経済面で争うなんて自殺行為。大人しく尻尾を振った方が良いのではなくて?少なくともリューデリッツ伯はあなたを評価している。積極的に忠誠心を、無いなりに示した方が得策なのではないのかしら?」

 

何かと目端の利く愛人の一人のドミニクを、秘書官にして数ヵ月、今の俺に、忌憚なく意見してくれる人材は自治領主府にはいないからこその任用だったが、フェザーンの建立に地球教の思惑があったと暴露されて以来、ドミニクは何かと挑発的な態度を取るようになった。夜の営みに不満があって挑発しているのかとも思ったがそうでもないらしい。

 

「あなたもリューデリッツ伯を知ってしまった以上、心の奥では分かっているはずよ?協力するにしろ、反抗するにしろ、彼に認めて欲しいだけだと。彼は歓楽街の生きる伝説だけど、それは金払いが良かったからじゃないわ。豪商達を相手に、惚れさせて骨抜きにしてきた女傑達を、軒並み生娘のように惚れさせてしまったから今でも語り継がれているの。

野心に満ち溢れた貴方でもそこまでは無理。私自身、年を偽って踊り子をしていたけど、あの方に『まだ、こんなところに出入りしてはいけないよ』と言われて。それなりのチップをスマートに渡された時に、精一杯尽くすから養ってもらえないかと小娘なりに思ったわ。ワレンコフの相手は出来ても、リューデリッツ伯の相手は貴方には無理よ」

 

「お前は分かっていてワザとそんなことを言っているのか?ドミニク。伯の周囲にはすでに人材がそろっている。おそらくワレンコフ氏も伯に仕えることになるだろう。忠実なしもべならボルテックで十分だ。伯からそれなりの立場をもらうためには、大功を上げるなり、敵として実力を示すなりしなければならん。どうせ働くならより大きな権限を任せてもらいたいからな」

 

「あら、気づいていないのかしら?あなたの魅力は溢れ出る野心だけど、それが出過ぎているのよ。伯の下で権限を任されるには『信頼』と『信用』の両方が必要。あなたの能力は『信頼』されるかもしれないけど、『信用』されるには野心を見せすぎたわね。

まあ、あなたのしたいようにしたら良いとは思うけど、あの方の背中を刺すような事をするときは予め教えてもらえると助かるわ。一緒に無関係である証拠もつけてね。そんなことをすれば一生逃亡生活のうえ、方々から命を狙われるだろうから」

 

そう言い残して、ドミニクは執務室から出て行った。折角手に入れた『フェザーン自治領主代理』という立場が、すでに輝きを失っている事に気づいている人間は、まだ多くは無い。だが既に帝国のフェザーン進駐という事例が出来た以上、帝国はいつでもフェザーンを併合出来るし、同盟も実行するかは別にして、選択肢の一つにするはずだ。

争いあっていた両国が、無防備に肥え太った獲物の存在に気づいた以上、自治領としてのフェザーンの余命は長くはない。戦況が帝国優位である以上、なんとか帝国でそれなりの地位を得たいが、どうしたものか......。




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